109. ドワーフの村Ⅲ
「美味い酒を持ってきたヒューマンがおると聞いたが、お主らか?」
公民館のような建物に通されて数十分、しわくちゃの顔に、身の丈は140センチほどの男性が現れた。彼は他の面々よりも上質そうな衣装を身にまとっており、その服に皺が付くことも厭わず上座に腰を下ろした。
(なんというか、豊臣秀吉の異世界バージョンだな)
彼がどういう経緯で長老の座に就いたのかまでは存じ上げないが、どうも滑稽な印象がぬぐえない。
長老としては睨みつけるような目を向けているつもりなのだが、エリンからすればにらめっこしているかのような顔。吹き出しそうになるのを堪え、神妙そうに答える。
「はい。是非ともドワーフの皆さんと友好関係を築きたいと思い、大量のラム酒を持って参りました」
「なっ、ラム酒だとっ!?」
思わず反応を示してしまった長老だが、周囲からの視線を感じてひとつ咳払いを挟む。
「…………ゴホン、本当なら正規の使者でもない限り、侵入者は問答無用で縛り首なんじゃ。半端なモンだったら容赦しないぞ」
「まぁまぁ、まずは一杯飲んでみてください。どんなお酒か確認してから話し合いを進めましょう。あ、毒見は済ませてありますよ」
「フンッ、当然じゃ」
長老は窪んだ目で色合いを眺め、手塚治虫ワールドではお馴染みの大きなブツブツ鼻で香りを確かめ、臭そうな口に含んでちゅぱちゅぱと音を立てて舌で回す。
「――――!?」
そして、彼は恍惚として皺だらけの顔を緩めた。
(((…………キモチワルイ)))
だが、その表情を見たエリンたちは思わず胃の中の物を吐き出しそうになった。それほどドワーフの幸せそうな顔は気色悪かった。
さすがにずっと見続けることはできないと、顔はそのままで視線を部屋の隅に移す。
すると突然ダンっという物音が響き、エリンたちは驚いて肩を震わせた。長老が勢いよく立ち上がったのだ。
「ちょ、長老…………?」
ドワーフの問いかけにも、彼は黙り込んだまま。
彼から放たれる物々しいオーラを受けて、ドワーフたちが『トリコロール』へ刃を向ける。
「貴様らァ、どうなるか分かってぃ――」
「これ、最ッッッッッ高!!!」
「――るのか!? ……………………え?」
ラム酒に感動したあまり小躍りを始めた長老に、その場にいた人々は目が点になった。
「おい、これだけか? まだあるんじゃろ。もっとくれ! 全然飲み足りんわ!!」
「あ、長老だけズルいや。俺にもくれ!!」
「俺も俺も!!」
長老の心をつかんだ美酒。それにドワーフたちが食いつかないはずもなく、一斉にエリンたちに殺到した。
「ギャー、押さないでください! まだまだたくさんありますからー!」
仲間たちと協力してドワーフたちを何とか落ち着かせ、順番にお酒を配っていく。
「美味い酒が飲めるってのはここか?」
「押すな押すな、あぶねーだろーが」
「うめぇ! もっと飲みてーぜ!」
「〽酒は飲め飲め飲むならば~」
話を聞きつけた村中のドワーフたちが公民館に集まり、飲み終えたドワーフたちも再度列に並ぶせいで、なかなか騒ぎは収まらなかった。
自ら蒔いた種とはいえ、いつになったら解放されるのかとエリンたちが途方に暮れている時、ヤツは現れた。
「何をしているお前ら!! 誇り高きドワーフがヒューマンごときにたらし込まれるなど、恥を知れっ!!」
かんしゃく玉のような声が轟き、室内は一瞬にして静まり返った。
声の主は、『トリコロール』を投獄させた、話の通じない反抗期ドワーフだった。
「チャ、チャパル様…………」
チャパルと呼ばれた反抗期ドワーフがズカズカと歩みを進めると、アロンの杖を掲げたかのように人垣が割れていく。
そして彼は長老の前で立ち止まり、老ドワーフを睨みつけた。
「親父」
「うい~」
すでに酩酊した長老は、とろんとした目をチャパルに向ける。
「おう、チャパルか。お主もこの酒を飲んで――」
「うるさいっ! このクソジジイがっ!」
酒が回って気を良くしていた長老が一杯差し出してきたが、チャパルはそれを振り払った。
「ああっ! もったいねぇ!」
酒が床に飛び散るのを見て長老が声を上げる。
だが、チャパルの暴挙はそれにとどまらず、持参していた剣でエリンの傍に合った酒樽を叩き割った。
「「「ああっ!」」」
「ヒデーや。なんてことを…………」
「あ゛?」
ドワーフたちは非難を口にしようとするが、チャパルに一睨みされて口を閉ざしてしまった。物申せば自分が痛い目に遭うと分かっているのだろう。
「なに酒なんか飲んでんだよ!? ボケやがって、老いぼれ――」
「何しやがるこの馬鹿!!」
「ふぎゃっ」
バゴンというような音が鳴り、チャパルは床に倒れこむ。彼は何が起きたのか理解できないといった面持ちで、殴られた頬に手を当てながら父を見上げた。
「誰か、コイツをひっ捕らえろ。友好の使者に狼藉を働いた痴れ者じゃ。儂はもう我慢できん! 牢屋にぶち込んどけ!!」
「は? ふざけんなよっ!?」
殴られたせいで頭に血が上ったチャパルは反抗しようとするが、数人がかりで取り押さえられて動きを封じられる。
「クソッ、クソがっ!! 離せクズども!!」
これまで、父の長老は自分がなにをやっても見逃してくれた。最初は多感な年頃にありがちな小さい反発だったが、次第にそれがエスカレートしていった。
長老も息子の乱暴を当初こそ叱ったが、そうするとチャパルがより激しくキレたことで、今では長老は特に言い返すこともなくなっていた。怒らせたら殴られるので、機嫌を損ねないように振る舞っていた。
村のトップである父を意のままにしていることで、チャパルは実質的に自分がナンバーワンだと思っていた。
村人たちからは触らぬ神に祟りなしということで敬遠されていたのだが、チャパルはそれを自分への敬意だと思い込んでいた。
もちろん、内心では皆チャパルを嫌っていた。それが遂に表に現れただけのことだ。だが、どんなに丁寧に説明したところで、イライラマックスのチャパルには理解できるとは思えない。
「よし、さっさと連れて行け」
「ま、待ってくれ! 親父、話を聞いてくれ――」
「黙れ黙れバカ息子!! 金輪際お前の顔なんざ見たくもないわっ!」
「そ、そんなぁ……!?」
チャパルが必死に弁解しようとするも、長老は聞く耳を持たなかった。人の話を聞かないところは親譲りなのだろう。結局は親子そろって似た者同士というところか。
チャパルの怒りは、父を狂わせたであろうエリンたちへと向けられる。
「貴様らァ、こんなことしてタダで済むと思うなとォォォ!!」
彼はギャーギャー喚き続けていたが、ドワーフたちから冷ややかな目を向けられつつ、そのまま屋外へと引きずられていった。
「……ふう、これで邪魔者がいなくなったな。さて、飲み直しといこうではないか。もっと酒を出してくれ」
「おう! 酔いが覚めたから丁度いいや」
「飲むぞ飲むぞ~!」
チャパルがいた時の険しい顔つきとは一転、長老たちドワーフはにこやかに話しかけてきた。だが、いくら持て余しているとはいえ、全てプレゼントするほどエリンたちはバカではない。
「あら、いつまでタダ酒が飲めると思っているんですか?」
「「「…………え?」」」
ジェイラがあざとく微笑むと、場の時間が停止した。
当然のようにお酒が飲めると思ってた? そんなわけないじゃん。路上で配られているような某エナジードリンクじゃないんだから。
「さっきまでのは挨拶代わりよ。これ以上ほしいのなら、今度はアタシたちのお願いを聞いてもらうわ」
「「「…………」」」
表面こそにこやかなダーシャ。対照的に、ドワーフたちは背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。
(タダほど高いものは無いってね)




