110. ドワーフの村Ⅳ
「それで、お主らの願いというのは何じゃ…………?」
宴会再開ムードから一転、建物内のドワーフたちの間には冷めた空気が漂っていた。
お酒を飲まないエリンたちからすれば分からないが、【ケークタウン】から持ってきたラム酒は筆舌しがたいほどの逸品。それと引き換えに何を要求されるのかと、ドワーフたちは不安になっている様子。
「別に大したことじゃないわ。ドワーフの剣を何本か売って欲しいの。それだけよ」
「剣、じゃと…………?」
オウム返しをした長老の表情からは、怪訝や躊躇といった感情が読み取れた。
エリンたちからすれば他意はないのだが、すでに負い目を作らせたせいで疑心暗鬼が芽生えたのかもしれない。
「そう。ここの剣を売ってくれたら、アタシたちが持ってるお酒を全部あげてもいいわ。エリン、あとどれくらい残ってる?」
「まだ1割くらいしか減ってないよ」
「んなっ!? そ、そんなにあるのか!?」
まだまだ酒を飲めると分かり、ドワーフたちから漣のごとく歓喜が起こる。
「…………たしかに酒は欲しい。じゃが、それは……できん」
「あら、ドワーフってのは難癖をつけて酒代を踏み倒すような意地汚い種族なのかしら?」
「ぐぬぬぬ…………」
おそらく外の者には安易に自分たちの作った武器を流出させられないというルールでもあるのだろうか。
ダーシャの挑発にも耐えようとしているところから、彼らにも譲れない何かがあるものと思われる。
「…………分かった。酒は返そう」
「はぁ? 一度飲んだものをどうやって戻すって言うのよ?」
「こうするんじゃ! おえっぷ」
そう言うや否や、長老は喉の奥まで指をつっこんだ。
しかし、すぐさまダーシャに蹴り飛ばされてしまう。
「ぐへえ!」
「馬鹿じゃないの!? 何よ、何考えてるのよアンタ!! バカなのアホなのドワーフなのォ!?」
「す、すみません…………」
ダーシャの剣幕に気圧され、エリンよりも小柄な長老は縮こまってしまう。その様を見れば、さきほどチャパルを殴り飛ばした人と同一人物だとは思えない。
「いいから作りなさいよ! なんなら、もうできてるのでも構わないから!」
「イヤじゃ。絶対あげないっ!」
「そんならお酒を返しなさいっ!! 酒ドロボー!」
「あれはもらったんじゃ。それに返そうとしたら断ったのはお主じゃろ!」
開き直ってしまった長老は、ダーシャと幼稚な舌戦を繰り広げる。
「まあまあお二方、少しは落ち着いて」
するとそこへ、また新しいドワーフがやってきて2人をなだめた。副村長のようなポジションに就いているオスカルという名のドワーフだ。
第三者が間に入ったことで口論は一時中断。それでも、ダーシャたちは目線で殴り合ったまま。
「あのぉ、何か剣を売ってくれない理由でもあるんですか? ワケを聞かないことには私たちも納得できないんですけど…………」
エリンの問いに、オスカルは丁寧に答えてくれた。
「実は、ちょっと前に新しい鉱脈を発見して、そこに今まで使ってたのよりも質の高い鉱石があると分かったんだ。けれど、その中には奇妙な化け物か何かがいて、おちおち採掘もできない。材料が採れないから、結局武器づくりも滞っているというわけだ」
しかし、その説明を聞いても3人はすんなりと納得できなかった。仲間たちも感じている疑問を、ジェイラが口にする。
「別に、他の場所でも素材は採れるんですよね。それを使えばいいんじゃないでしょうか?」
「儂らのような職人は素材にもこだわるんじゃ。せっかく最上の素材があるんだ。中途半端な材料からは中途半端な武器しか作れん」
「下手の道具調べってヤツね」
「なんじゃとぉ!?」
ダーシャの煽り文句に長老が反応。「やれやれまたか」とばかりに、他の面々は肩をすくめた。
「そんなことを言うなら、お主らが洞窟に行って化け物を倒して来い!」
「いや、長老。それはさすがに……」
「いいわ。アタシたちがその化け物とやらを倒したげる」
「ええっ!?」
長老がふっかけた無理難題をあっさりと承諾したダーシャに、オスカルが素っ頓狂な声を上げた。
「危険だ!! 2人も止めてくれ!」
「そんなに弱腰になってますけど、一体どんなモンスターなんですか?」
小柄とはいえ、ドワーフたちは皆それなりに屈強そうな体格の持ち主だ。そして、彼らにはドワーフ製の名剣がある。そんじょそこらのモンスターに負けるとは思えない。
「それが……俺たちもアイツが何者なのかすら分かってないんだ…………」
「何よ、何なのよ! 相手の正体も知らないでビビってるとか馬鹿じゃないの?」
「うぐっ」
敵が何者かを確かめることすらできずに、村の中で怯えて引き籠っている。そんな事実を指摘されても言い返すことすらできない。年端も行かない少女からの侮辱に、ドワーフはただ赤くなって黙り込んだ。
「フン、もし成し遂げたなら、好きなだけ剣を打ってやるわい」
「言ったわね。後から手のひら返そうったって遅いんだから」
煽り煽られ、引くに引けなくなった両者が視線で火花を散らす。
「だ、大丈夫……なのか…………?」
「まあ、さすがにオーガキングよりは大したことないと思いますよ」
ジェイラが安心させようとするも、3人が“オーガキング”に打ち勝つ力量を持っているなんて思いも寄らないオスカルは、きょとんと頭上にクエスチョンマークを浮かべていた。




