108. ドワーフの村Ⅱ
険しく切り立った山を越えると、眼下には藁ぶきの屋根が幾つもあった。
行き交う人々は皆小柄で皺が多く、肌はややくすんだ色なのに頬は赤く、さらに目は落ち窪んでいる。
「ド、ドワーフだ…………!!」
「やっと着きましたね、【スルケタウン】に」
今と昔を結ぶ町・スルケタウン。
都会の喧騒からかけ離れたこの土地では、ドワーフたちが集まって暮らしている。
「あっちの方に入り口があるわ。早く行くわよ」
「よっしゃー、競争だー!」
「あ、待ってください!」
村に向かって山を駆け降りる少女たち。
ただ、エリンは知らなかった。ドワーフたちがここ何十年もの間、外の世界と交流を遮断しているということを。そして彼らが、自分たち以外の種族に好ましくない感情を持っているということを。
世情に通じているジェイラでさえも、そのことが頭から抜け落ちていた。そしてそのことが、3人にとって命取りとなっていた。
「あ、こんにちは――」
「何者だ! 怪しいヤツめ!!」
「「「…………え?」」」
ファーストコンタクトで悪印象を与えてはいけないと、にこやかに挨拶したつもりのエリン。
「曲者だ! ひっ捕らえろ!」
しかし、見張りをしていたドワーフたちからは、挨拶代わりに槍の穂先を向けられた。
「え、ちょっ…………」
「うるさいっ! 神聖なる我らが土地を穢さんとする者め! 愚かなことをしたと謝れ!」
「馬鹿じゃないの!? なんでアタシたちが謝んなきゃ――」
「謝る気はないだと! 調子に乗りやがって!」
「いや、だから――」
「黙れ黙れ黙れー!! こんなクズ共は牢屋にぶち込んどけ!」
(…………話が通じない)
まるで反抗期真っ只中の中学生。こちらの言い分に1ミリも耳を傾けることなく、一方的にギャーギャー喚きたててくる。バッドコミュニケーションなんて一言では言い表せない。
反論する余地もなく、エリンたちに向かって縄が放り投げられた。
「(小声で)どうする? 逃げようと思えば逃げられるけど」
「(小声で)それだと、ここに来た目的を達成できません。捕まってしまえば村の中に入ることもできますし、ここは一旦様子を見ることにしましょう」
「(小声で)チッ、見てなさいよ、あのポンポコポン。絶対に後でやり返してやるんだから!」
「んで、こうなったと」
3人の目の前には頑丈そうな鉄格子。その向こうでは、しかめっ面のドワーフが立ちはだかっていた。
「まったくもう! なんなのよアイツ!!」
「まあ、威張り散らして他人を下に見ることでしか自分のアイデンティティを保てない残念な人種だよ」
ダーシャが恨めしそうに鉄格子を軽く殴った。
無論、ただの鉄の棒など、エリンの〈超高速水流切断〉でチョン切ることはできるだろう。それでも、むやみに脱獄して騒ぎを大きくするつもりはないので、今はこうして大人しく我慢しているのだった。
「ねえ、そこのおじさん」
「……誰がおじさんだ。俺はまだ125歳だ」
「クソジジイじゃん」
エリンは暇つぶし感覚で、牢番をしているドワーフに話しかけてみた。
皺が多くて老け顔だとは思っていたが、まさか大還暦を越えているとは予想だにしなかった。エルフほどではないが、ドワーフもかなり長寿の生き物。ただ、若々しいエルフと比べてその容姿は真逆。
精神的には三十路が近づいていたエリンからすれば、30歳でおじさん、65歳でお爺さんだ。オーバー100なんて未知の領域だった。
「ク、クソジジイだと……!? この小娘が…………!」
「まあ、そんなどうでもいいことはおいといて」
「どうでもいい!?」
牢番ドワーフが窪んだ眼を見開いて唾を飛ばす。彼には飛沫を飛ばさないようにするという概念がないのか。
「私たち、普通にこの村に来ただけなのに、どうして捕まったんですか?」
「なんだお前ら、看板見てねーのか?」
「「「看板?」」」
揃って首を傾げる3人娘。ポケっとしていると、ジェイラが手をポンと叩いた。
「あ、もしかして、チェレンが見つけたボロボロのアレじゃないですか?」
「あー、文字が消えて全然読めなかったやつのことね。ドワーフの村があるってことしか分かんなかった」
「なんだ、たった50年しか経ってないのに、もうダメになってんのか」
(“たった50年”て…………)
時間感覚の違いにめまいがしそうになる。
たしかに、大還暦を越えた彼からすれば人生の半分にも満たない歳月のハズだが、それでも決して短いとは言えないはずなのに。
「まさか、あれが警告文になってたとでも言うのかしら?」
「そのまさかだよ」
その牢番によると、例の看板には
『このさきドワーフのむら
よそものはみないきてもどらず
いのちおしくばひきかえせ 』
と、書かれていたらしい。
文字の大半が長年の風雨にさらされたことによって消えてしまっていたため、現在ではほとんど意味を成さない文章となっている。それに、看板の文言が読めたとしても、それを真に受けて引き返す者は少なそうだが。
「“生きて帰らず”って…………、えらく物騒なこと書いてるのね」
「へっ、元はと言えば、お前らヒューマンが俺たちの村を侵略してドワーフを支配しようとしたせいだ。俺たちは自分の故郷を守ろうとしただけだっての。ヒューマンだって、もうしばらくこの辺に来てねーぞ」
なんでも大昔に【スルケタウン】のドワーフと近隣のヒューマンとの間で争いが起き、その際に相互不干渉条約のようなものが締結されたらしい。
それ以来ドワーフとヒューマンは疎遠になり、一部では交流もあったようだが月日の経過とともにそれも薄れ、ここ数年は事実上の絶縁状態にあったという。
ただ、エリンたちからすれば――
(((き、聞いてない…………!)))
全くもって初耳。
依頼主のパラケルスだって、スルケタウンと近い町に住んでいたならば、この事情だって当然知っていたはずだ。だが、それをあえて伏せていたのだろう。『トリコロール』とかいう何も知らないよそ者がノコノコとやって来たのを奇貨とし、それを利用してやろうと企んだに違いない。一見すると高額そうに思える報酬だって全然割に合わないし、ハナから違約金狙いの依頼だった可能性すら否定できない。
「でも、スルケタウンは王国の一部ということになっていますよね」
「知らねーよ。勝手にヒューマンのお偉いさんがそういうことにしてんだろ。ここにはドワーフしかいねえ。そっちの世界でどうなってようが、俺たちには関係ないんでな」
自分たちの町がヒューマンの国の領域内にあると聞かされても起こる素振りは見せない。たまたまこの牢番が寛大なのか、はたまた気に留めるようなことですらないのか。
「それで、このままだとアタシたちはどうなるのかしら?」
「さあな。長老次第だろうから、俺なんかが知る由もねーよ。せめて首を斬られないことを祈るこったな」
(長老ってのが権力持ってるのかな。できれば直談判して剣を買わせてもらえないかなー)
どうにかして出獄し、長老と交渉できないか。エリンはこめかみのあたりに人差し指を当てて思案した。
その時だった。
「きゃっ」
「な、何なのよ!?」
ゴゴゴゴゴと地面が揺れるのを感じ、エリンは咄嗟に鉄格子をつかみ、ダーシャたちは互いに抱き合った。
せいぜい震度2~3といったところで震動時間も短いものだが、不意に発生するとビックリしてしまう。それが久々ともなればなおさらだ。
「ゆ、揺れてる…………!?」
「ケッ、また地震か。ったく、最近多いな。……あーあ、こんなとこで見張りなんかしてるくらいなら、とっとと帰って酒をたらふく飲みてーよ」
ところが、現地人のドワーフからすればこの程度の地震なんて日常茶飯事らしい。その場でただひとり、微塵も慌てることなく悠然と構えたままだ。
(ん、お酒?)
ただ、エリンからすれば他の発言箇所が引っ掛かった。仲間たちの方へ頭を寄せて、ひそひそ話で尋ねてみる。
「ねえねえ、やっぱりドワーフって呑兵衛なの?」
「そういえば、そんなことを聞いたことがあるわね」
「物語に出てくるドワーフは、みんなお酒が好きでしたね。実際には人それぞれだと思いますけど。でも、それがどうかした…………あ!」
「……なるほど、ここでアレの出番ということね」
ジェイラに続いてダーシャも自分の意図を察してくれたと、エリンはコクリと頷いた。
そう、エリンたちにはお酒がある。【ケークタウン】のハンターフェスティバルにて期せずして入手した、大量のお酒がある。
優勝賞品はラム酒1年分。それを聞いた時はものすごくガッカリしたが、今こそそれを活用できる時が来ていた。
ちなみに、エリンたちのハンターバッグは没収されていない。この不思議なバッグは所有者以外の人が口を開けられない仕様になっており、投獄の際の手荷物確認では危険物が入っていないと見なされて、そのまま取り上げられずに済んだのだった。
「ねえ、そこのおじいさん」
「誰がおじいさんだっ。さっきはおじさんって言ってただろーが!」
「じゃあおじさん」
「そうそう、俺はおじさん…………って、あ」
自ら墓穴を掘ったことに気付いて埴輪になる牢番。
そんな彼に、エリンは鉄格子の隙間から1杯のコップを差し出した。
「なんとですね、丁度ここにこんなものがあるんですよ」
「な! この匂いはラム酒じゃねーか!? よ、寄越せ!!」
牢番は問答無用でコップをひったくり、それを一息で飲み干した。
「プハァ~。仕事中に飲む一杯は格別だな! …………って、んなっ!?」
そして彼は気付いた。牢獄の奥に、酒で満たされた大きな樽があることを。
獲物を見つけた肉食動物のような目をして飛びつこうとしたが、当然鉄格子に衝突する。
「クソ、寄越せ……! もっと、もっと俺に酒を飲ませろぉ!!」
「私たちをここから出して偉い人に合わせてくれるって言うなら、もっとたくさんあげますよ」
「う、くっ…………」
酒好きのドワーフが堕ちるのに、長い時間はいらなかった。




