107. ドワーフの村Ⅰ
ドワーフたちが暮らす町【スルケタウン】は、一応シネック王国の範囲内にあるとはいえ、そのアクセスはかなり面倒くさい。
川を渡り、森を抜け、山を越え……ちょっとした大冒険の果てに辿り着ける場所だ。準備を怠れば、それだけで大惨事につながるおそれだってある。万が一遭難したって、レスキュー隊もドクターヘリも救助に来てはくれない。
『トリコロール』も幾多のピンチを潜り抜け、命がけで旅を進めて――
「ひゃっはー! 風が気持ちいい!!」
「ちょっとエリン、飛ばし過ぎよ。少しはスピードを落としなさい!」
「アハハハハ! この調子ならスルケタウンまであっという間ですね!」
――いるはずがない。
エリンが魔法で作り出した大きな氷の板に乗って、空中を滑走していた。地上の事情なんて知ったことではない。さすがに雲の上にまで上昇することはできないので、悪天候やバードストライクにさえ気を付ければ、どんな僻地だろうが短時間で移動することが可能だ。
「ねぇ、そろそろ休まない? いい加減気分が悪くなって…………うっぷ」
「エ、エリンさん、ダーシャがピンチです!! ダーシャ、もう少し我慢してください~!」
振り返って見れば、真っ青な顔をしたダーシャが。高所恐怖症と乗り物酔いのダブルパンチで、今にもリバースしそうだった。
「しょうがないな~。まあ、そろそろ場所の確認もしておきたいし、あの山の麓で休憩しよっか」
スケボーのスピードを落としつつ下降し、幅の広い川辺に着地した。
安定した地面が恋しかったのか、ダーシャは砂漠の中でオアシスを見つけたかのように地面へと転がり込む。
そしてそのまま、清らかな川の水をすくって口へと運んだ。
「…………ぷはぁ~、生き返った~」
いつもの気丈さはどこへやら。隙だらけのダーシャの姿を見て微笑ましくも思いつつ、エリンは地図を広げてジェイラに問う。
「ねえジェイラ、今ってどの辺にいるのかな?」
「えっと……。あの山がおそらくここなので、この辺りじゃないでしょうか」
町を出る際に方角を確認してひたすら真っ直ぐ飛んできた。だが、途中で意図しないうちに角度が変わっていることも起こり得るし、そもそも地図が100パーセント正確だという保証はない。
伊能忠敬もいない、人工衛星もないこの世界では、地図の精度なんていい加減。おおまかな方角や距離が分かる程度だ。たいていの旅人は道路に沿って進むため、それでも大した問題なく移動することができる。
しかし、エリンたちのように空路を進む者からすると、たびたび地上に降りて場所を確認しなければ、気付いた時には頓珍漢な場所にいるというリスクがあった。
「あー、もうすぐ近くまで来たのか」
「そうですね。ただ、もう日が暮れてきてますし、【スルケタウン】に到着して剣を買うとしたら明日になりそうです。今日はこのあたりで休んでいきませんか?」
「ア、アタシならもう大丈夫だから、心配なんていらないわっ」
「いえ、そうじゃなくて…………」
いつの間にか元気を取り戻したダーシャが、ジェイラに詰め寄る。
「夜中に行ったら敵と間違われるかもしれません。それに、町にきれいな宿があるとも限りませんし…………」
「「たしかに」」
上下水道が完備された日本で生まれ育ち、入浴や歯磨きは毎日するのが当たり前だったエリンは元より、トリコハウスで寝泊まりするうちに衛生を意識するようになったダーシャとジェイラ。
この世界の宿泊施設なんて、庶民でも泊まれる高級宿ですらせいぜい星3つといったところ。綺麗好きかつホテルの評価基準が狂っている3人を納得させるのは至難の業だった。
ただでさえ人の行き来が少ないスルケタウンに、小綺麗な宿泊施設があるとは思えない。
適当な宿を利用するくらいなら、携帯式マイホームであるラスクハウスを利用した方がよっぽどマシだ(支出も押さえられるし)。かといって、人目につくところでトリコハウスを出せば、それはそれで面倒事の種になる。
ということで、エリンたちは川辺にトリコハウスを取り出して、そこで一夜を過ごすことにした。
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そして翌朝。
就寝が早かったために朝早く目が覚めた『トリコロール』の3人。エリンはのんきに二度寝をしようとしたが、ダーシャに尻を叩かれて渋々ながらも本日の活動スタート。悠々自適なのんびりライフの実現はまだまだ先のこと。
「さーて、目的地まであと少しね。あんな山なんか一息で飛び越えてやるわ!」
「飛ばすのは私なんだけどね~」
ダーシャはさっさと仕事を終わらせて、次の仕事に取り掛かりたいといった様子。せっかちなようだが、多額の借金を抱えて逼迫している現状を考えればもっともなところだろう。
「ま、あの山のおかげで迷子にならずにすみそう――」
「ガウッ、ガウッ!」
「――ひいっ!!」
「あ、チェレン!」
エリンが1人呟いていると、いきなり草陰からジェイラの従魔であるデビルウルフのチェレンが現れた。
動物恐怖症のエリンは小さく悲鳴を上げるが、愛狼家のジェイラには聞こえていないらしい。チェレンに駆け寄って頭をワシワシと撫でる。
「なぜそっちから…………?」
「夜中にモンスターや怪しい人が近づかないように、パトロールをお願いしてたんです。あ、チェレン、どこ行くの! 待って!」
突如走り出したチェレンを追ってジェイラが駆け出す。それを見たダーシャたちも後を追う。
なお、エリンは誤ってチェレンと接触しないよう、ダーシャの背に隠れるように付いていった。この時ばかりはダーシャの背が頼もしい。
「ガウガ!」
「あ、道の真ん中に何かありますよ。きっとあれを見つけたことを伝えたかったんだと思います」
チェレンが連れてきた場所にあったのは、ボロボロになった看板だった。
一本道の傍らにポンと立ててあるが、よほど長い歳月が経過しているのか文字はかすれ、立っているのがギリギリといった具合だ。
『このさ……ワーフのむ…
…そ…の…み……きて…………
い………しく………か…せ 』
「えっと、これは……【スルケタウン】に向かう人のための案内板みたいですね。ちょっと古すぎて、文字が読みづらいです」
「1文目は多分『この先ドワーフの村』だろうね。あとは…………知らん!」
消えてない文字ですら、かろうじて読める程度。これだけでは、全体が何を意味しているのかまでは到底読み取れない。
「このまま放置してあるってことは、気にしなくてもいいってことじゃないかしら。書かれてあることが気になるなら、村にいるドワーフにでも聞けばいいんだわ」
「それもそうだね」
「くぅ~ん」と悲しそうな寂しそうな鳴き声を上げるチェレン。役に立てなかったのがショックだったのだろうか。それとも、看板が伝えようとしたことを理解していたのか。
主人のジェイラが気にしなかった以上、ダーシャたちが気に留めることもなかった。
「さあ、あと一息ですよ。元気出して行きましょう!」
「「おぉーっ!!」」
3時間後。
「「「どうしてこうなった…………?」」」
3人の目の前には頑丈そうな鉄格子。その向こうでは、しかめっ面のドワーフが立ちはだかっていた。




