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105. 限界に挑め

「そ、それは大変だったね、本当に」


 エルフのソフィーが働くカフェ『森の妖精』で、エリンたちは『ホワイトエンジェル』に幽霊屋敷での愚痴をこぼしていた。ボロボロの洋館にいる幽霊を追い出させておいて、除霊したせいで倒壊した館の修繕費を請求された話。

 最初の方こそメイリたちも同情した相槌を打っていたが、その請求額を聞いた途端に血相を変えた。


 3,000万フォート。

 この世界での一般庶民の平均月収がせいぜい10~20万フォートだから、その額がいかに途方もないかということが分かる。文字通りケタが違うのだ。


「てかさ、あちきらだってエリンちゃんのおかげでお金もらえたじゃん。ちょっとくらいお返しした方がいいって」

「ん、どうゆこと?」


 ジュディの発言にエリンが首を傾げると、ヘレンが説明してくれた。


「オ、オーガキングはエリンさんとハンナが一緒に倒したことになってるので、私たちも賞金がもらえたんでしゅっ」

「あー、それで」

「ズルいじゃない! どうせほとんどエリンのおかげでしょ。何でアンタたちが…………!」

「ダーシャ、落ち着いてください」

「ガルルルル」


 ジェイラになだめられたダーシャは、獲物を前にした獣のように唸る。


「えっと、君たちの方がたくさんもらったって聞いてたから構わないと思ってたけど、そういう事情ならね……」


 人間、得られた喜びよりも失ったショックの方が大きいもの。ノーマルランクのハンターである彼女たちがなかなか得られないであろう大金をゲットしたばかりだけに、それを譲るというのはそう簡単に決められないだろう。


「ちなみに、もらった賞金は何に使うつもりだったんですか?」

「ボクやジュディの弟たちの学費に、病床に伏しているヘレンのお母さんの治療費、それとソーニャんちの借金返済。余った分は孤児院に寄付することになってたんだ」

「「「ごめんなさい、いらないです」」」

「あと、ハンナの洋服代」

「「「それだけくれ」」」


 他は分かる。だけど、最後の用途はどうしても許容できない。


「パーティーのみんなが家族や誰かのためにお金を使おうとしてるってのに、どうしてアンタだけ自分のために使おうとするのよ」

「べ、別にいいじゃないっ。ハンナだって頑張ったんだから!」


 頑張ったのはここにいる全員に加え、ハンフェスに参加していたハンターたちもだ。

 まぁ、直接オーガキングを倒したエリンを精神的にサポート(応援)することについては人一倍頑張ったと言えよう。


「う~ん、どうしても大金を稼ぎたいなら、他の町に行くことをお勧めするよ。児童誘拐団が捕まった今、ケークには大きな依頼なんて滅多にないからね」

「そ、それはダメよっ!」


 メイリは提案するが、それをハンナが否定した。

 その際に机をバンと叩いたせいで、コップに入っていた飲み物が揺れる。


「ダメって、アタシたちがこの町を出ていったらマズイことでもあるのかしら?」

「そ、それは…………」


 言い淀んだハンナに皆の視線が刺さる。

 それを非難のように感じたのか、ハンナは目尻に水滴を浮かべながら言葉を絞り出した。


「だって、せっかく友達になれたのに……」

「「「あ……」」」


 彼女の気持ちが伝わり、皆は言葉に詰まった。

 2つのパーティーがいる一画には冷たく思い空気が支配し、哀愁が漂っていた。


「ま、まぁ、今生の分かれとかでもないんで、いつかまた会えますよ」

「エリンさんの言う通りです。町を出たら死ぬわけじゃないんですから!」

「……………………本当?」


 ハンナのように顔立ちの整った少女が、涙目の上目遣いで縋るように呟いた。

 庇護欲をかき立てられるその様子に、エリンだけでなく他のメンバーまでもが心を射止められる。


「本当です。約束します」

「そ、そうよねっ。絶対またハンナに会いに来てよね! 約束だから!!」

「仕方ないわね。借金なんかすぐにチャラにして、また戻ってくるわよ! その時にはゴールドランク間違いなしね。フフン、どうせアンタたちはノーマル止まりでしょうけど」

「ハァ!? あちきらより先にスーパーランクになったからって調子にのんなし。アンタなんかエリンちゃんの脚引っ張ってるだけじゃん」

「ぐはあ!」


 ジュディの会心の一撃が炸裂し、テーブルに突っ伏すダーシャ。どうやら自覚はあるらしい。


「そんなことよりダーシャ、次の行き先はどうしよっか」

「そ、そんなこと…………?」


 ダーシャが小声で何かを呟いているが、皆は笑みを向けるだけでいちいち反応したりしない。


「ケークの近くで大きな街といえば、【フェヘールシティ】か【ピロスシティ】だね。ただ、ピロスは途中で幾つかの町を経由することになるから、移動にちょっと時間がかかかるよ」


 フェヘールシティはすでに行った。エリンは異世界で色んな冒険をしたいと考えているので、必然的に答えは決まる。


「じゃあピロスかな。2人もそれでいい?」

「大丈夫ですよ。ピロスといえば温泉が有名ですね。楽しみです!」

「ええ、それでいいわよ」

「じゃあ決まりね」


(ピロスか。どっかで聞いたことある気がするんだよなぁ)


 エリンは記憶を辿ろうとしてみるが、どうせ地図で見た名前を覚えていただけたろうと自己完結。すっきりしないが、そのうち思い出すだろうと深く考えるのをやめた。


「あら、皆さんいらしてたんですか」

「あ、ソフィーさん。こんばんは」


 やってきたのはエルフの歌姫・ソフィー。以前、彼女の弟を救出してからもエリンたちは度々この店を訪れており、こうして顔を合わせるのもしばしばだ。


「先程皆さんのお話が聞こえたのですが、この町を離れてしまうのですか?」

「あ、はい。ちょっと事情がありまして、ずっとケークにいるわけにもいかなくなったんですよ」

「…………そうですか。それは残念です」


 目を伏せたことで、ソフィーの睫毛の長さが際立つ。

 数少ない友人との別れだけに、彼女もこみ上げてくるものがあった。


「で、でも、絶対また戻ってきますから! ソフィーさんの歌は定期的に聴きたくなるんで!」

「そうですね。また会えますよね! 私、100年くらいなら待ちますから!!」

「「「死んどるわっ!」」」


 相変わらず、エルフの想いは重かった。




   ♦




「うおぉぉぉぉ…………、エ、エリン…………!」

「エ、エ、エリンさん…………!」


 エリンたちが店を出ると、その前には苦悶の表情を浮かべて地面にうずくまる2人の少年がいた。

 ボニファーとネストル。共にエリンをストーキング、ゲフンゲフン、……思慕する純情な少年だ。


「…………なんでアンタたちがここにいるのよ」

「え、何? どういう状況?」


 突然の光景に、何が起きているのか理解できないエリンたち。

 そのワケを尋ねると、ボニファーが苦しみながらもワケを教えてくれた。


「ど、どちらがエリンさんにより相応しい男かを決めるために、尿意の限界に挑む勝負していたんですぅ…………」

「へっ、今はだいたい2日くらいってところだな。俺はまだまだいけるぜ」

(((く、くだらね~)))


 耐久勝負ならサウナや滝行とかがオーソドックスだろう。少し譲歩したとしても大食いが限度か。

 異世界ならではの我慢比べかとも思われたが、ダーシャたちの反応からそうでもないみたい。


「エリン、見てられないわ。もう楽にしてあげなさい」

「え、どうやって?」

「それはね、ゴニョゴニョ」


 ダーシャはエリンの耳もとに顔を寄せ、なにやら吹き込んだ。


「ふむふむ。ホーホー。なるほどね」


 助言を受けたエリンは、ハンターバッグからコップを2つ取り出した。

 そして水魔法でコップの中を満たす。


「はい、どうぞ」

「おおおおおお!! エリンからの恵みの水だぁぁぁぁ!!!」

「こ、これぞまさしく聖水です! いただきますっ!」


 2人の少年はエリンに差し出されたコップをひったくるようにして受け取り、水を一気に口の中へと注ぎ込んだ。


「プハァ~。今まで飲んだ水の中で一番だ! …………うっ」

「素晴らしいお水です! これはもう一生の思い出ですよ! …………あぐ、うぅぅぅぅぅぅ」


 それぞれ謝意を伝える少年たち。だが、すぐにその顔色が悪くなっていった。


「うぐぐぐぐ、最早これまでか…………」

「エ、エリンさん、お水ありがとうございました! では、失礼しますっ!」

「おい、逃げるかボニファー!」

「エリンさんの前で漏らすくらいなら、こんな勝負なんか負けてやる!」

「し、しまった! 俺としたことが…………!」


 エリンの追い打ちを喰らったタンクはこれ以上耐えきることはできず、ついに決壊しようとしていた。

 我慢しきれない姿を想い人の前で晒してはならないと、ボニファーに続きネストルまでもが走り去っていった。


「フッ、惨めね」


 結局彼らは何がしたかったのか分からないまま、少年たちの背を見送りながらダーシャが勝ち誇ったように言った。

 さすがは失禁のスペシャリスト。考えることがえげつない。


「この歳にもなって人前でお漏らしとか、死んだ方がマシですよ」


 おいダーシャ、ジェイラに死ねって言われてんぞ。


「同感ね。アタシだって人生やり直したくなるわよ。…………って、何よ、その冷ややかな目は?」

「…………いや、別に」

「別にって、アンタ絶対バカにしてたでしょ!?」

「はいはい。もう夜遅いですし、静かにしてください。声が響いて近所迷惑ですよ」


 やんややんや言いながら、エリンは仲間と共にのんびりと夜道を歩いていく。

 だがその胸中では、せっかく手に入れた平穏な日常を借金なんかに奪わせてなるものかと、密かに決意を固めていた。





【読者の皆様へ】

 ここまでお読みいただきありがとうございます! 


 今後の投稿についてですが、最近全く執筆が進んでいません! 当分書くゆとりもありません!!

 一応ストックはあるのですが、この調子だと中途半端なところで止まってしまうことになりそうです。

 そこで、丁度ケーク編が終わったこのタイミングでしばらくお休みをいただこうと思います。そのうち更新再開するつもりです。


 なお、本作を休載する間、拙著『異世界で悪徳商法はじめました。』を投稿していきます。マイページからたどり着けるので、ぜひこちらもよろしくお願いします♪ヽ(・ˇ∀ˇ・ゞ)


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