103. 幽霊屋敷Ⅱ
コツン、コツーン
館の奥から響く足音は、だんだんとエリンたちのいるエントランスに近づいてくるようだ。闇の中で聴覚が研ぎ澄まされている状態なだけに、いっそう不気味さが増している。
そして、ついにヤツは現れた。
『いらっしゃ~い』
「「「っ!?」」」
松明の灯りと共に現れたのは、ボロボロのローブを纏い、フードで頭を隠した人物だった。
家主だろうか。いや、そいつこそが不法占拠者と言った方がよいだろう。
第一声は、暗い雰囲気とは真逆の陽気な挨拶。ただ、その声は歪んでいるように感じられ、聞いた途端に少女たちは鳥肌が立ってしまった。
『ほうほう、こんなに可愛い女の子が3人も。今宵は楽しめそうだなぁ』
「ア、アンタがこの館に居座っているという迷惑者ね。ギルドからの依頼でアンタを追い出しにきたわ。覚悟しなさい!」
『言葉だけは強気だね。でもねぇ、そんな体勢で言われてもカッコ付かないよ』
「み、見えてるの? こんなに真っ暗なのに…………!」
ダーシャはジェイラに抱き着き、ジェイラはエリンに抱き着き、エリンは柔らかい感触にタジタジになっているというのが、闇の中での3人の構図だった。
行動を共にしてからしばらく経っているが、スキンシップはほとんどなかったため、エリンの中の“神崎麟太郎”が顔を出してしまうのだ。暗くて顔が見えないおかげで、過度に挙動不審にならないのは幸いか。
『ま、気が強い子も嫌いじゃないよ』
全身を舐めまわすような言葉に、3人は恐怖心を増大させた。
「だ、大丈夫です。こっちにはブラックリスト入りのエリンさん、それにチェレンだっているんですから!」
「わざわざブラックリストって言う必要あった?」
『ふ~ん、自分たちの実力には自信があるみたいだね。でも、ボクの姿を見ても同じことが言えるかな?』
ローブはさらにエリンたちに近づき、松明で自分の顔を照らし出した。
「「ひいぃぃぃぃぃ!!!」」
「で、出たーーーー!!!」
フードの中にあったのは、人の顔ではなく黒い靄が凝縮したようなものだった。
薄いガス状の生命体。生命と呼べるかは疑問だが、活動し会話していることから、生きていると形容してもあながち間違いではない。
「うわー! なんで開かないんだよコンニャロー!!」
一刻も早くこの館から脱出するために扉を開けようとする。しかし、ドアノブはガチャガチャと鳴るだけで1ミリも動かない。
『フハハハハハ! 無駄だよ、このお屋敷にはボクの力が行き渡っているからね。ドアも窓も、家具だってボクの思いのままさ!』
「エリン、あんな幽霊なんか魔法でぶっ飛ばして!」
「ほいさー。〈ナイアガラ〉!!」
ダーシャに言われるがまま、エリンは水流を放つ。
勢い良く放たれた水流は悪霊のローブに直撃し、松明の灯りと共にガス状の霊は消えてしまった。
「や、やりました!」
敵をやっつけたと、ジェイラたちはガッツポーズ。
「フンッ、さんざん威張り散らしておきながら、随分と呆気なか――」
『あーあ。部屋の中がビショビショじゃないか。悪い子にはおしおきしないとね』
「「「…………えっ!?」」」
たしかにエリンの水流は悪霊を弾き飛ばしたかに見えた。だが、ヤツはさっきいた場所に同じ姿で立っていた。いつの間にか松明の灯りも戻っている。
「ま、魔法が効いてない…………!?」
『フフン、今度はこっちの番だね。君たちの体に憑りついて、あんなことやこんなことをさせてもらうよ♪』
「に、逃げろーーー!!」
「「うわーーーーー!!!」」
薄暗い部屋の中で、3人の少女は蜘蛛の巣を散らすように走り出した。
『アハ、逃がさない』
悪霊はターゲットに向かって一直線。
目を付けられたのは、ジェイラだった。
どこからともなく現れたカーテンが、長い廊下を走っていた彼女の進行を阻む。
カーテンはジェイラの体にまとわりつき、頭だけ出して体の動きを拘束した。
「カーテン!? どうして、こんな…………!」
『どうしてって? 言ったでしょ。このお屋敷はボクの意のまま。カーテンを操るくらいお手の物さ!』
ガス状の塊が接近し、灯りに照らされたジェイラの顔が絶望に染まっているのが見えた。
「ジェイラから離れなさい!」
ダーシャが椅子を投げつけてくるが、ガスの塊をすり抜けるだけに終わる。
妨害手段を持たないダーシャたちを気にすることなく、悪霊はジェイラを見据えた。
『んじゃ、いただきま~す!』
「いやぁぁぁぁ!! 来ないでぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
ジェイラの拒絶も虚しく、鼻の穴からガスが侵入した。彼女は一旦ガックリとうなだれたが、すぐに顔を上げた。その口元には、妖しい笑みが浮かんでいる。
「ジェ、ジェイラ……?」
「ウフ、ウフフフフ。久々に女の子の体を手に入れちゃったぞ」
その声は、まさしくジェイラのものだった。
だが、その口調は彼女とあまりにもかけ離れている。ジェイラのものだった体は、悪霊によって支配されてしまったのだ。
体からは黒い影がこぼれ、眼は禍々しく光っている。外見は完全に空色の髪の少女のままだが、中身が違うことはすぐに理解できた。
「お、やっぱこの子大きいね、さすがはボクが見込んだだけのことはある。さーて、何して遊ぼっかな。って、やっぱまずはあれでしょ。女の子が気持ちよくなれる一人遊び」
「ちょっとアンタ、ジェイラを返しなさい!」
「やーだね。そんなことよりさ、この子脱いだらスゴイんだよ。君も見てみる?」
たまらずダーシャが声を上げるが、悪霊は意に介していない。むしろ服の裾をまくり上げ、ジェイラのあられもない姿を晒そうとし始める。
「アッハーン」
「な、なにしてるのよ!? やめて、ジェイラの体でそんなことしないで!」
「君も一緒にやるかい? そこで見てるだけじゃつまらないでしょ」
ジェイラは自らの体を撫で、艶っぽい表情になる。
「ち、痴女だー!」
「違うわよエリン! 幽霊に乗っ取られてるだけだからっ! アンタ見てなかったの!?」
エリンは慌ててジェイラ(悪霊)から目を逸らすが、すぐに思い直して再び前を向いた。だが、暗い闇の中にうっすらと白磁の肌が浮かんでいるだけで、その肢体はほとんど目視できなかった。
「チッ、灯りさえあれば……って、違う違うそうじゃない。
てか、あの幽霊は痴女というより、さしずめモテないブ男ってとこかな。モテなさ過ぎて成仏しきれてないんじゃないの」
「ぐはぁ」
エリンの言葉に、なぜかジェイラ(悪霊)は片膝をついて呻いた。
「フッ……。思わせぶりな態度とっておいて実は彼氏がいたとか、まずは友達からって言っておきながらその後一度も話さなかったとか、知り合いのイケメンに近づくための道具にされてたとか……」
「「うわぁ……」」
いきなりブツブツと生前の体験談を語り出した悪霊に、エリンとダーシャはドン引き。
ただ、ダーシャはもろ嫌悪感をあらわにしているのに対し、エリンはいくらか同情できるところがあった。
「まぁ、可愛い子にはたいてい彼氏がいるからね」
「ぐぬぬぬ……」
ちなみに、エリンの前世である神崎麟太郎は、好意を寄せている相手がフリーだと分かっていたのに、あまりにもヘタレすぎてアプローチすらできずに終わったという経験がある。
勇気を出して行動を起こした結果、相手に不快感を与えた悪霊。行動を起こさなかったがためにヘタレと非難された麟太郎。
(女って理不尽だよねぇ。……って、今は自分も女だったわ)
「そうだよ! モテなかったんだよっ! この屋敷にいたお嬢様なんか、ボクがたまたまメイドの近くを通りがかっただけで憲兵を呼びやがったんだ! そしたらなんか詐欺とか窃盗とか強姦未遂とか、身に覚えのない罪まで着せられて。いかがわしいことを妄想した罪ってなんだよ!? 何十年も監獄に閉じ込められて、釈放された後は独り寂しく孤独死だよっ! 成仏なんかできるわけねーだろーが!!」
(強姦は未遂なんだ……)
開き直った悪霊に、ダーシャは底冷えする視線を向ける。
「だから決めたんだ。女の子に憑りついて、生きてる間にできなかったことをやってやろうと。おっと、おかしな真似をするなよ。この子の生殺与奪権はボクにあるんだから――」
カプ
「「「…………え?」」」
悪霊が語り続けている時だった。
ジェイラの影から現れた従魔のチェレンが、その大きな口でご主人の頭にかぶりついた。




