102. 幽霊屋敷Ⅰ
第4章『秋の風に吹かれ、冬の雪に凍え、春に桜は咲く』
「おーい、ダーシャ~。どう、なんか面白い依頼あった?」
ダーシャと呼ばれた少女が【ケークタウン】という町のハンターギルド内にある掲示板を見上げているところへ、さらに2人の少女がやってきた。彼女のパーティーメンバーであるエリンとジェイラだ。
「そうね、これなんかどうかしら」
ダーシャは茶色のショートヘアを揺らしながら、1枚の張り紙を指した。それは上の方に貼ってあったため、エリンたちは背伸びして覗き込む。
「……護衛依頼、ですか」
「そ。アタシたち、まだやったことないでしょ。スーパーランクだと他のパーティーと組まなきゃいけないけど、それでも良い経験になると思うわ」
エリンたち『トリコロール』が護衛依頼を受けようと相談していることが聞こえ、ギルド内にいたハンターたちがにわかにざわつく。
もともと、彼女たちは美少女トリオのパーティーということもあって注目度が高い。そんな『トリコロール』と一緒に依頼を受けられるかもしれないということで、男どもはソワソワし始めていた。
「でも、これって目的地に着くまで依頼主たちと一緒に何日も野宿しなきゃいけないんでしょ。アレを使うわけにもいかないし、野宿とかイヤだよ」
エリンは携帯式の一軒家(通称:トリコハウス)を持っているため、これまで移動の際にはそれを使用してきた。現代日本にもありそうな綺麗で立派な家だが、その存在を知られると色々と面倒事が生じかねないので、他人の目があるところで使うわけにはいかない。
そして、『トリコロール』はトリコハウスでの快適な生活に慣れていた。現在は適当な宿に泊まっているが、正直よほどの高級ホテルでもない限り、トリコハウスの方が心地よい。
彼女たちは、最近になってようやくそのことを理解したのである。野宿? なにそれおいしいの?
「そうですね。それに、依頼主や同行されるハンターさんはおそらく男性ですよね。男の人たちと一緒に旅するなんて、ちょっと不安です」
「男は女といるとモンスターになるからね。酒に酔わせて持ち帰ろうとしたり、寝ているところをイタズラしてきたり」
「……エリンは時々生々しいこと言うわよね」
むろん、やったこともやられたこともない。大学時代、教室で他の学生が自慢げに話しているのを小耳に挟んだ程度だ。当時でも不快に思えたが、いざ自分が女の身になってみると、いっそう嫌悪感がこみあげてくる。
「とにかく、安全面と衛生面に問題があるから却下で」
「他のにしましょう。できれば日帰りできるのがいいです」
護衛依頼の同伴に呼ばれないかと期待していて色めきだっていたハンターたちは、一転してガックリと肩を落とした。
「依頼をお探しですか?」
するとそこへ、亜麻色のボブカットの女性がエリンたちに話しかけてきた。この町のギルドで受付嬢をしているユリヤだ。
「そうなんですよ。何かおススメの依頼とか、ギルドがやってほしい依頼ってありませんか?」
エリンがそう言うと、ユリヤは一瞬だけ目を光らせた。
「それでしたら、丁度良い依頼があります。ええ、これはもう『トリコロール』の皆さんのために存在していると言っても過言ではない依頼です!」
「私たちのために?」
ユリヤの態度に、エリンたちは不安がこみ上げてくるのを禁じ得なかった。だが、聞く前から断るのもためらわれる。まだ掲示される前の掘り出し物ということもあり得るのだ。
そのまま受付の方にまで付いていくと、ユリヤは1枚の紙きれをエリンたちに見せてきた。
「ケークの外れの方に古い洋館があるんですけど、そこにずっと不法占拠者が居座ってるんですよ」
「んで、アタシたちにそいつを追い出してほしってわけね」
ダーシャが先に続きを言ってしまうと、ユリヤはうなずいて事情を説明してきた。
「はい。これまでにも追い出そうとはしてきたのですが、いつも失敗していまして。持ち主だった方も手放されて今は町の所有ということになっているのですが、我々としても放置するわけにもいかず…………」
「え、ちょっと待ってください」
引っかかるところがあったので、エリンがユリヤを遮る。
「それって大丈夫なやつですか? ずっと放置されてたってことは、相手はかなり危険な人なんじゃ…………」
「あらやだ、今この町で一番危険な方がそれを言いますか。エリンさんはギルドのブラックリストに入ってますよ」
「「「ええっ!?」」」
たしかにこの町に来てからというもの、悪逆非道な児童誘拐団を捕まえたり、凶悪なポイズンスネークを倒したり、巨大なオーガキングをやっつけたりと、色々目立つことをしてきた。
味方にすれば頼もしいけれど、敵に回せば厄介な存在。そんな風にみなされていても不思議ではない。
「フフフ、冗談です」
ユリヤはケラケラと笑うが、エリンたちは信じていいのか分からず渋い顔に。そんな反応も、ユリヤからすればおかしく思えるみたいだった。
「あなたたちを選んだのには、ちゃんとした理由があります。実は、男の人はそもそもお屋敷に入れないんですよ」
「……えっと、それは、どういうことですか?」
ジェイラが小首を傾げて問う。
「そのままの意味ですよ。男の人だと、ドアが固まって動かないそうです。女の人だと行けるみたいですが、やはり危険だということで」
「それで、私たちに白羽の矢が立ったと」
「そういうことです」
あらゆる男を堕とせる天使の笑顔を向けられたが、エリンには結婚詐欺師の笑みに見えてしまった。
「それでは皆さん、よろしくお願いしますね」
館に入れた女性がどうなったか。それを告げなかったのはユリアの恣意によるものか、単に聞きそびれたエリンたちの過失によるものか。
いずれにせよ、それを聞いていれば、エリンたちがこの依頼をすんなりと受けることはなかっただろう。
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「これが例の洋館ね。聞いてたよりもかなりボロイんじゃないの?」
エリンたち『トリコロール』は、依頼をこなすために不法占拠者がいるという洋館を訪れていた。
古いとは聞いていたが、予想以上に老朽化が進んでいた。壁は変色しており、ツタが生えている。
エリンは前世で、学生時代に築40年のボロマンションに住んでいたことがあった。音は筒抜けだわ、台風が来たら雨漏りはするわ、隣人は毎晩お風呂で独演会を開くわで、いつも早く退去したいと思っていた。
建物はせいぜい築30年が限度だろう。ところが、目の前の建物は、100年近くも昔に建てられたと言われている。倒壊しないのが不思議なくらいだった。
それでも堂々とした佇まいには、どこか惹きつけられるものがあった。
「でも、かなり立派なお屋敷ですよ。昔ケークタウンに住んでいた富裕層が建てたんでしょうか」
「さすがにボロすぎるけど、もうちょっと新しかったら、ここに住むのもアリかな」
無駄に広い前庭を抜け、大きなドアの前までやってきた。
黒塗りのドアに施された装飾は、派手ではないものの職人のこだわりを感じる。
「い、いくわよ…………!」
ダーシャがプッシュプルタイプのドアノブに手をかけ、自分に言い聞かせるように言う。
「わっ」
「ぎゃ!?」
「いやああああぁぁぁぁぁ!!!」
ジェイラのちょっとしたイタズラに、ダーシャは驚きすぎて尻もちをついてしまった。
「アハハハ! ダーシャ、驚きすぎです!」
「うぅ~」
醜態をさらしたダーシャは赤面し、ジェイラをにらんだ。
だが、当の本人はイタズラの成功がよほど面白かったのか、涙が出るほど笑い転げている。エリンもつられて口元が緩んでいた。
「もう、変なイタズラしないでよっ。お化けが出たかと思ったじゃないの!」
「だって~、ダーシャが緊張してたから、気分転換した方がいいかなって思ったんですよ~」
「べ、別にアタシは緊張なんかして――」
「はいはい、大丈夫だよダーシャ。お化けなんてないさ、お化けなんてウソさ~」
童謡で動揺を落ち着かせようとするエリン。ただ、その顔はニマニマしていた。
それを見たダーシャは反論したところで逆効果だと悟り、不満を抑えこんで再度お屋敷のドアへと向き直る。
「あーもう知らないわよっ! ほら、今度こそ行くわよ!」
ダーシャが力任せにドアを押し開けようとするが、ドアはビクともしない。
「フンッ…………。あら? 開かないわね」
「実は男の人だったからじゃないんですか?」
「っ!?」
「失礼ね。どこからどう見ても完璧な美少女じゃないの」
「え、どこどこ?」
ジェイラの冗談に一瞬ヒヤリとしたエリンだったが、すぐにダーシャをいじることで誤魔化した。
「ア、アンタねぇ~」
「そもそも押したのがいけなかったのだと思いますよ。引いてみたらどうですか?」
「アタシがそんなしょうもないミスをするわけ――」
ガチャ
「「「…………あ」」」
ダーシャに引かれたドアは、キィっという時代の経過を感じされる音を立て、ゆっくりと隙間を作った。
「…………普通に開いたわね。男なら開かないって言ってたけど、信じられないわ」
「よくよく考えてみたら、どういう原理なのか分かんないよね」
「体重じゃないでしょうか? 男性は女性より重たいので、それに反応する仕掛けがあるのかもしれません」
「あー、なるほど」
ダーシャがドアの隙間から屋内を覗き込むと、中は真っ暗で何も見えない。
「ほらダーシャ、早く」
「ちょっと! 押さないでよ!!」
エリンが足踏みするダーシャの背中を押すと、さらにジェイラが背後から押し寄せてきて、3人は一気に洋館の中へ転がり込んだ。
「「「あだっ」」」
ガチャン
「「「…………え?」」」
起き上がる間もなく、背後から扉の閉まる音が。ジェイラが慌ててドアノブを引っ張るも、もちろんビクともしなかった。
「と、閉じ込められてしまいました…………」
真っ暗な部屋の中で、ジェイラのか細い声が吸い込まれていく。
彼女の不安を和らげようとエリンは背を撫でたが、小さな体が震えているのが感じ取れた。
「エリン、なんとか明るくできない?」
「おー、そうだった。〈フラッシュ〉!」
電気が普及していない世界だというのに、エリンが魔法を使った途端スイッチを押したかの如く瞬く間に室内は明るく照らされた。
が、
「ちょっとエリン。光が弱くなってるわよ」
「あれ~、おかしいな~」
それも一瞬だった。
エリンの照明魔法は見る見るうちに小さくなっていき、除夜灯のようなポツンとした光が、自分たちの周囲だけをかすかに照らす程度になってしまった。
「うぅ、不法占拠者って聞いてたから、てっきり変なおじさんかと思ってたのに…………」
「おじさんはおじさんでも、きっと魔術師とかじゃないでしょうか」
「魔術師ならまだ対処できるよ。まだ生身の人間だから」
「やめてよエリン!」
相手が幽霊なら、果たして魔法が通用するかどうか。エリンの一言は、ダーシャたちの不安を増大させるのに充分だった。
肩を寄せ合って震える少女たち。
だが、いつまでも入り口にとどまることはできない。玄関が閉ざされた以上、別の場所から脱出口を見つけ出さなくてはならないのだ。
「だ、大丈夫。他にも出口はあるだろうから、とりあえず探索してみよ……」
コツン、コツーン
仲間を鼓舞しようとするエリン。だが、館の奥から明らかに自分たちの物じゃない足音を耳にして言葉を失った。
(な、何者!?)
お化けなんていない? 魔法やモンスターが存在する世界だ。絶対いないなんて断言できない。
聞こえる足音は、着実に近づいていた。




