101. 息子からの手紙
〇前回のまとめ
・終わり良ければすべて良し?
・棚から牡丹餅、食べません。
・謝罪はいらぬ、金をくれ。
【フェケテシティ】にある私邸の書斎で、オルティス男爵は2通の手紙を前に座っていた。
1通は彼の長男であるボニファーからの手紙、もう1通はボニファーの護衛に雇った『空飛ぶシュトゥルーツ』のリーダーであるマチアスからの報告書だ。
先日、10年前に失踪してとっくに死んだと思っていた少女が現れた。
が、喜びも束の間、彼女はすぐさま再び姿をくらませてしまった。
追っ手を出そうにも、顔が分からなければ捜索は困難を極める。
最後に目撃したメイドのカーラによると、少女はお面のようなもので目元を隠していたとのことだから、似顔絵を用意したところで効果は期待できない。
たしかに銀髪は希少だが、他にいないわけでもない。彼女は年齢の割に体の成長が遅れている。そのくせ妙に大人びた印象があることから、年齢を伝えても分かりづらいだろう。
どうしたものかと男爵が頭を悩ませていた時、ボニファーが自分が追いかけると言い出したのだ。
男爵はためらった。しかし、引き留めたところで夜中に脱走でもされたらたまったもんじゃない。ボニファーは勉強や剣の鍛錬にもしっかり取り組む真面目な少年だが、自分の感情に素直になりやすい傾向にある。
息子まで勝手に飛び出して行方不明になるくらいなら、自分が把握できる範囲内で動き回ってもらう方がマシだと判断した。それに、各地を旅して見分を広めることは、将来爵位を継承した際にきっと役立つはずだ。
貴族の息子は、跡を継いで叙爵されるまでは無位無官だ。
だからといって、盗賊やモンスターがはびこる世界へ、大切な息子を1人で放り込むなんてことはできない。次男のシデラという跡継ぎの保険はいるとはいえ、そちらは少々ポンコツだ。できることなら、自分の跡は長男に託したいと思っている。
オルティス男爵は息子の願いを受け入れる条件として、護衛を付けることと定期的に連絡することをボニファーに約束させた。
男爵家は貴族の中で最下位であり、その分収入も一般庶民よりは多い程度で、それほど裕福というわけではない。
ただ、オルティス男爵は他の貴族たちのようにしょうもない見栄のためにお金をつぎ込むようなことをせず、コツコツと貯金していた。社交界では彼のことを『吝嗇貴族』と揶揄する者もいた。それでも、心無い陰口や批判など気に留めず、彼は堅実であり続けた。
一度全てを失いかけた彼は、いざという時に備えることの重要性を身に染みて感じていたのだった。
そして、その時こそ貯めてきたお金を使う時だと男爵は悟った。
コネを駆使してブロンズランクのハンターパーティーを雇い、ボニファーを守ってもらうことにしたのだ。
今のところ、大きなトラブルもなく平穏な旅を続けているらしい。
コンコン
「失礼いたします」
「どうぞ」
ノックに返事をすると、ガチャと音を立てて扉が開き、亜麻色の髪の美女が入ってきた。
「旦那様、紅茶とお茶請けを持って参りました」
「ああ、ありがとう」
カーラが持ってきたものを置けるようにするため、男爵は机上にあった2通の手紙を取り上げた。
「そのお手紙、もしかして、ボニファー様からですか?」
「そうだ。……あの子を見つけたらしい」
「ほ、本当ですか!?」
ポットを持ってお茶を注ごうとした矢先の衝撃ニュースに的を外しかけるが、そこは鍛えられたメイド。きちんとカップの中に紅い雫を落とした。
「本当だ。私も驚いたよ。いつもは金の催促ばかりだというのに」
口をへの字に曲げる男爵を見て、カーラが苦笑いする。
雇ったハンターは誠実さと人間性に定評がある人で、頻繫に報告書を届けてくれた。だが、いつも同じような内容ばかりだった。
代わり映えしない連絡ばかりだったところへの吉報に、男爵も一時は喜色の笑みを浮かべたものだった。
「……だが、すぐに見失ったそうだ」
「え、またですか……?」
喜びを露わにした直後だというのに、カーラは落胆して表情を曇らせる。
あの少女は歳の割に随分と小柄だったが、母譲りの美貌を持っていた。それこそ不惑を超えた男爵ですら心を揺さぶられそうになるほどの。
手紙には自分たちが目を離した隙に少女が出立してしまったとあるが、多感な年頃のボニファーが手を出そうとして逃げられてしまったのではないか。そんな懸念が拭えない。
少女の正体は、ボニファーはおろかカーラにすら伝えていない。
かつて彼女を亡き者にしようとした連中は健在だ。万が一でもヤツらに知られるわけにもいかない。万全を期す必要があると男爵は考えているのだ。
それに、発見した時はボロボロで、次男の養育係・ラトナでも奴隷かと見間違うほどだったという。仮にこの10年の間、彼女が奴隷として何者かの支配下に置かれていたとしたら……。きっと、元の所有者が追いかけてくることもあり得る。
ボニファーには『自分よりも格上に当たる方だから、決して失礼のないように』とだけ言っておいた。果たしてどこまで理解しているのやら。
「はぁ~」
不安のため息を漏らした男爵はカップを取り、紅茶をすすった。
メンソール系の爽やかさとフルーティーな甘い香りが鼻腔を通り抜け、鬱々とした心が吹き飛ばされるのを感じた。
「お、また腕を上げたね」
主からの賛辞に、カーラはほんのりと頬を染めた。
第3章『時が過ぎるのが早いなら、君が光になればいい』了




