100. 後の祭り
〇前回のまとめ
・『空飛ぶシュトゥルーツ』が空を飛べなかった件について。
・事件の関与者はすべからく逮捕されたらしい。
・なんとかエリンの強制連行を免れた。
「ねえ、エリンちゃん。もうすぐハンフェスの後夜祭が始まるよ。一緒に行くじゃん」
「え? あ、はい」
エリンは『ホワイトエンジェル』のジュディに手を引かれ、人々が集まっている方へと向かい出す。すると、ハンナがその行く手を阻んできた。
「あ、ちょっとジュディ。エリンはギルマスのところに連れて行かないと」
「えー、いいじゃん、そんなの後で。メイリはもうちょっと頭を柔らかくしなって、その胸みたいに」
「ふぇっ!? って、どこ触わってるの!?」
「あた」
ジュディがメイリの体を指で突くと、メイリはその手をはたいた。
「と、とにかく、エリンはボクと来てもらうから!」
「なにを~。エリンちゃんは渡さん!」
「ダメだって。呼ばれてるんだから行かないと」
メイリとジュディという美少女2人が、エリンの両腕を引っ張って奪い合う。
喜んでいいのか、こんな経験とは縁がなかったエリンには分からない。むしろ精神的な負荷が重くのしかかって苦しい。
「エ、エリンさんのために争わないで~!」
「アンタが言うんかいっ」
狙っていたセリフをジェイラに取られ、エリンは思わずツッコんだ。
「はぁ~。どうせギルマスは会場本部にいるんだから、ちょっと寄り道するくらいだよ。夜は長いんだから、最初の少しくらいいいでしょ?」
「し、仕方ないわね。少しだけだからねっ」
かくして、エリンとその愉快な仲間たちは、メイリに連れられてギルマスのところへと向かった。
「あ」
「「「あ」」」
ギルマスがいるというテントが見えてきた時だった。丁度そのテントの方向から見知った人物が出てきたので、エリンたちは立ち止まった。
それはダルトワという憲兵だった。以前、誘拐団から子供たちを連れ戻した『トリコロール』を、誘拐犯として逮捕しようとした人物だ。
彼の顔を見て、エリンたちは嫌悪感をあらわにする。また難癖をつけてくるのではないか。そんな疑念が頭をよぎる。
だが、ダルトワは『トリコロール』を見ると、いきなり深々と頭を下げてきた。
「すまなかった」
「「「…………え?」」」
一瞬、彼が何をしたのか、脳が視覚情報を処理するのが追い付かなかった。
ダルトワは体を90度近くに曲げたまま言葉を続ける。
「真の悪人は我々の身内にいた。それなのに、俺は憲兵にそんなヤツはいないと決めつけ、外部に悪人を見つけようとしていた。思い込みのせいでお前たちだけでなく、町の人々に迷惑をかけることになった。本当に申し訳ない」
一旦仲間たちと顔を見合わせて、エリンがダルトワの頭に向かって声をかけた。
「まあ、何か悪いことをやっても謝れば全部オッケーっていうんだったら、真面目な人と被害者がバカをみるだけですよね」
「うっ」
「それにあの様子だと、絶対私たちの他にも冤罪で捕まった人がいるんじゃないですか」
「そ、そのことについては、憲兵団の中でも今後調査しようということになっていて……」
表情は見えないが、その顔色が悪くなっていることは分かる。
「そうですか。それなら、迅速かつ公正な調査と再発防止についてよろしくお願いします」
「……そ、それだけか?」
「いくら出せますか?」
「え?」
「迷惑料、慰謝料、損害賠償。私たちに払うとしたら、いくら出せますか?」
エリンが金銭を要求していると理解すると、ダルトワは唇を噛んだ。憲兵なんて田舎の公務員並みの安月給。貯蓄がたくさんあれば、それこそ不正を疑ってしかるべき。
「じ、10万……い、いや、30万フォートまでなら――」
「じゃあいらないです」
「いやしかし、それでは俺の気持ちが……」
にじり寄ってくるダルトワをきつい目で見据え、エリンは言い放った。
「勘違いしないでください。これは執行猶予です。もしあなたが同じようなマネを繰り返したら、その時は今回支払いを免除した分を何倍にも増やして払ってもらいます。だからもう結構です。では」
機械的に繰り返される構内アナウンスのような朗読。されど真意とはかけ離れているような声音だった。
そのままエリンは歩き出し、同伴していた少女たちもダルトワの横を通ってその後を追った。
「ねえエリン、あれで良かったの? あの人は君たちにヒドイことしようとしたんでしょ」
「いいんじゃない? あれで私たちにお金を払わせれば、それで冤罪がチャラになったと思って、また変なことするかもしれないよ。それよりは負い目を残しつつ利用した方がいいでしょ」
謝罪したからと言って手放しに許せるほど、エリンの器は大きくない。それでも、反省しない輩よりは何倍もマシだ。
本人が納得しているならと、メイリもそれ以上は何も言わなかった。
♦
「みんなーーー! 盛り上がってるかーーーーー!!」
「「「「「うおおおおおおおっ!!!」」」」」
町の危難が去ったということで、予定より遅れたもののハンフェスの後夜祭が始まろうとしていた。
壇上で大声を張り上げるのは、先程までエリンたちと話していたギルマスだった。
「今回は想定外のトラブルもあったが、勇敢なハンターの活躍もあって、なんとか今年も無事にハンフェスを終えることができた」
トラブルがあった時点で“無事”ではないのだが、そんなことをいちいち指摘するような者もいない。
「ハンターたちの健闘を称え、ケークタウンのさらなる発展のためにも、今夜は思う存分楽しんでくれ!!」
「「「「「わああああああぁぁぁ!!!」」」」」
年に一度しかない祭典のフィナーレということで、参加者たちのボルテージは最高潮に達しようとしていた。
「では、後夜祭の開始に先立って、俺の方からハンフェスの入賞者を発表する!!」
「「「「「おおおっっ!!」」」」」
それから、景品がもらえる入賞パーティーがギルマスによって発表されていった。エリンとも知り合った『変幻自在』もランクインしている。
他にも特別賞やら敢闘賞やらに選ばれたハンターパーティーも表彰される。彼らの記念品がギルマスの胸像ということには誰も触れなかった。
「あーあ。こんなことになるんだったら、アタシたちもモンスター倒しとくんだったわ」
「ウチにはチェレンとエリンさんがいるんで、ひょっとしたら入賞できたかもしれませんね」
「ジェイラ、アタシは?」
何かをねだるようにダーシャから尋ねられると、ジェイラは無言のまま顔をそむけてしまった。
「ねえ? ねえってばジェイラ~!」
「あ、ちょっとダーシャ。そんな揺さぶらないでください。おえっぷ」
「ふっふっふ、みっともないわよ。女性らしさじゃ先輩であるハンナの勝ちってところかしらね」
いつの間にか近くに来ていたハンナが、『トリコロール』に声をかけてきた。つい先ほど意識を取り戻して、そのままここへ駆けつけてきたところだ。
(残念だけど、女性らしい人は寝ぐせのまま外を出歩かないもんだよ)
「何よ! 勝負がうやむやになったからって、勝手に決めないで! だいたい、アンタたちだって――」
「続きまして第2位の発表だぁ!! 第2位にランクインしたパーティーは…………『ホワイトエンジェル』だぁぁぁぁぁ!!!」
「「「「「おおおおおっっっ!!!!」」」」」
「「「「「……………………え?」」」」」
群衆は盛り上がっているのに、当の本人たちが付いていけてなかった。
「ハンナちゃんたちのとこかー!」
「オラぁ、あの子たちならいつかやると思ってたんだ!」
「メイリたんマジ天使」
「俺はソーニャ派だな。あのロリっぽさがたまんね~」
「おめでとーーー!!」
歓声と拍手が沸き起こっているが、どうしていいのか分からないといった具合に、ハンナたちは仲間同士で顔を見合わせていた。
「おーい、『ホワイトエンジェル』はいないのか~? 賞品渡したいから出てきてくれ~」
「は、はい! ここにいます!」
ギルマスが呼びかけると、それにハンナが反応した。
仲間たちと共に壇上にあがり、賞品である『リビティーナの杖』を受け取ると、さらに会場はヒートアップした。
「な、なんなのよ。あの人たち、いつの間にあんな……」
「わたしたちが誰かさんたちに絡まれてる間にたくさん倒してたんですよ、きっと」
「クッ、ケーキの恨みぃ~」
「ケークだけに?」
心の底から残念がるエリンに、ジェイラがおどけてみせる。
「さぁて、いよいよ優勝パーティーの発表だ! 今年の優勝は、『トリコロール』だぁぁぁぁぁ!!!」
「「「「「うおおおおおおっっっ!!!!」」」」」
「「「……………………は?」」」
今度はエリンたちが埴輪になる番だった。
空耳でないかとも思ったが、周囲の人々は自分たちを見て賛辞を送ってくる。間違いなく、ギルマスは『トリコロール』をコールした。
「どうしてこうなった?」
人々を騒がせたオーガキングは、エリンとハンナの共闘によって倒されたことになっていた。ハンフェス開催中に会場内でモンスターを倒したわけだから、当然大会ルールが適用される。
そして、オーガキングのポイントは、ギルマスの鶴の一声によって、普通のハンターがどうあがいても追いつけないようなポイントに設定されてしまったのだ。
共闘してモンスターを倒したんだから、ポイントを分ければいいじゃない。
ということでオーガキング討伐によるポイントが両パーティーに加算され、さらにパーティーメンバー数に応じて最終得点が算出されるということで、人数の少ないエリンたちが優勝することとなったのだ。
先ほどギルマスと話し合った際にはハンフェスの話題が一切なかったので、エリンたちはこのような事態を想定していなかったのだ。
なにがなんだか分からないまま壇上にあがると、エリンたちを見てギルマスがニヤリと笑った。その顔は、いたずらに成功した子供のようだった。
「……何だか負けた気分だわ」
「まぁ、賞品がもらえるんだからいいでしょ。もらえるモンはもらっとくべきだよ」
「優勝パーティーの賞品って何でしたっけ。始まる前は興味がなかったので、私覚えてないです」
「えっとねぇ、たしか……」
エリンが思い出す前に、ギルマスが優勝者への賞品を発表した。
「優勝した『トリコロール』には、ラム酒1年分が送られまーす!!!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!」」」」」
「そうそう、お酒1年分…………って」
「「「いらねー!!」」」
会場の端に積まれた酒樽を見て、『トリコロール』は頬に両手を当てて叫んだ。アッチョンブリケ!
棚から牡丹餅なんていうけれど、そんな牡丹餅は腐っているに違いない。そんなものよりお金が欲しい。現金に勝る贈り物はない。
「やあ、おめでとう。スーパーランクで優勝するなんて、ハンフェス初じゃないかな」
「くそう。来年は俺たちが優勝するからな。お前らも絶対来いよ」
入賞した他のパーティーが『トリコロール』のところに来て健闘を称えてくれた。
だが、少女たち、とりわけエリンの耳に賛辞は入ってこなかった。エリンの目は、近づいてきた某ハンターの手元に釘付けだった。
「あ、あの!」
「お、おう。どうした?」
とうとうエリンはそのハンターに歩み寄って声をかけた。
ゴーグルで目元を隠しているとはいえ、それでもエリンは顔立ちの整った超美少女だ。そんなエリンが話しかけてきたことで、そのハンターは鼓動の高鳴りを感じながら答える。
「おじさん、5位のパーティーですよね。私たちの賞品とそちらのを交換しませんか!」
「え、え?」
そのハンターは、最初こそビックリしてエリンを見つめた。
だが、すぐに正気を取り戻してフッと小さく笑った。
「何言ってんだキミ。これはキミたちが頑張った分だ。俺たちに気ぃ使うことなんざねえよ」
「ぞんな゛~」
「なんだ、お前ら酒いらないのか? ならギルマスの像と交換――」
「「「それはいりません!!」」」
「そ、そうですか…………」
いまさら何を言おうが、全て終わって後の祭り。過ぎたことまで変えられない。
そんなこんなで、ハンターフェスティバルは幕を閉じたのだった。




