第4話 魔法
養成所入所初日、クレハたち訓練生は、巡行士ギルドの規則や禁止事項などを教官に教わった。
すべてを完璧に覚えることができたとは、とても言えない。
手帳の数頁が文字で真っ黒になるほど、膨大な数の決まりがあった。
そうして初日をなんとか終え、クレハは帰路につく。
フレッダのように遠方から来ている者は、養成所の寮へ帰るらしい。
オレクス村はオルディアから馬車も出ており、そう遠くはないため、クレハは自宅からの通所を選んだ。
「クレハちゃん! 入所おめでとう!」
「アーチュ! 来てくれたんだ、ありがとね!」
道すがらアーチュに声をかけられ、クレハの頬が綻んだ。
クレハの帰りを待ってくれていたようだ。
「おい、俺もいるんだけど」
「あ、いたのトリル」
「絶対見えてただろ! ああもう! とりあえずその、おめでとう。晴れて俺の後輩、だな」
後輩、という言葉を強調するトリル。先輩面に少し腹が立つ。
しかし、初対面の人ばかりで緊張した後、アーチュとトリルという馴染みの顔ぶれに会ったからか、妙に落ち着いた。
「偉大な先輩方の、後輩ね。もちろんトリルは除く」
「なんだとー!」
慣れ親しんだ会話にこっそり息をつき、クレハは馬車へと乗りこんだ。
帰宅後、ハンナと夕食を食べ、寝支度を整える。いつもどおり魔素感知の練習を行ってから、クレハは眠りについた。
*
翌日、クレハは巡行士ギルドの訓練生として二日目を迎えた。
「皆そろっているな。今日は魔法学の訓練を行う。まずは座学。その後、訓練場にて実技だ」
クレハたち訓練生が、手帳を開く音がまばらに響く。
「魔法とは、体内魔素や大気中の魔素へ干渉することで生じる現象を指す。魔法を使用できる者は、先天的に資質を持つ者のみとされている」
ここまではクレハの認識と相違ない。
続く魔素の説明も、特に代わり映えするものはなかった。
「君たちの中にも、魔法を使える者と使えない者とがいるだろう。後ほどの実技にて適性を測らせてもらう。もし、自身が魔法を使えないとしても、味方や敵は使える可能性がある。つまり、戦闘や情報収集など、誰しもに必ず関わりがあるものだ。よって、みな自分事として聞いてくれ」
クレハは浮き足立った。
憧れていた魔法、その適性を知ることができる。
クレハは自分が魔法を使えると疑っていない。グランスだけでなくトリルも使えるならば、クレハにだって使えるはずだ。
「魔法を使用する時、必ず呪文の詠唱が必要となる。ただし、暗唱するだけでは使えない。魔素を制御し、指向性をもたせることで初めて使用できる」
これはクレハの認識と違っていた。
魔法は、才能ある者が特定の呪文を唱えるだけで使えるものだと思っていた。
クレハは手帳へ要点をまとめる。
「また、人によって使える魔法の属性が決まっている。これを魔則と呼ぶ。魔則は一人につき一つであることが多いな。なお、魔則も魔法の使用適性と同様、後ほど適性を測らせてもらう」
クレハはグランスに教わったことを思い出した。
たしかにグランスの言うとおり、その人の魔則によって使える魔法の種類が異なるらしい。
さらに、その魔則は炎、水、氷、地、風、雷の六つだったはず。
クレハの予想どおり、ジュードが続けた魔則の説明では六つの属性が紹介された。
「次に、魔法を使用する際の呪文だな。呪文は二つの魔法言語と呼ばれる言語で構成されている。初めは魔繋語。これは魔素へと働きかける言葉だ。次に、魔則語。こちらは魔法の属性や性質、現象を表す言葉だ」
初めて知る言葉に、クレハは必死で筆記具を走らせた。
——呪文にもちゃんと意味があるのね。
当たり前のようで、聞くまで思いもよらなかった。
「では実際に魔法をここで見せよう」
ジュードはそう告げると指を一本立てる。
「シガレイマライ——フィル」
よく通る声でジュードが呪文を唱えると、彼が立てた指の先に小さな炎が灯った。
——炎の魔法だ。
クレハは指先に宿る炎に魅入った。魔法を見るのは人生で三度目だった。
「それではクレハ。シガレイマライ、とフィル。どちらが魔繋語で、どちらが魔則語だ?」
「はい。最初が魔繋語で、フィルが炎の魔則語です」
「そのとおり。シガレイマライは魔繋語、フィルは炎の魔則語。どちらも低級にあたるものだ」
クレハはほっと胸をなでおろした。
シガレイマライ、と手帳に綴り、次は完璧に答えられるよう備えておく。
それにしても、フィルという言葉は今日生まれて初めて聞いたというのに、やけにクレハの口に馴染んだ。
「魔繋語にも魔則語にも、それぞれ低級、中級、上級と難易度がある。魔繋語は、低級シガレイマライ、中級シガレテ、上級シガレ、というように、難易度が上がるにつれ短くなっていく。使用者の能力が高くなるほど、短い詠唱で魔法を行使できるということだ」
二年前ソルディアと出会った日、トリルもシガレイマライ、と低級の魔繋語を唱えていた記憶がよぎった。
「魔則語は炎を例に挙げると、低級フィル、中級フィレイグ、上級フィレイグランとなる。こちらは難易度が上がるにつれ、詠唱が長くなる。これは魔法の威力や範囲がより大きく、強くなるためだ」
これまでの説明を踏まえて考えると、使用者の能力によって短縮できるのが魔繋語、現象によって変わるものが魔則語ということだろうか。
続けてジュードが補足した内容は、クレハの推測と同じものだった。
「さて、座学はここまでだ。次は実技に移る。皆、訓練場へ移動してくれ」
ジュードの声に反応し、訓練生たちが動き出す。
クレハは一度手帳を見返して頭の中を整理すると、フレッダとともに訓練場へと向かった。
*
「それでは、これより魔法学の実技を始める。今日は一人一本、魔杖を用意した。この魔杖は、魔素を操る補助具として、主に初心者用に作られている」
訓練場にて、クレハは自身の前に置かれた木製の杖を手にとった。
先端が細くなった棒状の杖は、木剣よりも細く、木の枝よりはるかに太い。
「この杖は、魔素の吸収率が高い木を素材として使っている。今から君たちには、この杖を使い大気中の魔素を集め、杖の先端から放出する練習をしてもらう。これができなければ魔法は使えないと思ってくれ」
ジュードは手本として、実際に魔素を放出してみせた。
大気中の魔素が集まると、淡い光が杖の先端に灯る。前方へ設置された的を目掛けて杖が振られ、拳くらいの大きさをした光の玉が的の中心へ飛んでいった。
——すごい。
厳密には魔法と言えないだろうが、何もないところから力を生み出すという点では、今までクレハが想像してきた魔法に違いない。
「魔素がうまく認識できないものは魔素感知から教える。説明を聞き終えたら訓練場後方へ集まってくれ」
幸い、クレハは二年の練習の成果により、体内、体外ともに安定した魔素感知が行えるようになっている。
初めから杖による訓練に取り組めるということだ。
クレハは少し鼻が高かった。
「最後に、杖を使用する者に注意点だ。杖から放出される魔素は、いくら無属性といえど力の塊だ。大きければ威力も出るし、小さくとも当たれば魔素酔いを起こす可能性がある。くれぐれも、杖を人に向けないよう気をつけてくれ」
——攻撃するとき以外は剣先を人に向けないのと同じことか。
クレハは自分なりに納得し、杖の先を地面へ向けた。
周囲の様子を窺うと、ジュードの今の説明でおろおろしている訓練生が数人いる。
自分が持っている道具で、人を傷つけるかもしれないと心配しているのだろう。
クレハは緊張している様子のフレッダの肩にそっと触れ、振り向いた彼女を安心させるよう頷いた。
「それでは訓練を始めてくれ」
ジュードの合図で訓練生が一斉に動き出す。
「クレハちゃんはすぐに杖で練習するの?」
「うん。魔素感知はもうできるから」
「すごっ! 私は全部初めてだから、魔素感知から教わってくるつもり。じゃあまたあとでね!」
クレハの顎が無意識に上がる。
フレッダは笑って訓練場後方へと向かって行った。
——それじゃあ、やりますか!
クレハは意気揚々と的へ向き直った。
円状の的は中央が赤く塗られており、そこを目掛けて放てばいい。
「ふーっ」
目を瞑り、周囲の魔素を感じとる。
この二年で培った感知能力は上々だ。来たのは二度目の訓練場でも、魔素の流れを捉えることができた。
第一段階は難なく通過。次は第二段階、魔素の集中だ。
「……」
目を瞑ったまま、魔素——光の粒を杖の先端に集めるよう念じる。
しかし、魔素は一向に動かない。
「うーん……動けー、動けー」
言葉が必要かと考え口に出してみたが、効果はない。
クレハは大きく肩を落とした。
——簡単だと思ったんだけどなぁ。
ジュードがすんなりとやってのけたため、いつの間にか自分もできると錯覚していたようだ。
どうしたものかと首を傾げていると、隣に誰かがやって来た気配がした。
「クレハ、君はどうして目を閉じているんだ」
「それは、魔素感知をする時に目を閉じてるからです」
クレハに声をかけたのはジュードだった。
魔素感知の説明を終え、杖を使用している者の中でうまくいっていない者に対し、声掛けを行っているらしい。
「そうか、基本に忠実だな。いいことだ。だが、実際に魔法を使用するときも目を閉じるわけにはいかないだろう」
「あっ、たしかに」
「ぼんやりとでいい、目を開いても感知できるよう意識することだ。そして、大気中の魔素と自分を繋げ、自ら魔素を誘導するように行うといい。始めたての頃は集中させる先——つまり、杖の先を見つめるとうまくいく、という話もよく聞く」
「目を開いて感知……大気中の魔素と自分を繋げる……杖の先を見る……わかりました! ありがとうございます!」
クレハはジュードの助言を口の中で反復し、理解した。
まずは目を開いたまま、いつもの魔素感知の感覚を思い出す。
次に自分から糸が伸びているような図を思い浮かべ、先に大気中の魔素を結びつける。
魔素を結びつけた糸を中央へ寄せるようにして、目的地である杖の先端へと動かす。
この工程を何度も何度も繰り返した。
「さっきよりは何か掴めてるはずなのに……」
やり方を変えてから、少しずつ魔素が集まり始めている。けれど、光の玉と呼べるほど、同じ場所に留まってくれない。
魔素を集中させるのに手間どっているのが原因だろう。
例えるなら、水を運ぶとき、手のひらで少しずつ掬っているようなもの。
桶で一気に汲んで運べば楽なのに。
そこでクレハはピンときた。
「手じゃなくて桶! 糸じゃなくて網!」
もう一度、魔素感知の感覚を思い出す。
今度は、糸ではなく目の細かい網を伸ばし、大気中の魔素をさらった。
そして、一気に魔素を杖の先端へ持ってくる。
「——やった!」
ついに、クレハの持つ魔杖の先端に爪ほどの光の玉が灯った。
ジュードが見本で見せたものには程遠い大きさではあるが、なんとか第二段階を達成することができた。
このまま第三段階——的への発射まで進みたいところだが、この大きさでは心もとない。
クレハは先程の工程を繰り返し行い、自身の拳より一回りか二回りほど小さい光の玉を、安定して灯す練習をした。
「よし、これだけやれば十分かな」
最後は第三段階、的への発射だ。
魔素の発射自体はそれほど難しくない。
的の中央目掛けて杖を振り、光の玉を文字通り飛ばす。ただそれだけだ。
ただし、飛ぶには飛ぶが真っ直ぐ飛ばなかったり、飛距離が足りないことがしばしば。
クレハは、弾道と飛距離の調整ができるよう、発射についても反復練習を行った。
「や、やっとうまくいくようになった……!」
クレハは息も絶え絶えになり、肩で細かく呼吸する。
やっと、第一から第三までのすべての段階において目標を達成することができた。
集中力が途切れたせいか、無性に甘いものが欲しくなる。
「よくやった。ゆくゆくは、弾速も自在に操れるようになるといいな」
ジュードはそう言うと、丸い飴玉をくれた。
どうやら他の訓練生にも配っていたらしい。
座りこんだり、膝に手をついたりしながら呼吸を整える他の訓練生たちの口が、もごもごと動いているのが見えた。
「飴玉を舐めながらでいい、こちらに注目してくれ。魔素の発射までできるようになった者が現れ始めた。現時点でうまくいっていない者も焦らず、引き続き自分の速度で取り組んでくれ」
クレハは口の中の飴を左右に転がしながら、ジュードの言葉に耳を傾ける。
「先に、魔素発射の次に行う魔則適性検査、および魔法詠唱の実践を行う」
クレハをはじめとした訓練生たちがどよめく。
——魔法詠唱の実践ができるの!?
まだまだ先のことだと感じていた魔法の詠唱。それを今から行えるとは。
クレハの気分は最高潮に上がっている。
「というのも、魔則の適性を測るには実際に魔法詠唱を行うほかない。専用器具の開発が待たれるが、今はこの話はいいだろう。これより、皆の期待どおり実際に魔法を使ってもらう」
ジュードは魔杖を手に的の正面へと進み出る。
ふと、クレハは思い至った。
——あの時、お父さんは嘘ついたのね!
初めてグランスに魔法の使い方を尋ねたとき、魔則を調べるには専用の道具がいると言っていた。
あのときはそういうものかと納得したものだが、今思えばクレハを諦めさせる嘘だったのだ。
次に父と会ったとき、徹底的に問い詰めることを決めた。
「魔素発射ができた者から右側の的へと移動してくれ。そこで六つの魔則語を順に使い、低級魔法を使ってもらう。魔則の順は、炎、水、氷、地、風、雷、だ。使ってもらいたい魔則ごとに、的の中央の色が赤、水色、白、茶、緑、黄と変化していく。くれぐれも的の色と異なる魔則の魔法を使わないように」
訓練場の右側にある的を見ると、ジュードの言うとおり一定の間隔で的の中央の色が変化していた。
「魔法は座学で説明したとおり、シガレイマライ……低級の魔繋語と、それぞれの魔則語を唱えることで使うことができる」
期待の高まりは留まることを知らない。
訓練生の誰もが、訓練の再開を今か今かと心待ちにしている。
しかし、そんな浮ついた空気をジュードが許すはずもなかった。
「魔法は低級であろうと、使いようによっては命にかかわる。ゆめゆめ忘れるな。なお、段階を踏まず、魔素感知や魔素発射を飛ばし魔法を使うようなことがあれば、厳罰に処す。不正を働くことのないよう心得てくれ」
ジュードの鋭い眼光に訓練生全員が息を呑む。彼は一度頷くと、訓練の再開を告げた。
クレハは魔素感知、魔素発射ともに成功しているため、次は魔法詠唱ができる。
「よし、やるわよ」
クレハは頬を叩いて気合を入れた。
魔法詠唱用の的は中央の色が水色になっている。つまり、今は水の魔法を使うときだ。
「シガレイマライ……」
魔素発射と同じ要領で、大気中の魔素に網を張る。
そして杖の先に集めた魔素へ、水になるよう指向性をもたせる。
「——サーズ」
クレハが持つ杖の先端に無色の光の玉が灯り、霧散した。明らかに失敗だ。
「これって、あたしの魔則は水じゃないってことよね」
以前トリルが唱えたのはサーズ——水の低級魔法だ。
実際にトリルが魔法を唱えたとき、彼の手からは水の刃が放たれていた。
——あいつ、あのとき杖なしで魔法を使ったの……?
クレハはトリルの才能の一端を目にしたような気がして頭を振る。
そうこうしているうちに的の色が白へと変わった。
「シガレイマライ——ヒョート」
次は氷の低級魔法を唱えたが、またも失敗に終わった。
続けて地、風、雷と試したが、どれも不発。
クレハに適性はないようだ。
魔法を唱えるごとに固く結ばれた唇に、ついに歯を立ててしまった。
魔杖を握る手が汗ばみ、今にも取り落としそうになる。
——まだ。まだ炎がある。炎で成功すればいい。
クレハは自分に希望をもつよう言い聞かせた。
「大丈夫。あたしはできる」
クレハは杖を持ち直し、深呼吸を一つ。
意識を大気中の魔素に集中し、今できるありったけをかき集める。
「シガレイマライ——」
クレハの中にある炎を想像する。
目を刺す明るさで、皮膚を炙る熱さで、灰になる匂いで、弾ける音で。
今ここに、炎を組み立てる。
クレハの瞳が揺らめく炎のように輝いた。
「フィル」
瞬間、杖の先が赤く光り、小さな炎の玉が現れた。
クレハはまるで吸いこまれるかのように、的の中央へ向けて杖を振り、火球を真っ直ぐに飛ばす。
見事、真ん中へ命中した。
「……やった、の? うそ。本当に!? やった! できたわ! 炎の魔法が使えた!」
クレハは思わずその場で飛び跳ねて喜んだ。
そこへフレッダが駆け寄って来る。
「クレハちゃん、やるぅ! さっそく魔法使えてるじゃん! 炎かぁ、クレハちゃんにピッタリだね!」
「ありがとうフレッダ! すっごく嬉しい!」
クレハはフレッダと手のひらを合わせ、ぱちんと小気味よい音を響かせた。
クレハの魔則は炎。赤く燃える、炎の魔法を操るのだ。




