第3話 巡行士ギルドの養成所
クレハはトリルとアーチュ、ソルディアと分かれると、興奮冷めやらぬまま馬車へと飛び乗った。オレクス村までの二時間、鮮烈な出会いを何度も思い返す。
村に着くと、クレハは乗車賃を御者に手渡し、母の待つ自宅へ駆けて行った。
「お母さんただいま!」
「おかえりなさい。あら、何かいいことでもあったの?」
「うん! あたし巡行士になる!」
「巡行士? それはまたいきなりな話ねぇ」
夕飯の支度をする手を止め、ハンナが振り向く。
クレハは母に、ソルディアという憧れの人と出会った経緯をまくし立てた。
「そんなことがあったのね。まずはクレハが無事でよかったわ」
「うん。トリルとも仲直り、って言うとおかしいけど。謝られたから許したわ!」
トリルは魔法を使えるようになったばかりらしかった。
危ないから訓練以外では禁止されていたのに、勝手に魔法を使ったのと、人に向けて使ったのとで養成所の人からこっぴどく叱られていた。
トリルが縮こまる姿を思い出すと、クレハの背筋も無意識に伸びる。
「それで、そのソルディアさんって方だけど。私、名前を聞いたことがある気がするわ」
「本当!?」
「ええ。会ったことはないんだけどね。どこで聞いたんだったかしら」
ハンナは指を顎に当て首を傾げている。クレハは母が記憶の引き出しを開けるのを今か今かと見つめた。
憧れの人のことは少しでも多く知りたい。期待はどんどん高まっていく。
「うーん、思い出せないわ。次お父さんが帰ってきた時にでも聞いてみましょ」
「はーい」
「巡行士になりたいっていうのは、そのソルディアさんが巡行士だからってことよね」
「そうなの! あたしもあの人みたいに、強くてかっこいい巡行士になりたい!」
クレハは一つに結んでいる髪の結び目を解き、はらりと流れる赤髪を指で梳いた。
ソルディアの髪は背の半分まである長さで、波打つような髪質だった。
首周りが髪に覆われ暑い気もするが、憧れに近づくためなら我慢できる。
「相当やられちゃったみたいね。巡行士の件もお父さんを交えて相談しましょ」
「うん!」
クレハは次の生の日まで木剣の素振りを欠かさず、魔素感知の練習も並行して取り組んだ。
——面倒で退屈な一歩こそ、明日の自分を支えてくれる……!
時に愚痴をこぼしながら、それでもソルディアからもらった言葉を胸に、一歩一歩を積み重ねる毎日を過ごす。
そうして迎えた生の日。三人で食卓を囲む中、クレハが真っ先に切り出した。
「お父さん、あたし巡行士になりたい!」
「母さんから軽くは聞いたよ。ソルディアに助けてもらったんだって?」
「ソルディアさんを知ってるの!?」
「ああ。巷でかなり有名な巡行士だ。『太陽を宿した女』なんて呼ばれていてね。まだ若いのに凄腕だって噂だよ」
クレハの胸は躍りに躍った。
やはりソルディアは実力者だったのだ。それにかっこいい二つ名までついている。太陽、とは言い得て妙だ。
「そのソルディアさんみたいになりたいの!」
「巡行士にならなくとも、彼女を目標にすればいいんじゃないか?」
「それは、そうかもしれないけど。でも、元々剣を使う仕事がしたかったし。強くなって色んな人を守れるなら最高でしょ?」
これまでのクレハは、巡行士という職業にあまり興味がなく、各地を巡って依頼をこなす人という認識しかなかった。
ソルディアと出会った日、トリルに巡行士とはどんな職業か尋ねると、彼は『巡行士は、護るべきものを護る人』だと答えていたっけ。
「あなたの思いはわかったわ。でも、将来を決めてしまうにはまだ早いんじゃない? 小さい頃から、お菓子屋さんになりたい、鍛冶屋がいい、父さんと同じ兵士になる、って夢も変わっていったのだし」
「小さい頃の話でしょ! 今はもう巡行士一筋だもん!」
ハンナが眉を下げるのでクレハは眉をつり上げた。
子どもの頃の話だ。夢がころころ変わるのなんて誰しもにあることだろう。アーチュだって将来の夢を花屋か服屋かで悩んでいたかと思えば、パン屋もいいかも、なんてこぼしていたのだし。
「クレハ、巡行士は兵士と同じくらい危険な仕事だ。それに、飼い猫探しのような簡単なものから、魔物討伐や護衛のように危険で難しい依頼もある。様々な能力が求められるんだ」
「……うん」
「それでも、巡行士になりたいと思うか?」
グランスの瞳が真っ直ぐクレハを射抜いた。
見定めるような眼差しに、乗り出していた上半身を引き戻す。
一度目蓋を閉じれば、あの日見たソルディアの後ろ姿や不敵な笑みが浮かび上がった。
——あたしも、あんな人になりたい。
クレハは金色の瞳に強く意思を宿し、グランスを見つめ返す。
「あたしは巡行士になりたい。ソルディアさんのようにかっこよくて、強くて、素敵な人になって、いろんな人を守りたい」
静まり返った室内に凛とした声が響く。
曲げようのない意思がグランスとハンナの耳に届いたのか、ふたりは顔を見合わせた。
クレハは返答を待つ間、じっと父母を見ていた。
「わかった。そこまで決意が固いなら、父さんはクレハを応援するよ。母さんは?」
「もちろん、私もクレハを応援するわ。かっこいい巡行士になって、世界中の人を守っちゃいなさい」
「お父さん、お母さん……ありがとう!」
クレハはほっと胸をなでおろし、満面の笑みを浮かべる。
グランスもハンナも温かな笑顔を見せてくれた。
「さて、最高の巡行士を目指すにあたり、まずはどうやって巡行士になるかだが」
「トリルみたいに養成所に通うとか?」
「それが確実だな。巡行士ギルドの養成所入所は、たしか十二歳以上が条件だったか……」
「そうだと思う。トリルがちょうど十二歳だから」
トリルは以前から巡行士を目指していて、最近やっと養成所に入所できたと喜んでいた。
——あの日はたしか、アーチュと一緒にお祝いの菓子を買って三人で食べたっけ。
クレハは菓子の味を思い出し、少し頬を緩める。
「クレハは入所までに少なくとも二年はかかるな」
「早く入りたいんだけどなぁ」
「まあそう焦るな。たしか、養成所を通らず巡行士になる場合、直接の入団試験やスカウトもあるはずだが……今のクレハには早すぎる」
「うーん……悔しいけどそうよね」
ソルディアほどの実力はないとしても、それに近い能力は必要とされるだろう。
きっと剣や魔法の戦闘だけでない力も、色々と身につけないといけないだろうし。
——まあこれは、トリルから聞きかじっただけなんだけど。
クレハは腕を組んで首を傾げた。
「二年後の養成所入所まで何すればいいんだろう」
「これまで通りでいいんじゃないか? 魔素感知の練習も着々と進んでいるし、最近は素振りもちゃんとやってるようじゃないか」
「それは……面倒で退屈な一歩も大事だからね!」
「よく言うよ」
グランスが肩をすくめ、ハンナがくすくすと笑う。
とにかく、二年後までこれまでの訓練を続けること。十二歳になったら巡行士養成所へ入所すること。
次の目標が定まった。クレハの心に更なる熱意が灯る。
「養成所に入るなら、お金も必要になるわね。二年で貯金しなくっちゃ」
「そうだな……そういえば、養成所で才能が認められれば、ギルドと支援契約を結べるはずだ。ギルドが授業料を数割肩代わりしてくれるとかなんとか」
「そうなの? お得ね」
「まあ、巡行士になったら依頼の報酬から少しずつ返済しなきゃいけないらしいが。俺も同僚から聞いただけだからな……詳しく調べてみるか」
「あたしも頑張る!」
その後も巡行士の話や他愛ない話で盛りあがり、グリッテス一家は団らんの時を過ごした。
*
それから約二年間、クレハは訓練を続けた。
さぼりがちだった剣の素振りを、たまに「めんどくさいー」と愚痴をこぼしながらも毎日こなし、魔素感知の練習にも日々取り組んだ。
基礎が固まったことで、クレハの剣技はさらに磨きがかかった。打ち合いの最中でも型が崩れることが少なくなり、安定感が増した。
魔素感知は、ぼんやりとした光の粒が一瞬感じとれるだけだったのが、体内、体外ともに安定して感じとれるようになった。
さらにこの二年で髪も伸びた。クレハは、よりソルディアの長さに近づいた髪をふわりとなびかせている。
「ついに、この日が来たのね……!」
そうして待ちに待った今日、クレハは巡行士ギルドの養成所、オルディア支部へと入所を果たした。
オルディアはシルフェオン王国でも大きな都市だ。
王国は巡行士ギルドへの支援が手厚く、オルディア支部とその養成所は、かなりの広さを誇っている。
「……広すぎるわね」
クレハは入所式を終えた後、同期とともにギルドの受付や、養成所の各種施設を案内された。
——正直、当分はどこに何があるか覚えられる気がしないわ。
教室に教官室、訓練場をはじめ、食堂、休憩所、図書室などなど、様々な用途の施設があった。
今は、今後よく使うと説明された教室に入り、自己紹介をしている。
「まずは俺から。ジュード・フェイルだ。主に、今回入所した君たちの取りまとめ役と、魔法学を担当する。以後よろしく頼む」
教室内から拍手が起こる。
教壇に立つジュードは二十代半ばくらいの男性だ。赤茶色のくせっ毛を品よく整えている。
「では次、端の君から。ここにいる君たちは年齢も出身もばらばらだ。自己紹介の際は名前、年齢、出身地を教えてほしい」
「はい。フレッダ・ディンリーです。十三歳で、出身は芸術とかで有名なアルフレッテです。どうぞよろしく!」
教官の次に自己紹介をしたのは、クレハの隣に座る少女だった。
クレハより一歳上の少女。日陰で見る若葉のような色の髪が、肩上でぴょこりと跳ねている。
溌剌とした話し方からは、明るそうな印象を受けた。
「次は隣の君。終わったら他の者たちも続いてくれ」
「クレハ・グリッテスです! 十二歳です。オレクス村から来ました。よろしくお願いします」
立ち上がって言い終えた後、皆の方を向き一礼した。
——歳が上の子もいるし初対面だしで敬語にしたけど、堅苦しかったかな……。
大勢に向かって話す機会などあまりなく、クレハの鼓動はどくどくと早くなっている。
拍手をどんな顔で受けるべきか悩みながら、次の人、左隣の彼へと視線をむけた。
そうして、同じ教室にいる訓練生の自己紹介をひと通り聞き終わった。
入所式で見かけた残りの二十人は、隣の教室にいるのだろう。
「クレハちゃん」
どの教室かはわからないが、どこかにトリルもいるはずだ。
近頃のトリルは剣術や魔法だけでなく、斥候の技術や交渉術など、巡行士に必要な能力をどんどん身につけているらしい。
歳の差があるとはいえ、二年の差は大きいと何度歯ぎしりしそうになったことか。
「クーレーハーちゃん!」
「あ、はい! ごめん、考え事してて」
クレハは隣から顔を覗きこまれ、はっと思考の海から帰還する。
——たしかこの子の名前は……。
「フレッダ、さん……ですよね」
「さんはいらないよー! 敬語もなし! フレッダでいいよ」
「じゃあ、フレッダ。どうしたの? あたしに何か用?」
「用は、特にないんだけどね! 休憩時間になって皆ちらほら喋りだしたのに、クレハちゃんったら上の空だったから」
「あはは、変な顔してたかな。実は知り合いに先輩……というか、先にここで訓練してる子がいてね。どの教室にいるのかなって」
——嘘は言ってない、よね。
初日から、どうやったら追い越せるか考えている、なんて闘争心に溢れたことを言うのは控えておいた。
「そうなんだ! その子と仲が良いんだね!」
「えっ、なんで?」
「だって緊張してる時に考えちゃうくらい、頼りにしてるんでしょ?」
「違う違う! あいつに限ってそんなことない!」
「クレハちゃんってば素直じゃないんだぁ」
くすくすとフレッダは楽しそうに笑っている。
彼女の可愛らしい顔立ちも相まって、イタズラっ子のようだ。
——なんだか話しやすいかも。
クレハは軽い口調で否定を重ねた。
「そろそろ休憩時間は終わりだ。皆、こちらに注目してほしい」
ジュードの声で沈黙が作られる。
先ほどまでの和気あいあいとした空気と、真剣な教官の雰囲気と混ざり合い、クレハは過度に背筋を正さず落ち着くことができている。
「では初めに、君たちが目指す巡行士とはどんなものか、説明させてもらおう。——巡行士とは、護るべきものを護る者。元は巡行護衛者として商人の護衛をしていた者たちが、より多くの人を守るために組織をつくった。それを今日まで発展させてきたのが現在の巡行士ギルドだ」
クレハは、入所時に手渡された巡行士用の記録手帳にジュードの言葉を書きとった。
護るべきものを護る。
以前、トリルに巡行士とはどんな職業か尋ねた時、全く同じ答えが返ってきたのを思い出す。
「護るべきものを護る。これが巡行士の理念だ。曖昧でわかりづらいだろう。だからこそ様々な解釈がある。今回は俺なりの考えを君たちに伝える」
ジュードの声がさらに真剣味を帯びる。
「護るべきものが何か自分で見定め、護るべきものを護り抜く。その姿勢を表した言葉だと俺は考えている。君たちもこれから巡行士を目指すうえで、この言葉の意味を考え続けてほしい」
ジュードの考えはクレハも納得のいく言葉だった。
しかし、彼はクレハたちに言葉の意味を考え続けろと言う。
クレハは、自分なりの答えを求められているのだと気づいた。
守るものとは何だろうか。家族、友人、そのほか大勢の人。クレハが思いつくのはそんな感じだ。
でも、きっと違う答えもあるのだろう。
クレハは、手帳に書いた巡行士の理念の傍らに空いた箇所を見つけると、「あたしは?」と言葉を書き足した。




