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茜羽の巡行士  作者: 如月がろ
3章 鮮烈なる邂逅
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第24話 色溜まり


 月明かりが照らす画家の工房にて、クレハは先に到着していたカナトに手を振った。


「来たか。そっちはどうだった?」

「ばっちりよ。少なくとも、怪しまれてはないと思う」


 この工房の持ち主である画家は気のいい人だった。シャーレイの紹介で出会った彼女は、以前ギルドに世話になったとのことで、快く協力してくれた。


「オレが探りを入れたから警戒してるはずなんだが」

「それも、シャーレイさん入れて打ち合わせたの。商人に金貨をちらつかせながら、『明後日には旅に出るから』って、心底名残惜しそうに煽ってたわ」

「ははっ、さすがシャーレイさんの案だ」

「あたしも作戦会議したんだからね!」


 それに、画家の彼女も名演技をしていた。舞台女優でもやっていけそうなほど、真に迫る物言いだったと言える。クレハも事情を知らなければ、すっかり騙されていただろう。


「そういうわけで、手応えはばっちりよ」

「なるほどな。オレの方も仕事はしておいたぜ」


 カナトは部屋を見渡すように視線を動かすと、クレハを手招きした。

 

「罠の類はなし。あの棚の影なら、入口や窓からも死角になる。ひとりはあそこに隠れて、もうひとりは、入口近くの引き出しの影に屈んで隠れる。逃走防止だな」

「じゃあ、あたしが引き出しの影ね。あたしの方が小柄だし」

「そうだな……逸って飛び出すなよ」

「わかってるって」


 クレハは自分の位置につき、片膝を立てて屈むと、カナトに自分の姿が見えないか確認させた。問題ないと返答があると、今度はクレハが隠れたカナトの方を見てみる。


「大丈夫。この暗さじゃ、相当近づかないと見えないわ」

「それでも注意するに越したことはないな。敵だって夜闇に目が慣れた状態で、最大限警戒をしながら来るだろ」

「そうね。ぎりぎりまで引きつけて一気に確保しましょ」

「ああ。それと、犯人は必ず彩蜥蜴を連れてくる。あいつらの歯には毒があって、噛まれると痺れるから気をつけろよ」

「わかったわ!」


 作戦会議を終え、クレハたちは所定の位置についた。微かな物音も聞き逃さないよう注意を払い、息を殺して身を潜める。

 工房の持ち主である画家の女性はギルド併設の宿に避難しており、ふたりが黙ると静寂が場を支配した。

 数分か、数十分か、それとも一時間以上経ったのか。クレハは物音を立てないよう何度も足を入れ替えながら、入口を注視する。

 すると、入口の扉から、金属が軽くぶつかるような音が連続して聞こえてきた。カチャカチャと鍵をいじっているような音だ。

 ——……来たわね。

 クレハはますます息を潜めると、闇に慣れた目で扉を見つめ続ける。じんわりと手に汗をかいてきた。いざというときのために汗を拭った瞬間、鍵が開くような音が聞こえる。

 暗闇の中、工房へぬるりと人影が入りこんだ。


「……」


 見覚えのある顔が横切り、息を呑む。やはりあの商人だ。

 商人は辺りを慎重に見回しながら、ゆっくりと歩を進めていく。手にはランプを持っており、クレハはこちらを照らされて影ができないよう、さらに姿勢を低くした。

 ——本当に顔料以外は狙わないのね。

 警戒した足どりながらも、商人は迷いなく棚の方へ向かっていく。これまでの三件とも、顔料を保管していたのは日の当たらない棚だった。それがわかっているのだろう。


「へ、たんまり溜めこんでるじゃねえか」


 とうとう商人が棚の前にたどり着く。クレハは双剣に手をかけた。

 小瓶を動かす音と、商人の息遣いだけがはっきり聞こえる。その中で、もうひとつの人影がゆらりと彼の背後に忍び寄った。


「動くな」

「ぐっ——なんだぁ!?」

「オレは巡行士だ。近頃、この町で顔料が荒らされる事件が起きている。話を聞かせてもらうぞ。もちろん兵舎の兵士にな」

「おまえ、昨日の……!」


 カナトが商人の腕を固め、動きを封じる。商人は腕を振りほどこうともがいているようだが、カナトはびくともしない。

 暴れる商人の振動が伝わり、棚の小瓶がかすかに揺れた。

 ——これで任務完了ね。

 クレハは双剣から手を離すと、張り詰めていた気を緩めた。そのままゆっくり立ち上がろうとして、足の痺れに気づいた。


「いった……さすがに痺れたわね」


 そのときだった。カナトがいきなり商人を解放した。後方へ飛びずさり、杖を構える。


「くそ、かすったか」

「おい! やっちまえ!」


 商人の言葉のあと、空気が抜けるような音が聞こえた。本能が威嚇音だと察し暗闇に目を凝らすと、商人の腕から何かが飛び出すのが見える。

 ——彩蜥蜴だわ!

 まだら模様の蜥蜴が弾のように飛び出し、カナトに襲いかかる。


「シガレイッ、マライ、ビュラ!」


 瞬間、風の刃が落ちた。彩蜥蜴は胴体を側面から切られたように真っ二つになり、赤い血が飛び散る。

 この魔物たちも、魔石製の顔料で魔素酔いを起こしているのかもしれない。餌をくれる商人に従い、人を襲うよう誘導されているのだろう。

 クレハは少し胸が痛んだ。しかし、瞬時に感傷を追いやり、商人のもとへ走る。商人は、窓を割って逃げようとしていた。


「ちっ。もうひとりいやがったか! でも遅え! おまえら、やっちまえ!」


 商人の怒号とともに、商人の鞄から大量の彩蜥蜴が出てきた。その数、数十匹はくだらない。どのようにして隠し持っていたかはわからないが、いるものはいる。

 クレハが双剣を構え臨戦態勢をとると、カナトが叫んだ。


「クレハ! あいつを追えっ! ここはオレがっ——!」

「さっきかすったって言ってたわよね!」


 クレハは即座にメティルを唱えると、カナトの痺れを取り去った。


「助かった!」

「体力持ってかれただろうけど勘弁ね!」

「ああ、問題ない!」


 カナトは風の魔法を使い、彩蜥蜴を切り刻む。クレハも双剣で応戦した。


「おまえの炎は室内と相性が悪い! 早く追え!」

「——了解!」


 クレハが割れた窓を飛び越すと、彩蜥蜴たちもついてくる。それを風が薙ぎ払うのを横目に、最高速で商人を追った。



*



 男は町を飛び出し、街道へと逃げていく。途中、前方から彩蜥蜴の増援を送りこまれたが、広い場所でなら炎が使える。クレハは双剣と魔法を駆使し、魔物を返り討ちにしていった。


「はあぁっ!」


 草むらに擬態していた緑の彩蜥蜴を、振るった剣で斬り伏せる。その隙に後ろから飛びかかってきた個体に、返す刃で応戦した。

 一匹一匹に苦戦するほどの強さはない。ただ、数が多い。一匹に気をとられていると、別方向から違う一匹が襲いかかってくる。斬っても斬っても数が減らなかった。


「いったい、何匹っ、用意してたってのよっ!」


 双剣につく血を払いながら、クレハは斬り続ける。立ち止まった途端、一斉に噛みつかれ毒の餌食となるだろう。

 商人の背は、まだ見失っていない。

 双剣を握りしめ、クレハは魔素を集めた。


「シガレイマライ、フィル!」


 クレハの周囲に炎が走る。

 足元に噛みつこうとしていた何匹かは、一瞬にして燃えた。

 商人の背に炎を放とうと試みたが、襲い来る彩蜥蜴への対処に追われ、狙いが定まらない。


「シガレイマライ、フィレイグ!」


 クレハは一気に炎を広げ、周囲の彩蜥蜴を焼き尽くした。

 瞬間、商人までの道が開き、勢いよく地を蹴る。

 加速するクレハに気づいたのか、商人はこちらを振り返り、さらに彩蜥蜴をけしかけてきた。


「このっ——!」

 

 これまでの追跡で炎の魔法を連発したからか、体内魔素がうまく扱えない。商人を追跡し、彩蜥蜴を払いのけながら、メティルでさらに加速とはいかないようだ。

 ——……師匠に知られたら怒られるな。

 クレハの剣速が上がる。高速で振られる剣に、次々と彩蜥蜴が巻きこまれていく。

 

「やあぁっ!」


 炎を操り、双剣を滑らせながら彩蜥蜴を排除する。

 クレハは止まらない、かと思われた。


「くっ……!」


 一匹、草陰に潜んでいた個体がクレハの足首に噛みつこうとする。咄嗟に足を曲げて回避したが、体勢が大きく崩れた。それを好機と見てか、彩蜥蜴が一斉に襲いかかってくる。

 クレハは残った足を軸に回転しながら、魔物の群れを叩き斬った。


「——逃げられるっ!」

 

 正面に標的の背を捉えなおした頃には、距離を大きく開けられていた。

 このままでは見失ってしまう。

 焦るクレハを阻むように、続々と彩蜥蜴が現れ、クレハを囲んでいった。


「ごめんけど、通してもらうわよ!」


 クレハが双剣を振るう。斬る。薙ぎ払う。しかし、彩蜥蜴の数は一向に減らない。

 だんだんと魔素制御力も落ちてきて、広範囲の魔法は使用できなくなっていた。


「ああもうっ! 邪魔っ!」


 息を切らしながら戦うクレハに、商人を追う余力が残っているだろうか。残っていなくても絞り出さなければならない。ここで取り逃せば、彼は別の町でまた似たような商売をするだろう。それは許せなかった。


「はっ! ふっ! たぁっ!」


 クレハの体力は尽きかけていた。たたらを踏みそうになるところを踏ん張って堪え、下から剣を振り上げる。


「シガレイ、マライッ——フィルッ!」


 周囲に走るはずの炎は、あらぬ方向へと駆けていった。

炎の合間から彩蜥蜴が飛び出してくる。猛攻は止まらない。

 ついに、クレハは商人を見失い、彩蜥蜴の群れに完全に包囲されてしまった。

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