第25話 灼熱
クレハは精魂が尽き果てそうになる。それでも、膝をつくことなく、襲い来る彩蜥蜴を斬り続けていった。
「負けてなんて、やらないんだから!」
腹に力を入れて、大気の魔素に集中する。しかし、魔素は意のままに操れず、ただ宙を揺蕩うだけ。
刹那、クレハの心が燃えたぎった。体の隅々に流れる血さえも沸騰しているかのように。
——……そんなの、認めない!
クレハは気力をふり絞り、声をはり上げた。
「あたしに従いなさい! ——シガレイマライ、フィレイグ!」
声は平野の向こうまで響き渡る。気圧された彩蜥蜴は体を揺らし、動けない。魔素は、クレハの魔則に逆らえず、炎の形をとった。
紅が双剣に宿る。クレハは炎を宿した剣を構え、魔物の群れへ斬撃を放った。
「はあぁっ!」
数匹まとめて剣の餌食となる。彩蜥蜴の体が瞬時に両断され、断面が黒く焦げた。さらに、炎の余波が周囲を巻きこみ、無傷の魔物を焼き尽くす。
「ふっ、やぁっ!」
飛びかかってくる個体を斬り、足元の噛みつきを捌き、背後に迫る集団を断つ。
クレハは踊るような足さばきで、次々と魔物を焼き払った。
徐々に包囲の層が薄くなり、瞳が爛々と輝く。
——いける!
クレハは次の攻撃へ移ろうと足を踏みこんだ。
その瞬間、クレハの膝ががくりと折れた。
「え……」
気づかぬうちに、クレハの体力は限界を迎えていた。
体を支えようとする手が小刻みに震えている。いつの間にか双剣の炎も消えていた。
「ふっ、はぁ……はぁ」
彩蜥蜴の群れの中央で、クレハはしゃがみこんで動けない。息も絶え絶えになり、魔素制御力も完全に残っていなかった。それどころか、少しでも気を抜けば双剣を取り落としかねない。
「こんなっ、ところで——!」
剣を握りながら地面に指を立てる。爪の中に土が入りこんでいく。
縦横無尽に同胞を斬り裂いていたクレハが倒れ、彩蜥蜴は動揺と警戒を強めていたようだが、次第に事態を把握し始めた。ゆっくりと間合いを詰めながら、一斉攻撃を狙っている。
——もう一度、もう一回だけ魔法を……!
けれど、その呼び声に応えるものはなかった。
末路を悟りながらも、クレハは瞳を強く輝かせた。
最後まで諦めるわけにはいかない。何か、一矢報いる方法があるはず。
クレハは射抜くような目で迫りくる彩蜥蜴を睨んだ。
そのとき、背後に強烈な気配を感じ、クレハは振り向いた。
「え……」
瞬く間もない。一瞬のうちに彩蜥蜴が燃え尽きていく。鮮やかな蒼い炎はクレハを取り巻くように、魔物の体を焼き払っていった。
クレハは息を呑んだ。
蒼い炎を放ったのはクレハではなく、見知らぬ男性だ。
夜空を映したような濃紺の髪に、炎と同じ澄んだ青色の瞳。切れ長の目がはまった端麗な顔は、他を寄せつけない冷たさと、圧倒的な熱を宿している。相反した印象を抱く、不思議な人物だ。
「……」
その男性は剣を振るうと、残っていた彩蜥蜴を殲滅した。
特徴的な剣だ。蒼い炎をまとう剣身は、それ自体が炎のように波打った形をしている。たしか、フランベルジュという名の剣だったか。
クレハが持ち主の顔を見上げると、その男性と目があった。
全身に、熱が宿った。
「……商人は先で気絶している」
「は……」
「……沙汰は好きにしろ」
「…………あなた、何者」
「……さあな」
印象どおり、受け答えも冷ややかだ。
味方かどうかはわからないが、助けてくれたらしい。今のところクレハに危害を加えるつもりもなさそうだが、信じきるには至らない。
感謝の念を抱きながらも、警戒を宿し彼を睨む。
そこで、視界の端に動くものを捉えた。クレハは全身に鞭を打ち、草陰に隠れた彩蜥蜴を斬り伏せる。彼を狙っていた魔物は動かなくなった。
「これで借りはひとつね」
「……」
クレハがあえて勝気な言葉を選ぶと、彼は黙りこむ。ふっ、とかすかに笑った気もするがよく見えなかった。
焦げた彩蜥蜴の臭いが鼻をつく。炎の残滓がふたりを取り巻いている。
クレハはふらつく体を押して立ち上がり、男性をまっすぐ見つめた。
「あたしはクレハ・グリッテス」
「…………俺は、ソウヤだ。ソウヤ・ブレイラード」
クレハが見つめ続けると、根負けしたように名乗った。
ソウヤ・ブレイラード。それがこの人の名前らしい。
「いい名前ね」
「……」
ソウヤは黙ったまま満身創痍のクレハを見ていた。
数秒、何かを確認するようにこちらを眺めたのち、踵を返そうとする。
「待って。助けてもらったお礼がまだだわ。ありがとう」
「礼には及ばない」
「じゃあ、なんで助けてくれたの。それに、商人の確保まで……」
「……」
答えるつもりはないらしい。
ソウヤは沈黙を守ったまま、どこかへ立ち去る。クレハはその背が見えなくなるまで、目で追い続けた。
「いったい何だったのかしら」
ひとりごち、その場にへたり込んで横になる。もう体を動かせる気がしない。全身に力が入らなかった。
焦げくさい臭いが周囲に広がっている。これだけ派手に暴れれば、後から来るカナトも気がつくだろう。他の巡行士や兵士が駆けつけてくれるかもしれない。
後始末は他の人に任せるしかなく、クレハは体力の回復に努めた。
それにしても、ソウヤは一体何者だろうか。身なりからして、巡行士でもなければ兵士でもなく、一介の冒険者というにはまとう雰囲気が鋭い。
それに、一瞬で彩蜥蜴のみを一網打尽にするあの技量。クレハがこれまで見た中でも、ずば抜けた実力の持ち主であることはわかった。
——もしかしたら、ソルディアに匹敵するかも……いや、それはないわね。
クレハは灼熱の蒼を瞼の裏に見ながら、意識を手放した。
*
「……ハ! ……い、……レハ! クレハ!」
自分の名前が呼ばれる声が聞こえ、クレハは目を覚ました。あたりを見回すと、草が焼け焦げた跡と、無数の彩蜥蜴の死体がある。
まだ、街道の途中にいるようだ。
正面にはカナトが見え、クレハは少し安心した。
「カナト、無事? 商人はどうなった?」
「それよりおまえだ! お前の方こそ無事なのか?」
「うん。ちょっと体力尽きちゃっただけ。もう大丈夫よ」
クレハが勢いよく体を起こすと視界が霞んだ。クレハはとっさに片手で頭を押さえた。
「無理すんな。一応メティルはかけといたが、そもそも体力が空だったからな。相当体に負担がかかってるはずだ」
寝た状態で話を聞くよう促されたが拒否した。するとカナトは、クレハの背を支えるように、背中合わせに座りこんだ。
「まずオレだが、このとおり全く問題ない。心配すんな」
「よかった……」
「……おう。次に商人だが、この先で倒れてるのを見つけたんで、縛ってそこに転がしてある。そのうち兵士が来て引き取ってくれるだろう」
「……うわ、ほんとだ。さすがカナト」
「おまえなぁ」
カナトは呆れたような声を出す。
背中越しに温もりが伝わってきて、クレハは少し眠くなった。
「おまえ、商人もこれも、全部ひとりでやったのか」
これ、というのは周囲に散らばる彩蜥蜴の死体のことだろう。
半分は……いや、三分の一くらいはクレハの仕業だが、その他はすべてソウヤの手によるものだ。
クレハは包み隠さず話すことにした。
「途中までは、ね。最後の数十匹と商人は、通りすがりの人が片付けたわ」
「通りすがり?」
「そ。もうだめ! ってときにいきなり現れて、全部焼き斬ったのよ。名前は、ソウヤ・ブレイラード。ねぇ、聞き覚えある?」
「ソウヤ・ブレイラードか。いいや、ないな」
「そうよねぇ。巡行士でも兵士でもなさそうだったし、冒険者にしては強すぎたのよ」
謎に包まれた蒼い青年、ソウヤ。その正体はわからない。ギルドに戻ったらシャーレイに聞いてみた方がいいだろう。
「あの炎、ただ者じゃないもの」
焦げ跡を見つめるクレハの背に、少しだけ体重がかかった。
「……おまえ、そいつのこと気に入ってないか?」
「え、そう!?」
「自覚なしか……もしかして惚れた?」
「惚れっ!? 違うわよ! たんに強さの秘密が知りたいだけ! たしかに、ちょっとかっこよかったけど……」
尻すぼみになるクレハの声を聞いてか、カナトはため息をつく。
ちょろい、と思われていそうで納得がいかなかった。
「顔だけじゃなくて、本当に強かったのよ! それに、炎も綺麗だった。あれだけの実力者、なかなかいないわ」
「……ふぅん。まあ、おまえがそんなに言うなら、ものすごいやつなんだろうな」
カナトは、この話は終わりと言わんばかりに話を締めくくった。クレハとしても、これ以上は墓穴を掘るしかないのでありがたい。
夜の街道は静かだ。いつかの夜のように、月と星がクレハたちを照らしている。たまに吹く風によって、灰が宙に舞う。
クレハは立てるようになるまでカナトに背を預けた。じんわりと伝わる体温が心地良い。
クレハはゆっくりと息を吐き、体温を分け合った。




