第22話 真なる輝き
画家の家に着いたクレハとカナトは、巡行士として美術館から依頼を受けたことを説明し、彼の工房に案内してもらった。
「ここです。ここには作品も置いてあるので毎日鍵をかけているんです。あの夜ももちろん戸締まりをして寝ました」
「でも、中に入られてしまったんですよね……」
「はい……真夜中に物音がして、最初は気のせいかと思いましたが、二度、三度と鳴るものだから気になって……念のため確認に来たときには、部屋の中には誰もいないのにめちゃくちゃにされていました」
絵を描くための木製の台や大量の紙、絵筆に調色板など、様々な画材が溢れかえった部屋だ。
三日前に荒らされたというが、今は片付けてあるのか、物が多い部屋だという印象しか受けない。荒事の痕跡は、残っていなかった。
「部屋は全体的に荒らされていたんですか?」
「いえ。今思えば、ちょうどあのあたり……顔料を保管している場所だけでした」
クレハたちは顔料を保管していたという棚を眺めた。棚の中には、小さな瓶に入った粉末状の顔料がしまわれている。赤、黄、緑など様々な色があったが、青だけは見当たらない。さらに、緑も量が極端に少ない気がする。
「これはなんですか?」
「ああ。これは描きかけの絵です。顔料がなくなってしまい完成させることもできず、ひとまずここに置いています」
「なるほど。見てもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
カナトが絵に被さった布を払うと、綺麗な広場の絵が出てきた。噴水を中心にした風景画は、アルフレッテの華やかな町並みを描いているのだろう。
しかし、肝心の噴水があるはずの場所は下書きの線が残っているだけで、色が塗られていない。
「……もしかして、なくなったのは青い顔料ですか」
「そうです! 青い顔料といっても濃淡様々ですので、異なる色合いのものを数種類保管していました。しかしその全てが忽然と消えていたのです……」
「青が全部、ですか」
「はい。床に落ちて零れたものもあったようですが、大部分はなくなっていました。犯人が証拠隠滅を図ったのでしょうか?」
棚の前の床を注視すると、床板の隙間に青い粉が挟まっているのに気づいた。ここで何かあったのは確実のようだ。
「今のところはまだなんとも言えません。もっとじっくり調べてもいいでしょうか?」
「はい。何かあれば声をかけてください」
カナトに促され、画家は部屋の隅に移動した。クレハは棚の周りを隈なく調べることにする。
やはり青い顔料はひとつもない。青い顔料を狙った犯行だと仮定して、緑の顔料が少ないのは何か理由があるのだろうか。それに、なぜ画家は青い顔料を買い足していないのだろう。
「……あの、ふたつ聞いてもいいですか?」
「ええ」
「ひとつめに、緑の顔料が少ない気がしますが、最近たくさん使いましたか?」
「いや、緑はそこまで使ってないです。これもあの日の夜に、なくなってしまったようでして」
クレハは情報を手帳に書き留め、ペンの頭を顎に当てた。
「緑も……わかりました。もうひとつは、どうして青い顔料を買い足さないんですか? 買い足せば、絵の続きが描けるのに」
「それは……恥ずかしながらお金がないからです。もともと今回の絵には、魔石を使ったとっておきの顔料を使う予定でした。それが根こそぎなくなってしまったんです。買い足そうにも、魔石の顔料は、駆け出しの私がおいそれと手を出せるものではなく……」
今のところ、特に気になるのは青い顔料が魔石製だったことだ。
以前、街道の魔獣が狂暴化したときも魔石が原因だった。今回も何かしら関わりがあるのではないかと睨んでいる。
「なるほど。魔石製の顔料は普通の顔料と違うんですか?」
「そりゃあもう全然違いますよ! 魔石製の顔料は普通の顔料より鮮やかに発色し、きらきらと光り輝くんです。あの色と光沢は普通の顔料では決して出せません」
「そんなに違うんだ……情報提供ありがとうございます!」
これまでの受け答えでは、画家に怪しいところは見当たらなかった。クレハの目には本心から困っているように見える。
合鍵もないと言うし、第三者の犯行の線が濃厚ではないか。
クレハの推理を裏づけるかのように、カナトが声をかけてきた。
「おいクレハ。今、鍵を見てきたんだが、特に異常は見当たらなかった」
「異常はない? それって……」
「十中八九、鍵開けだろうな」
「鍵開け……誰かが鍵を使わずに扉を開けて侵入したってことよね」
「そうだ」
人為的に行われた犯行であるならば、魔石製の顔料を狙った理由も想像がつく。おそらく金銭目的の窃盗だろう。
クレハはそう結論づけようとして、ふと疑問が生じた。
なぜ金ではなく、顔料を狙ったのか。それに、瓶に入った顔料を零したのは何故か。こっそり盗みに入ったのに、わざわざ痕跡を残すような真似をする理由がわからない。
「……事件後、床に、割れた瓶の欠片は落ちていませんでしたか?」
「落ちてました。それが床に零れた顔料の瓶だと思っているんですが、顔料はほんの少ししか残っていませんでした。魔石製でもないのに……よほど青い顔料が欲しかったのでしょうか」
「えっと、どうでしょう。そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません」
クレハにもわからなかった。
割れた瓶は残したのに青い顔料は持ち去ったのだろうか。魔石製でもないのであれば、売っても大した額にはならないだろう。
——本当に青い顔料が欲しかったの?
クレハはもう一度、床の顔料を調べた。棚の前だけでなく、飛び散った先も隅々まで念入りに見ていく。
「あれ、これ何?」
「どうしたクレハ」
「なんか、かさかさした紙……皮? みたいなものがあって」
「皮?」
顔料の近くに、埃くらいの大きさの、皮のようなものが落ちていた。それは乾燥していて、力を入れたらぽろぽろと崩れそうだ。
カナトに手渡すと、彼は指で感触を確かめている。
画家は、気づかなかった、と言わんばかりの顔をしてこちらを覗きこんでいた。
「これ、皮膚じゃねえか?」
「皮膚? 動物の皮ってこと?」
「そうだ。蛇とか蜥蜴とかが脱皮したとき、こんな皮が残る。蛇にしては小さいな、なら蜥蜴か」
「蜥蜴ならどこにでもいるんじゃない?」
「……そうだな」
カナトは何か思うところがあったのか、小さな紙に皮を挟み、懐へとしまった。
「他に何か気になったことはありますか? 事件当夜、怪しい人影を見たとか」
「いえ、特に何も。あの日の夜はとにかく驚いて、犯人探しなんてできる状態ではありませんでしたし」
「わかりました」
クレハたちは画家への聞きこみを続けたが、これ以上有用な情報は得られそうにない。
そこで、ふたりは一件目と二件目の事件現場へ向かうことにし、画家の工房を立ち去った。
向かった先の現場でもほぼ同じような状況で、クレハたちは頭を悩ます。
先ほど調べた三件目の現場より前に事件が起きたからか、どちらも片付けられていた。それでも魔石製の顔料と、同じ色の普通の顔料が根こそぎなくなったことは共通している。
「さっきの人、魔石製のを持ってたわね」
「シャーレイさんが有名な画家って言ってたし、金はあるんだろうな」
一件目の被害者は、事件後、唯一魔石製の顔料を買い足していた。クレハは初めて魔石製の顔料を見たのだが、粒子がきらきらと輝いており、とても綺麗だった。
しかし、やはり金目のものを狙うならもっと別のものを狙うだろう。
犯人は、三件とも家の主に目撃されず犯行を成し遂げている。それほどの隠密が可能ながら顔料だけを狙うのに、どうしても違和感があった。
「なーんか気にかかるのよねー」
「そうだな。単に金目的の犯行とは思えない」
「うん。でもそれ以外に顔料を盗む理由ってなんだろう。買ったお店もバラバラだったし」
クレハたちはギルドへ帰りながら、調査結果を整理していた。歩いていると、頭の片隅から思考が引っ張られてくる気がする。
出てきた考えを言葉にしていると、クレハの耳に聞き捨てならない単語が入ってきた。
「よってらっしゃい見てらっしゃーい! 世にも珍しい魔石の顔料だよー! 魔石は魔石でも超一級品! 高純度の魔石を使った特別製だよー!」
「——カナト!」
「ああ! もしかしたら何か手がかりがあるかもしれない」
クレハたちは呼びこみをしている露店へと近づいた。露店には、一件目の被害者の家にあった顔料と同じように、光り輝く魔石製のものも並んでいる。
この人は何か知らないだろうか。ただの商人だとしても、何かしらの情報は持っているかもしれない。
クレハが聞き込みを始めようとしたとき、別の声が店主を呼び止めた。
「おじさん、これってそんなにすごいの?」
濃い金髪に溌剌とした深い青色の瞳。癖っ毛を高い位置でひとつにまとめ、人懐っこそうな表情をしている活発な少女だ。クレハと同い年くらいだろうか。健康的な魅力が光る、可愛らしい女の子だった。
「お嬢ちゃん、見る目があるねぇ。めったに手に入らない顔料だよ。もちろん魔石製。ほら、ちょうどお嬢ちゃんの瞳と同じ色で、綺麗だろう?」
「たしかに綺麗だけど……ねぇ、これって本物なの?」
「なんだい藪から棒に。そりゃあ本物だよ。近頃は紛い物が混ざっていることも多いけどねぇ。うちは、少し高くとも純正品をお届けする、ってのが信条よ」
「ふぅん」
「興味があるなら、おひとつどうだい?」
店主は彼女の瞳と同じ色の顔料を勧めたが、細い首は横に振られた。
「……いえ、今はやめとくわ」
「そうかい? 気が変わったらまたおいで」
店主はさっさと話を切り上げるとまた呼びこみを再開する。商魂たくましい、根っからの商人だ。
改めて店主へ声をかけようとして、クレハの口は止まった。先ほどの少女がクレハの裾を引っ張り、片目を瞑っている。
「ね、ちょっとお話しない?」
「……わかった。カナト! あとよろしく!」
「え、おい! どういうことだ!?」
カナトを露店に置き去りにし、クレハは少女へついていった。
通りを外れ、人気のない路地裏につくと、彼女はくるりと振り返る。
「いきなり連れ出してごめんね。あなた、巡行士でしょう?」
「ええそうよ」
おそらく、クレハの上着についた巡行士記章を目にしたのだろう。少女は確信をもった口ぶりで続けた。
「やっぱりね。ね、さっきあのおじさんに聞き込みしようとしてたってことは、例の顔料の事件を追ってるのよね」
「——どうしてそれを……!」
「この町では結構有名になってるのよ? 突如消える魔石顔料、犯人は闇へ溶けたのか、ってね」
「そうなんだ……で、あなたは何が目的なの?」
クレハは少女を見つめた。ふたりだけの暗がりで、青い瞳が爛々と輝いている。
「事件に進展がないから、私が事件を追ってたの。でも、あなたが解決してくれるなら話は別」
「どういうこと?」
「私、あんまり目立つわけにはいかないの。だから巡行士のあなたに解決してもらいたくって」
少女は周囲を気にした様子で、クレハの耳元に顔を寄せた。
「さっきの店主が売ってた顔料、あれ偽物よ。粗悪品を使ったり、少量の魔石製に普通のを混ぜて、かさ増ししたりしてる」
「——ほんと!?」
「ええ。証拠は、ごめんけどないの。私の目利きだから。でも、偽物なのは本当。信じて」
少女は真っ直ぐにクレハを見つめている。強い瞳のどこにも、嘘をついていそうな揺れは感じられなかった。それに、上っ面の言い訳で証拠があると誤魔化すより、正直に言ってのけるところも好感がもてる。
なにより、あの店主の超一級品という売り文句が胡散臭い。本当に純度の高い魔石を材料としているなら、もっと高額でもいいはずだ。
「わかった。信じるわ」
「……え、本当に?」
「なによ。そっちが信じてって言ったんじゃない」
「そ、そうだけど、まさか本当に信じてもらえるなんて…………私たち、どこかで会ったことある?」
「ないわ。初対面よ」
「…………そう」
少女は何故かほっとしたように息をつくと、クレハの顔を見上げた。
「ありがとう……きっと、あのおじさんを見張っていれば、手がかりが掴めると思うわ」
「わかったわ。情報提供ありがとう」
クレハと少女は互いに礼を言うと、顔を見合わせて笑った。
「じゃあ私はそろそろいくわ! 頑張ってね、巡行士さん」
「任せなさい!」
クレハは手を振る少女に胸を張り、彼女の姿が雑踏に消えるまで見送った。そうして金色の尾が人混みに紛れると、カナトが待つ露店へと道を戻る。
カナトと合流すると、彼は聞き込みを終えたらしく、露店を離れていた。
店主はカナトの質問をのらりくらりと躱し、最後には『商売の邪魔だ』と彼を追い払ったらしい。
店主に対する疑惑を深め、クレハは少女から聞いたことをカナトへ話した。
「ま、そうだろうな。その子が言うことを鵜呑みにするわけじゃないが、あの様子じゃどう見ても偽物だ」
「じゃあ、あの人を見張っていれば尻尾を出すかも!」
「どうかな。複数犯の可能性も追った方がいいと思うぞ。なんにせよ、あいつ以外手がかりがなくなったから、あいつを見張るしかないけどな」
クレハは頷くと、カナトと共に張り込みを始めた。




