第21話 芸術の都
オルディアから馬車に乗り、途中駅で休みながらおよそ一日。クレハとカナトは次の依頼を受けるため、アルフレッテの町へ向かっていた。
オルディアの西に位置するアルフレッテは、芸術の都と呼ばれるほど芸術活動が盛んな町だ。
クレハは初めて訪れるため到着を心待ちにしている。
「あ! 見えてきたわよ」
車窓から身を乗り出し、少しでも近くで見ようとする。
町を囲う外壁はオルディアとあまり変わらない。重要なのはその中だ。
これ以上、身を乗り出すのは幼い子どものようで気が引ける。上半身ごと体を出して見てみたかったが、大人しく席につくことにした。
「さあ着きましたよ」
ぞろぞろと馬車を降りる人々に、クレハたちも続いた。
御者に運賃を渡し、新天地と対面する。
そこは、美しい町だった。色とりどりの屋根に、装飾された窓。道々には、整えられた街路樹や個性的に刈られた植え込みがあり、緑を彩る花が咲いている。
まるで町全体がめかしこんでいるような雰囲気だ。
「華やかな町ね!」
「ここはここで活気があるな」
クレハは物珍しさに辺りを見回しながら、目的地である巡行士ギルドを探した。
露店には、見たことのない色の顔料や絵筆、短剣よりさらに小さく、刃先が平らな刃物などが並んでいる。どれも芸術にまつわる物なのだろう。
「見慣れないものばかりで目まぐるしいわ。もしかして、ギルドの建物もすっごくおしゃれだったりして」
「それだと見つけるのに時間がかかりそうだな。ギルドの紋章はあるだろうから、近くに行けばわかると思うが……」
「聞いた方が早いわね。ちょっとあたし声かけてくる」
どこからか聞こえる笛の音に背を押されるように、クレハは人々へ目を向ける。
木製の台に紙を広げ絵を描いている男性や、その絵を覗きこむ子どもたち。芸術の都と聞いたからか、なんだか有名な画家のように見える。
さらに、通りの向こうでは、女性が楽しげな音楽を奏でていた。
「うーん……みんな、それどころじゃなさそうね」
クレハが立ち尽くしていると、前方から誰かが歩いてきた。
たっぷりとフリルのついたドレスのような装いに、つばの広い帽子を被った婦人。優雅な装いに気圧されながらも、クレハは女性へ声をかける。
「あの、すみません。お聞きしてもいいですか?」
「ええ。どうされたの?」
「あたしたち巡行士で、この町のギルドを探してるんですけど、どこにあるかご存じですか?」
「巡行士さん? 初めてこの町にいらしたのかしら。ギルドでしたら、この道を真っ直ぐに進んで、一つ目の角を右に曲がったところよ」
「ありがとうございます!」
クレハとカナトは教わったとおりに歩を進めた。行けども行けども華やかな町並みが続く。目線があちこちに散って落ち着かないが、右に曲がったところでギルドの紋章が見え、安心した。
「無事に着いたわね」
「思ったとおり、オルディア支部より洒落てるな」
「そうね。この町に馴染んでるわ」
派手な色の扉なのに調和のとれた外装だ。クレハたちはその外観に思わず舌を巻いた。
なんだか自分たちが場違いに思えてくる。
ふたりは顔を見合わせると、ひとつ呼吸をして、ギルドの中へ足を踏み入れた。
「わぁ……中も綺麗なのね」
「……なんか落ち着かないな」
品のある調度品に、端正な造りの彫刻がクレハたちを出迎える。
——同じギルドのはずなのに、こうも雰囲気が違うのね。
クレハは感心を覚えながら受付へと進んだ。
「ようこそ、巡行士ギルド、アルフレッテ支部へ。あなた方の来訪を心よりお待ちしておりました」
そこに立っていたのは、美しい青年だった。
銀の冷たさに金の暖かみを一滴零したような、艶のある髪。額に軽く落ちる前髪と長めの襟足が、色気を漂わせている。湖のように清らかな瞳が流麗な目元を彩り、緩く弧を描く唇が艶めかしい。
大きなフリルのついたスカーフが特徴的な、品のある服装の、二十代後半から三十代前半くらいの男性だ。
——……かっこいい。いや、綺麗。
クレハは思わず数秒見惚れてしまった。
「はじめまして。巡行士ギルド、オルディア支部にて依頼を受けて来ました。カナト・オーツェルです」
「あ……同じく、クレハ・グリッテスです! よろしくお願いします!」
クレハたちは巡行士記章を取り出し、受付の男性へと渡す。男性は裏の諸情報まで目を通すと、流れるような仕草で記章を返した。
「拝見いたしました。オルディアからご足労いただき、ありがとうございます。さぞやお疲れでしょう」
「いえ、大丈夫です! 逆に体を動かしたいっていうか」
「おやおや。若さとは、かくも眩しいものですね。それでは、立ち話もなんですから、あちらへおかけください」
「ありがとうございます」
促されるままにクレハたちは着席した。受付の男性もそっと向かいに腰かける。
椅子を引く音があまり鳴らなかった。こんなところまで優雅な人だ。
「自己紹介がまだでしたね。失礼いたしました。私はシャーレイ・スティーリオ。ここアルフレッテ支部の受付を務めております。以後、お見知りおきを」
胸に手を当て軽く礼をされ、クレハたちも頭を下げる。
「おふたりは、アルフレッテにいらっしゃるのは初めてでしょうか?」
「はい。あたしは初めてです」
「オレは依頼で一度だけ」
「そうなのですね。実に派手な町でしょう? ひとりひとりの美意識が如実に表れる、それがこの町の美点なのです。少し目に痛いのが玉に瑕ですが、どうぞ心ゆくまで堪能してください」
シャーレイは微笑むと、いつ持ち出したのか、アルフレッテの地図と依頼書を机に並べた。
如才ない手際だ。ティアナもそうだが、受付に立つ人は皆、仕事ができる優秀な人材なのだろう。
「早速ではございますが、今回の依頼のお話をさせていただきます」
「はい」
「依頼内容は、ここ数日この町で起きている事件の調査。具体的に申し上げると、画材として使われる顔料が損なわれる事件です」
「顔料が? 盗まれたんですか?」
画材の盗難事件だろうか。クレハは思い当たる可能性を口に出してみた。
「それも含めて調査をお願いしたいとのことです。依頼主は美術館の館長。顔料をなくし、新たな作品を生み出せなくなった哀れな画家の皆様を救いたいと仰せです。詳しくは館長からお話を伺ってください」
「わかりました」
画家が使う顔料にまつわる調査とは、芸術の都アルフレッテらしい依頼だ。
「まずは美術館に向かいます」
「ばっちり解決してきます!」
「なんと頼もしい。美しき解決を期待していますよ」
クレハはカナトと頷き合い、承知の意を表した。
*
この町の一番高い位置に座する美術館。クレハたちは坂を登り、そこへ赴いた。
ひと際壮麗な美術館に入ると、そこかしこに精緻な細工が施された内装が目に飛びこんできた。
「うわぁ……綺麗……」
まるで風景をそのまま写しとったかのような絵画が飾られており、クレハは感嘆の声をもらす。
神秘的な湖の煌めきまで伝わる美しさに、数秒足が止まった。
「綺麗な絵だな」
「うん……この色とかどうやって作ってるんだろう。きらきら輝いてるわ」
「ほんとだ。世の中には、こんな絵を描ける人が沢山いるんだもんな。少なくとも、この美術館の作品の数だけいる」
「すごい話よね」
もう一度湖の絵を眺める。
依頼で行った森の湖とは、また違う趣があった。
他の絵画もじっくり見て回りたいが、今日の本題は依頼の受託だ。
「依頼が終わったらゆっくり見に来ようっと」
「おまえ、芸術に興味あったんだな」
「なによその意外そうな顔。失礼ね。あたしだって芸術くらい嗜むわよ」
「いやいや、それは嘘だろ」
「うっ……綺麗なものは好きなの。それに、絵って不思議な魅力があるでしょ。動かないのに生きてるみたいで」
「なるほどな。言いたいことはわかる」
クレハは美術鑑賞に後ろ髪を引かれる思いをしながら、質の良い絨毯の上をそっと歩く。
辺りを見回していると、入場受付らしき場所が見えてきた。
担当者に巡行士記章を見せ、依頼の件で館長と話がしたいと頼むと、しばらくして館長が姿を現す。
クレハたちは館長とともに談話室へと向かった。
「ようこそお越しくださいました。巡行士さまがいらっしゃるのを、今か今かと待ちわびていましたのよ」
「それはお待たせしました。オレたち、ついさっきこの町に着いたばかりでして」
「まあ、そうでしたの。わざわざご足労いただきありがとうございます。長旅の後もお仕事とは恐れ入りますわ。できるかぎりご負担にならないよう、簡潔にお話いたしますわね」
「お気遣い、痛み入ります」
館長はやや声を潜め、慎重に語り始めた。
「最近、アルフレッテの画家の中で、何者かに顔料を荒らされる事件が続いておりますの。被害を受けているのは顔料だけで、その他の画材に大きな被害はございません」
「……狙われた顔料に共通点はありますか?」
「いえ。鉱物から作るものに、植物から作るもの。赤、青、黄、緑など種類も色も様々です。顔料であるというのが共通点なのですわ」
「事件はいつ頃から起きているんですか?」
「そうですわね……一週間、いえ二週間ほど前からでしょうか。今日までに三件起こっておりますの」
クレハは急いで情報を書き留めた。
顔料の色や種類に共通点がないのであれば、被害者に共通点があるのではないか。クレハは脳裏によぎった疑問を館長へ投げた。
「被害者に共通点はありますか? 有名な人とか、最近流行りの人とか」
「いいえ。それもないのです。最初の一件は著名な画家でした。しかし、二件目、三件目はどちらも将来有望な方ですわ」
「そうですか……」
クレハたちはその後も詳細を聞き、美術館をあとにした。
「さて、どこから調べるか、だが……」
「最後に事件が起きた場所がいいんじゃない? 一番証拠が残ってそうだし」
「そうだな。まだ三日前のことだって言ってたし、何らかの手がかりはありそうだ」
坂を下りながら、クレハたちは彩り豊かな市街へと戻る。
まずは最新の事件現場である、三件目の被害者の家へと向かうこととなった。




