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茜羽の巡行士  作者: 如月がろ
2章 巡り行くもの
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20/22

第20話 巡る


 朝、クレハは宿屋の一室で目を覚ました。昨日も巡行士ギルドに併設された宿に宿泊したのだ。

 巡行士になってから、次から次へと依頼を受け、方々を動き回る日々を過ごしている。それを見かねたのか、カナトから提案があり、今日は一日休息日となった。


「んーっ、一日ごろごろってのも魅力的だけど、せっかくだし買物しに行こうかな」


 体温に馴染んだベッドから、意識をそらすように大きく伸びをする。

 眠気の残る体に身支度をさせ、クレハはギルドの系列店である食堂へと向かった。


「おはようカナト」

「おはよ、お前も朝食か?」

「うん。今日は出かけようと思って。町中でお腹鳴らさないように、何か食べとかないと」

「ははっ、そりゃ切実な理由だな」


 カップを傾けるカナトの方から、芳醇な香りがする。甘さを含んだ匂いが鼻を通じてクレハを誘惑する。


「それ紅茶? あたしも頼もうっと」

「あたたかい物飲むとほっとするよな」

「わかる! あたし、スープが大好きなの。特にお母さんのつくるスープが最高でね——」


 カナトの向かいに座り、雑談に花を咲かせる。朝食が運ばれてくると、生神(せいしん)に祈りを捧げてから手をつけた。


「おいしいわ! これをちょっと安く食べられるなんて、巡行士ギルドさまさまね!」

「オルディア支部は、王都に次いで支援が手厚いらしいからな。ま、これも労働への報酬として、ありがたく享受しようぜ」

「そうね! 依頼を解決して、報酬を得る! 模範的な巡行士だわ」

「青い手助けはしたけどな」


 魔草の話題を持ち出され苦笑する。

 たとえ報酬がなくとも、守るべきものを守れたのだから、それはそれで巡行士の鑑だろう。

 無理矢理に結論づけ、紅茶で口内を潤した。


「そうだ。カナト、今日は暇?」

「ああ。特に予定はないな」

「じゃあ、一緒に中央通りを巡らない? オルディアにはあんまり来たことないって言ってたし、あたしでよければ案内するわ!」


 様々なことにおいて、クレハよりもカナトの方が経験豊富だ。しかし、このオルディアについてはクレハの方が詳しいだろう。故郷の次に入り浸っている町なのだから。

 クレハが得意げに提案すると、カナトは眉を上げて笑った。


「へぇ、面白そうだな。お願いしてもいいか?」

「もちろんよ! あたしに任せなさい!」

「……ちょっと不安になってきたな」

「失礼ね。危ない場所には連れて行かないわよ」

「オレ、歳上な」


 軽口を叩きながら、クレハはどのように町を案内するか、考えを巡らせていた。



*



 カナトを連れ、賑わう町並みを歩く。クレハにとっては聞き慣れた喧騒でも、彼にとっては情報の坩堝だろう。耳だけでなく、目にも、多種多様で彩り鮮やかな品物や店の看板が入ってくる。


「うわ、これはすごいな」

「今日はいつにもまして人が多いわね。街道の警戒が落ち着いたからかしら」

 

 一度足を止めてしまったら、雑多なもの入り乱れる中でも異物になってしまうことを、経験上よく知っていた。

 クレハはカナトとはぐれないよう、ひっきりなしに話しかけながら、オルディアの中央通りを歩いていく。


「まずはここ。あたしおすすめの鍛冶屋! 武器防具専門で、腕がいいのよ! あたしの双剣もここで打ってもらったの」

「へぇ! 武器も防具もひと通り見ておきたいな」

「そうこなくっちゃ! じゃあ入るわよ」


 クレハは店の扉をくぐると、迷いなく店内を歩いていった。

 入口に近い手前には、兜や篭手、胸当てなどの防具が、奥には剣や弓、槍などの武器が陳列されている。

 どれもこれも、光沢が出るほど丁寧に磨かれており、指の跡ひとつついてない。相変わらず丁寧な仕事だ。


「どうも、おじさん。遊びに来たよ」

「遊びにってお前なぁ。まあいい。よく来たクレハ」

「こんにちは。お邪魔してます」

「は!? おいクレハ、お前さんいつから! 聞いてねえぞ!」

「いつからって、つい最近よ。巡行士になってすぐパーティーを組んだの」

「パーティーって……なんだ、そういうことかよ。俺ぁてっきり……」

「そういうのじゃないから。はい、こちらカナト。よろしく」


 店主を白い目で見ながら、カナトの方へと手を向ける。軽く頭を下げた彼に、店主も鏡のように同じ動きを返した。


「おじさん、こう見えて腕はたしかなの」

「こう見えて、とはなんだ」

「だって初対面のお客さんに失礼な態度とったじゃない」

「そ、それはお前さんがなぁ……!」

「ふふ、冗談よ、冗談。そうだなぁ、今日は剣の調子を確認してくれる?」


 クレハは笑いまじりに双剣をホルダーごと外すと、受付の机に置いた。店主は早速ホルダーから剣を取り出し、矯めつ眇めつ確認していく。


「おう、ちゃんと手入れしてるみたいだな。刃こぼれもしてねえし、上々だ」


 店主が油を含ませた布で刀身を磨き、てきぱきと二本の剣を手入れしているうちに、クレハはカナトに声をかけた。


「カナトも武器の調子見てもらったら?」

「そうだなぁ。でも、オレのは普通の武器じゃないから、ちょっと難しいかもだ」

「なんだ坊主。訳ありの武器か?」

「訳ありというか、魔法武器なんです」

「ほう。見せてみろ」


 カナトが店主へ杖を渡す。店主は杖をひと通り眺めると、顎に手を置いて考えこんだ。

 魔法武器といっても、様々なものがある。まさか、この魔杖が槍に変形するなど思うまい。クレハはカナトとの腕試しのとき、まんまと騙されたのだから。

 そんなクレハの予想は、まんまと裏切られた。


「坊主、これは形が変わるな? おそらく、この魔石部分に魔素をこめるんだろう。形状としては、剣か槍か……俺は槍と見たが、どうだ?」

「え……!」


 クレハもカナトも目を見開く。

 変形するところは見ていないはずなのに、変形後の形状まで言い当ててみせた。

 カナトは店主から杖を受け取ると、言われたとおり魔石の部分へ魔素をこめる。すると魔杖が光り輝き、みるみるうちに槍へと姿を変えた。


「お見事。正解です」

「おう、こりゃあすげえや。俺ぁ、あんまり魔法武器は扱わねえからな。けど、手入れくらいならできるさ」


 店主は再度カナトから武器を受けとり、鋭く尖る槍先の手入れを始めた。


「ね、腕利きでしょ」

「ああ、本当だな」

「ちっと時間がかかりそうだ。店ん中、好きに見ておきな」


 クレハとカナトにそう告げて、店主は店の裏へと消えていった。

 ふたりは思い思いに店内を見て回る。時折、どちらからともなく話しかけ、精巧な造りに感動したり、気になる品を試着して感想を述べ合ったりした。

 クレハたちが武具鑑賞を満喫していると、店主が輝かんばかりに磨かれた双剣と槍を持って出てくる。


「ほらよ。今回はひとり10ティラだ」

「安い! おじさん、値下げしたの?」

「違ぇよ。未来のお得意さんへの投資だ」

「だってさ。今後ともご贔屓にー!」

「なんでおまえは店側なんだよ」

「わははっ! クレハ、いいやつ見つけたな」


 店主にお代を払い、クレハたちは店を出た。

 手入れをされた武器は丁寧に磨かれ、陽光を反射している。持っているだけで、自分の心まで照らされているようだ。


「ははっ、上機嫌だな」

「まあね! さ、次はどこに行く? 出店でも見てみる?」

「出店か、いいな!」


 その後も、クレハは中央通りの店をあちこち案内した。出店で傷薬を買い足し、魔法具を物色し、装身具を手にとってみる。

 日は高く、もうすぐ十二時の鐘が鳴る頃だろう。そろそろご飯時だ。


「カナト、お腹空かない?」

「そうだな。そろそろいい時間だし、飯食いたいな」

「ふっふーん! じゃあお待ちかねの! 食べ歩きの時間としましょう!」

「……おまえ、このためにオレを誘ったのか?」

「そんなことないわよ。さ、行きましょ。何か食べたいものはある?」


 町中から昼食を準備する匂いが漂ってくる。クレハの腹の虫を刺激する香ばしい香りに、そろそろ限界だ。

 カナトの答え次第で早いところ店を決めてしまおう。

 クレハが彼をじっと見つめていると、やれやれと肩をすくめられる。


「食べたいもの? 特にないから任せるよ」

「ええ、何かあるでしょ何か!」

「だから任せるって。好き嫌いは少ない方だ」

「じゃあ肉と魚! どっちがいい?」

「……どっちも食える」


 優柔不断なのか、なんなのか。カナトは具体的に答えようとはしない。

 クレハは腹に力を入れて、腹の虫が鳴くのを抑えた。


「なによ! もういいわ! あたしのおすすめの店に行きましょ! まずは肉串ね!」


 クレハは空腹と闘いながらも目を輝かせた。

 中央通りで一押しの、肉串の露店に連れて行ってやる。甘じょっぱいタレとこんがり焼けた肉、蕩ける油に舌鼓を打つがいい。

 ごくりと唾を飲みこんで、クレハは先陣切って歩き出した。


「うーん、おいしー!」

「ほんっとうまそうに食べるな。ん、うまっ!」

「ふふ、でしょ?」


 肉串を頬張り目を見開くカナト。そうだろうそうだろう、とクレハは得意げな顔をしてみせた。

 一度食べ始めたら止まらない。ふたりはあっという間に肉串を食べ終えてしまったが、まだ腹の虫は治まらない。


「次はあれよ!」

「おっ! あれは……挟み焼き?」

「そ! 焼きたてのパンに、葉野菜と肉とチーズを挟んであるの! 絶品よ」

「そりゃあ楽しみだな!」


 その後も、クレハは目に映る露店を吟味し、狙いを定めては買って食べてを繰り返した。後半、付き合い疲れたのか、カナトは呆れた顔をしていたが、しっかり食後の甘いものまで堪能した。彼だって一緒に食べたのだから同罪だろう。


「ふぅ……さすがにお腹いっぱい」

「あれだけ食ったらな」

「だって、どれもおいしそうだったじゃない! 本当はあの焼き菓子も食べたかったんだけど……」

「やめとけ。腹が痛くなるぞ」


 広場に備えつけられた椅子に座り、クレハは腹をさすった。

 中央では噴水が水を吹きあげている。川のせせらぎを聞いているような気分だ。

 穏やかな場所に、子どもたちが追いかけっこする声が響き、クレハは頬を緩めた。


「ねぇ、オルディアはどうだった?」

「ん? すげぇ賑やかだな。オレの故郷も子どもたちの声で騒がしかったんだが、比較的穏やかな村だったんだなって思ったよ」

「そうなのね。ま、ここは人も多いしお店も多いから、騒がしさで敵うのは、王都くらいじゃないかしら」

「王都か。あそこも広いからなぁ」


 クレハたちは他愛もない話をぽつりぽつりと重ねる。

 日が傾いてきた頃、ふたりはそれぞれの用事を済ませるため分かれた。

 時計台に登ったクレハは、橙に染まりゆく空を眺める。


「こうして色んな町を回って、色んなものを見て、世界中を巡る巡行士になりたいわ」


 クレハから溢れた言葉は、あの夜聞いた、カナトの旅の目的に似ていた。

 旅の中で自分を見つける。彼の目的はそういうことなのかもしれない。

 クレハにはソルディアという具体的な目標があるが、自分の答えを探し続けなければならないのも事実だ。


「……頑張るっきゃないわね」


 クレハは決意を新たにし、明日の太陽に思いを馳せた。



*



 翌朝。クレハたちはギルドの掲示板で依頼を探していた。

 貼りだされた依頼の多くは雑用と呼べるもので、鉄兎級のクレハでも受けることができる。そろそろ他の仕事もしたいと目を走らせていると、ある依頼に目が止まった。


「これ、パーティー内に銅狼級がいれば、鉄兎級がいてもいいって!」

「どれどれ……ほんとだ。アルフレッテの町で調査、か。そういえば昨日ティアナさんが、アルフレッテ支部の人手が足りてない、ってぼやいてたな」

「これにしましょ!」

 

 クレハは掲示板から依頼書をとると、ティアナの元へ駆けていき、ギルドの承認を得た。

 待ちきれないとばかりにギルドを飛び出すと、クレハたちの旅立ちを祝福するように、心地よい風が吹く。

 クレハの長い赤髪が、空を舞うように靡いていた。

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