第20話 巡る
朝、クレハは宿屋の一室で目を覚ました。昨日も巡行士ギルドに併設された宿に宿泊したのだ。
巡行士になってから、次から次へと依頼を受け、方々を動き回る日々を過ごしている。それを見かねたのか、カナトから提案があり、今日は一日休息日となった。
「んーっ、一日ごろごろってのも魅力的だけど、せっかくだし買物しに行こうかな」
体温に馴染んだベッドから、意識をそらすように大きく伸びをする。
眠気の残る体に身支度をさせ、クレハはギルドの系列店である食堂へと向かった。
「おはようカナト」
「おはよ、お前も朝食か?」
「うん。今日は出かけようと思って。町中でお腹鳴らさないように、何か食べとかないと」
「ははっ、そりゃ切実な理由だな」
カップを傾けるカナトの方から、芳醇な香りがする。甘さを含んだ匂いが鼻を通じてクレハを誘惑する。
「それ紅茶? あたしも頼もうっと」
「あたたかい物飲むとほっとするよな」
「わかる! あたし、スープが大好きなの。特にお母さんのつくるスープが最高でね——」
カナトの向かいに座り、雑談に花を咲かせる。朝食が運ばれてくると、生神に祈りを捧げてから手をつけた。
「おいしいわ! これをちょっと安く食べられるなんて、巡行士ギルドさまさまね!」
「オルディア支部は、王都に次いで支援が手厚いらしいからな。ま、これも労働への報酬として、ありがたく享受しようぜ」
「そうね! 依頼を解決して、報酬を得る! 模範的な巡行士だわ」
「青い手助けはしたけどな」
魔草の話題を持ち出され苦笑する。
たとえ報酬がなくとも、守るべきものを守れたのだから、それはそれで巡行士の鑑だろう。
無理矢理に結論づけ、紅茶で口内を潤した。
「そうだ。カナト、今日は暇?」
「ああ。特に予定はないな」
「じゃあ、一緒に中央通りを巡らない? オルディアにはあんまり来たことないって言ってたし、あたしでよければ案内するわ!」
様々なことにおいて、クレハよりもカナトの方が経験豊富だ。しかし、このオルディアについてはクレハの方が詳しいだろう。故郷の次に入り浸っている町なのだから。
クレハが得意げに提案すると、カナトは眉を上げて笑った。
「へぇ、面白そうだな。お願いしてもいいか?」
「もちろんよ! あたしに任せなさい!」
「……ちょっと不安になってきたな」
「失礼ね。危ない場所には連れて行かないわよ」
「オレ、歳上な」
軽口を叩きながら、クレハはどのように町を案内するか、考えを巡らせていた。
*
カナトを連れ、賑わう町並みを歩く。クレハにとっては聞き慣れた喧騒でも、彼にとっては情報の坩堝だろう。耳だけでなく、目にも、多種多様で彩り鮮やかな品物や店の看板が入ってくる。
「うわ、これはすごいな」
「今日はいつにもまして人が多いわね。街道の警戒が落ち着いたからかしら」
一度足を止めてしまったら、雑多なもの入り乱れる中でも異物になってしまうことを、経験上よく知っていた。
クレハはカナトとはぐれないよう、ひっきりなしに話しかけながら、オルディアの中央通りを歩いていく。
「まずはここ。あたしおすすめの鍛冶屋! 武器防具専門で、腕がいいのよ! あたしの双剣もここで打ってもらったの」
「へぇ! 武器も防具もひと通り見ておきたいな」
「そうこなくっちゃ! じゃあ入るわよ」
クレハは店の扉をくぐると、迷いなく店内を歩いていった。
入口に近い手前には、兜や篭手、胸当てなどの防具が、奥には剣や弓、槍などの武器が陳列されている。
どれもこれも、光沢が出るほど丁寧に磨かれており、指の跡ひとつついてない。相変わらず丁寧な仕事だ。
「どうも、おじさん。遊びに来たよ」
「遊びにってお前なぁ。まあいい。よく来たクレハ」
「こんにちは。お邪魔してます」
「は!? おいクレハ、お前さんいつから! 聞いてねえぞ!」
「いつからって、つい最近よ。巡行士になってすぐパーティーを組んだの」
「パーティーって……なんだ、そういうことかよ。俺ぁてっきり……」
「そういうのじゃないから。はい、こちらカナト。よろしく」
店主を白い目で見ながら、カナトの方へと手を向ける。軽く頭を下げた彼に、店主も鏡のように同じ動きを返した。
「おじさん、こう見えて腕はたしかなの」
「こう見えて、とはなんだ」
「だって初対面のお客さんに失礼な態度とったじゃない」
「そ、それはお前さんがなぁ……!」
「ふふ、冗談よ、冗談。そうだなぁ、今日は剣の調子を確認してくれる?」
クレハは笑いまじりに双剣をホルダーごと外すと、受付の机に置いた。店主は早速ホルダーから剣を取り出し、矯めつ眇めつ確認していく。
「おう、ちゃんと手入れしてるみたいだな。刃こぼれもしてねえし、上々だ」
店主が油を含ませた布で刀身を磨き、てきぱきと二本の剣を手入れしているうちに、クレハはカナトに声をかけた。
「カナトも武器の調子見てもらったら?」
「そうだなぁ。でも、オレのは普通の武器じゃないから、ちょっと難しいかもだ」
「なんだ坊主。訳ありの武器か?」
「訳ありというか、魔法武器なんです」
「ほう。見せてみろ」
カナトが店主へ杖を渡す。店主は杖をひと通り眺めると、顎に手を置いて考えこんだ。
魔法武器といっても、様々なものがある。まさか、この魔杖が槍に変形するなど思うまい。クレハはカナトとの腕試しのとき、まんまと騙されたのだから。
そんなクレハの予想は、まんまと裏切られた。
「坊主、これは形が変わるな? おそらく、この魔石部分に魔素をこめるんだろう。形状としては、剣か槍か……俺は槍と見たが、どうだ?」
「え……!」
クレハもカナトも目を見開く。
変形するところは見ていないはずなのに、変形後の形状まで言い当ててみせた。
カナトは店主から杖を受け取ると、言われたとおり魔石の部分へ魔素をこめる。すると魔杖が光り輝き、みるみるうちに槍へと姿を変えた。
「お見事。正解です」
「おう、こりゃあすげえや。俺ぁ、あんまり魔法武器は扱わねえからな。けど、手入れくらいならできるさ」
店主は再度カナトから武器を受けとり、鋭く尖る槍先の手入れを始めた。
「ね、腕利きでしょ」
「ああ、本当だな」
「ちっと時間がかかりそうだ。店ん中、好きに見ておきな」
クレハとカナトにそう告げて、店主は店の裏へと消えていった。
ふたりは思い思いに店内を見て回る。時折、どちらからともなく話しかけ、精巧な造りに感動したり、気になる品を試着して感想を述べ合ったりした。
クレハたちが武具鑑賞を満喫していると、店主が輝かんばかりに磨かれた双剣と槍を持って出てくる。
「ほらよ。今回はひとり10ティラだ」
「安い! おじさん、値下げしたの?」
「違ぇよ。未来のお得意さんへの投資だ」
「だってさ。今後ともご贔屓にー!」
「なんでおまえは店側なんだよ」
「わははっ! クレハ、いいやつ見つけたな」
店主にお代を払い、クレハたちは店を出た。
手入れをされた武器は丁寧に磨かれ、陽光を反射している。持っているだけで、自分の心まで照らされているようだ。
「ははっ、上機嫌だな」
「まあね! さ、次はどこに行く? 出店でも見てみる?」
「出店か、いいな!」
その後も、クレハは中央通りの店をあちこち案内した。出店で傷薬を買い足し、魔法具を物色し、装身具を手にとってみる。
日は高く、もうすぐ十二時の鐘が鳴る頃だろう。そろそろご飯時だ。
「カナト、お腹空かない?」
「そうだな。そろそろいい時間だし、飯食いたいな」
「ふっふーん! じゃあお待ちかねの! 食べ歩きの時間としましょう!」
「……おまえ、このためにオレを誘ったのか?」
「そんなことないわよ。さ、行きましょ。何か食べたいものはある?」
町中から昼食を準備する匂いが漂ってくる。クレハの腹の虫を刺激する香ばしい香りに、そろそろ限界だ。
カナトの答え次第で早いところ店を決めてしまおう。
クレハが彼をじっと見つめていると、やれやれと肩をすくめられる。
「食べたいもの? 特にないから任せるよ」
「ええ、何かあるでしょ何か!」
「だから任せるって。好き嫌いは少ない方だ」
「じゃあ肉と魚! どっちがいい?」
「……どっちも食える」
優柔不断なのか、なんなのか。カナトは具体的に答えようとはしない。
クレハは腹に力を入れて、腹の虫が鳴くのを抑えた。
「なによ! もういいわ! あたしのおすすめの店に行きましょ! まずは肉串ね!」
クレハは空腹と闘いながらも目を輝かせた。
中央通りで一押しの、肉串の露店に連れて行ってやる。甘じょっぱいタレとこんがり焼けた肉、蕩ける油に舌鼓を打つがいい。
ごくりと唾を飲みこんで、クレハは先陣切って歩き出した。
「うーん、おいしー!」
「ほんっとうまそうに食べるな。ん、うまっ!」
「ふふ、でしょ?」
肉串を頬張り目を見開くカナト。そうだろうそうだろう、とクレハは得意げな顔をしてみせた。
一度食べ始めたら止まらない。ふたりはあっという間に肉串を食べ終えてしまったが、まだ腹の虫は治まらない。
「次はあれよ!」
「おっ! あれは……挟み焼き?」
「そ! 焼きたてのパンに、葉野菜と肉とチーズを挟んであるの! 絶品よ」
「そりゃあ楽しみだな!」
その後も、クレハは目に映る露店を吟味し、狙いを定めては買って食べてを繰り返した。後半、付き合い疲れたのか、カナトは呆れた顔をしていたが、しっかり食後の甘いものまで堪能した。彼だって一緒に食べたのだから同罪だろう。
「ふぅ……さすがにお腹いっぱい」
「あれだけ食ったらな」
「だって、どれもおいしそうだったじゃない! 本当はあの焼き菓子も食べたかったんだけど……」
「やめとけ。腹が痛くなるぞ」
広場に備えつけられた椅子に座り、クレハは腹をさすった。
中央では噴水が水を吹きあげている。川のせせらぎを聞いているような気分だ。
穏やかな場所に、子どもたちが追いかけっこする声が響き、クレハは頬を緩めた。
「ねぇ、オルディアはどうだった?」
「ん? すげぇ賑やかだな。オレの故郷も子どもたちの声で騒がしかったんだが、比較的穏やかな村だったんだなって思ったよ」
「そうなのね。ま、ここは人も多いしお店も多いから、騒がしさで敵うのは、王都くらいじゃないかしら」
「王都か。あそこも広いからなぁ」
クレハたちは他愛もない話をぽつりぽつりと重ねる。
日が傾いてきた頃、ふたりはそれぞれの用事を済ませるため分かれた。
時計台に登ったクレハは、橙に染まりゆく空を眺める。
「こうして色んな町を回って、色んなものを見て、世界中を巡る巡行士になりたいわ」
クレハから溢れた言葉は、あの夜聞いた、カナトの旅の目的に似ていた。
旅の中で自分を見つける。彼の目的はそういうことなのかもしれない。
クレハにはソルディアという具体的な目標があるが、自分の答えを探し続けなければならないのも事実だ。
「……頑張るっきゃないわね」
クレハは決意を新たにし、明日の太陽に思いを馳せた。
*
翌朝。クレハたちはギルドの掲示板で依頼を探していた。
貼りだされた依頼の多くは雑用と呼べるもので、鉄兎級のクレハでも受けることができる。そろそろ他の仕事もしたいと目を走らせていると、ある依頼に目が止まった。
「これ、パーティー内に銅狼級がいれば、鉄兎級がいてもいいって!」
「どれどれ……ほんとだ。アルフレッテの町で調査、か。そういえば昨日ティアナさんが、アルフレッテ支部の人手が足りてない、ってぼやいてたな」
「これにしましょ!」
クレハは掲示板から依頼書をとると、ティアナの元へ駆けていき、ギルドの承認を得た。
待ちきれないとばかりにギルドを飛び出すと、クレハたちの旅立ちを祝福するように、心地よい風が吹く。
クレハの長い赤髪が、空を舞うように靡いていた。




