第19話 青い花
薬屋にいるルマの元へ着くと、彼女は姿を見せたクレハたちに駆け寄ってきた。あれからずっと、落ち着かない様子で待っていたのだろう。
クレハは、グランスの帰りを待ちわびた日を思い出した。
「おまたせルマちゃん。約束の白い花、とってきたわよ」
「……ありがとう! あの、青いのは……」
「ああ。焦らしてごめん。ほら、こっちもちゃんとあるよ」
カナトが懐から魔草をとりだし、ルマへ差し出した。花束を贈る男性のような構図になっている。
ルマは瞳をきらりと輝かせ、満面の笑顔で青い魔草を受けとった。
これで依頼は達成だ。あとは、薬屋のお爺さんが魔草から薬を作るだろう。
「また何かあったら、いつでも相談してな」
「あたしたちにできることは何だってするわ!」
「巡行士さんたち、本当にありがとう!」
クレハたちはルマから依頼料を受けとると、集落をあとにした。
荷馬車の荷台を借りてオルディアへと帰る途中、周囲の景色は、自然豊かな農地から見晴らしのいい街道沿いへと変わっていく。
クレハは縁に寄りかかりながら、カナトへ話しかけた。
「それにしてもカナトってば、子どもの面倒をみるのがうまいのね」
「オレの故郷じゃ、年の近い子どもがいなかったからな。皆、ひとまわりは歳下だったんだ」
「なるほど、どおりで。故郷でも色んな子の初恋を奪ってたってわけね」
「……いっときの勘違いだよ。というか、故郷でもってなんだ、でもって」
ルマのこと以外にないだろう。恋愛経験の少ないクレハでも、少女が歳の離れた頼れる男性に恋をしたのがわかった。
カナトは気づいているのか、いないのか。気づいていないフリをしているのかもしれなかった。
どちらにせよ、罪な男だ。
「ルマちゃんのお母さん、よくなるといいわね」
「そうだな」
クレハは馬車の揺れに身を任せるように目を閉じる。夜を告げる風がそよそよと頬を撫でていった。
*
クレハたちはオルディア支部へと到着すると、酒場で夕食をとった。その後、今回の事件のあらましを——青い魔草の件は除いて——報告書にしたためる。
ティアナへの報告は翌日にし、ギルドに併設された宿にそれぞれ部屋をとって体を休めた。
翌日、報告を済ませ新たな依頼を受けると、クレハたちは商人ギルドへ向かった。
「街道もやっと往来が戻って良かったわ」
「オレたちのおかげ、も一部あると思うと誇らしいな」
カナトの言葉に頷いた。
今日の依頼は、商人ギルドの荷馬車の積み下ろしだ。クレハたちの働きもあり、街道の魔物被害が解決され、元通り人や馬車の行き来が行われるようになっていた。
こうして自分たちの仕事が誰かの役に立っているのを見ると、胸が温かくなる。
「よし。今日もしっかり人助けしますか!」
「人助けねぇ。荷運びは雑用な気もするが」
「……助かる人がいるなら人助けでしょ」
「大雑把すぎるだろ」
クレハたちは軽口を叩きながら、馬車の到着を待つ。商人ギルドの馬車小屋は、たくさんの物がごった返している。厩舎は別にあるらしく、ここは倉庫に近い役割だと聞いていた。
「こんなところにずっといたら不審者として捕まりそうね」
「受付に寄ってなかったら、そうなってたかもな」
物品を眺めるクレハに、木箱に座ったカナトが返す。
商人ギルドの受付には事前に寄っておいた。依頼を受けた巡行士として身分証明をし、馬車小屋や倉庫への出入りを許可してもらった。
「それ、爆薬だったりして」
「は!? 嘘だろ!?」
「うん、嘘よ。こんなところにそんなのあるわけないじゃない」
クレハはため息をつくカナトを見て、くすくす笑った。そうこうしているうちに、荷馬車が二台、目の前に到着した。
「やあ、君たちが巡行士か。よろしく頼むよ」
「はい。クレハ・グリッテスです。よろしくお願いします」
「……クレハ?」
御者に自己紹介をしていると、馬車の中から人が降りてきた。聞き覚えのある声にクレハは頭を働かせる。
「……久しぶりだな、クレハ」
濃い栗色の髪に青い瞳。甘さの残る顔立ちながら、二年で爽やかさが増した気がする。
勝気な表情はまったく変わらない青年、トリルが目の前に姿を現した。
「トリル! あんたなんでここに……」
「荷馬車の護衛で王都から乗ってきたんだよ。ま、何も起きなかったけどな」
「そっか、依頼か。ほんと久しぶりね!」
クレハが旧友との再会に上機嫌になっていると、カナトが横に並んだ。不思議そうな顔でクレハとトリルを見比べている。
「知り合いか?」
「うん。小さい頃からの……友だち? 親友の兄よ」
「なんでそこで言い淀むんだよ!」
「だってあたしたちが友だちって、なんかむず痒くない?」
「……それは、そうだけど」
旧交を温めていると、二年前に戻ったような気がする。
二年前、トリルが今のクレハと同じ十六歳のとき、彼は巡行士になった。各地を巡る旅に出た彼を見送ってからだと、会うのはこれが初めてだ。
「巡行士の仕事は順調なの?」
「言うまでもないぜ」
「へぇー、ひとりで旅だなんて寂しくて泣いてるかと思ったわ」
「んなわけねえだろ。おまえやアーチュじゃないんだから」
「あたしもアーチュも泣かないわよ!」
クレハの一言にトリルがつっこむ。それにクレハが言い返して、アーチュが止める。それが三人の会話の常だった。
——ここにアーチュもいればなぁ。
クレハは、トリルに似た顔の親友へ想いを馳せた。
「なあ、そろそろオレも自己紹介していいか?」
「ああごめん。トリル、この人はあたしと同じパーティーなの」
「はじめまして。カナトさん、でいいんだよな。オレはカナト・オーツェル」
「…………は?」
何も変なところはなかったのに、トリルは目を見開いて固まった。はくはくと口だけが動いている。
「トリル? どうしたの?」
「おまえ、パーティー組んでるのか?」
「え、うん。そうだけど……」
「こいつと?」
「うん」
トリルはまたも絶句すると、クレハとカナトを交互に見た。
巡行士はパーティーを組む者も多い。そんなに驚くことだろうか。
カナトの方を見ると、何とも言い難い微妙な顔をしている。
トリルの奇行に呆気にとられているのかもしれない。
クレハは、友人として彼を助けるため、横腹を肘でつつき自己紹介を促した。
「……俺は、トリル・オクスタフ。こいつの幼馴染だ」
その後、何やら揉めていると勘違いした御者が、クレハたちの様子が落ち着くのを見計らって声をかけてきた。
まずは荷馬車で運んできた荷物を下ろし、倉庫へ運ぶらしい。
クレハたちは、御者や商人ギルドの担当者が下ろす荷物を、順番どおりに運ぶ役割なのだが、なぜかトリルも手伝うと言い出した。
「おい、それ貸せよ。俺が持ってく」
「いいわよ。あんたは次の荷物を運んで」
「俺の方が力があるんだから、俺が運んだ方が早い」
「はぁ? あたしだって力くらいあるわよ!」
クレハは自身にメティルで身体強化を施すと、軽々と木箱を持ち上げる。それから、トリルと競い合うようにどんどん荷物を運んでいった。
*
王都からオルディアへの護衛依頼があると聞いたとき、オルディアにいる家族とクレハのことを思い出した。
父や母は元気にしているだろうか、アーチュは笑顔でいるだろうか、そしてクレハは、巡行士になれただろうか。
トリルの幼馴染である赤髪の少女は、生粋の負けず嫌い。それに、憧れの女性にご執心だ。トリルはそれほど心配していなかった。
「でも、だからってパーティー組んでるとは……」
可能性を考えていなかった。いや、強くかっこよくなることを焦るばかりに、見ないふりをしていたのかもしれない。
大きなため息をつくと、アーチュがかわいそうなものでも見るような目を向けてくる。
「お兄ちゃん……クレハちゃんだってパーティーくらい組むよ。それが、同い年くらいの男の人とふたりきりとは思わなかったけど……」
「言うなよアーチュ……」
久しぶりに帰った実家にて、クレハからよろしくと言われたことをアーチュに伝えたところ、アーチュからの質問攻めが始まった。いつ、どこで、どうやって出会ったのか。どうして自分も呼んでくれなかったのか、とうるさかった。
「相当こたえてるみたいだね……それもそっか……お兄ちゃん、クレハちゃんが巡行士になったら迎えに来るつもりだったんでしょ」
「おまえ、なんでそれを……!」
「それくらい言わなくてもわかるよ」
アーチュはやれやれとため息をつく。
さも当然かのように言ってのけた妹だが、トリルは自分以外は知らないはずの秘密を暴かれている。焦りもするだろう。
「巡行士になったときに言ってなかったのが悪いよね」
「それはっ、そうだけど…………」
「恥ずかしくて言えないんでしょ。意地っ張りなんだから」
図星をつかれ何も言い返せない。
アーチュは普段おとなしいのに、トリルと話すときはいたく手厳しくなる。
「もたもたしてると、誰かにとられちゃうよ。それこそ、そのカナトさんって人に」
「…………」
トリルはベッドに寝転んで天井を見上げた。
荷運びのとき様子を窺ったが、クレハとカナトの間に色恋の気配は感じられなかった。
出会ったのも最近というし、まだ手遅れにはならない……はずだ。
だからといって、面白くないわけではないが。
「お兄ちゃん、これからどうするの? クレハちゃんのパーティーに入れてもらうの?」
「それは……」
衝撃のあまり、これからどうするか全く考えていなかった。
トリルは頭の後ろで腕を組む。
「いや、このままひとりで旅をする」
「え!? どうして!?」
「今もクレハの一番はソルディアだ。ソルディアより強くてかっこいい男になれなきゃ意味がない」
「そ、そうかな。たしかにクレハちゃんはソルディアさんのこと大好きだけど……」
アーチュが言い淀んだのをいいことに、決心を新たにする。
『太陽を宿した女』と呼ばれるソルディア。クレハの憧れの女性にして、唯一無二の存在。そのあまりにも高い壁を越えなければならない。
トリルの敵は目の前のカナトではなく、遥か彼方にいる彼女にほかならなかった。
「微妙にずれてるから、未だに気づかれてないと思うんだけど……」
「気付かれてない方がいいだろ! 気づかれてたら……」
急激に頬が熱くなる。想像しただけで羞恥の極みだ。恐ろしさ故に寒気すら覚える。
「気づかれないってことは、意識すらされないってことだと思うけど……」
「何か言ったか?」
「ううん。お兄ちゃんはお兄ちゃんだね」
トリルはアーチュの意味深な言葉に首を傾げた。




