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茜羽の巡行士  作者: 如月がろ
2章 巡り行くもの
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第17話 白か青か


 暖かな日差しの下、作物の葉が露できらめいている。あたりには牛や鶏の鳴き声が響き、家畜の独特な匂いが鼻をつく。

 クレハとカナトは依頼を受け、農地近くの集落を訪れていた。


「ひさしぶりだわ、って言っても一月も経ってないけどね」

「養成所の試験で来たことあるって言ってたっけ」

「そうなの。でも、あのときは試験のことで頭いっぱいで、景色を見る暇もなかったわ」


 見たことがあるような、ないような。

 地図と薄い記憶を照らし合わせながら、目的地へ歩いて行く。

 

「依頼人は十歳の女の子らしいけど……」

「お、あの家みたいだな」

 

 依頼人のものらしき家が見えてくると、戸の前に少女が立っているのに気づいた。そわそわと周囲を気にしており、誰かを待っているように見える。

 おそらくあの子が依頼人だろう。

 クレハはカナトと認識を合わせ、少女の元へ歩いて行った。


「こんにちは。あなたが依頼人のルマちゃん?」

「うん。ルマです、お姉さんたちは……」

「オレたちは巡行士だよ。オレはカナト、こっちはクレハ。よろしくね」


 カナトは屈んでルマと目を合わせると、彼女に巡行士記章を見せた。クレハも彼に倣い、同じようにする。

 丸い目が狼と兎を順番に見て、少女はクレハとカナトへ目を向けた。


「来てくれてありがとうございます。えっと、立ち話もなんですから、中に入ってください」


 ルマはたどたどしく言葉を紡ぎながら、家の戸を開けた。

 促されるままに中へ入ると、はじめに長机が見えた。奥には老年の男性が立っており、薬草らしき植物を手にとっている。見れば壁に植物がいくつも干してあり、まるで小さな森のようだ。

 鼻に抜けるようなすっきりとした匂いを嗅ぎながら、クレハは口を開いた。


「こんにちは。巡行士のクレハ・グリッテスです。依頼で伺ったんですが……」

「ああ、聞いているよ。わしはここらの薬師をしていてね、その子の爺、というわけでもないんだ」

「ご家族ではないんですか?」

「そうだ。その子が巡行士に依頼を出したいって言ってね。家に呼べないって言うもんだから、うちを貸したんだよ」

「家に呼べない?」


 クレハが繰り返すと、ルマが慌てたように振り向いた。彼女は客間まで案内をしてくれていたのだが、この場で説明を始めそうになっている。

 焦らせてしまったか、とクレハが言葉を選んでいるうちに、カナトがルマの背に優しく手を添えた。


「慌てないで大丈夫だ。その理由も後で聞かせてもらうから。ルマちゃんも待ち疲れただろうし、まずは座ろう」


 カナトによって落ち着いたルマが歩き出す。

 この数分の間でも、彼が子どもの扱いに長けているのがわかった。

 クレハは感心しながら、ふたりの後についていく。通された先は居住用の空間のようで、机と揃いの椅子がクレハたちを出迎えた。


「さて。改めて、はじめましてルマちゃん。オレはカナト・オーツェル。巡行士だ」

「——はじめまして。あたし、クレハ・グリッテス。さっきは焦らせてごめんね」

「大丈夫、です。あの、わたしルマです。よろしくお願いします」

「無理に敬語を使わなくてもいいよ。話しやすい言葉で話してくれればいいから」

「……わかった」


 カナトが人好きのしそうな笑顔を浮かべると、ルマの目が輝いた、ような気がした。


「じゃあ早速だけど、依頼について聞かせてもらうな。今回の依頼は花の採取って聞いてるけど、間違いない?」

「そうなの。森に生えてる……白い花をとってきてほしくて」

「白い花、か。何に使うの?」

「薬。お母さんが病気なの」


 どうやら今回の依頼は、薬の材料を採取することらしい。

 ルマは沈痛な面持ちで話を続けた。


「お母さんの薬に白い花がいるの。森に生えてるからすぐとれるんだけど、魔物が畑を荒らしてから、危ないからって入れなくて。薬屋のお爺ちゃんも、それがないと作れないって困ってるの」

「そうか。お母さんのために、森に生えてる白い花が必要なんだな」

「……うん」


 少女は俯きがちに頷いた。


「ルマちゃん、その白い花ってどのくらい必要か知ってる?」

「十本くらいって言ってた気がする」

「十本ね。了解したわ」


 森に自生している白い花を十本とってくるだけなら簡単だ。早くとってきてルマを安心させてあげたい。

 クレハがやる気をみなぎらせると、カナトがまだだと言わんばかりに口を開く。


「さっきの、オレたちを家に呼べない、って話だけど、どうしてか聞いてもいい?」

「……うん。お母さん、寝こんでてきつそうだし。うち、あまりお金ないから……巡行士さんに頼まなくてもいいって言ってるの」

「なるほど。だから秘密で頼んだってことか」

「だって、本当に苦しそうだから何とかしなくちゃって。あ、大丈夫! お金ならあるから!」


 ルマは懐から革袋をとりだすと、机の上に銅貨をひっくり返した。小さな手が銅貨を並べていき、十枚ずつ重ねたものが三列分でき、余りが二枚出た。

 全部で三十二ティラル。依頼料は三十ティラルなので足りている。

 今回は依頼料が後払いで、クレハたちが預かってくることになっていた。

 

「ありがとう。花と交換でもらうから、しっかり持っておいてな」

「うん。あの、本当にとってきてくれるの?」

「もちろん! 断る理由がないわ!」


 クレハの言葉に、ルマはほっと息をついた。


「ルマちゃん。とってくるのは、白い花でいいね?」

「え? う、うん。そうだよ」

「……他にとってくるものはない?」

「カナト?」


 クレハは首を傾げた。

 カナトの様子は、単に確認をしているというより、どこか確信めいていた。答えを促すようにルマを見つめる瞳は優しげな色をしている。

 ルマは視線を泳がせると、もごもごと唇を動かした。


「……うん。白い花だけで、いい」

「……わかった。白い花を十本とってくる。しばらくの間、ここで待っててな」

「うん」


 物言いたげなルマを残して席を立とうとするカナトに、クレハは小声で声をかける。


「ちょっとカナト、どう見たって訳ありじゃない。放っておけないわ」

「わかってる。表の爺さんに聞いてみよう」

「あ、なるほどね」


 ルマが不安そうな顔をしているのが見えて、クレハは慌てて弁解した。


「なんでもないわ。心配しないで、依頼はきっちりこなすから!」


 クレハたちは来た道を引き返し入口の方へ戻ると、受付にいる男性に目配せする。

 ルマに話を聞かれないよう外に出たところで、カナトが話を切り出した。


「薬に必要ない白い花ですが、薬草ですか?」

「ああ。この近くの森にも生えとるもんだ。だが、魔素を多く含む花じゃからな、例の魔物たちに食われとるやもしれん」

「修了試験のときの魔物ね……」

「見つけるのは骨が折れそうですね。ちなみに、白い花の他に、ルマちゃんが欲しがってるものに心当たりはありますか?」


 さも当然かのように話すカナト。やはり彼はあのときルマちゃんの様子から何かを察したのだろう。

 カナトの言葉に、老年の男性は長く息をつくと、観念したかのように話し出した。

 

「おそらく、青い魔草(まそう)じゃな。」

「白じゃなくて青ですか?」

「そうじゃ。青い魔草は白い魔草より多く魔素を含んでおってな。薬にしたときの効能も大きいんじゃ」

「それはどこにあるんですか?」

「……森の中の、湖の近くに生えておる」

「湖の近くか……」


 クレハはカナトと目を合わせた。

 湖の近くといえば、そこそこ強い魔物が出る場所だ。クレハとカナトであれば行けないことはない。しかし、三十ティラルの依頼料では足りない危険度だ。

 さきほどの銅貨を見るかぎり、ルマの手持ちは三十二ティラル。とてもじゃないが、ギルドを通しての依頼では受けることができない。


「厄介ね……」


 さらに、湖の周りは、炎の魔則をもつクレハにとって魔法が使いづらい環境だ。その分、戦力が落ちてしまう。


「クレハ、今回の依頼はあくまで白い花の採取だ。残念だが、追加の依頼は諦めよう」

「でも、ルマのお母さんは苦しんでるのよね。ねぇおじいさん、薬はどのくらい足りないの?」

「それが、もう随分渡せておらんのだ。街道に異変があったとかで、別の町から材料を取り寄せることもできなくての……」

「そんな……だったら、なおさら行くしかないじゃない!」

「待て待て。勝手に突っ走ってもよくないだろ。ルマちゃんに確認をとるぞ」


 カナトに諌められながら、クレハたちはルマの元へ戻った。

 ルマはまんまるな目をさらに丸めて驚いている。部屋を出てすぐに返ってきたのが予想外だったのだろう。

 クレハは少女にまだ花をとりに行っていないことを伝えると、さらに言葉を続けた。


「ルマちゃん。本当は白い花じゃなくて、青い花が欲しいのよね?」

「え……どうして……」

「薬屋のおじいちゃんから聞いたの。青い花の方が効能があるってね」

「そっか……」

「さっきはなんで白い花だけでいいって言ったの?」

「それは……わたしのおこづかいじゃ足りないから……」

 

 クレハは拳を握った。

 空は青く、日は高い。日暮れまでまだまだ時間はある。これなら湖にも十分向かえるはずだ。

 隣で様子を窺っているカナトに、クレハは視線をやった。


「カナト、いいわよね?」

「……落ち着け。湖の近くは魔物もうろちょろしている。それに、おまえの魔法だって弱まるだろ」

「だからって放っておけないわ。カナトだって、本当は行きたいのよね? だから、ルマちゃんにもおじいちゃんにも、他に欲しいものがないか聞いたんでしょ?」


 図星をつかれたらしく、カナトがぐっと押し黙る。目を逸らして反論の言葉を考えているようだ。

 ——畳みかけるならここね……!

 クレハは一歩踏み出した。


「ぱぱっと白い魔草を採取して、湖へ向かう。日暮れまでには帰ってくる。それに、危険だと感じたらすぐ撤退する。これなら問題ないでしょう?」


 クレハは自信をもってカナトを見つめた。ルマも、期待と不安を混ぜ合わせたような目をして、彼の顔色を窺っている。

 

「…………本当に撤退するんだろうな」

「もちろんよ。あたしだって痛いのは嫌よ」

「……はぁ。わかった」


 カナトが渋々と頷き、クレハは会心の笑みを浮かべた。ルマの顔にも喜びが広がっていくようで、クレハはさらに口角をあげる。


「依頼料は最初の三十ティラだけで結構よ。あたしたちは、たまたま湖に散歩しに行って、たまたまお花を摘んで帰ってくるだけだから。ね、カナト」

「そうだな。追加の依頼料は受けとれないしな」


 片目を瞑るクレハにカナトは嘆息すると、覚悟を決めたようにニヤリと笑う。

 向かいではルマが申し訳なさそうに眉を下げていた。

 カナトも彼女に気づいたのか、回りこんで側に寄り、座る少女と目線を合わせた。


「ルマちゃん。お母さんのこと心配してるのに、ひとりで森に入らなくて偉かったな。森の中、特に湖の近くは強い魔物が出る。ここはオレたちに任せてくれ」

「——うん!」

「さ、日が暮れないうちに行きましょ!」


 クレハとカナトは薬屋をあとにする。

 今度は出入口まで、ルマとお爺さんが見送ってくれた。

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