第16話 パーティー
翌日、クレハたちは街道周辺を見回った。道中、襲いかかってきた草粘獣を撃退しながら、魔物の出現地点を中心に確認していく。
「……森狼はいないみたいね」
「ああ、草粘獣も昨日より数が少ないな」
「……あの魔石が今回の核だったのかもな。へたに持ち歩かなくてよかったぜ」
クレハは緑色の魔石を思いだした。
きらきらと輝く宝石のような鉱物は、今頃セッツによって巡行士ギルドへ届けられているだろう。
彼女が先に帰ってしまったので、クレハは昨日、ふたり用の部屋をひとりで使うことになった。ベッドが二つある部屋にひとりというのは心細いのだと、はじめて知った。
「魔石ってあんなに強い影響が出るのね」
「あれは純度が高くて、魔素量も多いはずだ。普通の魔石とは違うと思うぞ」
「なるほどね」
レイドルの言葉にクレハは頷いた。
特別な魔石なら、早急に持ち帰る役が必要になるのもわかる話だ。
穏やかな風を浴びながら、街道の方へ目を向ける。
クレハの初任務は、無事に解決を迎えつつあった。
*
あれから、街道周辺の異変は見られなかった。
クレハたちは馬車でオルディアへと帰ると、ギルドで合流したセッツとともにティアナへ経過を報告した。
「昨日セッツさんから事件のあらましは聞いています。魔石の付近に魔物が群れていた、魔物は魔素酔いを起こし凶暴化していた、と」
「はい。さっき街道付近の見回りをしてきたんですが、大きな異常もなく、魔物の姿もほとんどありませんでした」
「草粘獣がほんのちょっといただけね。あれなら馬車を守りながらでも対処できると思うわ」
「わかりました。こちらも魔石の解析を進めています。純度の高いものであることは確実ですので、今回の件は皆さんのおっしゃるとおり、魔素酔いの線が高いと見ています」
「じゃあ、それで報告書をまとめます」
レイドルは頭をかいた。
報告書を書くのは苦手だと言っていたっけ。
全員で書くことになるだろうと、カナトやセッツと顔を見合わせる。
「それでは、報告書をお待ちしております。報酬も用意しておきますね」
ティアナは一礼すると、次の業務にとりかかった。
次から次にてきぱきと仕事をさばく姿はかっこいい。ソルディアとはまた違う魅力がある女性だ。
「はいはい、ティアナさんに見惚れない。報告書書くぞー」
「れ、レイドルさん。頑張りましょう」
「おまえたち……助かるぜ……!」
クレハたちは、時に談笑をはさみながら、報告書の作成に取り組んだ。
完成したものをティアナへ渡すと、報酬として千七百ティラルが渡される。クレハの取り分は三百五十ティラだ。
報酬を受けとるとクレハの口角が緩んだ。
「そんなに嬉しかったのかよ」
「だって初報酬よ? 巡行士になって依頼を完了できたんだって実感が湧いてきちゃって」
「ふふ、クレハちゃんおめでとう」
「ああ、新人とは思えない働きだったぞ」
レイドルたちは自身のティラを数え始めたかと思えば、五十ティラずつクレハに渡してきた。
三人分で百五十ティラル。これでは、クレハが一番多くもらってしまうことになる。
「いいよいいよ! 皆頑張ったんだから、その分ちゃんと貰わなくちゃ」
「遠慮すんな。これは俺たち先輩から新人への祝いとか労いってやつだ」
「こ、これからも頑張ろうねって」
「もらえるうちは受け取っておいた方がいいぜ」
三人分のティラがまとめられ、クレハの目の前に積み重なる。
——厚意を無下にするわけにもいかないか。
クレハは先輩たちの顔を見回し、じゃらじゃらと音を立てて銅貨をまとめた。
「皆、ありがとう。それじゃあ遠慮なくもらうわ。このティラで美味しいもの食べに行きましょ! 先輩たちのおごりってやつね」
クレハが片目を瞑ると、三人はどっと笑う。
夕食はギルドの酒場で、全員の好きなものを好きなだけ頼み、机に並べた。
「そういえば、クレハは誰かとパーティーを組まないのか?」
「うーん、特に誰かと約束はしてないわ。いずれは誰かと組みたいって思うけど」
「そうなんだ……私たちのパーティーに入れられたら良かったんだけど……」
「いいのいいの! 急いで入りたいってわけじゃないし」
悩み始めるセッツに、クレハは両手を振った。
気遣ってもらうほどのことじゃない、と声色でも示す。
——あたしがあたしらしくいれば、素敵な人たちと巡り会えるってお母さんも言ってたし。
クレハは特に不安を感じることなく、スープを口にした。次の瞬間、目を見開くことになる。
「じゃあ、オレと組むか?」
「……え?」
「パーティー。オレと組むか? って。おまえをひとりにしておくと、危なっかしいからさ」
カナトからの予想だにしない提案に、一瞬クレハの動きが止まる。
「——ちょっと、それどういう意味?」
「そのまんまの意味だよ。ま、組みたい理由はそれだけじゃないけどな」
「どういうこと?」
カナトは真剣な瞳でクレハを見つめている。酒場の喧騒が少し遠のいていくような気がした。
「……オレはオレの目的を果たしたい。そのために、おまえと旅がしたいんだ」
「目的って——」
「おっと、それは秘密だ」
片目を瞑り唇の前で指を立てるカナトに、クレハは慌てて口を閉じる。
レイドルたちはピンときていないようだから、彼は話していないのかもしれない。
カナトを横目に、クレハは逡巡する。
カナトはめんどうみが良く、気が回る。クレハより経験も豊富で戦闘力も高い。なにより、新しい価値観を教えてくれる人だ。
クレハはカナトを見つめ返した。初めから、答えは決まっていたのかもしれない。
「望むところよ。もたもたしてたら置いてっちゃうからね」
「突っ走ったら首根っこ掴んで止めるさ」
にやりと笑い合い、クレハとカナトは拳を合わせた。レイドルとセッツの方から、まばらな拍手が聞こえる。
どことなく照れくさくなりながら、クレハはカナトの好物であるチーズ料理に手をつけた。
*
「それでは、カナト・オーツェルさんとクレハ・グリッテスさんを同一パーティーとして登録します。パーティーで依頼を受ける際は、原則としてクレハさんの鉄兎級が基準となります」
「え、いいの?」
「問題ないさ。ティラに困ったら個人で依頼を受ければいい」
「はい。パーティーを組んでいても、個人で依頼を受けることができます。適宜、使い分けてください」
「わかりました! ティアナさん、手続きありがとうございます」
「いいえ。これが仕事ですので」
翌日、クレハとカナトは結成の申請をし、正式にパーティーを組むことになった。
「無事に申請できたようだな!」
「よかった。これでふたりとも、パーティー所属の巡行士だね」
「まだ二人だけのパーティーだけどね」
受付を離れると、満面の笑顔のレイドルとセッツが近寄ってくる。
パーティーに所属すると、連携を重視する依頼などの、パーティー専用依頼を受けることができる。勝手知ったる仲間とは心強いものだと、シンシオやジュードも言っていた。
「セッツたちも自分たちのパーティーに戻るのよね?」
「うん。私は戻ろうと思ってるよ。今回もたまたまひとりで動いてただけだから」
「俺は次の依頼だな。パーティーを組む利点もわかるが、身軽に動けるって点で俺にはこっちの方が性に合う」
レイドルはパーティーを組んでいないらしい。
まとめ役として十分役目を果たしているところを見るに、相当な実力と経験をもっているようだ。
「皆それぞれの道を行く、ってことね。なんか少し寂しいな」
「クレハちゃん……きっとまた会えるよ」
「そうだな。巡行士として活動していれば、同じ依頼を受けることもあるさ」
「……そうよね。ふふ、次会うときには、あたしが白金竜級の超有名人になってるかもしれないわ」
「あんま調子乗るなよー」
クレハたちは笑い合い、ひとりひとりと目を合わせる。ギルドの入口まで歩くと、先を進んでいたレイドルとセッツが振り返った。
「それじゃあ、またな」
「ええ、また」
四人それぞれ、小さく、または大きく手を振りながら分かれる。
クレハは大切な出会いを刻みつけるように、レイドルとセッツの後ろ姿を目に焼きつけていた。
「さて。オレたちもそろそろ行くか」
「うん。まずは掲示板で依頼を見つけるところから、よね」
「そうだ。まあ、鉄兎級の依頼ならいっぱいあると思うぞ」
カナトが意味ありげに笑う。
少し違和感を覚えたが、クレハは気にせず掲示板へ向かった。
クレハの背よりも高い板に、ずらりと何枚もの紙が貼られている。どれも巡行士への依頼で、依頼者は都市や村の管理者から、商人ギルドなどの他ギルド、はては個人のものもあった。
クレハの胸がわくわくと弾んだ。
「王都までの馬車護衛……! いいわね、王都。一度は行ってみたいわ」
「それは銀虎級以上がいるパーティー専用だな」
「ぐっ、じゃあこっち! セルリナへの荷物運搬! セルリナ……素敵な保養地だって聞いたわ」
「銅狼級以上だな。オレだけ行ってこようか?」
「……これは? ヒュリシュト付近に生える薬草の採取! ってこれも銅狼級以上じゃない……」
クレハは思いきり肩を落とした。
駆け出しの鉄兎級でもいい、という依頼はないのかもしれない。
依頼書の数々を左から右へ見ていくと、カナトの指先が目に入る。
「これなら今のオレたちでもいけるな」
「どれどれ……って、迷子の猫探しぃ?」
「それか、これだな」
カナトが指差したのは、オレクスの住人からのおつかいの依頼だった。
他にも、家事手伝いや店番などの雑用、ひとり立ちした子どもの代わりに夕食を一緒に食べてほしい、という変わり種もある。
クレハは瞬きをし、受けることのできる依頼の概要の全てに軽く目を通した。
「……るわよ」
「ん?」
「やってやるわよ」
クレハは拳をぐっと握った。
「面倒で退屈な一歩が、明日の自分を支えてくれるんだから! やったろうじゃない。カナト、今できること全部やるわよ」
「おいおい、変に盛り上がってないか」
「いいの!」
「はぁ。まあ、ほどほどにしろよな」
クレハの闘志に火がついた。
簡単な依頼なら同時に受けられるはずだ。
目についた依頼書をニ、三枚手にとり、ティアナの元へ向かう。その後ろを、肩をすくめながらカナトが着ついてくる。
こうしてクレハは、パーティー所属の新人巡行士として、新たな一歩を踏み出した。




