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茜羽の巡行士  作者: 如月がろ
2章 巡り行くもの
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14/25

第14話 接敵


 翌々日、クレハは依頼を遂行するため、レイドルたちと街道へ出ていた。

 王都へと続く街道は長く、この道をすべて守るとなると途方もない。クレハたちは、オルディア側から関所までの間を調査することになっていた。


「街道を徒歩で移動なんて、わくわくするわね!」

「馬車がいると危ないですから」

「傍から見たら、流浪の旅人、といったところか」

「貧乏冒険者、かもしれないけどな」


 オルディアから王都方面の関所までは馬車で三時間半はかかる。徒歩なら五時間以上歩きっぱなしで、やっと着くくらいの距離だ。

 今回は魔物の討伐と調査を行うため、帰るのは明日になる可能性もある。そのときは、あらかじめ渡されている諸費で、駅の宿をとることになっていた。


「魔物の襲撃地点、ひとつめはこの辺りかな」

「ああ、そうだと思うぜ。見ろ、あの岩に魔物の痕がついてる」

「これは……粘液(ねんじゅう)の粘液、でしょうか」

「粘獣か。草粘獣(そうねんじゅう)なら生息していてもおかしくはないが、群れをなして人を襲うなんてありえない」


 レイドルたちはすぐさま魔物の痕跡を見つけ、仮説をたてはじめる。

 はっとしたクレハは、置いていかれないようなんとか口を挟んだ。


「粘獣は群れをつくらない魔物よね。知能が低いから人前に現れることはあっても、複数で人を襲うことはしないはず」

「それがなぜか、群れで馬車を襲う、と。一体どういうことだ?」

「誰かが指示している、とか?」

「いいや、粘獣は意思もないような魔物だ。命令したって聞きゃしないだろう」


 クレハたちは首をひねる。

 起こらないはずのことが起こっているが、原因がわからない。その調査を依頼されてはいるが、現時点では何が起こっているのか検討もつかなかった。


「っと、来たぜ! 二時の方向から、草粘獣の群れだ」

「——了解!」


 カナトがいち早く魔物の襲来に気づき、クレハたちは臨戦態勢をとる。

 草粘獣は全部で六匹。ぷるぷるとした体を揺らしながら、クレハたちに近づいてきていた。


「クレハが突っ込んで、カナトとセッツは補助。とどめは俺だ。皆、準備はいいな?」

「おう!」

 

 レイドルのかけ声に合わせ、クレハは素早く敵中へ突っこんだ。弾力のある草粘獣の体を、双剣で切り裂く。


「うわ、飛び散った!」

「クレハ、次だ!」


 クレハの攻撃によって崩れた粘体が、飛沫のように左右へ飛び散った。一度群れから距離をとり二匹目に狙いを定めると、反対から二匹の草粘獣がクレハに襲いかかる。


「シガレテ、ヒョート」


 背後から高い声で詠唱するのが聞こえたかと思えば、尖った氷が魔物を貫き、その体を凍らせる。

 クレハは心の中でセッツに感謝を述べると、次の一匹へ双剣で斬撃を放ち、確実に仕留めた。

 残るは二匹。

 クレハが剣を構えなおすと、狙っていた一匹がクレハへ飛びかかってくる。


「シガレイマライ、ビュラ」


 双剣が草粘獣を捕らえるより先に、風の刃が粘体を切り裂いた。

 あと一匹で最後。

 クレハは続けて襲ってきた粘獣へ蹴りを入れると、その体へ双剣を叩きこんだ。瞬間、粘獣がぶるぶると体を震わせたかと思えば、飛び散った体が集まり始める。


「えっ再生してる!?」

「粘獣は、核を破壊しないと体が元に戻んだよ、っと」


 横合いから飛び出したレイドルが勢いよく戦鎚を振りおろし、草粘獣が木っ端微塵になる。

 クレハたちは無事に六匹の魔物を倒すことができた。


「そうだった、魔物学でも習ったんだった」

「養成所の生物学、魔物分野か。面白くて好きだったが、正直、俺も全部は覚えてねぇな」

「クレハちゃん、大丈夫?」


 武器を収めるクレハとレイドルに、後方から援護をしていたセッツとカナトが合流する。


「これ、まだ凍ってるがセッツの魔法か?」

「はい。念のため魔素を維持しています。調査の役に立つかもと思って」

「よくやったなセッツ! 早速調べよう!」


 氷漬けの草粘獣に寄って行く仲間たちをよそに、クレハはセッツに驚いていた。

 魔法は一瞬使えば消えてなくなる。魔素に指向性を与え続けることが困難だからだ。それを、難しい顔ひとつせず平然とやってのけるとは。

 クレハは弾む心を飲みこみながら、レイドルたちのあとを追った。


「うーん、特に変わったところはないようだが……」

「ごく普通の草粘獣ですね」

「目、鼻、口、耳、それに脳もなさそうだ。どうやって意思を伝達してるんだか」


 模型を見るように矯めつ眇めつ眺めてみるも、変なところは見当たらない。

 結局、専門家に見てもらった方がいいという結論になり、一匹を氷漬けのまま持って帰ることになった。


「よし。まだこのあたりに魔物がいるかもしれねぇ。調べるぞ!」

「もしかすると、群れの拠点があるかもしれないな。ただの草粘獣と侮らずに、慎重に行こう」

「わかりました」


 クレハたちは二人一組に分かれ、辺りを調べ始めた。

 前衛後衛、そして性格の相性から、クレハとカナト、レイドルとセッツという組み合わせになった。といっても、二組はいつでも互いのもとへ駆けつけられる距離を保ち、行動している。

 

「草粘獣、本当は知能が高いのかな」

「いや、そんなことはないはずだ。現にさっきの戦闘でも戦略なんてなかったろ」

「たしかに」


 クレハはすんなりと頷く。最前線で戦った感覚からしても、戦略や連携なんてものは全く感じとれなかった。

 そうしてクレハたちが地道に調査を進めていると、前方からぺちょりとした音が聞こえてくる。


「クレハ、構えろ!」

「わかってる!」

「レイドル! セッツ! 接敵した!」

「目標はにぃ、しぃ、ご! 五匹!」

「おう!」


 クレハは草粘獣へ向かって走り出した。


「シガレイマライ、フィル!」


 炎の魔法を前方の二匹へ当てると、怯んだところへ斬撃を放つ。一気に数を減らしたところへカナトの風魔法が飛び、風の刃が魔物たちを襲った。

 一匹は核ごと切り裂かれ、もう一匹は軽傷、最後の一匹は無傷だ。クレハは軽くちぎれた一匹にとどめを刺し、最後の一匹へと向かう。


「待てクレハ!」


 カナトの声に足を止めると、草粘獣がぷるぷると震えだす。怪我も負っていない個体のはずだが、全身を小刻みに震わせている。震動に合わせるように、飛び散った他の草粘獣の体の一部が揺れ始め、最後の一匹の体へ向けて集まり始めた。


「な、なに!?」

「おいおい、こんなの見たことねえぞ」


 クレハとカナトが目を丸くしていると、草粘獣は体をより合わせ、大きな体に変化した。グオオ、と唸り声をあげるその姿は、まるで狼のような形をしている。

 四つ足に尻尾を生やした、緑色の粘体。見たことも聞いたこともない魔物にクレハたちは絶句する。


「おい、一体何事だ!?」

「お、狼? これは草粘獣なの?」


 駆けつけたレイドルとセッツも驚きに動きが止まっている。

 狼型の草粘獣がもう一度雄叫びをあげると、クレハは我に返り双剣を構えた。


「レイドル、一緒に行こう! カナト、セッツ、援護よろしく!」


 クレハは地を蹴り飛び出すと、草粘獣らしき魔物の喉元めがけ剣を振りおろした。しかし、魔物は身を翻してクレハの一撃を躱す。

 襲いかかってきたクレハを薙ぐように、草粘獣が狼のような前足を振り払う。クレハが転がって爪を躱すと、レイドルの戦鎚による圧倒的な一撃が魔物の足を飛ばした。


「やった!?」

「いや、あいつ、まるで効いてねえみたいにピンピンしてやがる」


 レイドルの言うとおり、草粘獣は体勢を崩しながらも声すらあげず、その場に立ち尽くしている。

 かと思えば、飛び散った前足部分の粘体がうねうねと動き、みるみるうちに元の形を取り戻していった。


「再生はやっ!」

「こいつも核をやらなきゃだめか……」

「レイドル! クレハ! オレとセッツで足を封じる! その隙に、おまえらで頭と胸をやってくれ!」

「お願いします!」


 後方から二人の声と詠唱が聞こえ、クレハはレイドルと頷きあった。

 ふたりで左右に散開し、魔法の通り道を空ける。直後に放たれた氷と風が、草粘獣の四つ足を抉り、凍らせ、弾き弾き飛ばした。

 クレハとレイドルは動きを止めた魔物へ向けて、双剣と戦鎚による一撃を叩きこむ。

 頭部を切り裂かれ胸部を叩き潰された草粘獣は、核を失いどろどろと溶けていった。


「……倒せた?」

「……そうみたいだな」

「クレハ、レイドル、無事か!?」

「おふたりとも大丈夫ですか!」


 援護の二人が後ろから駆けてきて、クレハは双剣をホルダーへしまった。レイドルも戦鎚を背に抱えなおしている。


「うん、もう大丈夫みたい。あたしもレイドルも怪我ひとつないよ」

「よかった……それにしても、あの草粘獣、狼みたいな形になってましたけど、一体どういうことなんでしょう」

「粘獣が擬態するなんて聞いたことないよな……」

「ああ。こいつも氷漬けにして持って帰れたらいいんだが、さすがにこんなに飛び散ってちゃ無理か」


 カナトは周囲を見回している。先ほど核ごと凍らせた個体と違い、変化した姿の足部分だけが凍っていた。


「念のため、そこだけでも持って帰るか」

「こうして見ると何の変哲もないのにね」

「そろそろ魔法をかけ直さないと、さすがに解けちゃいます」

「セッツ、負担をかけてすまねえが、よろしく頼んだ」


 セッツは氷魔法をかけ直し、二つの欠片を持ち直した。

 その後、今度は四人で一緒にあたりを探したが、草粘獣とは出会わず、拠点らしきものも見つからなかった。

 クレハたちはそこでの調査を引き上げ、次の地点へと歩を進めた。


「第二地点はこのあたり?」

「そうみたいだ。やっぱりどっちも町や駅からは離れてるな」

「ここにも粘液が残っていますね」

「さっきみたいに変化されたら危ねえな。今回は全員で行動するぞ」


 レイドルの指示に全員が頷いた。

 クレハたちは探索を始め、草粘獣の手がかりがないか調べていく。ちらほら飛び散っている粘液は、オルディアの兵士が戦った痕跡だろうか。


「おい、これ見ろよ」

「どうしたんですか?」

「粘液を引きずったような跡がある。しかもまだ新しい。これ、草粘獣がさっき通った跡じゃねえか?」

 

 街道から離れたところでレイドルが魔物の痕跡を発見した。言葉どおり引きずったような跡は、途切れ途切れになりながらも遠くまで続いているようだ。


「もしかすると拠点に続いてるかもしれねえ。気を引き締めて追うぞ!」

「りょーかい」


クレハたちは武器を構えながら、草粘獣の痕跡を追った。

 粘液を辿ると、どんどん人気のない場所へ連れて行かれ、全員の足どりがより慎重になっていく。

 そうして、洞穴のような場所が見える位置までたどり着くと、セッツに制され、みな足を止めた。


「静かに。あの穴から魔物の気配がします」

「草粘獣が洞穴に?」

「わかりません。かなりの数がいるようですが、どの魔物かまではなんとも」

「かなりの数、か」

「見て、草粘獣が洞穴へ入って行くわ」


 草粘獣が何匹も洞穴へ入って行くのを目にし、クレハは洞穴の入口を指差した。


「ここがあいつらの巣ってわけか」

「洞穴に、しかも群れで棲むなんて。普通の草粘獣じゃありえませんね」

「どうする? このままやっちゃっていいの?」

「今回の依頼は討伐と調査だ。周囲を探索して何も見つからなければ突入する」

「わかった」


 クレハたちは魔物に気づかれないよう、慎重に辺りの探索を始める。途中、会敵することもあったが、増援を呼ばれることもなく対処することができた。

 しかし、肝心の手がかりは全くといっていいほどない。

 ひとしきり探したが何も見つからず、レイドルが全員へ声をかけた。


「誰か何か見つけたか?」

「オレはなんにも」

「わ、私も」

「何匹か草粘獣を倒しただけよ」

「皆、収穫なしか。かくいう俺も何も見つけられなかった」


 レイドルは肩を落としたが、気をとりなおしたように顔をあげる。


「仕方ねえ、突入するぞ! 言うまでもねえが、身の安全が第一だ。突入後、まずは退路の確保。おそらく入口に戻ることになるから、塞がれないよう注意だ」

「おう」

「そして、まずは異変の手がかりを回収できそうであれば回収する。その後、状況に応じて討伐に移る! 想像以上に危険であればもちろん撤退だ」


 クレハたちはレイドルの言葉を了承した。

 炎であたりを照らしながら攻撃もできるクレハがやや前に出て、次にセッツ、カナト、後ろはレイドルが警戒する。

 クレハは炎の魔法を適度に唱えなおしながら、ゆっくりと洞穴を進んでいく。

 洞穴の中はひんやりとしており、居心地は悪くない。じめじめした環境は粘性の魔物が好みそうなものだが、草粘獣は草原や森など草木が生える場所を好んでいたはず。

 クレハの知識では、こんな洞穴に潜んでいることはなかった。


「クレハちゃん、待って。奥から気配がする」


 セッツの声に、クレハは慌てて足を止めた。

 クレハたちはふた手に分かれ壁に背をつけると、洞穴の奥を覗き見る。

 奥は行き止まりになっており、開けた空間があるようだ。

 息を潜めるクレハたちの耳に、獣の遠吠えが届いた。


「狼?」

「また草粘獣が変化した姿?」

「いいや、違う。狼型の魔物みたいだ」


 カナトとレイドルは洞穴の奥をじっと見つめている。クレハもセッツとともに覗きこむと、そこには数匹の狼型の魔物の姿があった。それだけでなく、狼型の魔物——森狼(しんろう)を囲むように多数の草粘獣がいるのが見えた。

 ——どういうこと!?

 森に棲む森狼や草粘獣が、同時に洞穴にいる。しかも、知能が低いはずの草粘獣が、森狼へ従うように取り巻いている光景は、なんとも奇妙なものだった。


「変なことは書き留める……!」


 薄暗い洞穴の中、レイドルたちが周囲を警戒しているすきに、クレハは手帳へ簡単に状況を図解した。

 それが終わると、四人は顔を見合わせる。

 草粘獣が十匹に、森狼が五匹。特に森狼の中には、体の大きな、いかにも強そうな個体がいた。きっと、この群れの長だろう。


「何か異常は、ってこの状況が異常だもんな」

「手がかりになりそうなものは何もないですね……」

「待って。森狼の長の後ろ、妙に光ってる気がしない?」

「……本当だ。なんだ、あれ」


 クレハは、森狼の大きな体の背後、洞穴の壁に、何か光る物が埋まっているのを見つけた。


「なーんか、あいつらがアレを守ってるように見えてこないか?」

「もしかして、異変の原因ってあれ?」

「そ、そこまではまだわかりませんが、調査する必要はありそうです」


 クレハとカナト、セッツの見解はほとんど一緒だった。壁に埋まった光る物を調べる必要がある。


「だが、魔物をどうにかしないと近づけもしねえな」

「……まずは、セッツとカナトの魔法で取り巻きの草粘獣を削って、あたしが森狼の注意を引いてるうちに、レイドルが長と一対一。ふたりは草粘獣を倒せたら適宜援護、でどう?」

「それじゃあおまえの負担がでかすぎる。森狼を引き付けられなかったら、レイドルだって危ないんだぞ」

「それはそうだけど……」


 クレハの提案を、カナトは無謀な策だと諌めてきた。

 小声ではあるがやや呆れているような声色に、やはりだめかと肩が落ちる。

 そこへ、セッツの援護が入った。

 

「わ、私はクレハちゃんに賛成です。一発目で草粘獣を確実にやっつけたら、すぐにクレハちゃんの援護に入れるから。それに、私が氷で分断すれば、少しは時間を稼げると思います」

「それだ、セッツ。ふたりの魔法攻撃で一気に草粘獣を倒し、クレハが森狼の注意を引く。その間にセッツが氷の壁をつくって森狼を分断し、各個撃破を狙う。四匹の相手は三人に任せた」

「一発目で草粘獣を倒せなかったら?」

「状況を見よう。森狼だけ引き離せそうだったら、セッツの魔法で足止めして、残りの三人で即座に草粘獣を撃破。その後、森狼の長を俺の魔法と戦鎚で牽制して、あとは同じように、だ。無理なら撤退だ」


 レイドルがまとめた作戦を皆了承した。カナトは、一時撤退も視野に入れる、と言っていた。

 クレハの鼓動が早くなる。口角のこわばりをほぐすべく、頬を軽く叩いた。

 一度深呼吸をすれば、もう大丈夫。

 クレハは来る戦闘に備え、双剣を構えた。

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