第14話 接敵
翌々日、クレハは依頼を遂行するため、レイドルたちと街道へ出ていた。
王都へと続く街道は長く、この道をすべて守るとなると途方もない。クレハたちは、オルディア側から関所までの間を調査することになっていた。
「街道を徒歩で移動なんて、わくわくするわね!」
「馬車がいると危ないですから」
「傍から見たら、流浪の旅人、といったところか」
「貧乏冒険者、かもしれないけどな」
オルディアから王都方面の関所までは馬車で三時間半はかかる。徒歩なら五時間以上歩きっぱなしで、やっと着くくらいの距離だ。
今回は魔物の討伐と調査を行うため、帰るのは明日になる可能性もある。そのときは、あらかじめ渡されている諸費で、駅の宿をとることになっていた。
「魔物の襲撃地点、ひとつめはこの辺りかな」
「ああ、そうだと思うぜ。見ろ、あの岩に魔物の痕がついてる」
「これは……粘液の粘液、でしょうか」
「粘獣か。草粘獣なら生息していてもおかしくはないが、群れをなして人を襲うなんてありえない」
レイドルたちはすぐさま魔物の痕跡を見つけ、仮説をたてはじめる。
はっとしたクレハは、置いていかれないようなんとか口を挟んだ。
「粘獣は群れをつくらない魔物よね。知能が低いから人前に現れることはあっても、複数で人を襲うことはしないはず」
「それがなぜか、群れで馬車を襲う、と。一体どういうことだ?」
「誰かが指示している、とか?」
「いいや、粘獣は意思もないような魔物だ。命令したって聞きゃしないだろう」
クレハたちは首をひねる。
起こらないはずのことが起こっているが、原因がわからない。その調査を依頼されてはいるが、現時点では何が起こっているのか検討もつかなかった。
「っと、来たぜ! 二時の方向から、草粘獣の群れだ」
「——了解!」
カナトがいち早く魔物の襲来に気づき、クレハたちは臨戦態勢をとる。
草粘獣は全部で六匹。ぷるぷるとした体を揺らしながら、クレハたちに近づいてきていた。
「クレハが突っ込んで、カナトとセッツは補助。とどめは俺だ。皆、準備はいいな?」
「おう!」
レイドルのかけ声に合わせ、クレハは素早く敵中へ突っこんだ。弾力のある草粘獣の体を、双剣で切り裂く。
「うわ、飛び散った!」
「クレハ、次だ!」
クレハの攻撃によって崩れた粘体が、飛沫のように左右へ飛び散った。一度群れから距離をとり二匹目に狙いを定めると、反対から二匹の草粘獣がクレハに襲いかかる。
「シガレテ、ヒョート」
背後から高い声で詠唱するのが聞こえたかと思えば、尖った氷が魔物を貫き、その体を凍らせる。
クレハは心の中でセッツに感謝を述べると、次の一匹へ双剣で斬撃を放ち、確実に仕留めた。
残るは二匹。
クレハが剣を構えなおすと、狙っていた一匹がクレハへ飛びかかってくる。
「シガレイマライ、ビュラ」
双剣が草粘獣を捕らえるより先に、風の刃が粘体を切り裂いた。
あと一匹で最後。
クレハは続けて襲ってきた粘獣へ蹴りを入れると、その体へ双剣を叩きこんだ。瞬間、粘獣がぶるぶると体を震わせたかと思えば、飛び散った体が集まり始める。
「えっ再生してる!?」
「粘獣は、核を破壊しないと体が元に戻んだよ、っと」
横合いから飛び出したレイドルが勢いよく戦鎚を振りおろし、草粘獣が木っ端微塵になる。
クレハたちは無事に六匹の魔物を倒すことができた。
「そうだった、魔物学でも習ったんだった」
「養成所の生物学、魔物分野か。面白くて好きだったが、正直、俺も全部は覚えてねぇな」
「クレハちゃん、大丈夫?」
武器を収めるクレハとレイドルに、後方から援護をしていたセッツとカナトが合流する。
「これ、まだ凍ってるがセッツの魔法か?」
「はい。念のため魔素を維持しています。調査の役に立つかもと思って」
「よくやったなセッツ! 早速調べよう!」
氷漬けの草粘獣に寄って行く仲間たちをよそに、クレハはセッツに驚いていた。
魔法は一瞬使えば消えてなくなる。魔素に指向性を与え続けることが困難だからだ。それを、難しい顔ひとつせず平然とやってのけるとは。
クレハは弾む心を飲みこみながら、レイドルたちのあとを追った。
「うーん、特に変わったところはないようだが……」
「ごく普通の草粘獣ですね」
「目、鼻、口、耳、それに脳もなさそうだ。どうやって意思を伝達してるんだか」
模型を見るように矯めつ眇めつ眺めてみるも、変なところは見当たらない。
結局、専門家に見てもらった方がいいという結論になり、一匹を氷漬けのまま持って帰ることになった。
「よし。まだこのあたりに魔物がいるかもしれねぇ。調べるぞ!」
「もしかすると、群れの拠点があるかもしれないな。ただの草粘獣と侮らずに、慎重に行こう」
「わかりました」
クレハたちは二人一組に分かれ、辺りを調べ始めた。
前衛後衛、そして性格の相性から、クレハとカナト、レイドルとセッツという組み合わせになった。といっても、二組はいつでも互いのもとへ駆けつけられる距離を保ち、行動している。
「草粘獣、本当は知能が高いのかな」
「いや、そんなことはないはずだ。現にさっきの戦闘でも戦略なんてなかったろ」
「たしかに」
クレハはすんなりと頷く。最前線で戦った感覚からしても、戦略や連携なんてものは全く感じとれなかった。
そうしてクレハたちが地道に調査を進めていると、前方からぺちょりとした音が聞こえてくる。
「クレハ、構えろ!」
「わかってる!」
「レイドル! セッツ! 接敵した!」
「目標はにぃ、しぃ、ご! 五匹!」
「おう!」
クレハは草粘獣へ向かって走り出した。
「シガレイマライ、フィル!」
炎の魔法を前方の二匹へ当てると、怯んだところへ斬撃を放つ。一気に数を減らしたところへカナトの風魔法が飛び、風の刃が魔物たちを襲った。
一匹は核ごと切り裂かれ、もう一匹は軽傷、最後の一匹は無傷だ。クレハは軽くちぎれた一匹にとどめを刺し、最後の一匹へと向かう。
「待てクレハ!」
カナトの声に足を止めると、草粘獣がぷるぷると震えだす。怪我も負っていない個体のはずだが、全身を小刻みに震わせている。震動に合わせるように、飛び散った他の草粘獣の体の一部が揺れ始め、最後の一匹の体へ向けて集まり始めた。
「な、なに!?」
「おいおい、こんなの見たことねえぞ」
クレハとカナトが目を丸くしていると、草粘獣は体をより合わせ、大きな体に変化した。グオオ、と唸り声をあげるその姿は、まるで狼のような形をしている。
四つ足に尻尾を生やした、緑色の粘体。見たことも聞いたこともない魔物にクレハたちは絶句する。
「おい、一体何事だ!?」
「お、狼? これは草粘獣なの?」
駆けつけたレイドルとセッツも驚きに動きが止まっている。
狼型の草粘獣がもう一度雄叫びをあげると、クレハは我に返り双剣を構えた。
「レイドル、一緒に行こう! カナト、セッツ、援護よろしく!」
クレハは地を蹴り飛び出すと、草粘獣らしき魔物の喉元めがけ剣を振りおろした。しかし、魔物は身を翻してクレハの一撃を躱す。
襲いかかってきたクレハを薙ぐように、草粘獣が狼のような前足を振り払う。クレハが転がって爪を躱すと、レイドルの戦鎚による圧倒的な一撃が魔物の足を飛ばした。
「やった!?」
「いや、あいつ、まるで効いてねえみたいにピンピンしてやがる」
レイドルの言うとおり、草粘獣は体勢を崩しながらも声すらあげず、その場に立ち尽くしている。
かと思えば、飛び散った前足部分の粘体がうねうねと動き、みるみるうちに元の形を取り戻していった。
「再生はやっ!」
「こいつも核をやらなきゃだめか……」
「レイドル! クレハ! オレとセッツで足を封じる! その隙に、おまえらで頭と胸をやってくれ!」
「お願いします!」
後方から二人の声と詠唱が聞こえ、クレハはレイドルと頷きあった。
ふたりで左右に散開し、魔法の通り道を空ける。直後に放たれた氷と風が、草粘獣の四つ足を抉り、凍らせ、弾き弾き飛ばした。
クレハとレイドルは動きを止めた魔物へ向けて、双剣と戦鎚による一撃を叩きこむ。
頭部を切り裂かれ胸部を叩き潰された草粘獣は、核を失いどろどろと溶けていった。
「……倒せた?」
「……そうみたいだな」
「クレハ、レイドル、無事か!?」
「おふたりとも大丈夫ですか!」
援護の二人が後ろから駆けてきて、クレハは双剣をホルダーへしまった。レイドルも戦鎚を背に抱えなおしている。
「うん、もう大丈夫みたい。あたしもレイドルも怪我ひとつないよ」
「よかった……それにしても、あの草粘獣、狼みたいな形になってましたけど、一体どういうことなんでしょう」
「粘獣が擬態するなんて聞いたことないよな……」
「ああ。こいつも氷漬けにして持って帰れたらいいんだが、さすがにこんなに飛び散ってちゃ無理か」
カナトは周囲を見回している。先ほど核ごと凍らせた個体と違い、変化した姿の足部分だけが凍っていた。
「念のため、そこだけでも持って帰るか」
「こうして見ると何の変哲もないのにね」
「そろそろ魔法をかけ直さないと、さすがに解けちゃいます」
「セッツ、負担をかけてすまねえが、よろしく頼んだ」
セッツは氷魔法をかけ直し、二つの欠片を持ち直した。
その後、今度は四人で一緒にあたりを探したが、草粘獣とは出会わず、拠点らしきものも見つからなかった。
クレハたちはそこでの調査を引き上げ、次の地点へと歩を進めた。
「第二地点はこのあたり?」
「そうみたいだ。やっぱりどっちも町や駅からは離れてるな」
「ここにも粘液が残っていますね」
「さっきみたいに変化されたら危ねえな。今回は全員で行動するぞ」
レイドルの指示に全員が頷いた。
クレハたちは探索を始め、草粘獣の手がかりがないか調べていく。ちらほら飛び散っている粘液は、オルディアの兵士が戦った痕跡だろうか。
「おい、これ見ろよ」
「どうしたんですか?」
「粘液を引きずったような跡がある。しかもまだ新しい。これ、草粘獣がさっき通った跡じゃねえか?」
街道から離れたところでレイドルが魔物の痕跡を発見した。言葉どおり引きずったような跡は、途切れ途切れになりながらも遠くまで続いているようだ。
「もしかすると拠点に続いてるかもしれねえ。気を引き締めて追うぞ!」
「りょーかい」
クレハたちは武器を構えながら、草粘獣の痕跡を追った。
粘液を辿ると、どんどん人気のない場所へ連れて行かれ、全員の足どりがより慎重になっていく。
そうして、洞穴のような場所が見える位置までたどり着くと、セッツに制され、みな足を止めた。
「静かに。あの穴から魔物の気配がします」
「草粘獣が洞穴に?」
「わかりません。かなりの数がいるようですが、どの魔物かまではなんとも」
「かなりの数、か」
「見て、草粘獣が洞穴へ入って行くわ」
草粘獣が何匹も洞穴へ入って行くのを目にし、クレハは洞穴の入口を指差した。
「ここがあいつらの巣ってわけか」
「洞穴に、しかも群れで棲むなんて。普通の草粘獣じゃありえませんね」
「どうする? このままやっちゃっていいの?」
「今回の依頼は討伐と調査だ。周囲を探索して何も見つからなければ突入する」
「わかった」
クレハたちは魔物に気づかれないよう、慎重に辺りの探索を始める。途中、会敵することもあったが、増援を呼ばれることもなく対処することができた。
しかし、肝心の手がかりは全くといっていいほどない。
ひとしきり探したが何も見つからず、レイドルが全員へ声をかけた。
「誰か何か見つけたか?」
「オレはなんにも」
「わ、私も」
「何匹か草粘獣を倒しただけよ」
「皆、収穫なしか。かくいう俺も何も見つけられなかった」
レイドルは肩を落としたが、気をとりなおしたように顔をあげる。
「仕方ねえ、突入するぞ! 言うまでもねえが、身の安全が第一だ。突入後、まずは退路の確保。おそらく入口に戻ることになるから、塞がれないよう注意だ」
「おう」
「そして、まずは異変の手がかりを回収できそうであれば回収する。その後、状況に応じて討伐に移る! 想像以上に危険であればもちろん撤退だ」
クレハたちはレイドルの言葉を了承した。
炎であたりを照らしながら攻撃もできるクレハがやや前に出て、次にセッツ、カナト、後ろはレイドルが警戒する。
クレハは炎の魔法を適度に唱えなおしながら、ゆっくりと洞穴を進んでいく。
洞穴の中はひんやりとしており、居心地は悪くない。じめじめした環境は粘性の魔物が好みそうなものだが、草粘獣は草原や森など草木が生える場所を好んでいたはず。
クレハの知識では、こんな洞穴に潜んでいることはなかった。
「クレハちゃん、待って。奥から気配がする」
セッツの声に、クレハは慌てて足を止めた。
クレハたちはふた手に分かれ壁に背をつけると、洞穴の奥を覗き見る。
奥は行き止まりになっており、開けた空間があるようだ。
息を潜めるクレハたちの耳に、獣の遠吠えが届いた。
「狼?」
「また草粘獣が変化した姿?」
「いいや、違う。狼型の魔物みたいだ」
カナトとレイドルは洞穴の奥をじっと見つめている。クレハもセッツとともに覗きこむと、そこには数匹の狼型の魔物の姿があった。それだけでなく、狼型の魔物——森狼を囲むように多数の草粘獣がいるのが見えた。
——どういうこと!?
森に棲む森狼や草粘獣が、同時に洞穴にいる。しかも、知能が低いはずの草粘獣が、森狼へ従うように取り巻いている光景は、なんとも奇妙なものだった。
「変なことは書き留める……!」
薄暗い洞穴の中、レイドルたちが周囲を警戒しているすきに、クレハは手帳へ簡単に状況を図解した。
それが終わると、四人は顔を見合わせる。
草粘獣が十匹に、森狼が五匹。特に森狼の中には、体の大きな、いかにも強そうな個体がいた。きっと、この群れの長だろう。
「何か異常は、ってこの状況が異常だもんな」
「手がかりになりそうなものは何もないですね……」
「待って。森狼の長の後ろ、妙に光ってる気がしない?」
「……本当だ。なんだ、あれ」
クレハは、森狼の大きな体の背後、洞穴の壁に、何か光る物が埋まっているのを見つけた。
「なーんか、あいつらがアレを守ってるように見えてこないか?」
「もしかして、異変の原因ってあれ?」
「そ、そこまではまだわかりませんが、調査する必要はありそうです」
クレハとカナト、セッツの見解はほとんど一緒だった。壁に埋まった光る物を調べる必要がある。
「だが、魔物をどうにかしないと近づけもしねえな」
「……まずは、セッツとカナトの魔法で取り巻きの草粘獣を削って、あたしが森狼の注意を引いてるうちに、レイドルが長と一対一。ふたりは草粘獣を倒せたら適宜援護、でどう?」
「それじゃあおまえの負担がでかすぎる。森狼を引き付けられなかったら、レイドルだって危ないんだぞ」
「それはそうだけど……」
クレハの提案を、カナトは無謀な策だと諌めてきた。
小声ではあるがやや呆れているような声色に、やはりだめかと肩が落ちる。
そこへ、セッツの援護が入った。
「わ、私はクレハちゃんに賛成です。一発目で草粘獣を確実にやっつけたら、すぐにクレハちゃんの援護に入れるから。それに、私が氷で分断すれば、少しは時間を稼げると思います」
「それだ、セッツ。ふたりの魔法攻撃で一気に草粘獣を倒し、クレハが森狼の注意を引く。その間にセッツが氷の壁をつくって森狼を分断し、各個撃破を狙う。四匹の相手は三人に任せた」
「一発目で草粘獣を倒せなかったら?」
「状況を見よう。森狼だけ引き離せそうだったら、セッツの魔法で足止めして、残りの三人で即座に草粘獣を撃破。その後、森狼の長を俺の魔法と戦鎚で牽制して、あとは同じように、だ。無理なら撤退だ」
レイドルがまとめた作戦を皆了承した。カナトは、一時撤退も視野に入れる、と言っていた。
クレハの鼓動が早くなる。口角のこわばりをほぐすべく、頬を軽く叩いた。
一度深呼吸をすれば、もう大丈夫。
クレハは来る戦闘に備え、双剣を構えた。




