第13話 共に
カナトの手に握られているのは、先端が尖った槍だ。
なんてことだ、おそらく魔杖が変形して槍になったのだろう。
——どういうこと!? でもちょっと、かっこいいじゃない……!
クレハは、動揺と興奮で浮つく心に鞭を打った。
「槍使いだったんですね。どうりで、杖専門とは思えない足運びだったわけだわ」
「気づいてたのか。なかなかやるじゃねぇの」
「それはどうもっ!」
クレハは駆け出した。
迫り来る槍の突きを躱し、カナトへ双剣の斬撃を放つ。
しかし、間合いに入る前に、素早い横薙ぎがクレハを襲った。
少女は、片方の剣で直撃を防ぐと、横に転がり衝撃を殺した。
「くっ、長い! 迂闊に近づけないじゃない!」
「それがこいつの利点だからな」
クレハの双剣とカナトの槍では、得物の長さが倍以上も違う。へたな動きじゃ近づけもしない。
それに、カナトは魔法も使える。杖が槍に変わったとはいえ油断はできない。最悪の場合、あの槍も杖と同じように、魔法の補助機能が備わっているかもしれない。
「厄介ね……」
クレハは口の中で素直な評価を転がした。
脳内に浮かぶ数種類の作戦に却下を出しながら、魔素へと意識を向ける。
「シガレイマライ、フィレイグ!」
クレハの周囲にいくつかの火球が浮かぶ。少女は地を蹴りカナトへと迫った。槍の射程範囲に入る直前、連続して火球を放つ。
炎の対処に追われている間に距離を詰め、双剣の独壇場をつくる。クレハの作戦は功を奏した、かに見えた。
「シガレテ、ビュラド!」
カナトは身をよじりながら魔法を詠唱し、火球を相殺する。さらに槍を振るい、彼へ近づくクレハを牽制した。
魔法と槍の連携攻撃は止まない風のようだ。その流麗な動きに、クレハは押されてしまう。
風に流されながら連続の突きを双剣で捌くうちに、どんどん距離を空けられてしまった。
「あーもう! うまくいかないわね」
「おいおい、もう終わりか?」
「……大口を叩けるのも今のうちよ!」
カナトに煽られクレハは食ってかかる。
攻撃を当てるには、素早い槍の突きと風の魔法からどうにか逃れる必要がある。
横から回りこむ? いいや、簡単に隙を見せてくれるとは思えない。もっと炎の数を増やして突っこむ? だめだ、おそらく風にかき消されてしまうだろう。
——それなら……!
クレハはさらに一枚手札を切ることにした。
「シガレイマライ、フィレイグ」
クレハの周りにまた火球が浮かんだ。拳よりひとまわり大きな炎たちがクレハの赤髪を照らしている。
「その弱火、吹き消してやるよ」
「それはどうかしら」
カナトがにやりと笑い、クレハは不敵な笑みを返した。
——これで決める!
クレハは集中を高めていく。炎の制御、体内魔素の意識、カナトへ迫った後の剣の軌道。それらを並行して思い浮かべられるほど、思考が研ぎ澄まされている。
「——行くわよ!」
「はっ、来いよ!」
クレハは力強く地を蹴った。
「シガレテ——」
カナトの詠唱が聞こえるが問題ない。そのまま突っ切るだけだ。
クレハは速度を上げながらカナトへ近づいていく。その間に、舌を噛まないよう気をつけながら、渾身の魔法を使った。
「シガレテ、メティル!」
「なに!?」
瞬間、クレハの体が光り、よりいっそう加速した。
生体魔法による身体強化。シンシオに師事するうちに十全に使えるようになった魔法が、クレハの体に爆発力を生む。
「はあぁぁっ!」
槍の攻撃を躱し風の魔法をものともせず、クレハがカナトへ肉薄する。
双剣が届く範囲まで近づくと、思い描いていた軌道に刃先を滑らせる。強烈な斬撃がカナトを切り裂く、その瞬間。
「そこまで」
ティアナの声でふたりの動きがぴたりと止まる。
あたりは先ほどまでの喧騒を忘れ、水を打ったように静まり返った。
「…………あたしの、負け?」
「……オレの勝ち、だな」
カナトは、手袋の金属にあたる部分でクレハの剣の腹を受け流していた。反対に、クレハの首には槍の先端が突きつけられている。
一枚の絵のように硬直していたふたりは、糸が切れたように武器をおろした。
「くっ……」
クレハは拳を固く握った。
先輩巡行士といえど、カナトはきっとまだ若手だ。クレハとさして変わらない年代の彼に、勝てると盲信していたわけではなくとも、負けるとも思っていなかった。
「なかなかやるじゃねぇか。威勢だけじゃなかったんだな」
「ジュードさんから聞いていたとおり、素晴らしい実力ですね」
爽やかな笑みを浮かべるカナトと冷静なティアナ。
クレハにとっては、どちらも悔しさを増幅させるものにほかならなかった。
「……今回はたまたま負けましたけど、次は勝ちますから!」
「おまえ、負けず嫌いはいいが自分の実力を理解することも——って、わかって言ってるのか。はは、猪突猛進のバカってわけじゃないのか」
「失礼ね、あたしは思慮深い才女よ」
「口は減らねぇ、と」
カナトはくつくつと笑う。クレハはじろりと彼を睨み、髪飾りを撫でた。
ソルディアのような巡行士になるには、道はまだまだ遠いみたい。
「さて、カナトさん。腕試しと言っていましたが、クレハさんの実力はいかがでしたか?」
ティアナが水を向けると、カナトは爽やかに笑った。
「ああ。問題ないと思います。これだけ強ければ十分戦える。今回の任務にも同行して大丈夫でしょう」
「……当然よ!」
クレハは胸を張った。当然の結果だと強がっているが、内心は認められた嬉しさで少々……多少舞い上がっている。
それが顔に出てしまったのか、カナトはまたくつくつと喉を鳴らして笑った。
「ジュードさんの目に狂いはなかったということですね。安心しました」
ここにはいないジュードへ応えるように、クレハは鼻を高くしておいた。
「そろそろ戻りましょうか。おふたりはお話でもしておいてください。お茶をお持ちします」
「お言葉に甘えます」
「ありがとうございます、ティアナさん!」
こうして三人は訓練場をあとにし、クレハとカナトはギルドへ戻ると、空いた席へ腰かけた。
「それにしても、おまえ、まだ若いのに強いんだな」
「若いって、カナトさんもそう変わらないでしょ」
「まあそうだな」
「あたしは十六だけど、カナトさんはいくつ?」
「オレは十八だよ」
十八歳。クレハの二つ上、トリルと同い年だ。
たしかに、こちらをからかうような態度がそっくりだ。クレハの中で、少し歳上の男性に対する印象はそんなものだ。
「で、どうしてそんなに強くなったんだ?」
「そりゃあ、天賦の才ね」
「どう見ても天才型じゃないだろ」
カナトはやれやれと肩をすくめる。
事実かもしれないが、はっきり言われるとそれはそれで複雑だ。
クレハは誤魔化すように、ティアナが淹れてくれたお茶に口をつけた。
「師匠がいるんです。その師匠が、それはもう厳しくて。特訓と称してはいたぶられてます」
「師匠の特訓ねぇ。やめようとは思わなかったのか?」
「きっついし、やめたいと思ったことも何回もあります。でも、強くなりたいって言ったのはあたしだから」
クレハが冗談めかすと、カナトも笑みを浮かべて話を続けた。しかし、その顔にはどことなく真剣な色が混ざっているようにも見える。
——あたしみたいな女の子がどうしてそこまで頑張るのか、単に不思議なのかな。
クレハは特に気に留めず、会話を再開した。
「それに、あのくらいで音を上げてちゃ、ソルディアみたいになれないし」
「ソルディアって、あのソルディア? 太陽を宿した女って呼ばれてる」
「そう! かっこよくて、綺麗で、凛としてて。本当に太陽みたいな人でした。あたし、あの人みたいな巡行士になりたいんです」
「へぇ、そっか。そりゃでっかい目標だね」
「はい。だから、どれだけやめたくなっても、やめようって投げやりになっても、結局諦めたくなかった。ここまでやってやめたらもったいないとも思ったし。ただそれだけなんです」
クレハは苦笑気味に笑った。我ながらわがままというか、可愛げはない理由だ。
もっとかっこつけても良かったかもしれないけれど、まっすぐな瞳でこちらを見るカナトに、なぜか嘘をつきたくなかった。
「——自分のやりたいことのため、か。すごいな、おまえ」
「そうですか? じゃあ、カナトさんはどうして巡行士になったの?」
「オレは……成り行きかな」
「成り行き?」
「そ。両親が元々巡行士でね。どっちももう引退してるけど。それで、将来やりたいこともなかったから、成り行きで」
「そうなんだ」
そういう選び方もあるのか。巡行士になる人は、クレハやフレッダ、トリルのように、巡行士を目指して養成所へ通う人だけじゃない。カナトのように、親が巡行士だったからなった人もいれば、また違った理由でこの道を選ぶ人もいるのだろう。
クレハは、自分の価値観が広がった気がした。
それにしても、成り行きで巡行士になったと言うけれど、カナトの強さは本物だ。
実力がなければ巡行士にはなれない。彼は口に出さないが、両親か、はたまた違う誰かに相当鍛えられたのだろう。
クレハは茶菓子を食べながら、自分と同じようにしごかれるカナトの姿を想像してみた。
「あはは、なんか想像できないかも。全部ちゃっかりこなしてそうだし」
「なにが?」
「ああいや、こっちの話よ。あたしみたいに特訓してたんだろうなって」
「特訓ってオレが? 成り行きって言ったのに?」
「だからって何もしないで強くなれるわけないじゃない。それこそ、天才型じゃないのに」
クレハは片目を瞑ってみせる。ちょっとした意趣返しのつもりだ。
意図が正しく伝わったのかカナトは一瞬目を見開くと、困ったように、なぜか嬉しそうにも見える顔で笑った。
「……ははっ、そうかもな」
予想していた反応と違い、クレハは拍子抜けする。
と、そこへ、ティアナに連れられふたりの人物が姿を現した。
「クレハさん、こちら、今回の任務に協力してあたってもらう巡行士です」
「俺はレイドル・ヘルアードだ! このチームのまとめ役をやることになってる。よろしくな!」
「あの、セッツ・オードリアです。よろしくお願いします」
クレハは自分の名前を名乗り、ふたりと握手をした。
レイドルはクレハと同い年くらいの男性。明るい金髪にぱっちりした目、強気につりあがった眉が印象的だ。いかにも冒険者らしい格好をした、快活な青年という印象を受ける。
転じて、セッツは見るからに儚げな美少女だ。目も髪も青みがかった淡い色をしており、肌も真っ白。先端に魔石のようなものがついた細長い杖を持っている。魔法を中心とした戦い方をするのだろうか。
ふたりが空いた席に座り、机の上にレイドルが資料を広げる。
カナトは軽く手を上げて挨拶をしただけで、自己紹介はしていない。きっと先に顔合わせをしていたのだろう。
レイドルにセッツ。クレハはふたりの名前を覚えるべく脳内で何度も名前を繰り返しながら、レイドルの説明を聞いていた。
「まず、今回の任務の概要だ。近頃、王都へ向かう街道に好戦的な魔物が現れている。その魔物の討伐と、魔物の出現に関する調査が今回の主な目的だ」
「街道に魔物が出るなんて珍しいよな」
「普段はそこらで見かけない魔物らしいが、最近、数体の群れで現れるらしい」
魔物はなかなか人前に姿を見せない。それは、魔物の主食が魔素を多く含む物であることと、魔物は知能が高く、数の多い人間に討伐されることを厭うから、というのが通説だ。
「あ、あの、魔物の討伐自体は兵士の皆さんが担当するって聞いてたんですが……」
「ああそれなんだが、魔物の動きが想定以上なんだと。馬車の護衛をしながらじゃ手が回らねぇから、俺たちに先んじて討伐してほしいって、さっきお達しが来た」
「なるほどな」
「それで、今回は確実に魔物と交戦することになるわけだが……クレハ、おまえやれるのか?」
「もちろんよ! 新人だからって甘く見ないでよね!」
確認をとるレイドルへ向けてクレハが言い放つと、カナトが言葉をひきとるように続けた。
「オレも同じことを考えて、さっき腕試ししてきたんだ。実力は全く問題ないぜ。オレと、ティアナさんと、ついでにジュードさんのお墨付き。ま、多少突っ走るきらいがありそうだが、そこはオレとセッツでどうにかしよう」
「わ、わたしですか? 力は尽くしますが……」
「おいカナト、なんで俺が外れてるんだよ」
「だっておまえは、なあ。突っ走りはしないが止もしないだろ」
「いざというときは、俺がなんとかすればいいからな」
「そういうとこだぞ、最年長」
カナトは諌めるような、それでいて照れているような声音でつぶやいた。
それよりも、だ。クレハには聞き捨てならない単語があったような。
「え、レイドル……さんって、この中で最年長なんですか」
「おう。俺が十九、カナトが十八。セッツは……言ってもいいのか?」
「だ、大丈夫です」
「お、おう。セッツは十七歳だ。それで、クレハは十六だろう? ほら、俺が一番上だ」
「ええ!?」
「なんでそんなに驚くんだよ!」
それは顔立ちが幼いからです、とはさすがに言えなかった。察したカナトがくすりと笑い、セッツですら笑いを堪えているようだ。
「まあいいや。深くは聞くまい。聞いたら俺の心が折れる気がする。とにかく、俺たちの役目は魔物の掃討、ないし無害化だ。心してかかろう」
「はい!」
「わ。わかりました!」
「それとクレハ、俺に敬語はいらないし、名前も呼び捨ててくれて構わない。ま、好きなようにしてくれや」
「わかった。改めて、よろしくね!」
クレハは一瞬の戸惑いのあと、遠慮なく敬語を外した。
そうしてクレハたちは、任務遂行にあたり作戦会議をしながら夕食をともにする。
「セッツは魔法で戦うのよね。魔則は何なの?」
「わたしは氷です。クレハちゃんは、炎?」
「えっ、なんでわかったの!?」
「ふふ、なんとなく、です」
セッツからも敬語を外すのを許され、クレハは滑るように言葉を発していく。その後も魔法について色々と尋ね、魔法談義に花を咲かせた。
「レイドルの武器は何?」
「俺か? 俺は戦鎚ってやつだ!」
「戦鎚! なかなか見ない武器ね……うわ、重たっ」
「はははっ、鍛えてるんでな」
レイドルが腕に力を入れると、二の腕のあたりが盛りあがり、硬そうな力こぶができる。
「おいおい食事中だってのに」
「そーんなこと言って、カナトってば羨ましいんでしょー」
「バーカ、オレだってちゃんと鍛えてるよ」
やれやれと笑いながら口を挟むカナトに、クレハは軽口を叩いた。彼には何も言われてないが、ため口の方が互いに話しやすいだろうと勝手に思っている。
こうして、仲間たちとの時間は賑やかに過ぎていった。
クレハは胸に燻る初任務への期待と緊張を、じんわり落ち着かせていった。




