第12話 新人巡行士
翌日、クレハは脱ぎ着しやすい服を選んで着替え、オルディアへと向かった。
オルディアの馬車乗り場に着くと、既にアーチュが待っている。
「おまたせ!」
「クレハちゃん、おはよう。それに、巡行士試験合格おめでとう!」
「へへへ、ありがとう。無事、巡行士になれました!」
胸を張るクレハに、アーチュはくすくすと笑った。
ふたりはどちらともなく歩き出す。
目指すは中央通り。様々な品物が並ぶ、物欲の宝庫のような場所だ。
「まずは何から買うの?」
「うーん、服かな! 剣は、試験のときお父さんが買ってくれたから」
「いいね、私もはりきって選ぶよ!」
クレハは、修了試験を受けると決まった日から、合格したら巡行士としての服を仕立てに行くと決めていた。
何事も形から、と言うし。クレハは、ソルディアを真似て下ろしている長髪を撫でる。
アーチュはというと、クレハの合格祝いにと服選びに付き合ってくれるのだ。クレハのことをよく知っていて、オルディア暮らしでお洒落な子。これ以上ないほどの適役だ。
「あたし、この店の服好きなんだ。ここでいい?」
「もちろん! 楽しみだね!」
アーチュと一緒にクレハ御用達の店へ入る。
いらっしゃいませ、と声をかけてきたのは、クレハも顔なじみのおばさん店主だ。
「おやまぁクレハじゃないか。今日も出世払いで予約かい?」
「もうおばさん、からかわないでよね。今日はほら、ちゃーんと持ってきてるんだから!」
クレハは銀貨三枚を手のひらに乗せてみせた。銀貨一枚で百ティラル。合計三百ティラルの手持ちがある。これで靴や手甲も買う予定なので全てここで使えはしないが、それでも上下そろっていい物が買える金額だ。
「あらあら、あのクレハちゃんがねぇ。どういう風の吹き回しだい?」
「ふっふーん、あたし、昨日巡行士になったの! 今日はそのお祝いで服を買いに来たのよ!」
「そりゃあおめでとさん! よく頑張ったねぇ」
「ありがと、おばさん」
ご機嫌に笑うおばさんにクレハの気分は上々だ。
店内の服を手にとりながら、これもいい、あれもいいと体に合わせていく。
アーチュに助言をもらいながら試しに着てみたりして、クレハは服を選んでいった。
「じゃあ、着替えてくるね」
「うん! 絶対似合うよ!」
長い時間をかけて服を選び終えたクレハは、試着室へと入った。
見慣れた服を脱ぎ、新品の服へと着替えていく。
全て整え終えたとき、鏡の中に映ったのは真新しい自分の姿だった。
赤と黒を基調とし、細部に金色が光る華やかな服。
同時に、双剣を扱うクレハの軽快さも印象づける意匠が、そこかしこに施されている。
「すごいっ! 可愛い!」
上半身は、二枚の服を重ねている。
内側の上衣は生成り色。首の半ばまで覆う襟と対照的に、大胆にも肩や腕は露出させている。丈も短めで、裾はへそのあたりにあった。
クレハは少し跳ねてみる。胸の上部と下部、腹の三箇所を固定する黒いベルトのおかげで、全く揺れなかった。これなら、クレハの身軽な動きを十分支えてくれるだろう。
「ふふん、ふふふんっ」
クレハは上機嫌に体をひねり、背まで鏡に映した。
深みのある真紅の上着は、内側の服と丈が揃いのものを選んだ。さらに、こちらも肩を大胆に露出させた意匠になっている。
「最高! これ以上は考えられないわ!」
クレハがはしゃぐのに合わせ、鮮やかな赤色をした腰布が燃える炎のように広がる。
内側には、へその下から始まる黒い下衣。上半身同様、丈が短めで、クレハの身軽さを強調している。
「ねえ、見て見て! どうかな?」
クレハはアーチュとおばさんの前に出た。腰に手を当て胸を張ってみせると、ふたりから感嘆の声があがる。
「クレハちゃん! すごく素敵! とっても似合ってるよ!」
「これはまた、見違えたねぇ。いいじゃないか」
「ふふふ、そうでしょ。ありがとう! おばさん、これに決めたわ!」
クレハは上機嫌に宣言した。アーチュも、それがいいと大いに頷いている。
「了解だ。お代は……二百ティラだね。ただ、今回は祝いだ。百五十ティラにまけてやるよ」
「もう一声!」
「ははっ、百三十だ!」
「やった! ありがと、おばさん!」
駄目元の値下げが成功し、クレハはぐっと拳を握った。
おばさんに銀貨を二枚手渡すと、銅貨がじゃらじゃらと返ってくる。
「おばさん、この服はそのまま着ていくわ!」
「わかったよ。それじゃあ着てきた服を袋に入れておくからね」
「親切ですね」
「お嬢ちゃんも、今後ともこの店を贔屓にしておくれ」
「はい。私も今度来ますね」
おばさんに見送られ、クレハとアーチュは店をあとにした。
お気に入りの服に着替えたおかげか、足どりが軽い軽い。自分が無敵になったような気さえしている。
「次は靴屋、その次は手袋を見たいわ。アーチュ、疲れたら遠慮なく言ってね」
「ふふ、わかった。クレハちゃん、楽しくなりすぎて置いて行かないでね」
「置いてかないわよ! そんなことしたことないでしょ!」
「ええー、本当かなぁ」
きゃいきゃいと笑い合いながら、クレハとアーチュは中央通りを歩き回った。
靴屋では、動きやすさと見た目の良さを兼ね備えたブーツを。防具屋では、使いやすい、指の空いた手袋を買った。双剣のホルダーも服に合わせて新調すれば、巡行士クレハの完成だ。
「どう、アーチュ。やり手の巡行士に見える?」
「うんうん! かっこいいよクレハちゃん!」
アーチュから素直に褒められ、クレハは際限なく笑みを深めていく。
「でもちょっと足りないから……クレハちゃん、少し目を閉じてくれる?」
「え、うん。こう?」
「うん。ありがとう」
クレハが目を閉じると、アーチュが近づいてくる気配がした。
さらりと横髪に触れられて、なんだかそわそわする。
埃でもついていたのだろうか。
クレハが尋ねようとすると、目を開けてもいいと許可が出た。
「……うわぁ、可愛い」
赤色の横髪には、金色を基調とした羽の意匠の髪飾りが光っている。赤色の飾りもついており、クレハの好みにぴったりだ。
「ほんと? 気に入ってもらえたなら嬉しいな。改めて、クレハちゃん、念願の巡行士試験合格、おめでとう!」
「これ、もらっていいの? ありがとうアーチュ!」
「うん! 私からのお祝いだよ。クレハちゃんがどこに行っても頑張れますようにって。でも。オルディアに来たら、会いに来てくれると嬉しいな」
クレハは思わずアーチュに抱きついた。
「会いに行くわよ、当然でしょ! アーチュ、本当にありがとね!」
いっそう強くアーチュを抱きしめる。
クレハは、友だちがくれた贈り物を、ずっと大事にしようと心に決めた。
*
アーチュと再会の約束をし、クレハは彼女に手を振った。
全身を好きなもので包み、心機一転、巡行士クレハ・グリッテスの完成だ。
クレハは跳ねるような足どりで巡行士ギルドへ向かった。
「ティアナさん、こんにちは! クレハです」
「お待ちしていました、クレハさん。あら、昨日と雰囲気が随分違いますね。そちらもよく似合っていますよ」
「ありがとうございます!」
「さて、新人巡行士として、依頼を受けに来たのでしょう? ちょうど、あなたに紹介したい依頼があります」
ティアナさんは話が早い。
いわゆる「できる女」だ、と尊敬の念をいだきながら、クレハは初依頼の説明を待った。
「最近、王都行きの街道に魔物が出没しています。基本的にはオルディア所属の兵士が対応していますが、馬車や通行人の保護も並行して行っているため、人手が足りないこともあるとか。そこで、巡行士数名の助力が欲しいと依頼がありました」
「なるほど」
「加えて、魔物の出没についての調査も依頼されています。かなり好戦的な魔物だそうなので、緊急を要する場合は討伐しても構わないそうです。成功報酬はこのくらい」
依頼書に記載されている報酬額は、調査を合わせて千二百ティラル。調査魔物の討伐は追加報酬らしい。今回は複数人で依頼にあたるため、貢献度によって按分されるのだろう。
「ティアナさん、この依頼、ぜひやらせてください!」
「いい返事をありがとうございます。では、こちらで処理を進めておきますね。それと、カナトさん、少しよろしいですか?」
「——はい、なんですか?」
「こちら、今回の街道警備の依頼に参加するクレハさんです。昨日巡行士になられたばかりですので、適宜支援をお願いします」
ティアナに呼ばれて来たのは、人あたりの良さそうな青年だ。こげ茶色の髪に金色の瞳。顔立ちは甘やかに整っている。
爽やかで少しちゃらそうで、女性にモテそうな男性。
クレハから彼に対する第一印象は、決して悪くなかった。
「オレ、カナト・オーツェルって言います。よろしく」
「あたしはクレハ・グリッテスです。よろしくお願いします」
クレハはカナトを見上げながら握手した。
「早速で悪いんだけど、オレと腕試ししてくれません?」
「腕試し、ですか?」
「そう。一応、今回の任務は戦闘に参加する場面もあると思う。だから、新人のキミがちゃんと戦えるか見ておきたいんです」
「わかりました。手加減なしでいきますから、覚悟してくださいね」
クレハは、ソルディアやシンシオを思い浮かべながら不敵に笑ってみせる。
「おっと、威勢がいいな。よし、今からでも大丈夫か?」
「もちろん!」
「じゃあ訓練場を借りよう。ティアナさん、空いてますか?」
「ええ、この後の予約も入っていません。よろしければ、私が審判をしましょうか?」
「いいんですか?」
ティアナが不在の間、受付はどうするのだろう。その疑問にはすぐ答えが出た。
ティアナが横に目を向けたのでクレハも追って見てみると、受付には他にも人がいた。さすがオルディア支部、人材も豊富らしい。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
「わかりました。では、移動しましょう」
こうして三人でギルド付属の訓練場へと移動した。訓練場はかなり広く、魔法攻撃にも強い素材でできているらしい。暴れ放題、は言いすぎだが、そこそこ激しい戦闘をしても問題ない造りのようだ。
「武器もあり、魔法もありのなんでもありでいいですか?」
「もちろん。ちなみに、オレの得物はこれだ」
カナトが見せたのは魔杖らしき杖だった。
魔法特化の戦法でくるのか、いや、それにしては足運びに無駄がない。
クレハは違和感を覚えながらも、体の節々を回し準備運動をした。
双剣よし。感覚よし。新品の靴は履きなれていないから、買い物までに履いていた物へ履き替えた。
「準備完了です。そっちはどうですか?」
「こっちも大丈夫だ。いつでもいけるよ」
「では、ふたりとも位置についてください」
クレハはカナトと適度に距離をとり、双剣を抜いて向かい合った。
「これより、クレハとカナトの模擬戦を始めます。双方、構え」
クレハは双剣を、カナトは杖を構える。
少女の胸が弾む。緊張と高揚がないまぜになり、冷静さを欠こうとしていた。
——今、あたしがどこまでやれるか試す!
息を吐いたクレハは、魔素へと意識を向けた。
「それでは、はじめ!」
「シガレイマライ——」
「シガレイマライ……」
「フィル!」
「——ビュラド!」
クレハは開幕と同時に炎の魔法を放った。低級の魔繋語を使い安定性を増した炎が、脳内で描いた起動をなぞりカナトへ迫る。
しかし、すぐさま魔法を放っていたのはカナトも同じだった。彼が使った風の中級魔法は、クレハの火球をかき消し、こちらへ風の刃を飛ばしてくる。
「ふっ! シガレテ、フィレイグ!」
「シガレイマライ、ビュラド」
クレハは、先ほどよりも大きく、数も多い火球を放った。だが、カナトは淡々と風の魔法でうち消し、さらに攻撃を加えてくる。
風の刃を躱しながらクレハは思案した。
詠唱中に近づいて斬る? 近づいた瞬間、魔法を打たれたら一発で終わりだ。超近距離で魔法を相殺できるほどの腕はない。さらに、相手は杖により魔法制御力を高めているはず。
——なら、狙うは詠唱後!
「シガレイマライ——」
「シガレイマライ——」
「フィレイグ!」
「ビュラ!」
クレハは詠唱を終えた瞬間、カナトへ向かって駆け出した。彼を囲むように放った火球は罠だ。彼が火球の対処に追われるよう仕向け、魔法をクレハに打たないようにした。
そこでできた隙を使い、クレハはカナトへ肉薄する。
「やあぁっ!」
カナトが次の詠唱を終える前に一発入れる。
クレハは双剣を交差させ振り抜こうとしたが、止まった。
魔杖で強化されているはずなのに、魔法の威力も制御も甘すぎる。何かがおかしい。クレハの直感が警鐘を鳴らしていた。
「転換!」
カナトの一言とともに魔杖が光り輝く。光の中で、魔杖の形状が変形していく。
——違う、罠はこっちだった!
クレハは交差した双剣を胸の前に構え、咄嗟に防御体勢をとった。
そこへ鋭い突きが放たれ、クレハは思いきり後方へ飛ばされる。
「……先輩、意地が悪いですよ」
「手加減なしって言ったからね」
挑発的な笑みを浮かべるクレハに、カナトが口角をつりあげる。
光が消え、彼の手の中にある得物が姿を見せた。そこには魔杖の姿はなく、新たに鋭い槍が現れていた。




