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茜羽の巡行士  作者: 如月がろ
2章 巡り行くもの
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12/24

第12話 新人巡行士


 翌日、クレハは脱ぎ着しやすい服を選んで着替え、オルディアへと向かった。

 オルディアの馬車乗り場に着くと、既にアーチュが待っている。


「おまたせ!」

「クレハちゃん、おはよう。それに、巡行士試験合格おめでとう!」

「へへへ、ありがとう。無事、巡行士になれました!」


 胸を張るクレハに、アーチュはくすくすと笑った。

 ふたりはどちらともなく歩き出す。

 目指すは中央通り。様々な品物が並ぶ、物欲の宝庫のような場所だ。


「まずは何から買うの?」

「うーん、服かな! 剣は、試験のときお父さんが買ってくれたから」

「いいね、私もはりきって選ぶよ!」


 クレハは、修了試験を受けると決まった日から、合格したら巡行士としての服を仕立てに行くと決めていた。

 何事も形から、と言うし。クレハは、ソルディアを真似て下ろしている長髪を撫でる。

 アーチュはというと、クレハの合格祝いにと服選びに付き合ってくれるのだ。クレハのことをよく知っていて、オルディア暮らしでお洒落な子。これ以上ないほどの適役だ。


「あたし、この店の服好きなんだ。ここでいい?」

「もちろん! 楽しみだね!」


 アーチュと一緒にクレハ御用達の店へ入る。

 いらっしゃいませ、と声をかけてきたのは、クレハも顔なじみのおばさん店主だ。


「おやまぁクレハじゃないか。今日も出世払いで予約かい?」

「もうおばさん、からかわないでよね。今日はほら、ちゃーんと持ってきてるんだから!」


 クレハは銀貨三枚を手のひらに乗せてみせた。銀貨一枚で百ティラル。合計三百ティラルの手持ちがある。これで靴や手甲も買う予定なので全てここで使えはしないが、それでも上下そろっていい物が買える金額だ。


「あらあら、あのクレハちゃんがねぇ。どういう風の吹き回しだい?」

「ふっふーん、あたし、昨日巡行士になったの! 今日はそのお祝いで服を買いに来たのよ!」

「そりゃあおめでとさん! よく頑張ったねぇ」

「ありがと、おばさん」


 ご機嫌に笑うおばさんにクレハの気分は上々だ。

 店内の服を手にとりながら、これもいい、あれもいいと体に合わせていく。

 アーチュに助言をもらいながら試しに着てみたりして、クレハは服を選んでいった。


「じゃあ、着替えてくるね」

「うん! 絶対似合うよ!」


 長い時間をかけて服を選び終えたクレハは、試着室へと入った。

 見慣れた服を脱ぎ、新品の服へと着替えていく。

 全て整え終えたとき、鏡の中に映ったのは真新しい自分の姿だった。


 赤と黒を基調とし、細部に金色が光る華やかな服。

 同時に、双剣を扱うクレハの軽快さも印象づける意匠が、そこかしこに施されている。


「すごいっ! 可愛い!」


 上半身は、二枚の服を重ねている。

 内側の上衣は生成り色。首の半ばまで覆う襟と対照的に、大胆にも肩や腕は露出させている。丈も短めで、裾はへそのあたりにあった。

 クレハは少し跳ねてみる。胸の上部と下部、腹の三箇所を固定する黒いベルトのおかげで、全く揺れなかった。これなら、クレハの身軽な動きを十分支えてくれるだろう。


「ふふん、ふふふんっ」

 

 クレハは上機嫌に体をひねり、背まで鏡に映した。

 深みのある真紅の上着は、内側の服と丈が揃いのものを選んだ。さらに、こちらも肩を大胆に露出させた意匠になっている。


「最高! これ以上は考えられないわ!」

 

 クレハがはしゃぐのに合わせ、鮮やかな赤色をした腰布が燃える炎のように広がる。

 内側には、へその下から始まる黒い下衣。上半身同様、丈が短めで、クレハの身軽さを強調している。


「ねえ、見て見て! どうかな?」


 クレハはアーチュとおばさんの前に出た。腰に手を当て胸を張ってみせると、ふたりから感嘆の声があがる。


「クレハちゃん! すごく素敵! とっても似合ってるよ!」

「これはまた、見違えたねぇ。いいじゃないか」

「ふふふ、そうでしょ。ありがとう! おばさん、これに決めたわ!」


 クレハは上機嫌に宣言した。アーチュも、それがいいと大いに頷いている。


「了解だ。お代は……二百ティラだね。ただ、今回は祝いだ。百五十ティラにまけてやるよ」

「もう一声!」

「ははっ、百三十だ!」

「やった! ありがと、おばさん!」


 駄目元の値下げが成功し、クレハはぐっと拳を握った。

 おばさんに銀貨を二枚手渡すと、銅貨がじゃらじゃらと返ってくる。


「おばさん、この服はそのまま着ていくわ!」

「わかったよ。それじゃあ着てきた服を袋に入れておくからね」

「親切ですね」

「お嬢ちゃんも、今後ともこの店を贔屓にしておくれ」

「はい。私も今度来ますね」


 おばさんに見送られ、クレハとアーチュは店をあとにした。

 お気に入りの服に着替えたおかげか、足どりが軽い軽い。自分が無敵になったような気さえしている。


「次は靴屋、その次は手袋を見たいわ。アーチュ、疲れたら遠慮なく言ってね」

「ふふ、わかった。クレハちゃん、楽しくなりすぎて置いて行かないでね」

「置いてかないわよ! そんなことしたことないでしょ!」

「ええー、本当かなぁ」


 きゃいきゃいと笑い合いながら、クレハとアーチュは中央通りを歩き回った。

 靴屋では、動きやすさと見た目の良さを兼ね備えたブーツを。防具屋では、使いやすい、指の空いた手袋を買った。双剣のホルダーも服に合わせて新調すれば、巡行士クレハの完成だ。


「どう、アーチュ。やり手の巡行士に見える?」

「うんうん! かっこいいよクレハちゃん!」


 アーチュから素直に褒められ、クレハは際限なく笑みを深めていく。


「でもちょっと足りないから……クレハちゃん、少し目を閉じてくれる?」

「え、うん。こう?」

「うん。ありがとう」


 クレハが目を閉じると、アーチュが近づいてくる気配がした。

 さらりと横髪に触れられて、なんだかそわそわする。

 埃でもついていたのだろうか。

 クレハが尋ねようとすると、目を開けてもいいと許可が出た。


「……うわぁ、可愛い」


 赤色の横髪には、金色を基調とした羽の意匠の髪飾りが光っている。赤色の飾りもついており、クレハの好みにぴったりだ。

 

「ほんと? 気に入ってもらえたなら嬉しいな。改めて、クレハちゃん、念願の巡行士試験合格、おめでとう!」

「これ、もらっていいの? ありがとうアーチュ!」

「うん! 私からのお祝いだよ。クレハちゃんがどこに行っても頑張れますようにって。でも。オルディアに来たら、会いに来てくれると嬉しいな」


 クレハは思わずアーチュに抱きついた。


「会いに行くわよ、当然でしょ! アーチュ、本当にありがとね!」


 いっそう強くアーチュを抱きしめる。

 クレハは、友だちがくれた贈り物を、ずっと大事にしようと心に決めた。



*



 アーチュと再会の約束をし、クレハは彼女に手を振った。

 全身を好きなもので包み、心機一転、巡行士クレハ・グリッテスの完成だ。

 クレハは跳ねるような足どりで巡行士ギルドへ向かった。


「ティアナさん、こんにちは! クレハです」

「お待ちしていました、クレハさん。あら、昨日と雰囲気が随分違いますね。そちらもよく似合っていますよ」

「ありがとうございます!」

「さて、新人巡行士として、依頼を受けに来たのでしょう? ちょうど、あなたに紹介したい依頼があります」


 ティアナさんは話が早い。

 いわゆる「できる女」だ、と尊敬の念をいだきながら、クレハは初依頼の説明を待った。


「最近、王都行きの街道に魔物が出没しています。基本的にはオルディア所属の兵士が対応していますが、馬車や通行人の保護も並行して行っているため、人手が足りないこともあるとか。そこで、巡行士数名の助力が欲しいと依頼がありました」

「なるほど」

「加えて、魔物の出没についての調査も依頼されています。かなり好戦的な魔物だそうなので、緊急を要する場合は討伐しても構わないそうです。成功報酬はこのくらい」


 依頼書に記載されている報酬額は、調査を合わせて千二百ティラル。調査魔物の討伐は追加報酬らしい。今回は複数人で依頼にあたるため、貢献度によって按分されるのだろう。


「ティアナさん、この依頼、ぜひやらせてください!」

「いい返事をありがとうございます。では、こちらで処理を進めておきますね。それと、カナトさん、少しよろしいですか?」

「——はい、なんですか?」

「こちら、今回の街道警備の依頼に参加するクレハさんです。昨日巡行士になられたばかりですので、適宜支援をお願いします」


 ティアナに呼ばれて来たのは、人あたりの良さそうな青年だ。こげ茶色の髪に金色の瞳。顔立ちは甘やかに整っている。

 爽やかで少しちゃらそうで、女性にモテそうな男性。

 クレハから彼に対する第一印象は、決して悪くなかった。


「オレ、カナト・オーツェルって言います。よろしく」

「あたしはクレハ・グリッテスです。よろしくお願いします」


 クレハはカナトを見上げながら握手した。


「早速で悪いんだけど、オレと腕試ししてくれません?」

「腕試し、ですか?」

「そう。一応、今回の任務は戦闘に参加する場面もあると思う。だから、新人のキミがちゃんと戦えるか見ておきたいんです」

「わかりました。手加減なしでいきますから、覚悟してくださいね」


 クレハは、ソルディアやシンシオを思い浮かべながら不敵に笑ってみせる。


「おっと、威勢がいいな。よし、今からでも大丈夫か?」

「もちろん!」

「じゃあ訓練場を借りよう。ティアナさん、空いてますか?」

「ええ、この後の予約も入っていません。よろしければ、私が審判をしましょうか?」

「いいんですか?」


 ティアナが不在の間、受付はどうするのだろう。その疑問にはすぐ答えが出た。

 ティアナが横に目を向けたのでクレハも追って見てみると、受付には他にも人がいた。さすがオルディア支部、人材も豊富らしい。


「それじゃあ、お言葉に甘えて」

「わかりました。では、移動しましょう」


 こうして三人でギルド付属の訓練場へと移動した。訓練場はかなり広く、魔法攻撃にも強い素材でできているらしい。暴れ放題、は言いすぎだが、そこそこ激しい戦闘をしても問題ない造りのようだ。


「武器もあり、魔法もありのなんでもありでいいですか?」

「もちろん。ちなみに、オレの得物はこれだ」


 カナトが見せたのは魔杖らしき杖だった。

 魔法特化の戦法でくるのか、いや、それにしては足運びに無駄がない。

 クレハは違和感を覚えながらも、体の節々を回し準備運動をした。

 

 双剣よし。感覚よし。新品の靴は履きなれていないから、買い物までに履いていた物へ履き替えた。

 

「準備完了です。そっちはどうですか?」

「こっちも大丈夫だ。いつでもいけるよ」

「では、ふたりとも位置についてください」


 クレハはカナトと適度に距離をとり、双剣を抜いて向かい合った。


「これより、クレハとカナトの模擬戦を始めます。双方、構え」


 クレハは双剣を、カナトは杖を構える。

 少女の胸が弾む。緊張と高揚がないまぜになり、冷静さを欠こうとしていた。

 ——今、あたしがどこまでやれるか試す!

 息を吐いたクレハは、魔素へと意識を向けた。


「それでは、はじめ!」


「シガレイマライ——」

「シガレイマライ……」

「フィル!」

「——ビュラド!」


 クレハは開幕と同時に炎の魔法を放った。低級の魔繋語を使い安定性を増した炎が、脳内で描いた起動をなぞりカナトへ迫る。

 しかし、すぐさま魔法を放っていたのはカナトも同じだった。彼が使った風の中級魔法は、クレハの火球をかき消し、こちらへ風の刃を飛ばしてくる。


「ふっ! シガレテ、フィレイグ!」

「シガレイマライ、ビュラド」


 クレハは、先ほどよりも大きく、数も多い火球を放った。だが、カナトは淡々と風の魔法でうち消し、さらに攻撃を加えてくる。

 風の刃を躱しながらクレハは思案した。

 詠唱中に近づいて斬る? 近づいた瞬間、魔法を打たれたら一発で終わりだ。超近距離で魔法を相殺できるほどの腕はない。さらに、相手は杖により魔法制御力を高めているはず。

 ——なら、狙うは詠唱後!


「シガレイマライ——」

「シガレイマライ——」

「フィレイグ!」

「ビュラ!」


 クレハは詠唱を終えた瞬間、カナトへ向かって駆け出した。彼を囲むように放った火球は罠だ。彼が火球の対処に追われるよう仕向け、魔法をクレハに打たないようにした。

 そこでできた隙を使い、クレハはカナトへ肉薄する。


「やあぁっ!」


 カナトが次の詠唱を終える前に一発入れる。

 クレハは双剣を交差させ振り抜こうとしたが、止まった。

 魔杖で強化されているはずなのに、魔法の威力も制御も甘すぎる。何かがおかしい。クレハの直感が警鐘を鳴らしていた。

 

「転換!」


 カナトの一言とともに魔杖が光り輝く。光の中で、魔杖の形状が変形していく。

 ——違う、罠はこっちだった!

 クレハは交差した双剣を胸の前に構え、咄嗟に防御体勢をとった。

 そこへ鋭い突きが放たれ、クレハは思いきり後方へ飛ばされる。


「……先輩、意地が悪いですよ」

「手加減なしって言ったからね」


 挑発的な笑みを浮かべるクレハに、カナトが口角をつりあげる。

 光が消え、彼の手の中にある得物が姿を見せた。そこには魔杖の姿はなく、新たに鋭い槍が現れていた。

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