第11話 初めての夜
森の近く、自然豊かな場所に男の家はあった。
男は畑を耕し、作物を育て、収穫した物を税として納めている。
農家である男にとって、作物は自分の半身ともいえる。その半身が、近頃荒らされる事態が起きていた。
男はまず、獣被害を疑った。
予想どおり、作物に獣らしき噛み跡がついており、畑に足跡が残っていた。
そうなれば話は早い。
男は小作人に命じ、獣の侵入を阻む柵をつくらせ、いたるところに罠を設置した。
さてこれで、迷惑な獣を捕らえ、ついでに皮や肉を売ることができよう。男の安堵は、見事裏切られた。
「……なんだって?」
「ですから旦那、あれは動物なんかじゃない。魔物ですよ、魔物。柵も罠もぼろぼろだ。このままじゃ今年のは全部だめになっちまう」
焦りをあらわにする小作人に、男は頭を抱えた。
魔物は獣と違い、魔素を多く含む物を好む。そのため、畑の作物を荒らすことなど滅多になく、この辺りで姿を現すことも稀だった。
しかし、今回は何故か男の畑を好き勝手に食い荒らしているという。
「……本当に魔物の仕業なら俺たちの手には負えん」
男は腕を組んで思案すると、オルディアへと遣いを出した。
適材適所。魔物退治は専門職に任せるべきだ。
男が出した遣いは無事にオルディアの巡行士ギルドへ到着し、魔物討伐の依頼を出した。
数日後、ギルドから数名の巡行士が派遣された。
「——ということで、畑を荒らす魔物の討伐をお願いしたい。このままでは今期の税が納められなくなってしまう」
「わかりました。速やかに対応させてもらいます。ですがその前に、こちらからもひとつよろしいでしょうか?」
「なんだね」
「遣いの方へ事前に説明しましたが、今回、養成所の修了試験の一環として、訓練生が同行しております。腕は我々も認めるところであり心配はご無用ですが、念のためご連絡を、と」
「よろしくお願いします!」
五人の巡行士のうち、端に並ぶ二人が頭を下げた。
言われてみれば、他の者に比べ見た目も若く、初々しい雰囲気がある。
その他特筆すべき点といえば、ひとりの見目はかなり目立つということくらいか。右端に立つ少女の髪は、鮮やかな赤色をしていた。
夜になると、巡行士たちが行動を開始した。
彼らはそれぞれ持ち場につくと、身を潜めているようだった。
男は成り行きを見守るため、家の前で待機している。
「訓練生といったか、本当にうまくやれるのかね」
男は顎をかいた。
一刻も早く魔物をなんとかしてもらいたい。そのために訓練生の参加を拒絶しなかったが、実力を訝しむ心はある。
男は、暗闇の向こうにいる巡行士とその見習いへと視線を向けた。
すると、闇の合間から火球が飛びだした。
「接敵しました。一体仕留めます! 後続は、そちらに誘導します!」
凛とした声が響く。たしかあれは、赤髪の少女のものだったはずだ。
男が目を凝らすと二本の刃が煌めき、魔物の一体が軽々とのされていた。
「シガレテ——フィル!」
少女から逃げる魔物に火球が迫るのが見える。魔物たちは炎に逃げ惑うと、既のところで魔法を躱した。行き場を失った火が畑へ直撃し、畑が燃えさかる……ことはない。火球は闇に溶けるように消えていった。
「よくやった、クレハ!」
「やあぁっ!」
火球に追いやられた魔物たちは、待ち構えていた巡行士らに倒されている。
「すげぇな、こりゃ」
畑を荒らす魔物の討伐。それを難なくこなしてみせた巡行士と見習いたちへ、男は感嘆の息をもらした。
*
「修了試験の合格をもって、クレハ・グリッテス、ならびにフレッダ・ディンリーを巡行士として認める。おめでとう、二人とも」
「ありがとうございます!」
クレハはジュードから修了証書を受けとると、フレッダと抱き合いながら小刻みに跳ねる。
「やったわフレッダ! あたしたち、ついに巡行士よ!」
「クレちゃんも私も頑張ったんだから、当然だよ!」
「はしゃぐのはいいが、証書を破るなよ」
四年間の訓練を経て、クレハはついに修了試験に合格した。
幸運にも勝手知ったるフレッダと受験が重なり、晴れて二人そろって巡行士となったのだ。
「これにて君たちは養成所を卒業となる。これまでご苦労だった。この後は、巡行士ギルドにて正式な登録を済ませてくれ。修了証書はその時に必要となるため、くれぐれも失くさないように」
「わかりました! ジュード先生、今までご指導いただきありがとうございました!」
「先生のおかげでここまでこれました! あ、ふふっこれからは先輩、ですね」
「ふっ、活躍を楽しみにしているよ、後輩たち」
頬を緩め軽口を言うジュードに、クレハとフレッダは目を合わせる。次の瞬間、少女たちの笑い声が響く。
こうして、クレハたちの四年にわたる養成所での生活は幕を閉じた。
*
「行くわよ、フレッダ」
「おー! いざ、ぴっかぴかの記章を受け取りに!」
クレハはフレッダと連れ立って、巡行士ギルド、オルディア支部の門戸を叩いた。
シルフェオン王国でも有数の都市であるオルディアは、巡行士ギルドの規模も大きい。
クレハとフレッダはきょろきょろと中を見回しながら、ギルドの受付へと向かった。
「ようこそ。巡行士ギルド、オルディア支部へ。あなたたちは……巡行士登録に来た方ね」
「はい。あれ? どうしてそのことを……」
「ジュードさんから、あなたたちが今日登録に来るだろうと聞いていました。おめでとう。私たち巡行士ギルドは、あなたたちを歓迎します」
受付の女性が微笑む。
艶やかな長い黒髪に、澄んだ青い目をした綺麗な人だ。涼やかな目元に流麗な仕草。いかにも仕事ができそうな雰囲気が漂っている。
無意識のうちにクレハの背筋がピンと伸びる。
「私はティアナ・クアリス。ここで受付をしています。どうぞ、よろしくお願いします」
「あたしはクレハ・グリッテスです」
「フレッダ・ディンリーです。よろしくお願いします!」
クレハたちも軽く自己紹介をし、ジュードから渡された修了証書を見せた。
「……問題ないようですね。ではこれより巡行士の登録に移ります。記章の発行をしてきますので、あちらの席におかけになってお待ちください」
「わかりました!」
クレハとフレッダは、丸い机を囲むように備えつけられた椅子へと移動した。
室内を見ると、談笑している巡行士たちや、様々な依頼が貼りだされた掲示板が目に入る。
さすがはオルディア支部。活気あふれるギルドというのがふさわしい賑わいだ。
それから、辺りをちらちら観察したり、フレッダと話していると、ティアナが近づいてくるのが視界に入った。
「お待たせしました。これがおふたりの巡行士記章です。養成所での訓練を修了した方は、原則として鉄兎級となります」
クレハは記章を手にとった。矯めつ眇めつ眺めてみると、念願の達成に実感が湧いてくる。
表には、兎の横顔と、羽が生えた羅針盤の印が彫られている。階級を現す動物と、巡行士ギルドの印だ。
ひっくり返すと、クレハの名前、登録都市名、巡行士番号の記載があった。
クレハの番号は、九百八番だ。
「依頼をこなし、巡行士としての実力をつけていくと階級が上がります。鉄兎の次は銅狼ですね」
巡行士には階級がある。クレハはかけだしの鉄兎。次は銅狼、その先は銀虎、金鷲、白金竜と続く。クレハが目指しているのは、もちろん白金竜だ。
「記章の取り扱いについては養成所でも説明を受けていると思いますので、かいつまんで説明しますね」
「お願いします」
「まず、巡行士ギルド記章は巡行士の身分を証明するものとなっております。無論、管理責任はご自身にありますので、紛失することがないよう、お気をつけください」
クレハは養成所で使っていた手帳を取り出した。記章の取り扱いに関する項目を書いた頁に、目を滑らせる。
「また、ギルド規約により、記章の売買、譲渡、加工、破壊は禁止されています。違反した場合、処罰の対象となりますのでご留意ください」
「はい」
「昇級の際、現在の記章はギルドへ返却していただきます。昇級後は新しく発行した記章を携行してください」
クレハとフレッダが頷くと、ティアナは資料をとりだし、二人の前にそれぞれ並べた。
「それでは、こちらがギルド契約書です。ギルド規約などが書かれておりますので、ご一読いただいたうえで、こちらへ署名をお願いします」
ティアナの揃った指が署名欄を指し示す。
ざっと書類に目を通すと、クレハは迷いなく自分の名前を書いた。フレッダも書き終わったようで、二人分の契約書が机の上に並んだ。
「ありがとうございます。これでおふたりとも、正式に巡行士登録が完了しました」
「やったわ!」
クレハは思わず、隣のフレッダと手を合わせた。ふたりの着任を祝うように、軽快な音が鳴り響く。ティアナもほんのり微笑んでいた。
「依頼は明日から受けることができます。依頼は、必ずギルドを通して受託してください。ギルドを通さず個人で受けた依頼については、契約内容や報酬の支払いなど、全てにおいて、ギルドは一切の責任を負いません」
「わかりました」
「そのほか何か聞きたいことがあれば、いつでもお尋ねください」
「はい! ありがとうございました!」
クレハとフレッダが頭を下げると、ティアナも軽く会釈し、受付へと戻っていった。
「はぁーー、あたしたちついに巡行士になったのね」
「うん。これ見ると実感湧いてくるよねぇ」
フレッダは照明に記章をかざした。光を受けた部分が鈍く反射し、紛れもない本物だと告げてくるようだ。
「なんだかやる気が湧いてきたわ! 今すぐにでも依頼を受けたい!」
「あはは、クレちゃんらしいね。でも明日からだよ。焦らない焦らない」
「うん。気持ちだけ、ね!」
片目を瞑ったクレハにフレッダは苦笑する。どうやらクレハは相当浮かれているらしい。
少女は緩みきった頬を軽く叩いた。
「あ、そうだ。フレッダ、これからのことなんだけど」
「うん。パーティーを組むかどうかだよね」
「そう。確認したいんだけど、あたしは、シルフェオン以外でも活動したいと思ってる。フレッダは……」
「私は、シルフェオンの中で活動できたらなって思ってる。自国愛ってやつかな」
フレッダは冗談交じりに笑った。
そうだ。クレハはソルディアのような巡行士になるため、広い世界を見たい。しかし、フレッダは王国内を活動拠点にするつもりだ。
同じパーティーでやっていくには、それぞれの希望が噛み合わない。だからここでさよならね、と簡単には言えないほど、クレハにとってフレッダとの友情は深いものだった。
「フレッダ、あたし……」
「わかってる。私は私、クレちゃんはクレちゃんらしく頑張るっきゃない! 私だって、ちょっと寂しいけどね。同じ仕事になったら、かっこいいとこ見せてよ?」
「……うん! ありがとうフレッダ」
「どういたしまして」
クレハの目頭が熱くなる。
余計なものが溢れないよう胸に詰めものをして、フレッダとお互いに幸運を祈り合った。
*
フレッダと抱き合い別れを惜しんだ後、クレハはシンシオのもとへ向かった。
「じゃーん! 師匠、やりました。ついに巡行士になれましたよ!」
「おう、よくやったね。アンタなら、ポカさえやらかさなけりゃ、一発合格だと思ってたよ」
「それ褒めてます?」
「あっはっは」
シンシオは大きく歯を見せて笑うと、クレハの頭に手を乗せた。
「ほんと、よくやったよ。アンタが一人前だなんて、まだ信じられないけどね」
「期待の新人ですよ、師匠。半人前よりかなりできる、くらいのものです」
「それはそれで自己評価が高いもんだ」
シンシオに頭を撫でられ、クレハは軽口を叩く。十六歳にもなって頭を撫でられるのは照れくさかったが、妙に心地良くて振り払えなかった。
「クレハ、強くなりな。体だけじゃないよ、むしろ心の話さね。折れてもいいのさ、そこから立ち上がれる強さをもつんだよ」
「……はい!」
「よし、それじゃあ行こうかね」
クレハはシンシオを連れて、オレクスへ向かった。
*
「クレハ、おめでとう! あなたならできると思ってたわ」
「さすが俺とハンナの娘だ」
「ありがとう!」
ハンナの提案もあり、グリッテス一家の祝賀会にシンシオを招いた。
机にはクレハの好物ばかりが並んでいる。豪勢な食卓を四人で囲む賑やかな席だ。
「アタシまで馳走になっちまって悪いねぇ」
「なにを言うんですか、シンシオさん様様なんですから」
「そうですよ。いっつもクレハの面倒みてもらってるんだ、遠慮なさらず」
「そうかい」
四人は生神に祈りを捧げると、食事に手をつけ始めた。食欲をそそる匂いにつられ、次々と料理をよそっていく。
ハンナの料理はどれもこれも絶品だった。
「クレハ、誰かとパーティーは組んだのか?」
「ううん。組みたい子がいたんだけど、やりたいことが違ってね」
「そうか。仲間がいると心強さが桁違いだ。良い縁があれば、旅の仲間を見つけるといい」
「そうねぇ。あなたは突っ走っちゃうところがあるから、ひとりだと心配だわ」
「うっ……そんなことない、とは言えないけど」
「長所でもあるんだけどね。あなたに新しい見方を教えてくれる人が近くにいると、私は安心だわ」
ハンナの言葉を胸に留めながら、クレハはスープを飲みこむ。
仲間か。いるに越したことはない。
気の合う仲間と依頼をこなしながら各地を巡るなんて、想像するだけで胸が踊る。
「この子を諌められるやつなんて、そうそういないと思うがねぇ。ま、世界は広い。地道に探しな」
「そうですねぇ。クレハ、いつもあなたらしくありなさい。そうすればきっと素敵な人たちと巡り会えるわ」
ハンナにシンシオ、グランスまで、クレハを見て優しい表情を浮かべている。
——あたしらしく、か
クレハの目標は、ソルディアのような巡行士になることだ。憧れの彼女に近づける選択をし続ければ、目標を達成できると思っていたが。
「……それだけじゃないのかも」
クレハは自分のあり方を見つめ直す。
巡行士として初めて迎えた夜は、ごくごく平和に更けていった。




