ノノアの戦い
すん、と鼻が冷えて目が覚める。椅子に腰掛けたまま眠ったから、少しお尻が痛い。
ノノアは毛布を被り直して、ベッドを見る。
──ティファがいない。
「また…!」
立ち上がって見回す。窓がガタガタと震えている。風が強い。
階下に降り、玄関の扉を開ける。──いた。
双剣を握る手から血が滴っている。振り上げる腕も震えている。
「……ッ」
きゅ、と唇を噛む。雪風が頬を刺す。こんな時でも、世界は冷たい。
ぐっと雪を踏み締めてティファに歩み寄る。──鈍い。ノノアでも、簡単に止められる。
「ティファ」
呼んでも返事をしない。目は虚ろなまま。力無く、剣を振ろうとするばかりだ。
「…ティファ。こっちへ来て」
肩を抱き抱え、中に入れる。双剣を預かろうとしたが、ティファはがんとして手放さなかった。
目を離すと危険。そう感じたノノアは、調理場までティファを連れてきた。
「ほら。ずっと食べてないんでしょ? 今スープも作るから」
予備のパンを皿に置く。椅子に座らせ、食べるよう促してもティファは動かない。
「お願い…少しでもいいから…」
結局、ティファは作ったスープも口にする事はなかった。
縋るように双剣を抱き、立ち上がる。よろめき、ふらふらと歩いていった先は広間だった。
そしてまた剣を振る。右へ、左へ。前へ、後ろへ。
それは舞のようで、祈りのようで。
ノノアは奥歯を噛み締めた。胸の奥が熱い。
ぐっと拳を握り、調理場に戻る。先程ティファが食べなかったパンを引っ掴んで、足音荒く広間に向かった。
そのままティファの肩を掴み、床に押し倒す。馬乗りになって、ティファの口にパンを捩じ込んだ。
「食べなさい!」
「…ッ」
「食べるの!」
出した事のない大声が、耳をつんざく。唇を強く噛んでいないと、涙が溢れそうだった。
「諦めないわよ…ッ、諦めないからね…!」
この子は、絶対に死なせない。
ノノアは戦った。
食べないティファの口にパンを押し込み、水を飲ませる。吐けばまた作り直した。
気を失えばベッドまで運び、汚れた体を拭いて手当てをする。
朝も、昼も、夜も。
雪の日も、風の日も。
ティファが生を諦める事を、ノノアは決して許さなかった。
やがて日暮れ時。ティファが眠っているうちに食事を整えようと階下に降りると、教会の扉が開いた。
寒々しい風が雪と共に広間を満たす。そこには母が立っていた。
「お…母さん…」
「いつまで家に帰らないつもりなんだい」
母は見るからに不機嫌そうだった。
元々教会の支援に好感を持っていなかった。更に無断で外泊し続けたのだから、不興を買って当然ではあるのだが。
母の眉間には深い皺が刻まれている。ノノアは、震える手をぎゅっと握り締めた。
「私…帰らない」
強い、強い声だった。
「なんだって?」
「私、まだ帰らない。ここでやらなきゃいけない事があるの」
ノノアは真っ直ぐに母を見た。その眼差しに、母は一瞬目を丸くした。
しかし、母は一つ息を吐いて、ノノアを拒む。
「馬鹿な事言ってないで、店を手伝っておくれ。冬は忙しいんだよ。毛皮も足りやしない」
「ティファが狩ってきた熊ならあるわ。皮も肉も処理して倉庫に置いてある。好きなだけ持って行って」
ノノアは怯まなかった。拳はもう、震えていない。
「…そんなにここが大事かい」
「ええ。ティファには私が必要よ。あの子は必ず、生きて旅に出るの」
雪が吹き込む。風はとても冷たいのに、ノノアの胸は熱で満たされていた。
「必ずやり遂げる。立ち直らせてみせるわ。だから…お願い。私をここにいさせて」
固く吊り上がっていた母の眉が緩む。もう一度溜息を吐くと、次は拒まなかった。
「…好きにするといい。体には気をつけるんだよ」
「…! うん!」
後ろ手に手を振りながら、母は教会を後にした。開いたままの扉から、冷たい風がひとしきり吹き込んで、そして静かに止んだ。
ノノアの戦いは、まだ終わっていない。




