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やどりび  作者: ファット爺
第一章
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9/81

ノノアの戦い

 すん、と鼻が冷えて目が覚める。椅子に腰掛けたまま眠ったから、少しお尻が痛い。

 ノノアは毛布を被り直して、ベッドを見る。

 ──ティファがいない。

「また…!」

 立ち上がって見回す。窓がガタガタと震えている。風が強い。

 階下に降り、玄関の扉を開ける。──いた。

 双剣を握る手から血が滴っている。振り上げる腕も震えている。

「……ッ」

 きゅ、と唇を噛む。雪風が頬を刺す。こんな時でも、世界は冷たい。

 ぐっと雪を踏み締めてティファに歩み寄る。──鈍い。ノノアでも、簡単に止められる。

「ティファ」

 呼んでも返事をしない。目は虚ろなまま。力無く、剣を振ろうとするばかりだ。

「…ティファ。こっちへ来て」

 肩を抱き抱え、中に入れる。双剣を預かろうとしたが、ティファはがんとして手放さなかった。

 目を離すと危険。そう感じたノノアは、調理場までティファを連れてきた。

「ほら。ずっと食べてないんでしょ? 今スープも作るから」

 予備のパンを皿に置く。椅子に座らせ、食べるよう促してもティファは動かない。

「お願い…少しでもいいから…」

 結局、ティファは作ったスープも口にする事はなかった。

 縋るように双剣を抱き、立ち上がる。よろめき、ふらふらと歩いていった先は広間だった。

 そしてまた剣を振る。右へ、左へ。前へ、後ろへ。

 それは舞のようで、祈りのようで。

 ノノアは奥歯を噛み締めた。胸の奥が熱い。

 ぐっと拳を握り、調理場に戻る。先程ティファが食べなかったパンを引っ掴んで、足音荒く広間に向かった。

 そのままティファの肩を掴み、床に押し倒す。馬乗りになって、ティファの口にパンを捩じ込んだ。

「食べなさい!」

「…ッ」

「食べるの!」

 出した事のない大声が、耳をつんざく。唇を強く噛んでいないと、涙が溢れそうだった。

「諦めないわよ…ッ、諦めないからね…!」

 この子は、絶対に死なせない。

 ノノアは戦った。

 食べないティファの口にパンを押し込み、水を飲ませる。吐けばまた作り直した。

 気を失えばベッドまで運び、汚れた体を拭いて手当てをする。

 朝も、昼も、夜も。

 雪の日も、風の日も。

 ティファが生を諦める事を、ノノアは決して許さなかった。

 やがて日暮れ時。ティファが眠っているうちに食事を整えようと階下に降りると、教会の扉が開いた。

 寒々しい風が雪と共に広間を満たす。そこには母が立っていた。

「お…母さん…」

「いつまで家に帰らないつもりなんだい」

 母は見るからに不機嫌そうだった。

 元々教会の支援に好感を持っていなかった。更に無断で外泊し続けたのだから、不興を買って当然ではあるのだが。

 母の眉間には深い皺が刻まれている。ノノアは、震える手をぎゅっと握り締めた。

「私…帰らない」

 強い、強い声だった。

「なんだって?」

「私、まだ帰らない。ここでやらなきゃいけない事があるの」

 ノノアは真っ直ぐに母を見た。その眼差しに、母は一瞬目を丸くした。

 しかし、母は一つ息を吐いて、ノノアを拒む。

「馬鹿な事言ってないで、店を手伝っておくれ。冬は忙しいんだよ。毛皮も足りやしない」

「ティファが狩ってきた熊ならあるわ。皮も肉も処理して倉庫に置いてある。好きなだけ持って行って」

 ノノアは怯まなかった。拳はもう、震えていない。

「…そんなにここが大事かい」

「ええ。ティファには私が必要よ。あの子は必ず、生きて旅に出るの」

 雪が吹き込む。風はとても冷たいのに、ノノアの胸は熱で満たされていた。

「必ずやり遂げる。立ち直らせてみせるわ。だから…お願い。私をここにいさせて」

 固く吊り上がっていた母の眉が緩む。もう一度溜息を吐くと、次は拒まなかった。

「…好きにするといい。体には気をつけるんだよ」

「…! うん!」

 後ろ手に手を振りながら、母は教会を後にした。開いたままの扉から、冷たい風がひとしきり吹き込んで、そして静かに止んだ。

 ノノアの戦いは、まだ終わっていない。


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