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やどりび  作者: ファット爺
第一章
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8/81

おいてけぼり

 ティファは上機嫌だった。

 背負う熊は重く、冬の備蓄には十分。毛皮もノノアが喜ぶだろう。この世界ではどうか知らないが、熊には滋養もあると聞いた事がある。シスターなら役に立ててくれるはず。

 すっかり日は暮れ、遅くなってしまったが、皆が喜ぶ顔を思うと足取りは軽かった。

 舞い始めた雪さえ、楽しそうに見えた。

 熊は一先ず勝手口の前に置き、そのまま中へ入る。

「ただいま」

 ──静かだ。この時間なら、まだチビ達が騒いでいるはず。先に風呂に行ったのだろうか。

 浴場へ向かうが、誰もいない。廊下に明かりもない。

「寝たのか…?」

 まぁ、寒いし。それなら自分も早めに寝ようと、階段を上がる。

 眠っているなら音は立てまい、と静かに寝室に入るが、ベッドは空のままだった。

 ──さすがにおかしい。何かあったのだろうか。

 途端に胸がざわめく。嫌な汗がこめかみを伝う。

「シスター…パチャ…!」

 書庫。倉庫。空き部屋。

「アンナ! カイル! ルキ!」

 次々と扉を開けても、返るのは暗く冷たい空気だけ。

「あとは…!」

 階段を下り、広間から食堂の窓へ。そこから飛び降り、雪に着地間も無く駆け出す。

 礼拝堂の扉は、目の前。勢いよく扉を開ける。

「シス──…」

 見つけた。全員、揃っている。

 祭壇の前で、皆寄り添っている。

「ター…?」

 ようやく、見つけたのに。手が、足が震える。凍える程に寒いのに、汗が止まらない。

 恐る恐る。声を掛ける。返事がない。月明かりが差し込む度に、ステンドグラスの影が揺れた。

「パチャ…アンナ…」

 震える足で、ようやっと歩き出す。肺が凍りそうで苦しい。

「カイル…ルキ…?」

 雲が切れた。月が皆の顔を照らす。

 白くて、雪のように綺麗で。口元が赤いのは、ジャムでも溢したかのようで。

「へんじ…してよ…」

 力無く膝を突く。頬を触っても、ゆすってみても、眠りから覚めてくれない。

「ねえ…ッ!」

 つめたい。かじかんで尚、死が指先に噛み付く。

 ミィデと、同じ温度だ。

「……ッ!」

 なぜ。どうして。旅立つのは、自分ではなかったのか。なぜいつも、自分は守れない。

「      」

 その慟哭は、祈りにも似た。



******



 何時間。何日。こうしているだろう。

 雪は何度も降った。

 昼と夜が何度も入れ替わった。

 それでもティファは動けなかった。

 寒い。痛い。シスター達は凍りついて、まだ動かない。

 つめたい。いたい。かなしい。

 涙だけがずっと止まらない。

「──…! ──ファ!」

 雪を払う音がした。誰かが来たらしい。

「ティファ!!」

 ノノアが名前を呼んでいた。軋む瞼を開けると、ノノアも泣いていた。

「ティファ! 良かった…! あなたは生きてるのね!?」

 いきてる? よかった?

 いったいなにが?

 ノノアの手を払い、シスターにしがみつく。もう、ここで眠りたい。

「…ッ! しっかり…しなさい!」

 ばちん。音がやけに大きく聞こえた。右の頬が、僅かに熱い。

「旅に…出るんでしょ! ここで終わっていいの!?」

 たび。たしかシスターが、そんな事を言っていた。

 旅をして、世界を見ておいで。

 ──そう、旅。

 ティファはゆっくりと起き上がる。色のない目で、虚空を見て。約束を思い出す。

「たびの…したく…」

 立ち上がる前に崩れる。力が入らない。

「まずは…みんなを弔いましょう。あなたもちゃんと休んで」

 弔い。その言葉にまた涙が溢れた。

 皆と離れるのが嫌で、死を認めたくなくて。

 熱が抜け切った体のまま、ノノアに手を引かれる。

 遺体は礼拝堂の裏に埋葬した。

 雪が深くなる。明日には、埋めた場所もわからなくなる。真っ白に染まった墓標だけが、そこに何かがあった事を教えてくれるだろう。

「ティファ…次はお風呂よ。凍傷になりかけてるから…」

 ノノアが何か言っている。だが自分にはやる事がある。

 ティファはふらふらと歩き、納屋の扉を開けた。

 ──これも、もはや形見なのだろうか。

 双剣を手に取る。いつもより随分と重い。手作りのカカシは、顔も無くこちらを睨んでいる。

 右へ、左へ。縦へ、横へ。

 何十、何百と繰り返した動きをなぞる。

 あと何千、何万。何億。

 旅立ちの日まで、繰り返さなくては。

「ティファ!!」

 後ろから抱き止められる。ノノアだ。

「やめなさい! 今は! 休むの!」

 なにを、いっているのか。

 たびに、でろと。おもいださせたのは、おまえじゃないか。

「剣を…置きなさい!」

 ノノアの力にさえ、負ける。

 ああ、私はなんて弱いんだ。

 そこで意識は途切れた。

 目が覚めると、ベッドの上だった。

 ──布団が温かい。何か、悪い夢を見ていたような気がする。

 起き上がると、ノノアが椅子に腰掛けて寝息を立てていた。

 ──キンと鋭い頭痛が走る。

 教会は静かだ。パチャの足音がしない。ルキの声もない。

 カイルが薪を割る音も、アンナが料理をする音も。

 シスターが、笑う声も。

 夢であれば、どんなに。


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