おいてけぼり
ティファは上機嫌だった。
背負う熊は重く、冬の備蓄には十分。毛皮もノノアが喜ぶだろう。この世界ではどうか知らないが、熊には滋養もあると聞いた事がある。シスターなら役に立ててくれるはず。
すっかり日は暮れ、遅くなってしまったが、皆が喜ぶ顔を思うと足取りは軽かった。
舞い始めた雪さえ、楽しそうに見えた。
熊は一先ず勝手口の前に置き、そのまま中へ入る。
「ただいま」
──静かだ。この時間なら、まだチビ達が騒いでいるはず。先に風呂に行ったのだろうか。
浴場へ向かうが、誰もいない。廊下に明かりもない。
「寝たのか…?」
まぁ、寒いし。それなら自分も早めに寝ようと、階段を上がる。
眠っているなら音は立てまい、と静かに寝室に入るが、ベッドは空のままだった。
──さすがにおかしい。何かあったのだろうか。
途端に胸がざわめく。嫌な汗がこめかみを伝う。
「シスター…パチャ…!」
書庫。倉庫。空き部屋。
「アンナ! カイル! ルキ!」
次々と扉を開けても、返るのは暗く冷たい空気だけ。
「あとは…!」
階段を下り、広間から食堂の窓へ。そこから飛び降り、雪に着地間も無く駆け出す。
礼拝堂の扉は、目の前。勢いよく扉を開ける。
「シス──…」
見つけた。全員、揃っている。
祭壇の前で、皆寄り添っている。
「ター…?」
ようやく、見つけたのに。手が、足が震える。凍える程に寒いのに、汗が止まらない。
恐る恐る。声を掛ける。返事がない。月明かりが差し込む度に、ステンドグラスの影が揺れた。
「パチャ…アンナ…」
震える足で、ようやっと歩き出す。肺が凍りそうで苦しい。
「カイル…ルキ…?」
雲が切れた。月が皆の顔を照らす。
白くて、雪のように綺麗で。口元が赤いのは、ジャムでも溢したかのようで。
「へんじ…してよ…」
力無く膝を突く。頬を触っても、ゆすってみても、眠りから覚めてくれない。
「ねえ…ッ!」
つめたい。かじかんで尚、死が指先に噛み付く。
ミィデと、同じ温度だ。
「……ッ!」
なぜ。どうして。旅立つのは、自分ではなかったのか。なぜいつも、自分は守れない。
「 」
その慟哭は、祈りにも似た。
******
何時間。何日。こうしているだろう。
雪は何度も降った。
昼と夜が何度も入れ替わった。
それでもティファは動けなかった。
寒い。痛い。シスター達は凍りついて、まだ動かない。
つめたい。いたい。かなしい。
涙だけがずっと止まらない。
「──…! ──ファ!」
雪を払う音がした。誰かが来たらしい。
「ティファ!!」
ノノアが名前を呼んでいた。軋む瞼を開けると、ノノアも泣いていた。
「ティファ! 良かった…! あなたは生きてるのね!?」
いきてる? よかった?
いったいなにが?
ノノアの手を払い、シスターにしがみつく。もう、ここで眠りたい。
「…ッ! しっかり…しなさい!」
ばちん。音がやけに大きく聞こえた。右の頬が、僅かに熱い。
「旅に…出るんでしょ! ここで終わっていいの!?」
たび。たしかシスターが、そんな事を言っていた。
旅をして、世界を見ておいで。
──そう、旅。
ティファはゆっくりと起き上がる。色のない目で、虚空を見て。約束を思い出す。
「たびの…したく…」
立ち上がる前に崩れる。力が入らない。
「まずは…みんなを弔いましょう。あなたもちゃんと休んで」
弔い。その言葉にまた涙が溢れた。
皆と離れるのが嫌で、死を認めたくなくて。
熱が抜け切った体のまま、ノノアに手を引かれる。
遺体は礼拝堂の裏に埋葬した。
雪が深くなる。明日には、埋めた場所もわからなくなる。真っ白に染まった墓標だけが、そこに何かがあった事を教えてくれるだろう。
「ティファ…次はお風呂よ。凍傷になりかけてるから…」
ノノアが何か言っている。だが自分にはやる事がある。
ティファはふらふらと歩き、納屋の扉を開けた。
──これも、もはや形見なのだろうか。
双剣を手に取る。いつもより随分と重い。手作りのカカシは、顔も無くこちらを睨んでいる。
右へ、左へ。縦へ、横へ。
何十、何百と繰り返した動きをなぞる。
あと何千、何万。何億。
旅立ちの日まで、繰り返さなくては。
「ティファ!!」
後ろから抱き止められる。ノノアだ。
「やめなさい! 今は! 休むの!」
なにを、いっているのか。
たびに、でろと。おもいださせたのは、おまえじゃないか。
「剣を…置きなさい!」
ノノアの力にさえ、負ける。
ああ、私はなんて弱いんだ。
そこで意識は途切れた。
目が覚めると、ベッドの上だった。
──布団が温かい。何か、悪い夢を見ていたような気がする。
起き上がると、ノノアが椅子に腰掛けて寝息を立てていた。
──キンと鋭い頭痛が走る。
教会は静かだ。パチャの足音がしない。ルキの声もない。
カイルが薪を割る音も、アンナが料理をする音も。
シスターが、笑う声も。
夢であれば、どんなに。




