冬森にて
翌日、ティファの話を聞いた子供達は大騒ぎだった。
「たび!? たびってなあに!?」
「ティファ、とおくにいっちゃうの?」
「まだ行かないよ」
「いいなー俺も行きてえ」
「カイルは無理よ、迷子になるもの」
なんだと、なによ、と言い合う二人はなんだかんだ仲が良い。パチャとルキはティファの膝にしがみついて寂しそうにしている。
「…16になったらだって。あと、6年くらいかな」
撫でながらそう言ってやると、ころりと機嫌が良くなった。
「なーんだ!」
「ろくねんって、どのくらい?」
「んー…あと6回春が来たら?」
「はる!」
「あったかいのすきー!」
話題はもう春の気候についてらしい。まだまだ無邪気なチビ達も、その頃には随分大きくなっている事だろう。今は喧嘩をしているカイルとアンナも、もしかしたら良い関係になっているかもしれない。
少し先の未来を考えて、頬が緩むのを感じた。
******
更にその翌日。研ぎ終わった双剣を手に、ティファは新たな特訓に勤しむ。
技や扱い方が情報として頭に入っていても、体が全く追いつかない。双剣を振るだけでも筋肉が悲鳴を上げた。
「いきなりは無理だな…」
前の持ち主がどれだけ優れていたのかは、与えられた記憶を持ってしても理解が及ばない。
明白な差を前に、ティファは一つ息を吐くと双剣を置いた。そして2本の棒に持ち替え、技をなぞる事から始めた。
目標にカカシを立て、動きを確認。筋力も付ける為に畑を広く耕した。夜の勉学も欠かさなかった。
「熱心ねー」
日も遅くなり、風が肌を刺し始めた朝。間伸びした声が聞こえた。ノノアだ。
「聞いたわよ。旅に出るんですって?」
「まだ先の話だよ」
「ふふっ。でも楽しそうだわ」
素振りをしているティファを眺めるように、ちょこんと座る。首元のマフラーに口を埋めて、手を擦り合わせている。白い息が、マフラー越しにふわりと漂った。
「寒いなら中に入ってなよ」
「あとでね」
にこにこ。そんな音を立ててノノアは笑う。ティファ自身も寒がりなので早々に切り上げるつもりではいるが、見られているとなんだか緊張する。
「ティファの旅装は、私に作らせてね」
「え、いいよ」
「作りたいのよ」
ノノアはそう言って笑う。
「旅に出るなら、お守りも必要だもの」
「お守り?」
「ヤドリギよ」
ティファは首を傾げた。
「アンナに聞いたんだけどね。故郷では冬になるとヤドリギを飾るんですって。ヤドリギの下で交わした約束は、神様にも破れないって」
「へぇ」
「だから恋人達は、よくヤドリギの下で約束をするんだって」
ふうん。女の子はそういう話が好きだな、と片耳で聞いた。もう素振りを再開してもいいだろうか。
「あ、それとね。うかつにヤドリギの下で休憩しちゃダメよ。ヤドリギの下では、女の子はキスを断れないとも言ってたわ」
「別に断ればいいじゃん…」
「婚期が遅れちゃうの! ダメ!」
「わかったよ…」
ノノアの機嫌を取るように、空返事だけ返す。
自分も女ではあるのだが、どうにもそういう話に興味が持てない。前世ではどうだったか、あまりもう覚えていない。
「ティファには、幸せになってほしいのよ」
立ち上がって、雪を払う。白い息が一層濃くなった。
「じゃ、先に行くね」
リクエストがあったら教えて。そう言い残して、ノノアは教会に入って行った。
大きな扉がばたりと閉まる。その様子をしばらく眺めていた。
──風が冷たい。そろそろ雪も降るだろうか。体を動かして暖まろうと素振りを再開する。
なんだか頬が熱いのは、寒さのせいにした。
******
雪が止んで、静かな朝だった。今日は初めて、双剣を持って狩りに出る。
「こんな日じゃなくてもいいのに…」
厚着をしたアンナが、鼻を啜りながら見送ってくれる。それでも毎朝昼食用のパンを持たせてくれるのだから、感謝している。
「私だって寒いけど…備蓄も少なくなってきたし」
「あんまり無理しないで。早めに帰って来てね」
「うん、わかった」
外に出ると、冷えた空気が鼻を刺した。他の皆はまだ眠っている。音まで白く塗り潰されて、耳が痛い。
いつもの森も景色が違って見える。さほど積もってはいないものの、慎重に雪を踏み締めて歩いた。踏むたびに、きゅ、きゅ、と軽い音が響く。
しばらく探し回ってみるが、さすがに獣も冬眠中だろうか。気配がほとんどしない。
アンナから貰ったパンを食べ、また歩く。日は既に真上を通り過ぎている。
(今日はダメかな…)
戻ろうと踵を返した時、雪上に足跡を見つけた。──大きい。
弓なら距離を取れば仕留められるだろうが、生憎今日は持ってきていない。
双剣の初陣で勝てるだろうか。やはりやめて引き返すか──…
「…おっと」
迷っている間に、先に見つけられてしまった。熊だ。
「これはちょっと…」
きついかもしれない。空腹で気が立っているのだろう。熊は既にティファを〝獲物〟と定めたようだった。低い唸り声が、腹の底に響く。
熊が突進してくる。もう逃げられない。
ティファはその場で軽く沈み、縦方向の回転で斬撃を入れる。刃は熊の左腕を僅かに斬りつけた。
(浅い)
踏み込みが甘い。しかし無理に踏み込もうとすれば返って危険だ。
更に追い討ちをかける熊から後方に飛び、木を盾にしながら致命傷を避ける。
(どうやって間合い詰めよう)
疲弊は狙えない。自分の3倍程もある体格が相手では、飛び込んだところで良くて相打ち。
迫り来る牙と爪をなんとかかわしながら、ティファは考えた。
(…しょうがない)
ティファは片方の剣を熊に向かって思い切り投げた。
それは致命傷にはならずとも熊の腕に刺さり、一瞬動きを止めた。
熊はもう一度ティファに追撃しようと、腕を振り上げる。だがそこにティファの姿はなかった。
背後から木を蹴る音がする。ティファは木を蹴り登り、頭上高く飛んでいた。
もう一本の剣を脳天に突き立てる。熊は力無く倒れた。
「わ」
ティファも雪の上に投げ出される。双剣での初勝利。今になって心臓がうるさい。
熊から剣を抜き、血を払う。柄を握る手が、まだ痺れている。雪に散った赤が、やけに鮮やかに目に焼き付いた。
双剣の初陣で、相手が熊で。それでも冷静でいられたのが未だ信じ難い。
シスターの旦那さんは、確かに自分を守ってくれたのかもしれない。
この時は本当に、本気でそう思っていた。




