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やどりび  作者: ファット爺
第一章
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月下の贈り物

 狩りを終えてもティファの一日は続く。皆が就寝した後は、月明かりで本を読むのが日課だ。

 シスターがくれた書物を、一文字逃さず丁寧になぞる。

 子供達の寝息は静かだ。窓辺に座って本を読んでいると安心する。時折カーテンを揺らす風が心地いい。

「まだ本を読んでいるの?」

 声の主は寝巻き姿のシスターだった。シスターは足音静かに、ティファの隣に座る。

「うん…いま生命学のマナ構造について」

「ティファは勉強熱心ね」

 シスターは優しくティファの頭を撫でる。ティファはこのシスターの手が好きだった。

「でもね、ティファ。あまり根を詰めるのも良くないと思うわ」

「……」

 シスターが言いたいことはわかる。でも、それでも。

「ミィデの事が忘れられないんだ」

 もっとちゃんと、自分が勉強していたら。炎魔法だけじゃなく、治癒魔法まで覚えていたなら。

 あれから一日だって、そう思わなかった日はない。

 シスターは困ったように笑いながら、ティファの頭を撫で続けている。

「この髪は、アンナがやってくれたのね」

「え…うん」

「とっても可愛いわ。ティファの白銀色によく似合う」

 はくぎん。かわいい。意味を飲み込むまで目を丸くしてしまった。

「白髪では?」

「ふふふっ。それはおばあちゃんの私の色ねえ。ティファの髪は、あの満月みたいに綺麗な色をしてるわよ」

 ──月。確かに月も白い。今まで灯りとしてしか見ていなかったが、自分の白灰のような髪が人にはそう見えるのだろうか。窓の外、雲間から覗く月を、ティファはそっと見上げた。

「ねえティファ。ちょっと手伝ってくれない?」

「今から?」

「そ。今から」

 シスターに連れられて来たのは、教会の裏手にある丘の墓所だった。誰の墓かは知らない。夜露に濡れた草が、足元でひやりと光っていた。

「さ! 開けちゃいましょう!」

「は!?」

 墓を、暴こうと言っているのか。仮にも修道女が。いやシスターも普通に肉を食べるし、この世界での倫理観はいまいちよくわからない。

 だがさすがに墓を荒らすのは…とティファは躊躇う。

「いーのいーの。私の夫のお墓だもの。遺体なんてないし、ほら早く!」

 シスターは既婚者だったのか。いやそれよりも。

(旦那さん…すみません…)

 良いと言われても気が引ける。ティファは小さく黙祷してから墓石に手を掛ける。土を掘り返し払うと、棺の代わりに、頑丈な箱が出てきた。土の冷たさが指先に染みる。

 シスターはそれを受け取ると、何か小さく呟いた。同時に箱が僅かに光り、解錠されていく。魔法仕掛けの箱だったのだろうか。

 中には古びた双剣と、不思議な色をした石が入っていた。

「あらら。これはちょっと手入れしないとダメかしらね」

 シスターは双剣を撫で、楽しそうに笑った。続いて箱を置き、ティファに石を手渡す。

「握って。少し目を瞑っていて」

 言われた通りにすると、ティファの小さな手をシスターの温かい両手が包む。

 じんわりと、徐々に熱が増していく。目を閉じていてもわかる程、石が輝いている。──熱い。

 同時に、ティファの脳に映像が流れる。映像、というにはあまりに曖昧で、情報というにはあまりに鮮明で。

 双剣の重さ、体の動かし方、刃の角度。持ち主の研鑽が、完成させた技の型が、一気に脳に叩き込まれた感覚だった。

「……ッ!」

 鋭い痛みで膝が折れる。シスターに支えられ、その場に腰を下ろした。

「い…まのは…?」

「夫の記憶よ。磨いた技を、このパールに保管しておいたの。一度に全部は、ちょっと負荷が高かったわね」

 ちょっと申し訳なさそうに、またティファの頭を撫でる。呼吸が整うまで、シスターは寄り添ってくれた。

 落ち着きを取り戻すと、ティファは尋ねる。

「シスター…なんでこれを?」

「ん? あなたにあげようと思って」

「え」

 言葉と共に思考も固まった。この人は何を言っているのだろう。

「も、もらえないよ」

「いーのいーの。どうせ持ち主もいないのだし。それよりね、ティファ」

 知ってはいたが、なんて軽い人なのだろう。旦那さんはきっと、さぞ苦労しただろうな。

 呆れるティファに構わず、シスターは話を続ける。

「旅をしてみない?」

 再び思考が止まる。シスターはにっこりと微笑んでいる。

「たび…?」

「そう。旅」

 聞き返しても、答えは同じだった。意図を図りかねる。

 困惑するティファを尻目に、シスターは月を見上げた。月光が銀白の髪を透かして瞬いている。

「あなたはね、ちょっと人生を達観し過ぎていないかしら」

 諭すようで、柔らかい音色だった。

「世界はもっと美しい。自分の未来を決めるのは、それを見てからだって遅くないわ」

 シスターの目は遥か遠く。百歳を越えた老女とは思えない程、きらきらと輝いている。

「たくさんのものを見て、聞いて。出会って、感じて。導く答えが私と同じとも限らない。──ねえティファ」

 若々しい。刻まれた皺もしゃがれた声も、今は何一つ感じない。

「そしていつか、あなたの答えを聞かせてちょうだい」

 真っ直ぐな瞳から逃げられない。呼吸さえ忘れる程の、優しい威圧感。

 この人は、本当に、強い人なんだ。

「シスターも…旅、したの?」

「若い時にね! 色々無茶もしたわ。その度に夫に叱られてね」

「…そんな感じするね」

 ふふふ。楽しそうな笑い声が風に舞う。シスターの髪が月光に遊ぶ。

 ──綺麗だ。この人と同じ色の髪なら、確かに嬉しいかもしれない。

「この双剣はお守りよ。この先きっと、何があってもティファを守ってくれるわ」

 そう言って双剣を手渡される。ひやりとした刃の重みが、両腕にずしりと伝わった。

 ──ティファの体には随分と大きく感じた。

「でも一度手入れしなきゃね。さすがにこれじゃあ、すぐ折れちゃうわ」

 困ったように笑うシスターが、また一層幼く見えた。

 ティファは双剣を抱えた。

 丘の上から見える世界は、月明かりに照らされて静かに広がっている。

 森がある。村がある。

 その向こうには、まだ見たこともない土地が続いているのだろう。

 旅に出る。考えもしなかった未来に、少しだけ胸が躍った。


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― 新着の感想 ―
拝読いたしました。 最初はかなり重い展開で、 死を選んだ直後に異世界の地獄へ放り込まれる流れに、 転生してまでこんな目に遭うのか…と思いながら読んでおりました。 最初は死んだほうが幸せだと思っていた…
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