木漏れ日に帰る
教会で暮らし始めて数週間。子供達はすっかり元気になり、晴れやかな丘を駆け回っている。
「ちょっと休まねえか」
薪割り中のカイルが斧を下ろす。額から流れる汗を拭って少し暑そうだ。
「そうしよう」
ティファも斧を下ろした。転がった薪を集め、納屋に運ぶ。ひやりとした空気が汗を撫でて気持ちいい。
「今日も森に行くのか」
「うん」
自作の短弓と矢を背負う。荒削りだが、練習用には支障ない。
「やっぱり俺も行こうか」
「気配断ちとかの練習もあるから…一人のほうがいい」
「そっか…気をつけろよ」
年上であるカイルは、ティファが一人で森に入る事を未だ心配そうにしていた。シスターが「何かあれば私が行く」と味方をしてくれたので、渋々了承している。
ミィデの事もある。十分に気をつけると言って出掛けた。
教会から程近い森の外縁。大きめの鹿…に似た生き物を見つけた。草陰にしゃがんで矢をつがえる。
鹿は耳をピンと動かし辺りを警戒している。
(今動かない方がいいな…)
誰に教わった訳でもない狩猟の技術。幾度の失敗を重ねて、ティファは正解を導き出そうとしていた。
鹿が再び草に顔を下ろした瞬間に狙いを定める。まだ撃たない。
(ここで…マナを瞬時に…!)
覚えたての炎魔法で矢尻を包む。しかしその瞬間、鹿は跳ね上がって逃げ出してしまった。
「ダメか…難しいな」
野生動物はマナの感知に敏感なのだろうか。隠れるところまでは上手くできている気がする。
ティファは自分の体を見る。〝気配〟という曖昧な感覚は、普段のマナ出力の事だとシスターが言っていた。鍛えれば視認もできるようになると。
「全然みえない…」
修行が足りない、と肩を落とす。矢筒を背負い直して新たな獲物を探す。
ウサギでも獲れたら、喜んでもらえるだろうか。服を寄贈してくれた村娘…ノノアといったか。呉服屋だと聞いた。お礼に皮を差し入れよう。
そんな事を考えながら森を歩いた。
木々の隙間から差し込む光は、春よりずっと濃くなっていた。
草の匂いを含んだ風が頬を撫でる。きっと夏が近い。
******
春に植えたカボチャが実りを見せた。じき収穫だ。子供達はまだかまだかと畑を見ては世話を焼いている。
実った野菜は村に分けた。シスターは「困った時はお互い様よ」と笑っていた。
日差しはすっかりなりを潜め、涼やかな風が髪を撫でた。
「ティファの髪は綺麗よね」
木の実の籠を抱えたアンナがふわりと笑う。ティファは自分の髪を触り、不満そうに呟く。
「そういえばだいぶ伸びたな…そろそろ切りたい」
「えっ! ダメよ!」
なぜ。狩りにも邪魔だし、髪をとく時間があれば勉強したい。
ティファは更に不満そうに口を尖らせた。
「髪は女の命なのよ! せっかく綺麗なんだから切っちゃダメ!」
私の髪なのだが。そう思いながらも「ちょっと来て!」と言うアンナに腕を引かれる。
椅子に座らされると、アンナは上機嫌でティファの髪をとき始めた。木の匙で梳く音が、静かな部屋に規則正しく響く。
「わぁ。いいなあ、パチャにもしてー」
「いいよ。次ね」
「やったぁ」
勝手に話が進んでいる。パチャはティファの膝に肘を置き、楽しそうに髪の手入れを見ている。
にこにこ、という音が聞こえてきそうだ。
「ティファのかみ、とってもきれいね」
「ねー、パチャもそう思うよねー」
「ねー」
私には、アンナの栗色の髪やパチャの黒髪のほうが余程綺麗に見えるが。そう言っても、二人は聞き入れない。ティファは綺麗だと、がんとして譲らない。
──そこまで言われると、正直悪い気はしなかった。
この老人のような白い髪を、ティファ自身良く思っていなかったから。
「ほら、こうして結んだら邪魔にもならないでしょ?」
丁寧に整えられた髪は、うなじ付近で綺麗に束ねられていた。
「たしかに」
邪魔にならないのなら不満はない。手入れは面倒だが、どうせアンナがやりたがるので任せよう。
「日が上りきる前に狩りに行ってくる」
「うん、気をつけてね」
「いってらっしゃーい!」
納屋に置いてある弓矢とナイフ、縄を持って支度する。狩りの腕は随分上達した。
そろそろ大型の獲物が冬支度を始める頃だ。毛皮まで獲れれば冬にも備えられるだろう。
「あら、ティファ! こんにちは!」
ちょうど呉服屋のノノアに声を掛けられた。また古い服を譲りに来てくれたらしい。
「これから狩り?」
「うん。そろそろ毛皮も獲れたらいいんだけど…」
「ティファが色々納品してくれるようになってすっごく助かってるのよ! 質もいいし、今度は私が作った革靴も持ってくるわね! 自信作なの!」
「え…いいよ売りなよ」
「子供はそんな事気にしないの!」
いいからいいから、とノノアに送り出される。4つしか違わないだろうに…と肩を竦めるが、実際世話になっているので強くは言えなかった。
いつものように森に入り、探索する。短時間でかなり深い部分まで行けるようになった。気配断ちも上達し、走っても獲物に悟られない。
だがそれは慢心だったようで、木の枝を踏んだ音で猪に気づかれてしまった。
かなり興奮している。これは襲われるな、と弓を構えた。
猪は真っ直ぐティファに突進して来る。脳天目掛けて矢を放つが、鼻で弾かれてしまう。
(2ミリズレたな)
衝突の直前、転がって回避する。猪の反転の間にもう一度距離を確保し、二の矢をつがえる。
(目)
次は猪が突進の構えを見せた瞬間。狙いを変えて一閃。左目に命中した。
猪は雄叫びを上げて暴れる。ティファはその隙に接近し、横からナイフで喉笛を切った。猪は力無く倒れ、絶命した。
「このまま血抜きして…解体は向こうでやるか」
家族全員で食べても数日は持つ。冬の備蓄としても収穫は上々だ。
教会に帰ると、子供達が盛大に出迎えてくれた。
「ティファー!」
「お肉だぁ!」
「すごい! こんな大きいの初めて見た!」
子供達に囲まれながら、ティファは猪を地面へ降ろした。西日が血に濡れた毛皮を赤く染めていた。
「今日はご馳走だな」
薪を抱えたカイルまで笑っている。
その日、ティファは家族の英雄だった。




