届かなかった命
森を歩くこと、数日。
運良く小川を見つけられ、水場を離れないよう下流に向かって歩いた。
ティファが火を扱えるようになったことで、食料はある程度補給できていた。
ティファとカイルで罠を作り、ウサギなどの小動物を仕留めてティファが捌く。農家での経験が役に立った。
アンナは木の実を探し、子供達に食べさせる。
それでも全員、徐々に弱っていった。
特に顕著なのは、一番幼いミィデだった。
「ミィ、だいじょうぶ?」
馬上のパチャが心配そうに声を掛ける。ルキが支えているが、返事がない。
「…ッ、大変…!」
アンナが慌ててミィデを抱える。
「ひどい熱…! どうしよう…!」
ミィデはぐったりしている。呼吸は小さく速い。額に触れた手を、アンナはすぐに引っ込めた。
熱に浮かされているのか、時折意味のない言葉を呟いている。
ルキが何度呼んでも、ミィデは目を開けない。
「…!」
治癒魔法は、知らない。例えば氷で冷そうにも、出し方を知らない。
「急ごう、森さえ抜けられれば…!」
数日歩いた。険しさこそあれ、恐ろしい生き物にはまだ出会っていない。比較的穏やかな森のはず。それなら、近くに村や集落があってもおかしくない。
全員で急いだ。足はとうに疲弊している。それでも草を踏み分けティファは進んだ。
日が傾く。じきに夜が来る。
「ティファ…」
「アンナ、悪いけどもう少し…」
アンナは首を横に振る。目元は見えない。
「ミィデが…冷たい…っ」
すぐさま駆け寄る。ミィデは静かだった。
「ミィデ…? ミィ…」
返事はない。頬の赤みは消え、白く凍りついて動かない。
「……」
頬を撫でる。つめたい。
そこに命がないのだと、感じ取るには十分だった。
ルキは大泣きした。パチャも泣いた。アンナも、カイルも。ティファも。
ミィデの遺体は、一際大きな木の根元に埋葬した。
花を供えられなかった。土を被せるだけで精一杯だった。
誰も何も言わなかった。
ルキは泣き疲れて眠り、パチャも静かだった。
その日は誰も歩こうと言わなかった。ティファも言えなかった。
全員で寄り添うように眠った。木々の隙間から差す月明かりだけが、静かに一同を照らしていた。
******
ミィデを失って、更に数日が経った。皆体力は限界だ。
獲物を取り逃す事も増えた。移動用に連れて来た馬だが、最悪の場合こいつも食べる事になるだろう。
それでもまだ、止まる訳にはいかない。
「ティファ…あれ! もしかして…!」
木々の向こうが白く光っていた。眩しくて目を細める。
久しぶりに空が見えた気がした。
最初は日差しだと思った。
だが違う。
どこまでも続くと思っていた森が、その先で途切れている。
誰が最初に走り出したのかはわからなかった。気付けば全員が光へ向かっていた。
「やった…!」
「あれ…ねえ!」
アンナが指差す。丘の上に古びた建物が一軒建っている。
「行ってみよう」
もう、そこしかない。廃墟で構わない。雨風を凌げる屋根さえあれば。
足を引き摺り、ようやく建物に到達した。教会のようだった。
白い壁は所々崩れていたが、それでもどこか神々しく見えた。
馬は適当に繋ぎ、中へ入る。誰もいない。埃を被った長椅子が並び、静けさだけが満ちていた。
何を模した神だろうか。ステンドグラスの光は柔らかい。
安心した途端、ティファ達は次々に倒れ込む。疲労も緊張も、とうに限界だった。
「無信心だけど…ちょっと…世話に…なり…ます…」
そう言って意識を手放した。
******
「…?」
暖かい何かに包まれた気がして、鈍く微睡む。誰かが光を当てている。
「目が覚めたかしら」
修道服…のようなものだろうか。老婆が治癒をしてくれているのだと理解するまで、少し時間が掛かった。
「先に…チビ達を…」
「…安心して。みんな治すわ。あなたが一番酷いから、応急処置だけでも。ね?」
「あり…が…」
言い切る前に、また眠ってしまった。
助かる。大丈夫。そう確信できる程、彼女の光は暖かかった。
******
──あたたかい。
重い瞼を開ける。助かった、と気づいたのは辺りを見回した後だった。
広い部屋。いくつかのベッド。カーテンから柔らかい光が差し込んでいる。
教会の中だろうか。子供達は無事だろうか。ベッドから降りようとした時、騒がしくドアが開いた。
「ティファー!」
「おきてるー!」
「ティファ…! 良かった、本当に…!」
アンナは桶を放り、ルキとパチャに飛びつかれる。どうやらみんな元気らしい。
「あのね、シスターが助けてくれたのよ! 怪我も治してくれて、ご飯もお風呂も…ほら、服まで! カイルは今薪割りを手伝ってるわ!」
尋ねる前に聞きたい事は話してくれた。体もアンナが世話をしてくれたらしい。
「シスターー! ティファおきたーー!」
大声でパチャが呼ぶ。シスターと呼ばれた老女は、静かに部屋を訪れた。
「良かったわ。目が覚めたのね」
意識を手放す前、自分を治癒してくれた人だ。
彼女は慣れた手つきでティファの額に触れた。
次いで頬にも手を添え、小さく頷く。
「うん、熱もないわね。さあ、これからは体力作りよ」
ぱん、と手を叩くと子供達に食事の準備を促した。皆は元気に返事をして、部屋を出ていく。
「…あの」
続くシスターを小さく引き留める。
「助けてくれて…ありがとう」
シスターはまた小さく微笑むと、ティファの隣に座って頭を撫でた。
「どういたしまして」
髪を撫でる手があたたかい。木漏れ日のような、いい匂いがする。
この手が自分を、子供達を、助けてくれた。
「…あの」
「なぁに?」
「治癒魔法…私にも使える…?」
シスターは少し考えてから答える。
「うーん…そうね、マナ学と魔法学の基礎理論を修めて…人体構造を把握できれば簡単な外傷くらいなら癒せるんじゃないかしら」
聞いただけで難しいという事は理解した。それでも。
「教えてください」
自分が知っていれば。治癒魔法を使えたなら。きっとミィデも生きてここに連れて来られた。
ティファの眼差しに、シスターは笑顔で返した。
「…今はとにかく食べましょう。『コーランの剣も空腹には鈍る』ってね」
コーランが誰かは知らないが、言いたい事は伝わった。
食堂には皆が揃っていた。暖かいスープ、肉焼きに野菜のキッシュ。湯気の向こうに並ぶ皆の顔を見て、少しマルコとニーナを思い出した。
「…いただきます」
今日この日の味は、きっと一生忘れない。




