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やどりび  作者: ファット爺
第一章
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叛逆の火種

 ティファは静かに立ち上がる。外は雨の音がする。幌を打つ雨粒が、途切れることなく続いていた。

「…私は逃げる。お前達はどうする」

 カイルが驚いて顔を上げる。

「逃げるってお前…どうやって! 相手は大人だぞ!?」

「殺して馬を奪う。木の破片でも…紐でも何でも使う」

 温度のないティファの眼に、カイルはゾッとした。

「待って…私も行く…!」

 名乗りを上げたのはアンナだった。

「馬は引けるか」

「うん…! 農家だったから…大丈夫!」

「馬が暴れ始めたら大人しくさせてくれ」

「わ、わかった…!」

 パチャ達は目を丸くしている。そのうち、カイルが諦めたように頭を掻いた。

「ああああもう! わかったよ! 俺もやるよ!」

「パチャ」

 ティファはパチャの肩に手を置く。パチャは真っ直ぐにティファを見ている。

「ルキとミィデを守れ。できるな?」

 抱き合う兄妹を見た後、パチャはゆっくり頷いた。

 ああ、やっぱりこの子は賢い。

「よし、いこう」

 ティファは尖った木片と縄を手に取り、荷馬車の幕を開ける。雨と風で視界が悪い。冷たい飛沫が頬を叩く。だが幸いにも、今は雨音が味方をしてくれる。

 幕を伝い、御者席に忍び寄る。──二人いる。

 一人は、確実に、一撃で。狙うなら、首。

(失敗したら皆死ぬ)

 震える手を抑え、位置を確認する。迷っても、躊躇してもいけない。

 心音で耳が痛む。呼吸が乱れる。

(殺す…ちゃんと殺す…!)

 でないと誰も助からない。言い聞かせるうち、怒りは冷たい殺意になった。

 雷が落ちる。稲光が一瞬、御者の背中を白く浮かび上がらせた。同時にティファが飛び出す。

 木片は商人の首深くに突き刺さり、血飛沫を上げて崩れた。生温かい飛沫が雨と混ざって頬を伝う。

「は…? おい!」

 狼狽えたもう一人も、すかさず馬車から突き落とす。

「このガキ…いつの間に…ッ」

 首に縄を掛けようとしたが突き飛ばされた。体格では勝てない。ナイフを取り出した男はティファににじり寄る。

「せっかくの商品だったのに…!」

 失敗。今度こそ死ぬ。

 男は腕を振り上げる。──避けられない。

 そう思った瞬間、鈍い音と共に男はぐらついた。

 後ろには岩を持ったカイルがいた。

 思考の間もなく、ティファは男の首に縄を掛ける。まだ死んでない。確実に、殺さなくては。

「ゼェ…ハァ…ハァ…!」

 死んだだろうか。本当に。起きて来ないだろうか。

 手の震えが止まらない。寒い。雨に打たれ続けた体は、とうに感覚が薄れかけていた。

「──…ファ! ティファ!」

 ああ。自分の名前だ。呼んでいたのはカイルだった。

「おい、大丈夫か!?」

「馬もなんとか…ティファ、平気…?」

 馬を引いたアンナも声を掛ける。雨はまだ止まない。

「だい…じょうぶ…荷馬車の幕剥がせるか?」

「できると思うけど…」

「追っ手が来るかもしれない。森に入ってテント代わりにしよう」

 カイルは急いで幕を剥がし、担いだ。幼い子供は馬に乗せ、アンナが引く。ティファは商人の遺体からナイフを持ち出し、先頭を歩いた。

 森の中で雨宿りに適した場所など、そうそう都合良くは見つからない。獣道で疲弊する前に、木の枝に幕を掛けて簡易テントを作った。

「ねえティファ…これから…どこにいくの?」

 パチャが不安そうに尋ねる。

「…わからない」

 行く当てなどない。でも奴隷になるよりはマシだと信じたい。

 だが雨は残酷にも子供達の体力を奪っていく。身を寄せ合っても寒さを凌ぎきれない。血が固まっていく。

(血…)

 例えば、指先から血が滴るように。

 それを、もっと、強く。吹き出すように。

「…カイル」

「…なんだ?」

「まだ動けるか?」

 濡れていない枝、落ち葉、この際服でも何でもいい。何か、とにかく燃やせる物を。

 何とか集めた燃料を石で囲う。そこに手を翳してみる。

「なにするの?」

 ルキが不思議そうに見ている。ミィデはぐったりしている。早くしないと危ない。

(手から…指から…血が吹き出すように…)

 冷たい。血が巡っていないのはわかる。だがマナとは血液とも神経とも違うらしい。

 どれだ。どこだ。

 心音が聞こえる。雨音に混じって妙に静かだった。その奥で小さく弾けた音がした。

 指先の奥で何かが脈打った。

(ああ…これだ)

ボッ

「わあ!」

「火だぁ!」

「ティファ魔法使えたの!?」

 子供達は大喜びだった。小さな炎が濡れた顔を橙色に照らし出す。言いたい事は色々あるが、とにかく疲れた。

「悪い…ちょっと寝る…」

 雨はいつの間にか止んでいた。

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