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やどりび  作者: ファット爺
第一章
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選べない未来

 言葉がわからないのは不便だった。

 治療の合間に言葉を教わり、少しずつこの世界の会話を覚えた。

 ある日、自分が「ティファ」と呼ばれていることに気づく。

 文字を覚えた頃には、古い机や服にも同じ名前が残されていることを知った。おそらくこの家にいた誰かの名前なのだろう。

 与えられた服は少し大きい。──歳の近い、娘がいたのだろうか。

 だが、そのことは詳しく聞かなかった。


 あれから五年が経った。

 春には畑を耕し、夏には草を刈り、秋には収穫を手伝う。土の匂い、刈った草の青臭さ、実った麦の乾いた匂い。季節ごとに移り変わる匂いを、随分覚えた気がする。

 家畜の世話や、山菜採りも覚えた。

 言葉も随分流暢になり、農業も指示無しで手伝える程に成長した。

 家畜の解体だけはどうにも苦手だったが、世話になっている以上は、向き合わざるを得なかった。

 殺し、奪い、捌き、食べる。

 その度に「いただきます」に力を込めた。

 前世での労働は苦痛でしかなかった。休んでも疲れが取れない、眠れない。

 それが今はどうだ。どれだけ体を動かし、疲れていようが一瞬で眠れる。倦怠感も残らない。

「子供の体ってすごい…」

 どこか他人事に呟きながら、雲を見上げる。今日もよく晴れている。乾いた風が畑の土埃を巻き上げていった。

「意外と…天職かもなぁ…」

 残りの飼料を片付けようと視線を落とすと、家の前にローブの男が二人来ていた。

「初めて見るな…新しい商人さんかな」

 男達はマルコ夫妻としばらく何か話して帰って行った。胸のブローチが印象的だった。

 マルコ夫妻の表情は、どこか暗かった。

「おじさん。餌やり終わったよ」

「あ、ああ…ありがとう、ティファ」

「……?」

 五年前の神災からこっち、辺境での流通は途絶え、復旧の目処も立たないままだという。

 村へ商人が来ることは滅多になかった。来たとしても塩や布を少し交換するだけだ。

 牛や羊を売りたくても買い手は見つからず、冬を越せないと判断されれば泣く泣く潰す事もあった。

「ティファ、今日も勉強するの?」

「うん。魔法学の本買ってくれてありがとう」

「そう…あまり遅くならないうちに眠りなさいね」

「わかった、ニーナおばさん」

 部屋に戻り、ランプを灯す。橙色の灯りが古い蔵書を照らし出す。表紙を捲るたび、紙の湿った匂いが鼻をくすぐった。

「魔道…から出力…マナ操作の方法…は…」

 ゲームでいうMPの事だろうか。どんなゲームだったかは、もう記憶が曖昧だ。

「マナの出力先…は…手や指先が好ましい…」

 つまり、血のようなもの。魔核という臓器で作られ、全身を巡っている。

「出力先は…手…指…」

 自分の指を見る。

 マナの存在は感じられない。それでも血液だと思えば想像はしやすい。

 例えば、指先から血が溢れるように。

 ──パチッ。

「わっ」

 静電気だと思った。指先が僅かに痛む。

「まぁ、急に使えたら苦労しないよね」

 本を閉じて灯りを消す。きっと明日も忙しい。

 温かい布団に潜り、ティファは眠りに就いた。



******



 子供の体はよく眠れる。だから何も気づかなかった。

「……ッ!?」

 体の異変で目を覚ますと、口は既に塞がれていた。今日は月がない。何も見えない。

 大きい何かが自分を襲っている。足掻きもがいても敵わない。

 あっという間に手足を縛られる。抱えられる仕草から人である事を察した。

(おじさん…おばさん…っ!)

 無事だろうか。担がれたまま明かりの灯る部屋を見遣る。通り過ぎる一瞬、夫婦の姿を確認した。

 二人は泣いていた。テーブルで項垂れるマルコを、ニーナが抱くように。

 ティファは理解した。自分は売られたのだと。

「大人しくしてろ」

 荷馬車に投げ入れられる。板の隙間から夜風が吹き込み、藁の匂いと汗の匂いが鼻を突いた。よく見ると、それは昼間に見たローブの男だった。

 生活、苦しそうだったもんな。それでも食べさせてくれた。本を買ってくれた。恨みなんてない。

 ただ、悲しい。なぜか涙は出ない。

「大丈夫?」

 荷馬車が走り出す。車輪が石を踏むたび、体が跳ねて縄が食い込んだ。同じように売られた子供だろうか。少し年上であろう少女が縄を外してくれた。

「揺れるから。これくらいは…ね」

 似たような境遇なのだろう。目元が寂しい。

 暗闇に目が慣れると、他にも子供がいる事に気づく。皆どこか不安気で、自分がこれからどこに行くのかは想像に難くなかった。

 ああ、なんて重苦しい。この世の不条理を詰め込んだような空気。

(なんか…そんな歌なかったっけ…)

 曲名はもう思い出せない。なぜだか耳に残っているメロディーを、そのまま口ずさむ。

「わ、すてき。いいおうたね。なんておうた?」

 無邪気な声がする。話しかけてきたのは、パチャという女の子だった。

「さあ…なんだったかな…」

「しらないの? へんなの」

「…随分呑気なんだな」

 これから奴隷になるにしては、明るい子だった。この年頃なら、きっと肉親であっただろうに。

「やめとけよ。まだ小さいんだから。これからどうなるかなんてわかっちゃいねえよ」

 少年はカイルと名乗った。先程縄を解いてくれたアンナと同い年だという。

「カイルも…?」

「…みんなそんなもんだよ。世界的に奴隷制度が廃止されたって、欲しがる奴は欲しがるし売る奴は売るんだ」

 妙に達観した少年に見えた。彼にもきっと事情があるのだろう。

「…アンナもか」

「うん…うちは作物が育たなくて…小さい弟や妹もいたし」

 近くにいた幼い子供達をぎゅっと抱き締める。

「ちょうど、君達くらいの」

「わー」

「なーにー」

 抱き締められた二人は兄妹だという。兄のルキ、妹のミィデ。

 売ったところで、働けもしないだろうに。

「ねえ、おねえちゃんのおなまえは?」

「……」

「ないの?」

「…ティファ」

「きれいななまえ」

「…私もそう思う」

 パチャの明るさに少し救われた。これから奴隷生活が待っているとしても、きっともう簡単に自死は選ばない。

 自分だけなら、きっとそれで良かった。

「パチャは…」

「なーに?」

「パチャはどうなる?」

「おい…!」

 カイルに制止されるも、聞かずにはいられなかった。

 パチャだけではない。ルキも、ミィデも。こんな小さい子供が、自分と同じ奴隷になるのだ。

「パチャはねえ、おかあさんのためにいくの。パチャはとおくにいくけど、パチャががんばるとおかあさんよろこぶんだぁ」

 うれしいの。パチャは無邪気に笑う。暗い荷馬車の中で、その笑顔だけが妙に白く浮かんで見えた。

 カイルはわかってないと言った。幼い子供が、奴隷のなんたるかなど。

 ティファはパチャの目を見る。パチャの笑顔は少しも揺れていなかった。

 違う、この子は。

(知ってる)

 わかってる。きっと知っている。自分がこれから、どこへ向かうのか。その先も。

 全部わかった上で笑っている。

(こんな…子供が…?)

 ティファはパチャを抱き締めた。──小さい。細い。怖いくらいに軽い。

(未来を…選べない…?)

 ティファの中で何かが目覚める。

(そんな…そんな事が…)

 それは祝福の発芽には程遠く、暗く悍ましい。

(あってたまるか!!!)

 純然たる怒りだった。

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― 新着の感想 ―
xから来ました。 とても素敵な冒頭ですね!そして、ナーロッパのここ都合良すやろ!を削ぎ落とした作品が見ていて気持ちがいいです。 また、文章も上手でお話がスルスル入りました。ブクマしておきますね!
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