開戦
火花が散る。拮抗した力の反動で後ろに飛び退くと、乾いた土が砂を巻き上げた。舞い上がった土埃の向こうで、倒れた桃の甘い匂いが鼻を突く。
ティファは双剣を構え、二人を見据える。ネツァクは嬉しそうに両の拳を突き合わせている。その度に鈍い金属音が響いた。マルクトはティファを一瞥した後、手元に視線を戻して陣を描き続ける。
(二対一か……誰か呼んでから来るべきだったな)
自分の軽率さに冷や汗が流れた。子供達を見た瞬間、矢を放っていた。
ネツァクの後ろで震える子供達の周りは、ローブを着た者が数人。逃がさぬように囲んでいる。そのローブの胸のブローチがきらりと光った時、ティファの記憶が甦る。
(あの意匠──)
大木を模した特徴的な意匠。確かに見覚えがあった。マルコ夫妻のところに来ていた、二人組のローブの男。──自分を攫った男達。
(──つまり同じ組織だったと)
髪が逆立つ。自然とマナが溢れ出る。あの時の自分やパチャ達の未来が、今そこにいる子供達だったと、ティファは理解した。
腹の底が煮え滾るように熱い。握った柄がぎりりと軋んだ。
しかし、感情に任せて突撃する訳にもいかない。ティファは深く息を吸ってマナを抑え、思考を重ねた。
今は連絡用の通信機もない。どうにかして皆に伝えないとと考える内、ネツァクが口を開いた。
「おうおう。威勢がいいのぉ。黒マント……じゃがお前さんが黒騎士かや?」
「……そいつを探してるなら呼んで来てもいいけど」
口振りからレイヴンを知っていることを察した。目の前の男の体格は、ガジ程ではないが明らかなパワー型。鍛え上げられた筋肉を惜しみなく露出し、武器らしい物は鋼鉄の手甲のみ。余程自信があると見える。
一方で陣を描いている子供は小さく幼い。サマラ族ではなさそうだが、見た目で判断すると痛い目を見るだろうな、とティファは注意深く観察した。
「おうおう、知り合いかや。強いなら会ってみたいもんじゃのう」
「ネツァク。君は何の為についてきたの」
マルクトは手を止めずに、ぴしゃりと言い放った。ネツァクは口を尖らせ、頭の後ろで手を組んだ。
「融通が効かんのぉ、マルクトやい」
「邪魔になるからあっちでやって。陣壊したら殺すよ」
一度離れて仲間を呼んで来るのは、もう不可能らしい。ティファは双剣を握り締め、低く構えた。
ネツァクの後ろには子供もいる。どうにかして離さなければならない。さらに周りは実りを迎えた果樹畑。炎はあまり使えないな、とカウンター狙いで攻撃を待った。
「なんじゃー来んのか。ならこっちから行くぞ」
耐え兼ねたネツァクがぐっと土を踏み締める。地を蹴ったと思った瞬間、突風が弾けた。ネツァクがいた場所の地面は抉れている。
(え、はやっ──……)
次の瞬間には間合いを詰められていた。拳が目の前に来ている。ティファは身を捻り、咄嗟に剣で受けた。
「おっも……ッ!」
しかし勢いのまま吹き飛ばされた。背後の果樹に衝突し、樹木がへし折れる。背骨が痛む。口の中で血の味がする。枝葉と桃の実が、ばらばらと頭上から降り注いだ。
「ガジの比じゃないな……っ」
口元を拭い、立ち上がる間もなくネツァクの追撃が来る。拳は地面へ叩き込まれ、土がめくれ上がる。ティファは転がるようにそれを避け、地面を蹴って距離を取った。
「なんじゃー。避けてばっかりか?」
たったの二撃。それだけで実力の差を思い知らされた気分だった。
力もスピードも敵わない。かと言ってまた体を壊すような無茶はできず、舞を舞う暇などもっとない。
どうにか誰かに知らせなくては、とティファは思考を巡らせる。
(とにかく距離を取らないと……ッ)
ティファは双剣から魔弓に持ち換え、後方へ退いた。弓を展開し、弦が形成されると限界まで引く。
「ほー。さっきのはこれかや」
ネツァクは余裕そうに腰に手を当て、ティファの攻撃を待っている。ティファは矢を放つが、ネツァクは避けるでもなく矢を掴んで止めてしまった。
「遅いのー。他にタネはないんか」
「ご所望なら」
ティファは再度弓を引く。今度は矢に炎を纏わせ、複数の矢を一斉に放った。
しかし、ネツァクはそれも拳を回しただけで全て叩き落とす。ティファの矢は一本も届かなかった。
「これだけか? 芸がないのう」
「……」
ネツァクは戦いを楽しむタイプのようで、ティファの技を退屈そうに見ている。最初の攻撃以降、勝ちを確信しているのか、積極的にティファを追う様子もない。
(おかげで試せることはいっぱいある)
ティファはもう一度弓を引いた。先よりもさらに特大の炎を纏わせた一矢。──これなら、町からでも見える。その矢を、上空に向かって放った。
ネツァクは不思議そうに空を見る。
「なんじゃ? どこに向かって──……」
放たれた矢は上空で爆炎となり、弾けた。轟音と共に、雨のように火の矢が降り注ぐ。
「ははっ! 面白いことするのう!」
すかさずティファは二の矢で追撃する。撃ち続けられる無数の矢を、ネツァクは悉く弾き叩き落としていく。先に放った火の矢が果樹に燃え移り、それは少しずつ広がっていった。焦げた果実の匂いが、辺りに立ち込める。
ティファの額に汗が滲む。息が上がる。連続でマナの矢を放出し続けるのは、双剣よりもずっと体力を削った。弦を引く指先が痺れ、視界の端がちらつき始める。
連射が緩んだ瞬間、ネツァクが突進してくる。武器の入れ換えは間に合わず、左腕で拳をガードするが、ティファの骨はめきめきと鈍い音を立てた。そのまま再び吹き飛ばされ、ティファは勢いよく地面に跳ね転がる。
「……ッ、ガード意味ないな……」
歯を食い縛り、起き上がりながら双剣を取り出し、柄尻を連結させて右手だけで持つ。左手はまだ完全に折れてはいないようだが、もうあまり使い物にならない。だらりと垂れた腕から、じんじんと痛みが広がっていく。
「まだ立つかや! 根性あるのう娘!」
ネツァクは嬉しそうに拳を突き合わせる。カウンターもろくに決められないままでは、避け続けるしかない、とティファは剣を構えた。
ネツァクが向かって来る。ティファのこめかみに汗が一筋流れる。
その時、横合いから槍が飛んで来た。
ネツァクは間一髪のところで槍を掴むと、上空からトリューが柄尻を押さえ込むように降って来る。ネツァクは槍を掴み切れず、穂先はその胴に突き刺さった。トリューはそのまま槍を引き抜き、ネツァクを蹴り飛ばして着地する。
「ガジは?」
「いない。お前何で呼んで来なかった」
「爆発の音聞いてすぐ来たんだもんよ」
「呼べよ! 何の為に知らせたと!」
「音だけでわかるかそんなもん!」
額をぶつけ合って言い合うが、ネツァクが起き上がるのを見て構え直す。腹から血を流しているが、どうも効いているように見えない。先程燃え移った火も大きくなり始めた。
「とりあえず消火してくれ」
「貸しひとつだぞ」
******
一方、ラ・ターシュ邸広間では。
白衣を着た学者に、レイヴンが大剣を突きつけていた。学者の男は両手を挙げ、震えた目でシャルを見ている。その横ではリコが腰に手を当てて鼻を鳴らしていた。重たい沈黙の中、磨かれた床に刃の光が冷たく映り込んでいる。
「シャルティエ坊っちゃま……これはどういう……」
「非常に残念だよ、モーリス博士。貴方は優秀な学者であり、我がロマーニの誇りだった」
シャルは目を伏せ、俯いた。手には茶色く変色し、痛んだ葡萄の実が乗っている。握り締めた指の関節が、白くなっていた。
「不作時の作物が残ってて良かったわ。倉庫の物は全部処分したみたいだけど、シャルが研究用にって残しておいた分は見逃したのね」
「倉庫の管理記録にも君の名前が残っていたよ。ラ・ターシュの教育は行き届いているな」
モーリスは青い顔をして首を横に振っている。額には脂汗が滲み、白衣の裾がぶるぶると震えていた。
「ま、まだそれだけで私が犯人だとは……!」
「残念だが証拠を揃えて問いに来ている」
シャルは使用人から紙束を受け取り、モーリスに見せた。
「君の研究室も調べさせてもらった。この水質変化の魔法をリコが再現したところ……枯れた作物と同じマナ成分が検出できたよ」
モーリスはひゅっと息を飲んだ。リコは俯き、寂しげな顔をしている。
「本当に馬鹿なことをしたものだわ。正しく使えば泥水を飲み水に変えることだってできたでしょうに……」
きっと多くが救われた、とリコは続けた。シャルとレイヴンも、同じように悲しい目をしている。
「魔法で生成した水は生活水に使えんからな」
レイヴンが低く補足した。いつもの陽気さはなく、剣を握る手に静かな怒りが滲んでいる。
「六属性の中でも、水魔法の使い手はギルドや国に厳重に管理されている。……どのみち厳罰は免れない」
シャルが静かに告げる。震える手を下ろし、モーリスは崩れ落ちた。それを見てレイヴンは剣を納める。シャルは一歩前に出て、モーリスの前に膝を突いた。
「教えてくれ博士。なぜこんなことをしたんだ」
モーリスは項垂れたまま、掠れた声で小さく呟いた。
「──だったんだ」
「なんですって?」
「〝アルカナ〟に昇格させてやると……そう言われたんだ……」
モーリスは涙ながらに続けた。聖女教の信徒は、一般信徒をまとめる上位の〝アルカナ〟がおり、さらに上位の最高幹部である十人の〝セフィラ〟で構成されている。
「上位に近づく程聖女様の恩恵を受けられる……幸福を約束される……私は聖女様にお会いしたかった……!」
モーリスは顔を覆った。慟哭に近い泣き声を、皆黙って聞いている。大きな窓の外では、何も知らない葡萄畑が穏やかに風に揺れていた。
そこで広間の扉が荒々しく開かれた。ガジが息を切らせて現れる。
「おう、全員いるか」
「何かあったのか?」
「ティファが戦ってるみてえだ。来てくれ」
爆炎の轟音を聞き、異変を察知したガジは全員に知らせに来ていた。リコ達はすぐさま屋敷を後にする。
「博士の処罰は後だ。拘束を頼んだぞ。父にも知らせてくれ」
「承知しました」
「来れる者も全員来てくれ。何人いるかわからない」
「お任せを!」
衛兵に簡潔に指示を出して、シャルも走った。靴音が長い廊下に反響する。遠く丘の方角には、黒い煙が細く立ち昇っていた。戦闘は既に始まっている。




