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やどりび  作者: ファット爺
第八章
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終幕

 ──砂埃が舞っている。

 力を使い果たした皆は、全員その場に倒れ込む。傷も深い。静かな荒野で、リコの戦いだけがまだ続いている。

 リコはミルロに駆け寄った。全身、ボロボロだった。一秒の猶予もない。すぐさまマナで包むが、光が小さすぎる。

(マナが足りない……ッ、治せない……!)

 焦りで指先が震える。リコは唇を噛み、髪飾りから薬瓶を取り出してミルロに飲ませた。

 飲めば全回復できるような便利な薬など、この世界に存在しない。緊急用の止血薬、強心剤、何でも使った。額には玉のような汗が浮かんでいる。

 そこへシャルが足を引き摺り、側にしゃがむ。

「治せそうか」

「マナが足りないの。手持ちの薬で何とかするしかないわ。それでも早く運ばないと──……」

「わかった。使ってくれ」

 シャルはリコに手を翳す。光が繋がり、シャルからリコにマナが移っていく。みるみる顔色が悪くなっていくのに、シャルは手を下ろさなかった。

「すまない……僕にはこんなことくらいしか……」

「十分よ。あなたももう休んでて」

 リコは受け取ったマナで治療を始める。小さな手が、一度も止まることなくミルロの傷を押さえ続けた。遠くから飛空艇の音がした。ロプサンが寄越した救援だった。

 全員大型の飛空艇に乗せられ、戦場跡には再び静寂が戻った。風が吹き抜け、焼け焦げた大地の上を砂だけが転がっていく。



******



 治療は中央都市の医命館で行われた。最も重傷だったミルロは、緊急救命室に運ばれて行った。

 最新の医療設備が整っているらしい。スコーグスローの医命館には行ったことがあるが、ドルサにも優秀な医者と研究者が揃っているという。消毒薬の匂いが漂う白い廊下を、白衣の人々が足早に行き交っていた。

 処置を終えたティファ達も、一先ずそこで療養することになった。シャルとクバトは、未だ目を覚まさないミルロをずっと見守っていた。クバトは壁にもたれて腕を組み、シャルは椅子の背に手を置いたまま、二人とも一言も発さない。

 患者用の簡素な服に着替えたティファは、その様子を見て、邪魔をしないようそっと部屋を後にした。

 自分の部屋に戻ると、何だか騒がしい。中を見ると、リコと白衣の医者達がトリューを囲んでいた。隣のベッドでガジが呆れている。

「嫌だ! 病気じゃねえじゃん!」

「何回言ったらわかるの! 全員必要だって言ってるでしょ!」

「やーだー!」

 トリューは布団を頭から被り、必死にシーツにしがみついている。リコが腰に手を当てて仁王立ちしている姿は、小さくとも迫力があった。

「まだやってるのか」

「トリューが採血を嫌がってな……」

 ガジは頬杖をつき、諦めたような顔でその光景を眺めている。昨日は神と戦っていたというのに。

 呆れながらティファもベッドに座る。最終的に複数人で取り押さえられ、リコに強引に採血をされていた。

「いーたーいー!」

「はい終わり。動かないの」

 腕を押さえて泣きそうになっているトリューを見て、ティファは小さく吹き出した。

「ミルロはどうだった」

「まだ目を覚まさない。シャルとクバトが見てるよ」

「そうか……」

 ガジは短く答えて、窓の外へ目を向けた。

 命を懸けると、確かにそう言った。しかし、ティファには疑問だった。

 鎖魄衆の総帥。絶式まで扱えるほどの高等魔道師。ロプサンやチャミ、国の中枢からも信頼を得ている。クバトの様子を見る限り、仲間からの信頼も厚い。

 そんな人物がなぜ、自分の命を簡単に対価に差し出してしまえるのだろう。自分の命を軽く扱うことを、ティファのように咎められはしないのだろうか。

 窓の外では、中央都市の灯りが夜に滲んでいた。



 ミルロに目が覚めたと聞き、部屋を訪れると既にチャミやロプサンも見舞いに来ていた。他の皆も揃っている。

「やあ。少し長く眠り過ぎたようだ。年甲斐もなくはしゃいだ反動は厳しいね」

 ミルロは相変わらず飄々としていた。傷はすっかり癒えているが、繋がれた点滴がまだ痛々しい。

 チャミはベッドの端に腰掛け、いつもの軽口も忘れたようにそっとミルロの頭を撫でている。ロプサンは少し離れた場所で、安堵の息を吐いた。

「せっかく集まってくれたんだ。紅茶がないのが寂しいが、このまま報酬といこうか。約束通り、君達の大切なものに関する情報は新しく入手次第、こちらから随時報告させてもらう。そして竜の眼──その封印場所だね」

 窓際に座るトリューの目が変わる。長く追って来た竜の眼。ようやくその場所に辿り着ける。

「まずひとつ。左眼は既に灯火の連中に奪われている。何の目的かは知らないが……奴らを追う過程で必ず出会えることだろう。奪ったのはビナーという男だ。聖女教中央評議会の一人。要注意人物だぞ」

 聖女教──灯火。エレノアが亡くなる直接的な原因を作り、今シャルの故郷を蝕む原因にもなった連中。まだ得体が知れない組織だが、明確な敵であることは間違いなさそうだ。ガジの肩が、ほんの僅かに強張ったのが見えた。

「もう片方の右眼はここからさらに西方。ゴア大陸のエンカラの里に封印されている。酋長には私から紹介状を書こう」

 里の名を聞いたガジがぴくりと反応する。

「エンカラの民……大丈夫かそいつら」

「そうか、君はグリウスの民だったね。大丈夫。打ち解ければ気のいい連中だよ」

「……どうだろうな」

 ガジは何か知っているような口振りだった。腕を組んで、眉間に深い皺を寄せている。

「それから、ラ・ターシュ卿。君にはロマーニへの支援をしなくてはね」

「……シャルでいい。その話だが、報酬を変更してもらいたい」

「ほう? 何をお望みかな?」

「……僕を鎖魄衆に入れてほしい」

 シャルは低く呟いた。ひとつ息を吸い、背筋を真っ直ぐに伸ばす。しかしその眼差しは鋭く、黄金色の瞳が燃えている。

「貴方の覚悟は受け取った。その信念も。その上で、僕は自分自身の目で真実を見極めたい。灯火が元凶というなら……その目的まで」

 迷いのない声だった。凛と立つ姿は貴族然としている。

「僕個人の力では限界がある。その為に利用できるものなら……全て使わせてもらう」

「ふふ……随分と正直に言うね。もちろん歓迎するとも」

 シャルの覚悟を受け取ったように、ミルロは笑った。その様子を、クバトが壁際から静かに見守っている。

「なら、ロマーニには俺は行かなくていいな」

「ああ。シャルに鎖魄衆として行ってもらう。情報も全て共有しよう」

「クバト行かないの?」

「別の任務があるんだ。元々ニンチェン討伐も俺の仕事ではなかった」

「依頼する予定の者がどうしても捕まらなくてね……彼の奔放さにも困ったものだ」

 珍しくミルロが嘆息して頭を抱えている。額に手を当てる仕草が、年相応の疲れを滲ませていた。

「鎖魄衆にもミルロで手に負えない奴いるんだな」

「いや……彼はうちに所属はしていない。知識と実力は確かなので頼りになるのだが……まぁ癖が強くてね。連絡はしておくので、道中でもし会ったら拾ってやってくれ」

 シャルにそう伝えると、ミルロはクバトに紙とペンを要求した。エンカラへの紹介状を書いてくれると言う。ペン先が紙を走る小さな音だけが、静かな病室に響いた。

 その言葉を聞いたトリューは、一歩前に出た。

「なぁ。ロマーニってどこにあんの?」

「ゴア大陸の東だよ。ここからだと、海を渡ってしばらくかな」

「じゃあさ、先にそっち行ってもいいよな」

 な。トリューはティファ達を見て、にっと笑った。シャルは目を丸くして、思わず一歩前に踏み出した。

「えっと……手伝ってくれるのかい?」

「うん。シャルには世話になったし。俺急いでねえし」

「トリューがいいならいいよ」

「灯火が関係してんなら俺も用あるしな」

「いいじゃない。ロマーニのワイン興味あるわ」

 口々に答える仲間達を見回して、シャルは耳を震わせ、じわりと顔を綻ばせた。

「ありがとう……! 誰より頼もしいよ……!」

 貴族の癖に飾らない。少しでき過ぎた人柄は、ロマーニという土地でどう育ったのだろう。

 トリューの手を取って喜ぶシャルの笑顔に、ティファも少し釣られた。窓の外、澄んだ空に朝の光が満ちていた。

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