花嵐
蠢く大地。吹き荒れる突風。鈍い金属音はやけに遠い。
(だからって……ただ突っ立ってていい訳ない)
ティファはマントを翻し、地を蹴った。振り回されるニンチェンの杖を避けながら、少しずつ剣撃を与えていく。
力ではガジに敵わない。スピードや瞬発力もトリューに劣る。魔法ではリコに、技術ではクバトに。器用さではシャルに、頭脳ではミルロに。ここにいる誰もが、全てにおいてティファを上回る。
(ないものばかり数えるな。考えろ……考えろ)
時に突風に煽られ、鎌風に身を斬られながらも思考と攻撃を緩めない。
ガジが正面で耐えている。ミルロが魔法を止めてくれている。今全員で削り切るしかない。
(考えろ、思い出せ。私は今まで何を得た)
炎魔法──は既に双剣に纏わせている。弓は接近戦のこの状況ではアドバンテージがない。一撃の火力も剣に劣る。回復も今は使える状況ではない。
ひとつひとつ、本を捲るように覚えてきた記憶を探す。舞──は、まだ実践で使えるレベルではない。
ふと、ニンチェンの言葉が甦る。
『私はヒトの祈りによって再び形を得たのだ』
確かに、そう言っていた。──祈り。祈祷。教わった舞の、基本形。
攻撃の手は一切緩めないまま、地獄の三日間を思い返す。
──ティファは大の字になって、短い休憩中に疲弊した体を休めていた。マヤに水袋を差し出され、一気に飲み干す。渇いた内腑によく染みた。
少し冷えた頭で、先程カミラに指摘された内容を反芻する。
『ちっとも感情が込もってないわ! もっと自分を表現なさい!』
隣に座るマヤに視線を向ける。マヤも指導は聞いていた。汗を拭いながらマヤに尋ねてみる。
「……表現って何」
マヤの耳がぴこんと揺れた。大きな瞳がティファを捉えると、嬉しそうに微笑む。
「そんなに難しく考えなくていいんじゃないかなぁ。大事なのは〝なりきる〟ことだと思うよ」
「何に?」
「うーん……蝶の舞だったら蝶に、月の舞だったら月にって感じ」
「月は動かない」
実際見える形は変わるし沈んだり上ったりはしているが、教わった月の舞型もどの辺が月なのかよくわからなかった。言われた通りに体を動かしているだけで、しかしそれでも精一杯だった。
マヤは「あはは」と悪戯っぽく笑う。小さく見えた犬歯が愛らしい。
「わからなくてもいいと思うよ。ティファが『こう思った』って気持ちは、そのまま舞に乗るから」
「それが表現?」
「歌や躍りってね、伝える為の手段なんだ。可笑しいと笑うみたいに、悲しいと涙が出るみたいに。昔は言葉が通じない神様達の為に、歌や躍りを通して人々の気持ちを伝えようとしたんだって」
それは願いであり、祈りであり、感謝であり、怒りでもあった。自然災害が神の所業と考えられていた頃、姿が見えない神々への伝達手段として、魔方陣が組み込まれた舞が編み出されたのだという。
それらが時を経て庶民の娯楽へと変化する過程で、様々な舞型が派生したらしい。
「歴史や意味も大事だけど、私は今のティファがどんな気持ちで踊るかの方がずっと大事なんじゃないかなって思うなぁ」
「……報酬」
「あはは! 財縁の舞には力入りそうだねー」
そんなことを言い合って笑った。そんな夜だった。
(あの時は──戦うイメージしかなかった。舞型の意味も……よくわからなかった)
舞台では、ただ必死だった。失敗できない。成功させなければならない。だが、覚えた舞を舞うだけでは、到底人の心は動かないと理解していた。
観衆の視線がやけに肌に焦げついたのを覚えている。初めて双剣で──熊に出会った時に似ていた。すぐ隣に死が口を開いているのに、頭は嫌に冷静で。
そんな綱渡りの中、酷く高揚したのも覚えている。
「ティファ!」
一瞬気を取られた。ニンチェンの放つ突風が刃になる。回避が遅れてリコの結界に守られるが、結界は砕けティファの体を斬り裂いた。
──ニンチェン。人々の祈りによって顕現した山神であり武神。全員で攻撃しているのに、未だ衰えを見せない。
裂けた体から血が滴る。ティファは後方に飛び、一度距離を取った。
(あいつが、祈りが寄り集まって形作られた存在なら……)
ティファは砕けた岩の上に飛び乗った。岩の棘や蠢く地面のせいで足場は相当に悪い。それでも、やってみるしかない。
「ミルロ」
ティファは双剣を指輪にしまった。呼ばれたミルロが視線だけ寄越した。息を切らし、目や鼻から血が流れている。もう長く持たない。
「やってみたいことがある。少し抜けるぞ」
ひとつ深呼吸をして、ティファは構えた。目を閉じ、両手を広げ、指先までしなやかに。周囲の喧騒が、一瞬だけ遠くなる。
「──風の舞、乱。『花嵐』」
爪先が円を描いて地を撫でる。耳の奥でフィドルが跳ねる。同時にティファは地を蹴り、舞い上がる。緩やかに、軽やかに。
『指先まで神経を届かせなさい!』
肘を下げない、膝を割らない。カミラの教えを忠実に守り、舞う。淡い光はティファを追い、包み弾ける。
(散れ、散らせ。花を散らして季節を変えろ)
ティファはマヤに教わった舞型に込められた祈りを、そのまま実践した。やがて淡い光は強くティファに宿っていく。
(奪え、散らせ。届け、届け)
そして祈りは形を得る。ニンチェンの顔にぴきりと亀裂が入った。誰かの攻撃ではなかった。
「なんだ……?」
ニンチェンの体の亀裂が徐々に大きくなっていく。ひび割れた箇所から、マナが漏れ出ている。
好機と見たガジがさらに強烈な一撃を繰り出す。白馬が盾となって本体にはダメージが見えないが、倒れた白馬が立ち上がることはなかった。
「クバト!」
ミルロの声が響く。声が掠れて咳が混じっている。
「ティファを守れ!」
一瞬戸惑ったクバトだったが、即座に指示に従う。やや後方で舞い続けるティファを認めると、すぐにニンチェンから離れた。
「すまんね……ッ、緊急につき敬称は省かせてもらうよ……ッ!」
「気にすんな」
自身の異変に気づいたニンチェンは、クバトの様子からその原因がティファにあることを察した。嬉しそうに口角を上げ、高らかな笑いが響く。
「面白い! 私からマナを奪おうというのか!」
「気づかれた」
「防ぐ。お前は奪い続けろ。ミルロももう限界だ」
ニンチェンの杖がティファに向けられる。上空の暗雲が再び雷鳴を轟かせている。──クバトだけでは守りきれない。
「よそ見すんなっつったろ」
「ティファの邪魔すんな」
ガジの一閃、トリューの突撃が同時にニンチェンを抉る。杖は逸れ、雷撃は明後日の方向へと落ちていった。そこへ、ティファの元へリコが駆け寄る。
「行っていいわよクバト。守るなら私の方が適任だわ」
「助かる」
クバトはリコと交代して駆けて行く。リコも肩で呼吸する程に消耗していた。ただでさえ消費が激しい防護魔法を、全員に随時展開している。
「それ、体への負担は?」
「どうだろうな……初めて使う」
「いいわ。どのみちそれしか攻略法がなさそうだもの」
事実、同じ型を舞い続けるだけでもかなりの疲労だった。神という膨大なマナを相手にしているからなのか、魔方陣の効果なのかはまだわからない。少しでも気を緩めれば、型が破綻しそうになる。
ニンチェンは馬を失い形こそ崩れかけているものの、未だ楽しそうに杖を振るっている。逆にこちら側は全員が既に疲弊し、ボロボロの状態だった。
それでもティファがニンチェンのマナを奪い散らすことで光明が差した。先に削り切った方の勝利である。
しかしあと僅かのところで、ついにミルロが膝をつく。血を吐き、印を結んでいた両手はボロボロだった。
「ミルロ!」
クバトの声が響く。全員の目が一瞬ミルロに向けられる。ニンチェンはその隙を、見逃さなかった。
「勝負は一瞬の──隙で決まるものだ!」
杖が大きく光を放つ。今までの自然系の魔法とは規模が違う。空気そのものが軋むように張り詰めた。
「お互いにな」
ミルロが顔を上げる。血で濡れた口許はつり上がり、笑みを浮かべている。
「命を懸けると……言っただろう」
ミルロの両手は、既に印を結び終えていた。
「グレイプニル!!」
ミルロが叫ぶと同時。巨大な光の鎖がニンチェンの周りを囲み、瞬時に縛り上げた。拘束されたニンチェンの体に大きく亀裂が入る。
「やれ!!」
血反吐を吐くミルロの声で、全員同時に斬り掛かる。ここで削り切る以外、もう道がない。
やがて激しい衝撃音が止むと、辺りは土煙に覆われていた。その中心で、ニンチェンは力なく崩壊を待っている。
「ああ……なんという……子らは神樹を失ってなお……」
ニンチェンの体が光の粒となって霧散していく。天を仰ぐその顔は満足げで、瞳は慈愛に満ちている。
「楽しかった……楽しかったぞ強きヒトの子らよ……私はまた形無き概念となって子らを見守ろう……」
光が弾ける。辺りには静かな風だけが吹いていた。砕けた大地の隙間から、小さな草の芽がひとつ、もう顔を覗かせていた。




