武神 ニンチェン
飛空艇が止まるのも待たず、ミルロはニンチェンに向かって行った。相対的にミルロがとても小さく見えたが、その背中は頼もしくもあった。
興味を惹かれたのか、ニンチェンは青い髪をなびかせて嬉しそうにしている。体が筋肉質なのに顔立ちが女性的で性別が曖昧だ。瞳は燃えるような金色で、瞬きの度に小さな火花が散るように見えた。
「念願の白馬の王子様だぞ」
「やめてちょうだい。人間限定よ」
軽口を言い合える程度には余裕があるらしい。トリューの言葉にリコは呆れていた。
向かい合う二人は、互いを測るように見詰め合っている。先に口を開いたのはミルロの方だった。
「お初に。気高き山神、ニンチェン。早速で申し訳ないが、ご覧の通り貴方が顕現していると土地が枯れてしまう。早々にお帰り願いたいのだが」
少しも物怖じしないミルロの言葉に、ニンチェンはやや目を見開いた後、大きく笑い始めた。それだけで大気が震える。
「ははは! 面白いことを言う! 必要だからと呼んでおいて、今度は帰れと! 傍若無人! 実に愉快!」
言語は通じるらしい。しかし、ヒト側の言い分が通るような相手とも言えない。ニンチェンは馬上から杖を一振りし、飾りの鈴がしゃんと鳴る。同時に変わった鋭い目つきに、身震いがした。
「私はヒトの祈りによって再び形を得たのだ。タンラの子らは何を願った? 私に何を祈った?」
ニンチェンは自らが砕いた山々を見た。所々抉れ、噴火したマグマは冷え固まり始めている。
「マナが豊富であるということは、妖魔──今の言葉で魔物といったか。奴らの出現が増えるということ。祈り子達は脅かされていた。その異を祓い、子らを守る為に私は呼ばれたのだ。私が祈りによって形を保っているのがその証拠だ」
しゃん、と鈴の音が荒野に響く。風が砂埃と共に流れていく。ニンチェンの言い分は筋が通っているようにも聞こえる。
「仰る通りだ。だがその『祈り』にはどうも齟齬があるようでね。祈り子が認識する脅威の中に、ニンチェン。貴方も含まれている」
ニンチェンの眉間にやや皺が寄った。ミルロは少しも引かない。
「貴方は祈りに応え脅威を祓い、タンラを守護していると言う。だが結果、土地は枯れ豊かな大地はこのザマだ。もはや祈り子達の命も長くは持つまい。それでは本末転倒なんじゃないか?」
「どのみちヒトの寿命など今は百年足らずだろう? 枯れたタンラも数百年の後にはまた芽吹くだろうよ。それよりもせっかく長い時を経て再び形を得たのだ。私はもっと遊びたい」
「そっちが本音なんじゃないか」
つい口を挟んでしまったティファの言葉に、ニンチェンは口角を上げた。長いように思えた交渉は、ニンチェンの子供のような言い分で終わりを迎えた。
「そうとも! 私は山神であり武神ニンチェン! 退けと言うなら武を以て示してみせよ! 楽しませろよ、ヒトの子ら!」
白馬が嘶く。ニンチェンは長い杖を振り回し、突風が疾る。先まで晴れていた空に雷雲が集まり始めた。どうやら開戦のようだ。
「天候まで操るのか」
「喰らったらひとたまりもねえな」
「守れそうかリコ」
「やるわよ。でも間に合わなかったらトリューとシャルは氷を張りなさい。多少雷撃を防げるわ」
「わかった」
「さて、それでは行くとしようか」
それぞれが武器を構えて散会する。ミルロは魔法を〝多少〟扱えると言っていたが、リコのように魔道具に頼る様子はない。ガジの後ろで控えるリコからさらに距離を取って、全体を見渡している。
耳につけたカフから、ミルロの声がした。
「後方から行く場合は馬の脚に気をつけたまえ。奴も強力だぞ」
それを聞いて左方向からティファとクバト、右方向からトリューとシャルが攻撃を加える。しかし体ごと突風に巻き上げられ、届かずに終わる。その隙にガジは正面から斧を振り下ろし、地を割った。地鳴りと共に、大地に深い亀裂が走る。
地割れに脚を取られ一瞬体勢を崩した間に、空中からそれぞれもう一度攻撃を放つ。それらは確かにニンチェンの体を斬り裂いたのに、瞬く間に元に戻ってしまっていた。
「こいつも再生?」
「斬った気がしねえ」
「いいや。そもそも実体がマナで構成されているんだ。環境マナが尽きるか、ニンチェンのマナを全て散らさない限り消滅はしないよ」
「持久戦ならかなり分が悪いぞ」
なにせ一撃が重い。避けるだけでも体力を削られる。空の暗雲はみるみる内に大きくなり、雷光が奔っている。
「さあ、あがけよ! 峻雷轟閃!」
ニンチェンが杖を振り下ろすと同時に、いくつもの雷撃が落とされる。──範囲が広すぎる。トリューとシャルは氷で盾を生成し、ミルロも氷でドームを作った。防ぐ術がない者に、リコが結界を張り弾く。
しかしそれでも、雷撃は氷を砕き結界を貫き、身を焦がす。焦げた匂いが鼻を突いた。雷撃はリコが軽減してくれたおかげで、まだ立っていられる。
「安置どこだよ……ッ!」
「連続で撃たれたら厳しいな」
「防いだか! 面白い!」
「面白くねえわ」
始終楽しそうなニンチェンにティファとトリューが毒づきながら斬り掛かる。目に見えるダメージがなくても、撃たせる隙を与えてはいけない。少しずつでも、削るしかない。
「ほら、こっち向け」
ガジは上空まで駆け上がっていた。圧縮されたマナが音を立てて収縮している。──やばいのがくる。咄嗟にティファとトリューはその場を離れた。気づいたニンチェンはそれでも嬉しそうだった。
斧が振り下ろされる。その一閃は落雷よりも遥かに疾く、鋭く。轟音と共に白馬ごとニンチェンを撃ち砕いた。大地は抉れ、地盤が陥没している。
「さすがだな。Sランクと並んで遜色ない」
「取らねえぞ。面倒だからな」
少し下がって斧を担ぎ直す。ガジは自分で作ったクレーターをじっと見ている。砂埃に、再び大きな影が浮かび上がった。
風が吹き荒れる。砂が晴れると、白馬までもが復活してそこに立っていた。
「驚いた! 強いな! ヒトの子に地に落とされるとは思わなんだ!」
「おう。わかったら俺だけ見てろよ」
再びガジが斧を構える。ニンチェンは杖を振り下ろし、ガジが直接それを受ける。鍔迫り合いの激しい突風が辺りを渦巻いた。
ガジが止めてくれている。ミルロの指示を待たず、全員がニンチェンの横合いから斬り掛かる。少しずつでもマナが削れていくのがわかる。
だがニンチェンはそれが煩わしいのか、杖を持っていない左手の平を返した。
「お前達にはこっちだ! 峨岩地穿!」
ニンチェンが叫ぶと同時、地面が尖った岩に形を変えて幾重にも追って来る。
「何でもアリか」
「そりゃ神様だもんよ」
岩の棘を斬り崩しながら上空へ逃れる。リコも結界と光線魔法で何とか防いでいる。他の者も同様だが、これでは近づけない。ニンチェンはガジと一騎討ちがしたいのか、中央で打ち合いを続けている。
「クバト。五秒守ってくれるか」
追われながら岩を斬り崩していたクバトが、即座にミルロの元へ駆け寄る。
「五秒でいいのか」
「十分だ。八つ結ぶ」
遅い来る岩の棘をクバトが斬り砕く。ミルロはいくつかの形に手を組み始めた。組み替える度に、ミルロのマナが上昇していく。指先が淡く発光し、周囲の空気がぴりぴりと張り詰めていく。
印を結び終えたミルロはその手の形のまま、魔法を放った。
「アース・ガル、絶式」
ボゴン、ボゴゴゴン──……
ミルロが詠唱を終えると、岩が追撃をやめた。地面は蛇のように波打ち、蠢きもがいている。動かなくなった大地の異変に、ニンチェンも気づいた。
「力尽くで止めるか! なんと豪胆な!」
「あまり長くは持ちそうにないがね……ッ!」
笑みに反し、ミルロは大量の汗を流していた。目は充血して紅く染まり、血管に似た魔道が皮膚に浮き出ている。──以前のティファに、似た無茶をしている。
そこまでしても、ニンチェンは止まらない。
「武神として嬉しく思うぞ! ヒトの子らよ!」
ニンチェンは再度杖を掲げた。その切っ先は、動けないミルロに向かう。風が集う。今度は別の魔法が来る。
そこへ正面から、白馬の頭を足場にしてシャルが杖に斬り掛かった。
「男の覚悟の邪魔をするなよ」
そのまま連撃を加え、魔法で杖を弾く。さらに上から、トリューが氷塊を纏い、落下の勢いごと叩き込む。鋭く重い一撃が、ニンチェンのマナをさらに散らしたように見えた。
ミルロがニンチェンの攻撃を封じ、リコは結界で皆を守る。ガジは正面からニンチェンと向き合い、常に撃ち合う。クバトは風のように疾く、ニンチェンを斬り続けている。
(無茶をやめたら……私は何ができるんだろうな……)
戦場が遠い。両の柄を握り締めて、ティファは皆を眺めた。吹き荒れる風は、どこか冷たい。それぞれが己の力をぶつけ合う中で、自分だけが置いていかれているような心地がした。




