ご対面
話が終わった後、ティファ達は邸宅内の個室に案内された。討滅戦に備え、十分に体を休めるようにと言われ、贅沢な客間の扉を開ける。
──三人は眠れるだろう、大きなベッド。刺繍を拵えたソファ。雅やかな細工のテーブル。個室なのに浴室まである。織り込まれた金糸が、ランプの光を受けて鈍く輝いていた。
一先ず湯に浸かり、疲労と汚れを落とした。リコ特製の洗料が香り立つ。髪も以前より絡まなくなった。湯船に浮かんだ花びらを一掬いすると、さらに花の香りが広がった。
天井の明かりは発光石だろうか。客間には随分と贅沢に使われているのだな、とぼんやり思った。
湯浴みを終えて寝ようとしても何だか落ち着かず、ティファは大きな窓を開けた。冷えた夜風が吹き込んで涼しい。ベランダに出ると、隣のベランダの柵にトリューが腰掛けていた。
あいつも落ち着かないんだろうか。ティファはひょいと柵を越えて隣のベランダに飛び移った。
「寝ないの」
トリューは月を見ていた。ティファに気がついて一度顔を向けたが、またその顔は寂しそうに空へと向けられた。
「なんかあの部屋落ち着かなくて」
「豪華過ぎるしな」
手すりに両肘を乗せ、同じように空を見る。ドルサは空気が澄んでいる。標高が高いせいもあるのか、スコーグスローより天が近く感じる。押し潰されそうなほどの丸い光が、のし掛かって重い。
シスターと見た月は、あんなに優しかったのに。
満月を眺めるトリューの目も、どこか寂しい。まるで幼い子供が、母親を探しているような。
ティファは俯いて、少し考えた。
トリューは言わない。竜の眼を探している理由、その目的。普段はバカと言っていいほど抜けている癖に、その一線は絶対に踏み込ませない。
風が髪を撫でる。二人の毛先を流して遊んでいる。
「『お前のどうなってもいいみたいな戦い方、きらいだ』……だったよな」
ようやくトリューの目がこちらを向いた。大きな目。琥珀色の三白眼にティファが映る。ティファはトリューを捉えて放さない。
「私はちゃんと考えたぞ」
自分も生き残れる戦い方。誰かに負担を強いない戦い方。自分一人が無茶をすればいいという、自虐的発想。
生かしてくれる人達に失礼だと、たくさんたくさん教わった。
「お前も進むなら迷うな」
それはまるで、歌声のように。夜風の中にあってなお、透き通って響く。
「おやすみ」
そのままティファは柵を飛び越え、自室に戻った。残されたトリューは固まったままティファの後ろ姿を追い、暫く呆けた。ティファの言葉が、頭の中で反響する。
『進むなら迷うな』
見透かされたような気がした。仲間達に、何も言えずにいること。そして、その秘密に怯えていること。
『迷うな』
歌声みたいな音が鳴り止まない。端的で、不器用で、優しさの欠片もない挑発的な激励。『言えなくてもいい』と、言ってもらえた気がした。
噛み砕いたトリューはふらりと後方に身を傾けた。どさりと音を立てて石畳に落ちる。──満天の星空。押し潰されそうな満月。そのどれもが先とは違って、輝かしく見える。
「あっはは! 敵わねえー」
凍りついていた心臓が、少し溶けた気がした。夜風が頬を撫で、冷たさの中にわずかな温もりを運んでいった。
******
翌朝、ニンチェン討滅に向かう為の飛空艇はロプサンが用意してくれた。小型だが全員乗れる。操縦はクバトが担当した。
「では皆様──御武運を」
「マジがんばってね! あーしちゃんと見てるから!」
ロプサンとチャミに見送られ、飛空艇が飛び立つ。眼下に遠ざかる邸宅が、瞬く間に小さな点になっていった。現地はドルサ北方の寒冷地らしい。元々環境マナが豊富で資源も多く、ニンチェンが顕現し続けて土地が枯れれば国益に膨大な損害をもたらすという。
「それは割とどうでもいい」
「俺らに関係ある? それ」
トリューはいつもの調子に戻っていたようだった。ガジとリコもどことなく肩の力を抜いた様子だ。まだ付き合いの短いシャルだけは苦い顔で笑っていた。
「ふふ。まぁ神話時代の概念そのものを相手取ろうというんだ。今は国益など後回しでいい。問題はどうやって倒すか、だね」
「弱点とかあんのか」
「基本的にない。一定の属性に偏っていてくれればまだ対処のしようはあるがね。なにせニンチェンは山そのものが実体化した存在だ。住民の思い描く祈りによって多少形は変動するが……その強さは環境マナに比例する」
まさに山と戦う訳だ。実体があるのならまだ戦いようがあるのかもしれないが、ティダリクほど大きいものじゃなければいいななどと淡い期待を抱いた。
「戦法はどうするんだ? これでもチーム戦だ。連携は必須だぞ」
「君達の戦い方はある程度把握している。私が指示しよう。皆、これを」
シャルの問いに答え、ミルロは全員にイヤーカフを投げ渡した。冷たい金属の感触が、手の中にしっくりと収まる。
「鎖魄衆専用の小型通信機だ。常にオンにしておけば戦闘中叫ばなくても指示が聞こえるだろう?」
「へー。便利」
「もうちょっと可愛いデザインが良かったわ」
「それはすまない。改良案を提出しておこう」
「予算を無駄に使うな」
決戦前に似つかわしくない軽口と共に、船は進んで行く。空は青く、雲を掻き分け船は疾る。眼下の景色は徐々に緑を失い、荒涼とした岩肌へと変わっていった。
やがて轟音が響き渡り、大気が震えた。雲が弾け、前方に新しい雲が生まれている。それはみるみる内に広がり、巨大なきのこ雲が辺りを包んでいった。強風で船が煽られる。
「ちょうどおいでのようだ。降りるぞ」
舵輪を傾け、クバトが船を降下させて行く。雲下に下りると、一際大きな山の頂きからマグマが流れ出ている。辺りは火山灰や尖った岩だらけ。元は豊かな土地であっただろうに、草木など一本も残っていない。硫黄の匂いが鼻を突き、足元の地面はまだほんのりと熱を帯びていた。
そんな荒野を、大きな白馬に乗った青年が杖を振り回し駆け回っている。
──あいつだ。視界に入れなくても存在が肌にひりつく。人のような形をしているのに、人じゃない。そもそも大きい。目算で十メートルはある。
「さぁご対面だ。まずは交渉といこうか」
眼鏡の位置を正し、ミルロは一番に船を飛び降りた。




