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やどりび  作者: ファット爺
第八章
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63/82

開示

 ──全身が粟立つような。寒いような、熱いような。

 理解できたのはひとつ、静けさだった。まるで、あの雪夜のような。

 耳が痛む程の静寂。穏やかなシスター達の寝顔に、べっとりと零れた血痕が浮き立つ。

 ──魔物か何かに、襲われたんだと思っていた。当時はあまりにもショックで、死因なんて探そうともしなかった。

 みんながもういない。その事実が受け入れられなくて、壊れた。ノノアに助けられてからも、深く考えないようにしていた。

『犯人を知りたくはないか?』

 髪が浮き立つ。全身の産毛まで逆立つような、激しい感情が血管を奔る。

「ティファ!」

 リコの声で我に返ると、全身からマナが立ち上っていた。チャミが小さく震えている。皆心配そうにティファを見詰める中、ミルロだけが真っ直ぐにティファを見ていた。

「……ごめん」

 ひとつ息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。溢れていたマナも鎮めた。チャミがようやく胸を撫で下ろし、縮こまった体を伸ばした。

「無理もない。落ち着いたなら結構。──して、どうする? 君が事実を知ることは、仇を知ることだ。……復讐が、したいか?」

 ミルロは平然と紅茶を飲んでいる。小さな体に似合わず、落ち着き払った様子は年齢を感じさせる。

 ティファは俯いた。犯人がいるのなら、知りたい気持ちはある。抱いた激しい感情の中に、確かに怒りや殺意もあった。

 だが「復讐」と聞かれ、言葉に詰まる。仇を憎まないなどと、綺麗事が言いたい訳じゃない。誰かも知れない相手でも、憎悪や恨みは尽きない。

「……わからない」

 本心だった。顔はまだ、上げられない。感情を整えるように、ティファは言葉を紡いでいく。

「もし本当に犯人がいて、実際に会ったら──やっぱり殺すかもしれない。でも、まず聞いてみたい」

 ティファはようやく顔を上げた。ミルロの目を、真っ直ぐに射貫いて。

「なぜシスター達を殺したのか。なんでシスター達が死ななきゃならなかったのか。それが知りたい」

 迷いなく、声は透き通る。それはまるで、歌のように。

 ミルロはにっと口角を上げ、カップを置いた。

「結構。では私達が現在持っている情報を提供しよう。そして結論から言えば──君は既に犯人に遭遇している」

 その言葉で身を構えた。記憶を走馬灯のように掘り返すが、心当たりはない。ミルロは手を組み、続きを話した。

「我々はその男を〝アビス〟と呼んでいる。仮称だがね。レフテオの神樹祭司遺跡……その最深部。覚えがあるだろう」

 再びぞわりと肌が粟立った。──よく覚えている。トリューの体を抉り、殺意さえ感じさせなかった黒衣の男。濡れた黒髪が波のようだった。

『あーいう奴は、必ずまた会う』

 予感は的中した訳だ。トリューが不安そうにティファを見ている。しかしティファは、先までの怒りや憎悪に飲まれた様子もなく、口の端を上げて見せた。

「……修行しといて良かった。次は負けない」

 決意新たに。ティファの旅に、新たな目的が加わった。


 ミルロはその様子を見届け、満足そうに笑った。続いてリコに視線を移す。

「では順番にいくとしよう。次はリコリス嬢……君には、捜索願いが出されていてね」

 名を呼ばれたリコはぴくりと体を震わせた。そういえば、家出の最中だと言っていた。いいとこのご令嬢なら、確かに捜索届が出されていてもおかしくない。

「ヴォルフ氏が必死になって探しているよ。懸賞金までつけてね。私も見つけ次第連れ戻せと言われている」

 リコは不機嫌そうに腕を組んだ。そっぽを向いてふんと鼻を鳴らしている。

「嫌よ。いくらお義父様の命令でもそれだけは聞けないわ」

 戻ったら結婚させられる、と言っていた。貴族なら政略結婚か何かだったのだろうか。リコが嫌がる理由でも少し納得できた。

「氏は縁談も取り下げると言っているよ。親友の忘れ形見を大切に思うあまり、先走ったと猛反省していてね。見ていて痛ましい程だった」

「それでも嫌よ。お義父様は昔から過保護すぎるわ。私にだって自由はあるのよ」

 ──思った程深刻ではないのかもしれない。絵が浮かぶようだった。ミルロはくすりと笑みを零してさらに続けた。

「──ご両親によく似ているね。特に、ネリネ嬢にそっくりだ」

「お母様を知ってるの!?」

 それを聞いた瞬間、リコはガタンと席を降りた。今までの不機嫌な顔はとうに吹き飛んでいる。

「教えて! 何を知ってるの!?」

「まあまあ、落ち着きなさい。逆に聞きたいんだが……君はご両親の死について、どこまで知っている?」

 ──死。その言葉で一瞬息を飲んだ。義父、という言葉から両親が不在であろうことは察していた。リコも両親を亡くしていたのだと知り、必死の様相に胸が詰まる。

「あれが事故死じゃないことなんて見ればわかるわよ! 異常な濃度の結晶痕があったもの! お義父様は絶対に教えてくれないし、遺体ももうないから調べようがないの!」

 リコはミルロに詰め寄り、胸ぐらを掴む勢いだ。ミルロは気圧されることもなく、ふ、と眉を緩めた。

「君は本当に賢いな……当時はまだほんの幼子だったろうに……君の言う通りだ。彼らの死因は事故死じゃない」

 幼い子供を宥めるように、ミルロはリコの肩に手を置いた。

「リリコ夫妻の死には我々も関わっていてね。彼らの手を借り、神樹の根──その深部の調査をしていた。そしてその結果が……君も知る通りだ。詫びようもない」

 ミルロは静かに目を伏せた。自分に原因がある、と認める形で、リコに謝罪でもするように。

 リコは静かにミルロを見下ろしている。小さな手は、固く握られている。

「──お父様とお母様は星命学の権威だったわ。あの人達でも届かなかった知学が、神樹にあるのね」

「そう考えている」

「十分よ」

 リコはくるりと踵を返し、席に戻った。小さな背中は、いつもより少しだけ逞しく見えた。

「お義父様に伝えて。私やっぱり帰らないわ。お父様とお母様の夢は──私が引き継ぐ」

 ミルロは小さく笑って、「承知した」と答えた。


 さらにミルロの話は続く。もう冷めきった紅茶を手に、次はトリューに視線を向けた。

「さて君は……竜の眼を欲しがっているそうだな」

「なんか知ってんの?」

「知っているも何も、80年前に竜の眼の封印に立ち会っているからね」

 かたん、と何かが落ちる音がした。日が落ちて暗くなった部屋に、ロプサンが明かりを灯し始める。橙色の灯りが、長く伸びる影を壁に描いた。

「場所を知ってるってことか」

「もちろん。ただし──あれはあまりにも危険な代物だ。教えるからには、トリューくん。君の目的も聞きたいね」

 トリューは手を組み、背中を丸めた。目元が見えないほど、濃い影が落ちている。

 ──竜の眼を探して持ってこいと言われた。それがないと故郷に帰れない。ティファがトリューと竜の眼について知っているのは、それだけだ。言いづらそうにしていたから、ティファも誰も余計な詮索はしなかった。

 トリューはきゅっと結んだ口をようやく開く。

「……ダメだ。言えない」

 小さく、掠れたような声だった。手掛かりが目の前にあるというのに、躊躇う程の事情があるのだろうか。

 弱々しく俯いたままのトリューに、ミルロは「ふう」と短く息を吐いた。

「ならば交換条件といこう。我々の依頼をひとつ、こなしてもらいたい。さすれば封印場所を教えよう。そしてこの依頼は……ガジウス氏、ラ・ターシュ卿にも関係深いことだ」

 それまで名が上がらなかった二人がぴくりと反応する。ガジは腕を組み、シャルは長い耳を向けた。

「まずはラ・ターシュ卿。『灯火』、という名に聞き覚えはないかな?」

「……僕の故郷、ロマーニでも勢力を広げている宗教組織だ。〝聖女教〟……だったか」

「その通り。〝表向き〟は慈善活動に難民支援。星の救済を掲げる団体だ。──その顔を見るに、〝実態〟にも心当たりがあるようだね」

 シャルは静かに顔を伏せた。切れ長の目元が細く歪んでいる。

「何か知ってるの?」

「……ロマーニでは、ここ数年不作が続いていたんだ。学者は環境マナの変化によるものと結論づけていたが……僕にはそうは思えなかった。気候も安定していたし、自然に影響を及ぼすような過剰な開墾や伐採は厳しく取り締まっていたからね。事実、枯れた農作物には微量ながら異質なマナ成分が検出された」

 シャルはその後、独自に原因を調査して回ったという。だがラ・ターシュ家がどれだけ手を尽くしても不作は改善されず、領民も疲弊していった。

 そんな時に手を差し伸べたのが、聖女教を名乗る通称『灯火』だったらしい。

「──実際、彼らの行為は善良だった。資金提供、農地改善……おかげで領地は持ち直した。その代わりに入信を布教している。入信者も多かったよ。だが、どうしても腑に落ちない」

 シャルは顔を上げ、ミルロを見詰める。その眼差しは鋭く、まだ警戒心に満ちている。

「ロマーニが誇る学者でも見落とした僅かな変化だ。彼らはなぜいとも簡単に解決策を導き出せた?」

「……それが奴らの手口だからだよ」

 ミルロは背凭れに寄り掛かり、難しい顔で息を吐いた。窓の外は完全に日が落ち、夜の闇が部屋の隅々にまで忍び寄っていた。蝋燭の火だけが、小さく揺れている。

「既に火種は撒かれた。君の故郷ロマーニには、もうじき〝神〟が降りる」

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