邂逅
「ついて来い」
そう言われて案内されたのは、街の方向とは真逆。遺跡から少し離れた崖の上に、船──のような形をした何かが置いてあった。船体を吊るように、上部に巨大なアーモンドが浮いている。
「なんだあれ」
「あら、飛空艇をお持ちなのね」
「ほー。いい船だ」
「オーヴィル製か。古い型だがよく手入れされているな」
皆当たり前のように存在を認知している。いつもなら真っ先に食いつくであろうトリューは、まだ気分が優れないのか俯いたままだ。
「これで中央に向かう。乗り心地は期待するなよ」
降ろされたタラップを登り、船体に上がる。小さめの甲板らしい船内には、手すり側に多少席が設けてあるだけだ。これが本当に空を飛ぶなら、身を乗り出しただけで落ちそうだった。
クバトは先頭で何か操作をすると、外のオールのような物がいくつも羽ばたき始めた。そして船体が浮き上がる。
「わっ」
外を眺めていたティファは揺れで体勢を崩した。ガジに「座ってろ」と手を掴まれる。クバトは舵輪を回し、船は空へと舞い上がった。
剥き出しの甲板に風が流れ、風を切る音と共に地上がみるみる小さくなっていく。
トリューはずっと静かに空を見ている。その目は悲しそうで、苦しそうで、懐かしそうにも見えた。
******
中央都市ノルブへは、あっという間だった。見渡す限り石造りの街並みが広がり、整然と区画された大通りを無数の人々が行き交っている。
上空を駆け、そのまま都市の中心部であろう大きな建物──チャクド邸より少し堅い印象を受ける屋敷の庭に船は着地した。シャルが高い建物を見上げて驚いている。
「ここは……連邦議事総長の邸宅じゃないか。なぜこんな所に鎖魄衆のトップが?」
「来ればわかる」
短く答えて、クバトは門へと向かって行く。シャルはその後ろ姿を、訝しげに見ていた。警戒しているのか、耳が前を向いてぴんと立っている。
『組織の中枢は国の暗部にまで及ぶという』
チャクド邸でシャルが口にしていた言葉が気になった。国の運営などティファには到底及ばないが、貴族であるシャルには他人事ではないのだろう。「信用できない」と顔に書いてある。存外わかりやすい奴だ。
ティファはやや後ろを歩くトリューに歩幅を合わせて、クバト達について行った。
中に入りティファ達を出迎えたのは、白く長い布を纏った背の高い男性だった。高く長い帽子からも白い布が流れている。国の重役であろうことが身なりから見て取れた。
「ようこそ、お待ちしておりました。私はロプサン。ドルサ連邦の宰相を務めております。議長とミルロ様がお待ちかねですよ」
ロプサンは幅広の両袖を合わせ、ひとつお辞儀をした。よく見ると耳がリコのように尖っていて長い。あまり多くは見かけないが、エレフォークという種族だろうか。
ロプサンに案内されるまま、広すぎる建物内を歩く。磨き抜かれた石の廊下に、一行の足音が小さく反響していた。ロプサンは奥の小さな扉の前で立ち止まると、扉横のキーを操作し始めた。扉が開くと、狭く四角い空間が現れる。
「どうぞ」
導かれるまま中に入る。見たこともない空間なのに、ティファはなぜか既視感を覚えた。扉が閉まると、ロプサンは再び中から扉横のキーを押している。その後、がこん、という音と共に独特の浮遊感に見舞われた。
「昇降機……?」
「ええ、そうです。魔道型のね。議長の我儘で導入したんですが……まぁ結果的に良かったです」
ロプサンは肩を竦めて、困ったように笑った。見た目は若いのに、口元に刻まれ始めた皺に苦労を垣間見た。
最上階に到着すると、広く長い廊下を真っ直ぐ進んでいく。やがて現れた重厚な大扉。その向こうで、ドルサの国主と鎖魄衆のトップが待っているらしい。
一同は緊張した面持ちで、扉が開くのを待った。開いた大扉の先の光景に、全員が目を疑った。
「ミルたんヤバかわ~。こっちも食べて~」
「はっはっは。ではいただこう」
「キャー手ぇちっちゃ~ほっぺぷにぷに~。マジ国宝~」
そこでは豪華なソファで、派手な少女とサマラ族が楽しそうに菓子を食べながら戯れていた。
皆ゆっくりとロプサンに顔を向ける。トリューも衝撃の方が大きかったのか、いつもの調子に戻っていた。
ロプサンは額に手を当て、頭痛でも抑えるかのように難しい顔をしている。
「……議長。ミルロ殿。お客人を連れて参りましたが?」
それはそれは低い声で、ロプサンは呟いた。こめかみに青筋が見える。
ようやく気づいたらしい少女はぱっと顔を上げ、テーブルを飛び越え満面の笑みでこちらに駆け寄って来る。そしてティファの手を取り、至近距離で目を輝かせている。
「うわ~生ティファたんだぁ! マジカンド~カンゲキ~! 実物めちゃかわちぃ~! 髪なっが~! つやさら~!」
「……同じ言語で頼む」
初めて見るタイプの勢いに圧倒される。間近で見る少女の睫毛は濃く、瞬きの度にバサバサと音がしそうな程長い。瞼の上にも鮮やかな桃色がきらきらと輝いて、大きな瞳を強調している。
少女はさらにぱっと横に顔を向け、丁寧に巻かれた長い髪を揺らして今度はガジに飛びついた。
「ひゃ~ガジたんマジデカ~! ガチムチ~! 見てたよりずっとイケオジじゃ~ん」
そのまま甲高いような声で、きゃあきゃあと一人ずつ手を取って行く。
「リコたんマジちっちゃ~! あーしサマラ大好き! マジ国宝~! トリューたんヤバ怒髪~! それ地毛ぇ? かっこよ~!」
もう全員圧倒されて声もない。はしゃぐ少女に気圧されるまま、品評を受け入れている。
「ええ~! シャルたんマジイケメンなんだけど! ヤバない? 人類? マジバグ~い!」
もう何がなんだかわからない。助けを求めるように全員がロプサンを見ている。ロプサンは困ったように息を吐いて、ようやく口を開いてくれた。
「……皆さん、信じられないかもしれませんが、この方が現ドルサ連邦国の最高議事総長……『チャミ・ユーカレア』です」
一拍。沈黙が流れる。ゆっくりとチャミに視線を戻す。──どこからどう見ても、ただの少女だ。短いスカート、高いヒールブーツ、派手なアクセサリー……態度も相俟って、とても一国を治める主とは思えない。
「チャミ嬢はね。こんなでも国のトップに据える程の価値をお持ちなんだよ」
それまで黙って話を聞いていたサマラ族の男が、いつの間にか側に立っていた。後ろで手を組み、黒縁の眼鏡に長めの前髪が掛かっている。改めて姿を確認したティファには、ある記憶が浮かんでいた。
「こんなでもとか~ミルたんひっど~」
「はっはっは。これは失礼」
「事実でしょうよ……」
ロプサンは終始、呆れたように頭を抱えていた。その後ソファへと導かれ、ようやく腰を落ち着ける。チャミは塔のような台に並べられた菓子類をにこやかに頬張っている。
「さて、自己紹介が遅れたね。私はミーン・ミルロ。僭越ながら鎖魄衆のトップを務めている」
ミルロは紅茶を手に取り、一頻り香りを楽しんだ後カップに口をつけた。クバトは睨むような目で、ずっとミルロを見ている。
「それで、用件はなんなんだ。部外者を呼んだからには、相応の事情があるのだろうな」
「まあまあ。結論はそう急ぐものではないよ。──まずはティファ嬢。大きくなったな。最初に名前を見た時には、気づかなかった」
「……墓参りに来てた子供、だよな」
それは六年前。シスター達を失い、ノノアに生かされ、ようやく立ち直れた冬の終わりだった。ティファは弱り切った体の療養中、ずっと窓の外を見ていた。
その時だ。花束を抱えた子供が、シスター達を埋葬した場所に向かって行くのが見えた。初めて見るが、キルメリアの村の子供だろうと思っていた。子供の帰り際、ふと目が合ったのを覚えている。
「……覚えていてくれたとはね。訂正しておくと、私は子供ではない。もう100は越えたかな。数えるのが面倒になってやめてしまったが」
ミルロは平然と紅茶を飲み続けている。サマラは長命だと本で読んだが、実際どのくらい生きるのかとリコに尋ねたら「大体150から200」と返ってきた。
「セシリアには生前、世話になってね。訃報を聞いて駆けつけたが……今でも残念でならない」
ミルロの口から語られたのは、シスターの本名だった。親しい仲であったことが窺える。ミルロの表情に、寂しさが滲んでいた。
「君達を呼んだのはね。昔話をする為だけじゃない。私達がこれまで手に入れた情報を、君達全員が知るべき事実だと判断したからだ」
ミルロはカップを置き、一人一人に目を向けた。──空気が変わる。皆が息を飲んでミルロの言葉を待った。窓の外から、沈みゆく夕日が差し込んでいる。
「まずはティファ嬢、君に与えるべき情報だ。セシリア達の死因──それがもし人為的なものだとしたら。犯人を知りたくはないか?」
ざわり、と髪が逆立った。ことん、と落ちた菓子の音が、血のように紅く染まった部屋に響いた。




