月下の芽生え
焚き火の火も絶え、皆次々と床に就き始める。ティファは「周辺の見廻りをしてくる」と言って席を立った。シャルも「それなら僕は反対側を」と申し出たので、トリューは二人に任せてテントに入ることにした。
ガジとリコの寝息が深くなった頃、寝相の悪いリコに蹴られてふと目が覚める。目を擦りリコを見ると、毛布まで蹴飛ばしていた。仕方ないなと毛布を掛け直すと、異変に気づく。──ティファがいない。
まだ戻っていないのだろうかとテントを出ると、夜気がひんやりと肌を撫でた。シャルは商人達の側で眠っている。何かあったのだろうか。
妙な胸騒ぎがして、ティファが最後に向かった方向に足を進める。耳を澄ませると、岩場の奥、低い岩壁の上。不思議な足音がしていた。
岩に足を掛けて岩壁を登ったトリューは、一瞬目を疑った。
そこにいたのは、間違いなくティファだった。崖の上、僅かに開けた草場。月光を浴びて、ティファは踊っていた。
デレブの広場で見たのと同じ舞い。淡い光がティファを包み、後を追っている。夜風に長い髪がなびき、月明かりを受けて白銀に輝いていた。
あの時のような派手な衣装ではない。いつもの旅装に、黒いマント。手には双剣。それでもトリューは言葉を失い、当時よりも明確に「綺麗だ」と思った。
たん、と着地したティファが、ようやくトリューに気づく。顔には汗が滲んでいる。
「いたのか」
「ああ……戻ってこねえなと思って」
ティファは双剣を指輪にしまい、トリューの近くの岩に腰掛けた。呼吸を整えるように深く息をしている。なんとなくトリューも隣に腰を下ろした。冷えた岩の感触が、尻から伝わってくる。
「もう踊んないじゃなかったの」
「そのつもりだったんだけど……」
ティファは「ふう」と汗を拭い、考え込むように視線を落とした。
「……戦い方、ちゃんと考えなきゃいけないと思って」
ぐっと拳を握り、ティファは続けた。ティダリクとの一戦以降、今までのような力押しではなく、体に負担を強いない戦い方を考えていたという。
「力じゃどうやったってガジに勝てない。スピードや瞬発力もトリューに劣る。魔法だってリコの足元にも及ばない。私は……私だけの武器がない」
切ないような声だった。トリューは「そんなことない」と思ったが、ティファが真剣だったので黙って聞いた。
「教わった踊り、本来は祈祷に使われる舞いだったんだって」
「きとう……」
「んー……神様に捧げるとか、そういうやつ」
「へえ」
「それのせいなのかな。魔法的な陣が組み込まれてるらしくて……踊ってる時やたら調子が良かったんだ」
その言葉を聞いて、トリューはティファの舞いを思い返した。確かに踊ってる最中、ティファの全身を包むように淡い光が集まっていた。
「そういやなんか光ってた」
「だろ。あれ、戦闘に応用できるんじゃないかと思って」
ま、実戦にはまだ使えないけど、とつけ加えてティファは立ち上がる。
「寝よ」
「お前リコの隣行って」
「やだよあいつ寝相悪いんだ」
「俺も蹴られて起きたんだ」
冷たい風が流れる。満点の星が笑うように夜に瞬いていた。崖を下りる二人の足音だけが、静まり返った岩場に小さく響いていた。
******
翌朝から商隊とシャルに同行し、大所帯となってナシュルに向かう。朝靄が晴れた山道を、荷馬車の車輪の音が規則正しく刻んでいく。
道中にも魔物は何度も現れたが、シャルも相当な実力者だった。主に前衛を務めるティファとトリューの出番がなくなるほど、シャルは魔法も剣術も優れていた。
「スゲー。俺ら出番ねえじゃん」
「まぁ、このくらいならね」
「一人で護衛請け負うだけあんだな」
「白馬に乗ってたら完璧だったのに……」
「やめてやれよ」
勝手に夢を負わせて勝手に項垂れるリコに呆れる。その後も順調に歩みを進め、特に問題なくナシュルの街に到着した。
商人達とはそこで別れ、魔物の素材代金だけを受け取った。ティファ達はシャルも含め、賞金を受け取る為にギルド支部に向かう。報酬はシャルと半分に分けようとしたが、シャルは「討伐したのは君達だ」と言って譲らなかった。
まぁいらないなら、とティファは続けて賞金首リストを更新しようと魔具に向かう。昼下がりのギルド支部には、窓から柔らかな日差しが差し込んでいた。
するとカウンターから「えー!?」とトリューの叫び声が聞こえた。後ろのガジも困惑している。
「なんで! ここまで来たのに!」
「ヴァルモンスのシグネから入域許可が出てるはずだ。確認してくれ」
シャルも様子が気になったのか、ティファと共に歩み寄る。リコに尋ねると、遺跡が封鎖されているという。
「国が管理してる文化財だから許可が必要なんだけど……それがどうも下りないらしいのよ」
リコも困ったように腕を組んでいる。カウンター奥のギルド職員を見ると、焦ったように何度も頭を下げている。
「申し訳ありませんっ! 確かにシグネ事務官から申請は受理されているのですが……領主様直々に封鎖命令が下ったのがつい先週でして……っ」
職員の女性は何度も頭を下げるが、領主の命令なら職員の権限でできることなどないのだろう。それがわかっているから、トリューもガジも何も言わない。ただ困ったように顔を見合わせている。
「遺跡って……カドラス遺跡のことかい?」
「シャル知ってんの?」
「有名だからね。普段は許可を得れば入れるはずだが……ふむ……」
シャルは顎に指を当て、考え込むように頭を捻った。そして何かを思いついたように「よし」と手を叩く。窓から差す光に、その横顔がくっきりと浮かび上がった。
「なら領主に直接交渉してみよう。チャクド卿とは父と交流があったはずだ」
シャルは長い耳をぴんと伸ばし、ふわりと微笑んだ。「礼もしなくてならないしね」と続けるが、皆呆気に取られて声も出ない。
「本物の貴族だったのか……」
「出身がそうというだけだよ。僕自身に何も権力はないさ」
「なぁ! シャル交渉してくれんの!?」
「保証はできないがね。最善を尽くそう」
「まじかありがとう!」
トリューはシャルの手を取ってぶんぶんと振り回した。シャルは「痛い痛い」と困ったように笑っている。その横でリコが苦しそうにぎゅっと胸の服を握り締めている。
「白馬に……白馬にさえ乗っていたなら……ッ!」
「そこ重要か?」
「王子様に白馬は絶対なのよッッ!」
ガジの呆れた声とリコの叫びが、昼下がりのギルド支部に響いた。目的地のカドラス遺跡までは、あと少し。




