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やどりび  作者: ファット爺
第八章
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月下の芽生え

 焚き火の火も絶え、皆次々と床に就き始める。ティファは「周辺の見廻りをしてくる」と言って席を立った。シャルも「それなら僕は反対側を」と申し出たので、トリューは二人に任せてテントに入ることにした。

 ガジとリコの寝息が深くなった頃、寝相の悪いリコに蹴られてふと目が覚める。目を擦りリコを見ると、毛布まで蹴飛ばしていた。仕方ないなと毛布を掛け直すと、異変に気づく。──ティファがいない。

 まだ戻っていないのだろうかとテントを出ると、夜気がひんやりと肌を撫でた。シャルは商人達の側で眠っている。何かあったのだろうか。

 妙な胸騒ぎがして、ティファが最後に向かった方向に足を進める。耳を澄ませると、岩場の奥、低い岩壁の上。不思議な足音がしていた。

 岩に足を掛けて岩壁を登ったトリューは、一瞬目を疑った。

 そこにいたのは、間違いなくティファだった。崖の上、僅かに開けた草場。月光を浴びて、ティファは踊っていた。

 デレブの広場で見たのと同じ舞い。淡い光がティファを包み、後を追っている。夜風に長い髪がなびき、月明かりを受けて白銀に輝いていた。

 あの時のような派手な衣装ではない。いつもの旅装に、黒いマント。手には双剣。それでもトリューは言葉を失い、当時よりも明確に「綺麗だ」と思った。

 たん、と着地したティファが、ようやくトリューに気づく。顔には汗が滲んでいる。

「いたのか」

「ああ……戻ってこねえなと思って」

 ティファは双剣を指輪にしまい、トリューの近くの岩に腰掛けた。呼吸を整えるように深く息をしている。なんとなくトリューも隣に腰を下ろした。冷えた岩の感触が、尻から伝わってくる。

「もう踊んないじゃなかったの」

「そのつもりだったんだけど……」

 ティファは「ふう」と汗を拭い、考え込むように視線を落とした。

「……戦い方、ちゃんと考えなきゃいけないと思って」

 ぐっと拳を握り、ティファは続けた。ティダリクとの一戦以降、今までのような力押しではなく、体に負担を強いない戦い方を考えていたという。

「力じゃどうやったってガジに勝てない。スピードや瞬発力もトリューに劣る。魔法だってリコの足元にも及ばない。私は……私だけの武器がない」

 切ないような声だった。トリューは「そんなことない」と思ったが、ティファが真剣だったので黙って聞いた。

「教わった踊り、本来は祈祷に使われる舞いだったんだって」

「きとう……」

「んー……神様に捧げるとか、そういうやつ」

「へえ」

「それのせいなのかな。魔法的な陣が組み込まれてるらしくて……踊ってる時やたら調子が良かったんだ」

 その言葉を聞いて、トリューはティファの舞いを思い返した。確かに踊ってる最中、ティファの全身を包むように淡い光が集まっていた。

「そういやなんか光ってた」

「だろ。あれ、戦闘に応用できるんじゃないかと思って」

 ま、実戦にはまだ使えないけど、とつけ加えてティファは立ち上がる。

「寝よ」

「お前リコの隣行って」

「やだよあいつ寝相悪いんだ」

「俺も蹴られて起きたんだ」

 冷たい風が流れる。満点の星が笑うように夜に瞬いていた。崖を下りる二人の足音だけが、静まり返った岩場に小さく響いていた。



******



 翌朝から商隊とシャルに同行し、大所帯となってナシュルに向かう。朝靄が晴れた山道を、荷馬車の車輪の音が規則正しく刻んでいく。

 道中にも魔物は何度も現れたが、シャルも相当な実力者だった。主に前衛を務めるティファとトリューの出番がなくなるほど、シャルは魔法も剣術も優れていた。

「スゲー。俺ら出番ねえじゃん」

「まぁ、このくらいならね」

「一人で護衛請け負うだけあんだな」

「白馬に乗ってたら完璧だったのに……」

「やめてやれよ」

 勝手に夢を負わせて勝手に項垂れるリコに呆れる。その後も順調に歩みを進め、特に問題なくナシュルの街に到着した。

 商人達とはそこで別れ、魔物の素材代金だけを受け取った。ティファ達はシャルも含め、賞金を受け取る為にギルド支部に向かう。報酬はシャルと半分に分けようとしたが、シャルは「討伐したのは君達だ」と言って譲らなかった。

 まぁいらないなら、とティファは続けて賞金首リストを更新しようと魔具に向かう。昼下がりのギルド支部には、窓から柔らかな日差しが差し込んでいた。

 するとカウンターから「えー!?」とトリューの叫び声が聞こえた。後ろのガジも困惑している。

「なんで! ここまで来たのに!」

「ヴァルモンスのシグネから入域許可が出てるはずだ。確認してくれ」

 シャルも様子が気になったのか、ティファと共に歩み寄る。リコに尋ねると、遺跡が封鎖されているという。

「国が管理してる文化財だから許可が必要なんだけど……それがどうも下りないらしいのよ」

 リコも困ったように腕を組んでいる。カウンター奥のギルド職員を見ると、焦ったように何度も頭を下げている。

「申し訳ありませんっ! 確かにシグネ事務官から申請は受理されているのですが……領主様直々に封鎖命令が下ったのがつい先週でして……っ」

 職員の女性は何度も頭を下げるが、領主の命令なら職員の権限でできることなどないのだろう。それがわかっているから、トリューもガジも何も言わない。ただ困ったように顔を見合わせている。

「遺跡って……カドラス遺跡のことかい?」

「シャル知ってんの?」

「有名だからね。普段は許可を得れば入れるはずだが……ふむ……」

 シャルは顎に指を当て、考え込むように頭を捻った。そして何かを思いついたように「よし」と手を叩く。窓から差す光に、その横顔がくっきりと浮かび上がった。

「なら領主に直接交渉してみよう。チャクド卿とは父と交流があったはずだ」

 シャルは長い耳をぴんと伸ばし、ふわりと微笑んだ。「礼もしなくてならないしね」と続けるが、皆呆気に取られて声も出ない。

「本物の貴族だったのか……」

「出身がそうというだけだよ。僕自身に何も権力はないさ」

「なぁ! シャル交渉してくれんの!?」

「保証はできないがね。最善を尽くそう」

「まじかありがとう!」

 トリューはシャルの手を取ってぶんぶんと振り回した。シャルは「痛い痛い」と困ったように笑っている。その横でリコが苦しそうにぎゅっと胸の服を握り締めている。

「白馬に……白馬にさえ乗っていたなら……ッ!」

「そこ重要か?」

「王子様に白馬は絶対なのよッッ!」

 ガジの呆れた声とリコの叫びが、昼下がりのギルド支部に響いた。目的地のカドラス遺跡までは、あと少し。

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