↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やどりび  作者: ファット爺
第八章
PR
59/81

空を疾る刃

 デレブの工房、その片隅。借りた机に向かうガジの手元を、ティファはじっと見ていた。木屑の匂いと、革を打つ乾いた音が工房に響いている。

「よし、こんなもんだろ」

 ほら、と渡されたベルトの束を受け取り、ティファは感嘆を上げた。マントを外し、ベルトに腕を通す。太めのベルトは両肩から背中を支えて胸の脇を通り、胸の下の留め具で固定する。

「おおお……全然苦しくない……揺れない、邪魔にならない」

 新しく魔法収納具を買い、古いサッチェルの再利用先をガジに相談していた時だった。

 今までは弓を引く時に邪魔にならないよう、サラシでぎちぎちに胸を締めつけていた。ガジの手で矢と弦がマナで形成される魔弓になり、締めつける必要がなくなったので新しい胸当てが欲しいと考えていた。

「もっと早く言やあよかったのによ」

「弦が引っ掛からないことに気づかなかったんだ」

 マントを着直しながら、余った革で作ってもらった小型のポーチも腿に巻く。ノノアのお手製バッグは、新しい形でこれからもティファの旅を支えてくれる。

 年齢は成人でも、体はまだ成長期の十六。胸の圧迫感から解放されたティファは上機嫌に工房を出た。日差しが眩しく、少し大股で歩いてみたくなるような軽やかさがあった。

「トリューも年頃なんだ。あんま刺激してやるなよ」

「あいつ気にしないだろ」

 実際、合流してもティファの変化に気づきもしなかった。ティファ達はマヤの完治を待ってから、デレブの街を出ることにした。収穫祭も終わり、賑わいは遠退いていく。通りに残った萎れた花飾りだけが、祭りの名残を留めていた。

「世話になったな」

「こちらこそだよ! 私もたくさん練習して、ティファに負けない踊り子になるからね!」

 すっかり親友となったマヤは、ティファの手を取って嬉しそうに大きな耳を揺らしている。楽団員も口々に礼を言い、別れを惜しんだ。

「改めてありがとう、ティファ。それに、みんなも。少ないけれど、これはお礼よ」

 そう言って、カミラは小さな布袋を差し出した。中からは金属が擦れる音がする。しかし、ティファは「んー…」と悩んで、「いらない」と答えた。

「報酬は、次の公演の特等席でよろしく」

 その『次』がいつになるかは知らないが。見かけたら見に来る、と伝えてティファ達は背を向けた。

「ええ……いつでも空けておくわ」

「またねー! きっとまた会おうねー!」

 団員達の声は空高く、いつまでも響いていた。



******



 デレブを出立した一行は、そのまま南西の街を目指すこととなった。ナシュルの街に到着すれば、目的の遺跡まで目と鼻の先だ。

「やっとかー」

「まだかかるけどな」

 いかんせん街と街の間の距離が長い。険しい山脈に阻まれ、ところによっては魔物も多い。大きな買い物もした為、所持金も少ない。

 次の街ではクエストをこなすか、近くに都合よく賞金首でもいればな、とティファは賞金首の紙束を取り出した。

「なんかいいのいた?」

「意外といるな」

 賞金銀五枚、金二枚、六枚、多いもので十二枚。既に通り過ぎてしまったものも含めると、結構な数だった。

「もったいない……」

「もう倒されちゃってたとか?」

「行商も危険な道なら護衛つけるでしょうしね」

「まぁ通り道にいたら倒しゃいいだろ」

 こういうのは早い者勝ち、と前にガジも言っていた。次の街に着いたらリストを更新しよう、とティファは紙束を鞄にしまう。

 デレブからしばらく歩くと、山岳の合間に広がる高原が見えた。透き通った湖の周りの牧草地帯に、牛のような生き物がのんびり草を食べている。風が草を撫で、緑の波が遠くまで揺れていた。デレブ周辺は農業で栄えているのだろうな、と長閑な景色を見ながら思った。

 その農業地帯を抜けると、また険しい山脈に道を阻まれる。剥き出しの硬い岩肌が冷たく立ち並ぶ。ガジは「いい鉱脈がありそうだ」と嬉しそうだった。山の向こうで、日が傾き始めている。

「そろそろ夜営の準備するか」

「食料ある?」

「結構怪しい」

「んー……こんなとこに獲物なんかいんのかな」

 周りを見ても岩だらけ。崖も近い。

「いるとしたらバーラルでしょうね。主に崖に生息してるわ。行くなら上空にも気をつけなさい」

「? わかった」

 わかったようなわかっていないような顔を浮かべて、トリューは返事をした。崖で狩りをするなら危険だろうと、ティファもついて行く。

 現場に到着してみると、確かに急な岩壁に大きな角を生やした鹿のような牛のような生物が、器用に駆け回っている。

「どうやって立ってんだあれ」

「器用だな……」

 上から眺めても、警戒心が薄いのか逃げようとしない。岩の隙間に生える草を食べたり岩を舐めたりしている。

「でもこれ落ちたら死ぬな」

「縄で括るか」

 トリューの胴に縄を巻き、命綱をつけてティファが上から支える。「よっ」と飛び降りて行くトリューを見て、やや犬の散歩に近い感覚を覚えたが言わないことにした。

 トリューは群れの内一体を難なく仕留め、肩に担いで縄を登る。その時、上空から暗い影が落ちた。──雲じゃない。夜でもない。

 はっと上を見ると、大きな鳥型の魔物が翼を広げてトリューに襲い掛かろうとしていた。見覚えがある。賞金首リストにいた、ジャターユというネームドだ。

「早く登れ!」

「わかってるって!」

 トリューが崖を蹴り、ティファが縄を引き上げる。トリューに爪はかすったものの、獲物も無事だ。二人は急いでガジとリコの元に戻ろうと走るが、ジャターユは二人を追い越して行く。

「えっ、なんで?」

「狙いを変えたのか?」

 なぜか嫌な予感がして速度を早めると、ジャターユは一度空高く舞い上がり、岩場の向こうへ降下して行く。先程の場所に到着するとガジはおらず、リコだけが残されていた。

「ガジはどうした」

「あっち! 商隊の馬車が来てるの!」

 リコが指差したのは、ジャターユが降りて行った方角だった。既に戦闘の音がする。全員で現場に向かうと、ガジとウーレ族の男性が商人達を守るように戦っていた。砂埃が舞い、馬の嘶きと怒声が入り混じっている。

 トリューは高く飛び上がり槍を突き出すが、ジャターユはさらに上空へと身をかわしてしまう。

「でけえのに当たんねえな」

「降りてこねえと攻撃もできねえ」

 ガジとトリューが攻めあぐねている間にティファは指輪から弓を取り出し、魔矢を放つ。しかし、それも硬い翼と突風で弾かれてしまった。

「羽毛に魔力耐性があるらしい。マナによる攻撃はほとんど効かないぞ」

 商人の護衛だろうか。うさぎの耳らしい黒髪のウーレ族の男が、ティファの攻撃を見て口を開いた。右手にはレイピアを持ち、左手でマナを集束している。

「魔法もダメか」

「ああ。僕も試したが弾かれた。物理で叩き落とすしかなさそうだ」

 男は左手のマナをぎゅっと握り、砕いた。続いて細身の剣を構えるが、ジャターユは警戒しているのかなかなか降りて来ない。それどころか、翼を忙しなく羽ばたかせ、嘴にマナを集めている。

「おいおい、遠距離もあんのか」

「まずいな。リコ」

「大丈夫守るわ。でもどうやって倒すつもり?」

「直接殴ればいいんだろ。ガジ」

 ジャターユの嘴から光線が発射される。リコの結界がそれを弾く。商隊の馬車ごと包んだ結界は淡い光となって、皆を守った。

 やがて土煙が晴れると、ティファとトリューの姿だけがそこになかった。ウーレ族の男性が再びジャターユに目を向けると、夕陽に紛れて二つの影が浮かんでいた。

 ティファとトリューはガジに投げ上げられ、ジャターユより遥か上空に構えていた。そして落下と同時、左右の翼を斬り落とす。

 滞空の術を失ったジャターユが地に落ちる。すかさず、ガジとウーレの男がジャターユの頭部を斬り、討伐は終わった。



 その後リコはトリューの肩を治療し、ウーレの男性は商人達や荷物の無事を確認していた。ガジはジャターユの遺体を見て、「いい素材になりそうだ」と羽や爪をまじまじと見ている。

 無事の確認を終えた男性はティファ達に歩み寄り、胸に手を当ててお辞儀をした。

「助太刀に感謝する。僕はシャルティエ・ラ・ターシュ。僕一人では彼らを守りきれなかった。何か礼をさせてくれ」

 男は自身をそう名乗ると、ふわりとした笑顔を浮かべた。端正な顔立ちに気品のある服装と振る舞い。とてもそこらの冒険者や旅人らしくはない。どこぞの貴族とでも言われた方がしっくりくる。

「賞金貰えればいいよ」

「それはもちろん。討伐したのは君達だ」

「じゃあこいつ運ぶの手伝ってくれるか。いいもん作れそうだ」

「いいとも。彼らに交渉してみよう」

 シャルティエはガジの要求を快諾し、商人達も快く受け入れた。素材は全て使う訳ではないので、余った分を買い取ってもらう形で交渉は成立した。

「なるほど。討伐した魔物も売ればいいのか」

「ほんと抜け目ねえな」

「まぁ殺して放置しても新しい魔物が沸くしな」

「疫病の元にもなりかねないわ。可能なら解体して焼却までやってほしいものよ」

 大人組からの意見もあり、金策にもなると知ったティファは魔物の解体も視野に入れて先に向かうことにした。

「シャルティエ達もナシュルに向かってるのか?」

「シャルでいいよ。ああ。僕は道中の護衛だ」

「じゃあそこまでは一緒だな」

 すっかり日は落ちて暗くなった。ジャターユの解体を終え、トリューが仕留めたバーラルの肉は商人達にも振る舞った。無駄に買ったと思われた香辛料の山だったが、トリューの腕がいいのか味は好評だった。

 焚き火を囲む輪が大きくなり、商人達や皆の笑い声が夜気に溶けていく。火の粉が時折高く舞い上がり、瞬く星々の間に紛れて消えた。遠く山の稜線が、藍色の空との境を静かに描いている。

 誰かが奏でる口笛混じりの鼻歌が、焚き火の爆ぜる音に重なって、夜はゆっくりと更けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。