ファルハラールの宴
本番当日。デレブの広場は多くの人々で賑わっていた。異国の楽団の登場を、皆今か今かと待ち詫びている。露店の煙と香辛料の匂いが入り混じり、祭りらしい熱気が辺り一帯を包んでいた。
ガジとリコは既に広場の後方、建物の上で開始を待っていた。トリューは最後まで、楽団の準備や呼び込みを手伝っていた。
「お待たせ!」
手伝いを終えたトリューがひょいと建物に登り、二人の隣に腰を下ろす。
「おう、すげえ人だな」
「呼び込みがんばったからな!」
行き交う人々に声を掛け、楽団が発行したビラを配り歩いた成果は上々だった。収穫祭は大いに盛り上がり、広場を囲うように出店が並んでいる。リコは買った焼き菓子をトリューにひとつ手渡した。
「ティファ大丈夫かなー」
「舞台裏には行かなかったの?」
「見てねえ」
「まぁあんだけがんばってたんだ。大丈夫だろ」
ティファの特訓は、三日間休むことなく続いていた。本番の直前までカミラの厳しい指導の元、動作の確認を行っていた。集中を途切れさせたら良くないと思い、トリューは早い段階で舞台裏を後にしていた。
報われてほしいな、とぼんやり願った。楽団の想いも、ティファの努力も。
「あ、始まるみたいよ」
リコの声で、広場に目を向ける。楽団員達が続々と現れ、楽器を構える。喧騒がさざ波のように引いていき、観衆の視線が中心へと集まった。その中の一人が広場の中心に進み、口上を述べる。
「さあさあお立ち会い! ようこそファルハラールの宴へ! 笛が駆ければ風が追い、太鼓が打てば大地が揺れる! 歌は踊りは言葉を越える! さあ、手を叩いて、足を鳴らして! ──ハラ・ファル、ハラ・ハール!」
そして流れ始める笛の音と共に、奥から踊り子衣装を纏ったティファが現れた。いつもの後ろで束ねた長い髪を下ろし、白銀が艶やかに揺れている。白い肌を飾るヴェールや金銀の装飾が太陽に煌めき、眩しいくらいだった。
「綺麗ー! 素敵! ガジいい仕事したじゃない!」
「おう、ティファには白がいいと思ってな」
「……」
まるで別人、だと思った。大胆な薄い布もどこか神官を思わせる。ただ蒼い瞳の奥、強い眼差しだけがそれをティファだと証明していた。
静かで幻想的な、流れるような舞から一転。激しい太鼓と共に動きが変わった。楽団の歌声にも熱が入る。旋律が街を駆け抜け、噴水の水音までもを追い越していく。
──速い。それでいて軽快。気づけば辺りは歓声に包まれている。中心で舞い続けるティファは、まるで何かと戦っているようだ。
踏み込み、跳ね、回る。動きは激しいのに、それは今までの危うい力押しとは程遠く、水流のような滑らかさだった。ヴェールが遅れて追いつき、白い輪になってティファを包む。腰の飾りが太鼓の音に合わせてしゃん、と鳴る。
曲は一層速くなる。フィドルが跳ね上がり、笛が高く駆ける。ティファは大きく腕を振り、石畳を蹴り、布を宙に投げ上げる。
ティファの足元に、淡い光が積もり始めた。軌跡をなぞるように、ティファを追いかけるようにその光は濃くなっていく。観客の中から、誰かが小さく息を呑む音が聞こえた。
響く音楽と歓声の中、トリューだけが声もなくその様子を見ていた。
太鼓の一打が腹に響く。フィドルが奔る。笛が重なる。ティファは弾かれたように広場を駆け、跳んだ。さらに歓声が上がる。ヴェールが翼のように広がり、陽を透かして白く燃える。
着地、回転、また跳躍。息つく間もなく曲は山を駆け上がり、ティファの足元を追いかけていた光はティファの全身を包み、淡く輝かせていた。
ティファは着地と共に宙へ手を伸ばし、爪先で立つ。太鼓が一打。──音が、止んだ。
ヴェールが落ち、ティファを包んでいた光が静かに弾ける。銀色の粉が、晴天の空へと舞い上がる。
──一拍の静寂の後、広場は割れるように沸いた。
「すごーーーーい!」
「いやあ見事だ!」
リコとガジも立ち上がり、拍手と喝采を浴びせる。ティファは大きく肩で息をしながら、ひとつ礼をして舞台裏に戻って行った。その様子を、トリューは何も言えないままじっと見ていた。
******
未だ歓声に沸く広場の奥、仮設的な舞台裏も沸きに沸いていた。
「素晴らしかったわティファ!」
「本当だよ! 三日しかなかったのに!」
「もう二度とやらない……」
汗だくになった体をマヤに抱き締められ、ティファはげんなりと息を吐いた。この衣装も早く脱ぎたい。水袋に口をつけ、失われた水分を補給した。
「もったいないなぁ。ティファ才能あるよ」
「やらん。鬼教官の指導も二度と御免だ」
「ふふっ。でも本当に──よく頑張ってくれたわ。あなたのおかげよ」
少し残念そうなマヤとカミラが、ティファの手を取って笑う。そこにリコ達もやってきた。
「ティファー! 素敵だったわよ!」
「おう、大したもんだ」
リコは興奮冷めやらぬ様子で、全身で喜びを表現している。ガジは満足そうにぽんぽんとティファの頭を撫でた。トリューだけが未だ、疑うようにティファを見ている。
「ティファ……なんだよな?」
「何言ってるんだお前」
「ああ、よかった。ティファだ」
ようやく安心したのか、トリューはほっと胸を撫で下ろした。その様子を見たリコが、ふふ、と笑みを溢す。
「別人みたいだったものね」
「誰かと思った」
「わからんではねえな」
「着替えただけなんだが」
いつもの軽口に戻ると、トリューにも笑顔が戻った。人見知りでもあるまいに、と口にすると「いや俺もわかんねえんだけど」と返ってきた。
「おや、賑やかだな」
ふと、聞きなれない声が舞台裏に響いた。声の主を見ると、髭を蓄えたサマラ族の男性と連れらしきミッドウィルダーの男が立っていた。
「あ、あなたは……!」
「舞台、見させてもらったよ。いやぁ、期待以上だ。今後定期的に公演を行う前提で契約を結びたい。バラカンへの支援も約束しよう」
男の言葉を聞いたカミラ達は目に涙を浮かべ、抱き合って喜んだ。マヤはティファに抱きつき、何度も「ありがとう」と叫んだ。
「ありがとう……ッ、本当に……!」
「……よかったな」
街の賑わいは未だ止まず。夜になっても、広場の灯りは消えなかった。楽師の音色と笑い声が、どこまでも明るく夜空に響いていく。
******
──某国、とある地下。
湿った空気が滞留し、遠くで水の滴る音だけが響いている。
「バラカンへの支援、決めたんですって?」
くるくるとした長い巻き毛を揺らしながら、男は尋ねた。目の下にはうっすらと隈ができている。
「ええ。デレブの商人に任せることにしましたわ。孤児院の建設も目処が立っていますわよ」
答えた女性は修道服に身を包み、品よく答えた。笑顔は慈愛に溢れ、きらきらと輝いている。しかし、それを聞いた男はがっくりと肩を落とした。
「……その運営費、どこから出すんです?」
「ちゃあんと考えていますわ。バラカン出身の楽団と契約を結びましたの。興業収入も見込めましてよ」
女性は得意そうに腰に手を当てた。胸を張って自慢げにしているが、男はまだ納得していない様子だ。
「そういうのちゃんと言ってくれないと! ケセドさん今期の予算だってもう使いきりましたよね!?」
ケセド、と呼ばれた女性は「そうだったかしら」ととぼけた顔で首を傾げた。
「でも困ってる人がいるのだもの。そういうのはイェソドの仕事でしょう?」
「うわああん! 理不尽だぁあ!」
イェソドは巻き髪をなびかせて暗く長い廊下を走り去って行った。蝋燭の灯火が、点々と石壁を照らしている。遠ざかる足音が反響し、静寂の中へと溶けて消えた。




