地獄の三日間
ティファ達はマヤの案内の元、楽団の宿泊施設へと到着した。スポンサーである商人の所有物件らしい。表には『ファルハラール御一行』と書かれた看板が立てられていた。
連なる建物を抜け、中庭から広間らしい場所へ入ると、楽団員が心配そうに駆け寄ってきた。
「マヤ! 一体どこに行ってたんだ!」
「心配したのよ……! 無事でよかった!」
「みんな……本当にごめんなさい!」
マヤは深々と頭を下げ、事情を説明した。医学的な説明は、リコが補足した。ティファ達はその様子を静かに見守っている。
事情を把握した団員は誰もマヤを責めなかったが、皆俯き不安そうにしていた。
「そうか……なんにしても無事でよかった」
「本当にごめんなさい……ッ、私のせいで……!」
「俺達を思ってのことだろ? 誰も責めやしない。だが困ったな……」
「そうね……うちに踊り子はマヤしかいないし……」
眼鏡を掛けた黒髪の女性が、困ったように顎に手を当て思い悩んでいる。そして意を決したように、拳を握った。
「こうなったら私が……!」
「でも団長は足が……!」
団長、と呼ばれた女性の足元に視線を落とす。幅広のワイドパンツから覗く左足は、ただの棒だった。──義足のようだった。
それぞれに団員が思案していると、ついにマヤがティファの一番嫌な提案を口にする。
「あの! ティファさんに代わりに踊ってもらうのは……どうでしょうか!」
「おい」
思わず制止する。楽団員の視線が一気にティファに向けられる。その目がとても痛い。
「話聞くだけって言ったろ」
「お願いします! 故郷からたくさん旅してきて──やっと掴んだチャンスなんです!」
再び、マヤに頭を下げられる。万に一つ引き受けたとして、たった三日で公演を成功させる踊りなど習得できるわけがない。「不可能だ」と、改めて告げる。
「公演を延期はできないのか?」
「ダメよ……スポンサーの機嫌は損ねられない。街の様子を見た? デレブの街の年に一度の収穫祭……その大舞台を任されたの。延期も失敗もできないわ」
そういえば、と街の様子を思い返した。ここに来る途中、いくつものガーランドが飾られていた。祭りの準備だったのか、とティファは納得した。そうだとしても引き受けることはできないが。
ふと視線を感じて振り向くと、団長はティファの全身を品定めするようにじっと見ていた。何か危険を察知したティファの肌が、ぞわりと粟立つ。
「あなた……いい体してるわね」
「やらないぞ」
「私からもお願いできないかしら」
「無理だって」
代役案を事も無げに断る。すると団長は自身を『カミラ』と名乗り、深々と頭を下げた。
「……お願い。私はこのザマよ。マヤに無理をさせて失う訳にもいかない。この公演が成功すれば……やっと故郷への支援が約束される。もう……子供達が飢えなくて済む」
周りを見ると、楽団員は皆一様に暗い顔をしていた。カミラ達の故郷は神災の影響で、長く飢饉に苦しんでいるという。楽団は故郷を出て各国を巡り、僅かに得た収入を故郷に送って子供達を支えていたらしい。
ティファの眉が歪む。情に流されて引き受けたところで、成功の保証などできない。『可哀想』というだけで、ティファは責任を負えない。
「ティファさん……」
マヤの消え入りそうな声が、鼓膜を震わせる。大きく淡い瞳が、ゆらゆらと揺れている。
他三人は既に諦めたようにティファの返事を待っている。
(引き受けるな)
(引き受けるな……)
(引き受けるわね)
「~~~ああああクソッ!」
三人の心の声に呼応するようにティファは大きく嘆息し、ぐしゃぐしゃと頭を掻いた。
「振りを覚えるだけだからな!」
「……ッ! いいの!?」
「報酬も貰うからな!」
団員からわっと歓声が上がる。マヤの瞳は潤み、ティファの手を取って大いに喜んだ。
「ありがとう! 本当にありがとう!」
「感謝するわ……ティファ」
カミラは胸に手を当て、品よく再度頭を下げた。異国風のお辞儀にも見えた。ティファは未だむず痒い顔をしている。
「俺呼び込みやろうか」
「衣装要るだろ。どんなだ」
「マヤ。あなたまだ安静だからね。投薬も続けるわよ」
既に協力する姿勢の三人も、それぞれ役割を申し出る。カミラは改めて礼を言うと、くるりとティファに向き直った。
「さあ、そうと決まれば時間が惜しいわ。早速始めましょう」
カミラはちゃきりと眼鏡を正す。陽光でレンズがきらりと光った。
「公演までたったの三日だもの。ふふふ……鍛えるわよ……ッ!」
再びティファの背筋が粟立つ。タイムリミットは三日。地獄の特訓が始まる。
******
日が落ち始めた施設の中庭。白い石柱の奥、広間で汗を流すティファをトリューはのんびりと眺めていた。そこへガジが袋に入った揚げ菓子を頬張りながらやってきた。
「まだやってんのか」
「すげーよなー。九時間ぶっ続け」
ガジも腰を下ろし、トリューにもう一方の袋を渡す。トリューはカリっとした菓子を口に含んで「あま」とだけ呟いた。
「肘! また下がってる! 指先まで神経を届かせなさい!」
「ゼェ……ッ、ハァ……、押忍……っ」
ティファは息せき切らせ、汗だくになりながらカミラの指導を受けていた。カミラもまた、声を掠れさせながら、滝のような汗を流していた。側ではマヤが団員に水や布を運んだりしている。回廊の灯りがぽつぽつと灯り始め、夕暮れの橙と混じり合っていた。
「あの団長もすげーよ。ずーっと立ちっぱ」
「義足なのになぁ」
カミラを含む団員もまた、必死にティファを鍛えていた。音楽を奏で、マヤも舞型の意味を話したりしていた。初めは嫌々だったティファだったが、やると決めた後の眼に迷いはなかった。
「あら、おいしそうね」
続いて、薬瓶を抱えたリコも中庭に訪れる。両手が塞がったリコの口に「ほい」と菓子を投げ入れ、リコは満足そうに頬を緩めた。
そして中の様子を見るなり、きぃと口を尖らせた。
「またマヤは……! 安静だって言ってるのに」
「まあまあ。落ち着かねえんだろ」
「踊ったりはしてねえから大丈夫だ。ちゃんと言うことは聞いてる」
それを聞いて、リコも諦めたようにその場に腰を下ろした。「医者としてはちゃんと寝ていてほしいのだけど」とつけ加えて、トリューの菓子袋を奪い取って頬張っている。
「……ティファってほんと、あーいう子よね」
「そーなぁ」
トリューは後ろに手をついて、けらけらと笑った。
自分でどれだけ不合理だとわかっていても、結局見捨てられない奴だ。大人には「自分でどうにかしろ」と冷たく宣う癖に、子供が絡むとやけに甘い。
前に子供好きなのかと聞いたら、「どちらかと言えば嫌いだ」と返ってきた。行動原理がよくわからないが、ティファ本人もそれが理不尽だと認識しているらしい。
変な奴だな、とトリューはまた笑った。
「成功するといいわね」
「なんとかなんだろ」
「ティファの頑張り次第だ」
帳が空を包み、星が瞬いても声が途切れることはなかった。暗闇を疾る音は風を呼び、清らかな月を飾っていた。




