逃遁の踊り子
残金は少ないながら、十分すぎる物資を得た一行。そのまま一晩宿泊し、翌日はラムカを出立して南西に下ることにした。
しかし入手した戦利品を整理しようとした時、トリューがふと、香辛料の小瓶を見て首を傾げた。何かを探すように、袋を漁ったり腕輪を叩いたりしている。
「どうした」
「あれえー。もう少し買ったはずなんだけどなぁ」
どうやって出すの、とガジに腕輪を見せている。だが、ガジはトリューが腕輪に収納した物がわからなければ取り出せないと言う。
「アクセ型は記憶が鍵になってるのよ。収納した物を明確に思い出さなければ永遠に取り出せないわよ」
リコの補足を聞いて、ティファの血の気が引いていく。──トリューに最も不向きな型を買い与えてしまったかもしれない。
「よく思い出せ。他に何入れた……ッ」
「ええーっと……着替えと……なんか初めて見た香辛料と……」
「思い出せ頼む!」
金が無駄になる。そんな思いで必死にトリューの記憶を掘り起こし、出せるだけの物資を腕輪から取り出した。思い出せない物は、もう諦めるしかない。
トリューには槍だけを持たせ、他はティファの鞄に突っ込むことにした。幸い、容量には十分空きがある。鞄型はアクセ型と違い、手を突っ込めば中を探れる仕様だ。
「ありがと」
「もういいよ……」
「保護者かしら」
「どっちかっつーと飼い主だ」
そんな呆れた声を背に、日は暮れていった。
******
翌朝、ラムカを出立。岩場の多い山を登ったり下ったり、途中行商の馬車に乗せてもらったりなどして一行は進んで行く。古代竜に関する遺跡があるという場所までは、まだ遠い。
時折山の天気が移ろい雨に降られることもあったが、この時ティファが買ったテントが役に立った。布団は容量の問題で諦めたが、湯たんぽ代わりになる仲間が今は三人もいる。ティファは主に小さいリコを抱えて、寒さを凌いでいた。
テントの外では雨粒が布を叩いている。中は焚き火の暖かさと、鍋から立ち上る湯気で満ちていた。
「リコあったかい……」
「いいわねこれ。私も暖かいわ」
「湯たんぽが増えてる」
「よかったな」
リコが淹れてくれたお茶とリコ本人で暖を取りながら、リコの頭に顎を乗せる。サイズもちょうどいい。ふんわりといい香りがした。
「なんかいい匂いする……」
「あら気に入った? 特製シャンプーよ。ティファにもあげるわ」
リコは自作の洗料を使っているらしい。香料や美容成分にもかなりこだわっているのだという。
「市販のものだとお肌に合わないのよね」
「気にしたことない……」
「お手入れは大事よ。若さにかまけてると年取って後悔するんだから」
「そう……」
若さ、というよりは金銭面での余裕がないの一言に尽きるのだが。実際病気の元となる衛生以外で美容方面は気にしたことがなかった。腿に届くほどの長い髪も、昔アンナやパチャが好きだと言ってくれたからそのまま伸ばしている。毎朝梳くのも一苦労だった。
「次に宿着いたら貸して」
「もちろんいいわよ。あんた達も使いなさい」
「えー、俺も?」
「髭にも使えんのか」
「もったいないくらいよ」
雨が上がるまで、そんな軽口は続いた。
******
じき、次の街デレブに到着する。景色が随分と変わってきた。険しい山脈には違いないが、遠くそびえる山々には緑が覆い、斜面を利用した段々畑が広がっている。
山を下り、広々とした谷間を街に向かって歩く。日は高く、見晴らしのいい道のりだった。
遠く街の方角に目を凝らすと、屋根や柵に括りつけられた色とりどりの布が、風にはためいているのがぼんやりと見えた。何だろう、と一瞬気を引かれたが、特に気にも留めずに歩を進めた。日が暮れる前には到着できそうだ。
ふと、後ろのトリューが声を掛ける。
「なぁ、なんか聞こえね?」
「なにが?」
トリューは上を向いて耳を澄ませる。魔物か、獣だろうか。立ち止まって辺りを窺う。
「……悲鳴、かもしんない」
「どこ」
「あっち」
トリューが指差した方向に、全員で向かう。近づいて行くと、痛ましい悲鳴がティファの耳にも届いた。誰かが、魔物の群れに襲われている。
「後ろ頼む」
「あいよ」
トリューと二人で地を蹴る。襲われていたのは、狐のような耳をしたウーレ族の女性だった。血にまみれた肩を押さえて、必死に走っている。
ティファは女性に飛びかかろうとする魔物を横合いから斬り伏せ、次いで後続も次々と斬り倒した。さらに後方では、トリューも討伐を終えている。
剣に着いた血を払い女性を見ると、ガジとリコが保護していた。リコが既に治療を始めている。
「大丈夫か」
「ありがとう……ございます……」
「治せる?」
「結構深いわね……骨まで傷んでる。一度開かなきゃダメね。ガジ、運んで」
「おしきた」
ガジは女性を軽々と担ぎ上げ、街へと急いだ。急いで足を踏み入れた街は、軒先という軒先に色とりどりの布や花飾りが結ばれ、浮き立つような気配に満ちていた。
何かあるのだろうか、と思いはしたが、今はそれどころではない。到着してすぐ診療所を探し、女性の治療を開始する。ウーレの女性は『マヤ』と名乗った。
ひとまず治療を終えると宿に運び、ベッドに寝かせる。差し込む昼の光が、清潔な白いシーツを照らしていた。マヤは麻酔が切れたのか意識がはっきりしてくると、飛び起きて何度も頭を下げた。
「ありがとうございます! 危ないところを……ッ、本当に……!」
耳が伏せられ、ふわふわの尻尾も垂れ下がってしまっている。赤く長い髪が床に着くほど、マヤは深く深く礼をした。
「いいわよ。傷自体はすぐ治ったしね。でも、一週間は安静よ」
「えっ……そんな……!」
それまで深く頭を下げていたマヤが、ぱっと顔を上げる。その顔は驚きと絶望に満ちていて、大きな瞳が揺れて歪んでいる。
「待ってください……! 一週間だなんて……ッ」
「牙に毒があったわ。解毒はそう簡単じゃないのよ。あなた死にたいの?」
ぴしゃりとリコは言い放つ。ティファも以前蜘蛛に噛まれて死にかけている為、毒の危険性は身に染みている。
それを聞いたマヤはよろよろとベッドに座り込んだ。
「どうしよう……私のせいで……ッ」
マヤは深刻そうに顔を覆った。何か事情があるのかと尋ねると、彼女は楽団唯一の踊り子で、三日後に大きな公演を控えているという。
「そんな大事な時に、なんで一人で街の外になんか……」
「本当に不用意でした……故郷のお守りを作ろうと思って……」
マヤは肩から掛けたポーチから、いくつかの花を取り出した。赤い花弁が重なり、柱頭が黄色く輝いている。
「故郷では『成功』のお守りなんです……この近くにもあると知って……つい……」
両手で花を抱くように、マヤは再度顔を覆った。その表情に胸が詰まる。リコも複雑そうな顔をしている。行動は不用意だったかもしれないが、楽団や公演への思いが伝わるようだった。
「そう……でも残念だけど、医者として許可を出すわけにはいかないわ。初期治療はできたけど、悪化したら命に関わるもの」
「そんな……!」
マヤは苦しそうにリコを見詰めた。項垂れるマヤを見下ろしながら、重い沈黙が流れる。窓の外では、昼の賑わいが遠く聞こえていた。ふと、マヤはすがるような瞳でティファを見た。
しかし、リコが許可を出さない以上、ティファ達にはどうしようもない。マヤは意を決したように拳を握り、ティファの両腕を掴んだ。
「あの! 私の代わりに踊ってくれませんか!」
「はぁ!?」
マヤから飛び出た言葉に、思わずおののいた。他の三人も驚いている。しかしマヤはティファの様子に構わず、必死に続ける。
「あなたすっごく強かったですよね! 運動神経もいいってことですよね! 体格も綺麗だし……どうか代わりに!」
「いや待て! なんでそうなる!」
ティファは首を振り、腕を引き抜こうとするが、マヤは力強くティファの腕を掴んで放さない。その表情があまりにも必死で、ティファは断りながらも言葉に詰まった。
「無茶言ってるのは承知してます! でも……ようやく掴んだチャンスなんです! 故郷の子供達が、やっと支援してもらえるかもしれないんです!」
お願いします、とマヤは何度も頭を下げた。事情があって、必死なのは伝わる。だが、ティファにダンス経験などない。しかも公演まではたったの三日だという。不可能だ。
「無理だって……大体踊ったことなんかないし……」
「教えます! 団長に会ってください! どうか……話だけでも!」
マヤの様相に押されていると、他三人からも同情のような、諦めたような声が聞こえる。
「別に話聞くくらいならいいんじゃねえか」
「嬢ちゃんも必死だしよ」
「私はどのみち治療の説明しなきゃだしね」
三対一。多勢に無勢だ。ティファは深く長い溜め息をひとつ吐いた。
「……話を聞くだけだからな」
念を押すように繰り返すが、誰も返事をしてくれない。むしろマヤの表情は、既に希望でぱあっと輝いていた。
──嫌な予感しかしない。
渋々と頷いたティファを先頭に、仲間達に説得され、結局マヤを連れて楽団が宿泊しているという宿屋に全員で向かうことになった。傾き始めた日差しが、四人と一人の影を長く地面に伸ばしていた。




