消えた白金貨
険しい山岳の合間。窪地を切り開くように、それは広がっていた。
「うおー、でっけー」
「ヴァルモンスほどじゃないんだな」
「あそこは中央都市だからな」
「国境付近の街は交易で栄えてるの。お目当ての品もきっとあるわよ」
街道を下り、ラムカに到着する。昼の日差しが石造りの街並みを白く照らしていた。スコーグスローとは違い、民族衣装らしい服に身を包んだ人々を多く見掛けた。寒冷地らしく、毛皮を纏っている者も多い。
「先に宿取る?」
「市場行こう」
「ブレねえな」
通りがかる人に道を尋ね、市場へと足を運ぶ。通りは活気に溢れ、ヴァルモンスに負けないほど人々が行き交っていた。呼び込みの声や干した毛皮の匂いが、見慣れない異国情緒を醸し出している。
トリューは例のごとくガジに槍を預け、ガジが首飾りにしまう。人混みではトリューにも必要だな、と魔法収納具を探した。
白金貨は抜き取った分が十枚ほど。予算は十分にある。魔法雑貨屋を探して市場を歩いていると、『収納具専門店』の文字が目に入った。
「専門店なんてあるんだ」
「ヴァルモンスにもあったのかな」
「値段はどこも変わらねえ」
「いいじゃない。入ってみましょ」
中に入ると、様々な鞄型やアクセサリー型の収納具が並んでいた。明るい店内には、テントまで展示してある。日の光がガラス棚に反射し、陳列された魔石がきらきらと輝いていた。
「テント……?」
「軍事用だろうな。中が広い空間になってるやつだ」
「野戦キャンプで使うやつよね。やだやだ」
「へえー」
軍事設備や軍用品を移送する為だろうか。確かに軍事利用するなら、大型の収納具があっても不思議ではない。他にも貴族や商人向けらしい、高級品までが立ち並んでいる。
大型収納具にも興味はあるが、どのみち手は届かないので一般向けの収納具から選ぶことにした。その辺りなら、全員分買える。
「どれがいい」
「俺もいいの?」
「いいよ。必要だろ」
「やったー気前いいー」
「ガジは工具とかいっぱい入る方がいいよな」
「重量制限あるから何でも突っ込める訳じゃねえがな。まぁ容量増えるのは助かる」
「リコは?」
「私は持ってるわ」
それぞれ好きな物を選んでもらおうとしたら、リコはさらりと告げた。三人が固まっているのに対して、リコは涼しい顔をしている。
「もしかして……どっちも?」
「そうよ」
リコの持っているトランクケースと肩掛け鞄を指差す。確かに、蒸留器や試験管、注射器やら魔道書までどこに持っているのだろうとは思っていた。他三人とは違って、リコは服装も旅人にしては綺麗だ。毎日違う服を着ている。
「さすが医者……」
「家にあった物をそのまま使ってるだけよ」
「金持ち……」
「お嬢だったんだな……」
魔法収納具がいくつも転がっている家がどこにあるんだ。無邪気に育ちの違いを叩きつけられ、ティファ達は嘆息した。
「でも魔道書用の収納具はまだないのよねえ。アクセ型って便利だけど気に入るデザインがなくて」
デザインにこだわるほど余裕を持ったことがないティファには感覚が違いすぎた。諦めて先に自分達の分を探す。ガジは既に手に馴染む鞄を物色していた。
「トリューはどうする」
「邪魔にならないやつ」
「じゃあ……どうせ荷物少ないしアクセ型だろうな」
首飾りに腕輪、指輪にピアス。それぞれ小さな魔石がついたアクセサリーを眺めた。その中で、トリューが身につけていても失くさないもの……と考えて、腕輪型の収納具にした。
「これなら失くさないはず」
「おー、ありがとう」
「あら、いいじゃない」
「私も武器用にひとつ買うか……」
容量が少ないからなのか、魔石が小さいアクセサリー型は白金貨一枚に満たなかった。もうひとつ買っても余裕はある。
ひとつあれば、戦闘中に武器を入れ換える手間が省ける。且つ片手で入れ換えられる物──と探して、人差し指に着けられる指輪型に決めた。
もうひとつは肩掛けのサッチェルを選び、購入を決めた。リコだけは未だうんうんとアクセサリーを見て唸っている。
「別に今決めなくてもいいんじゃないか」
「別の街にもあるだろ」
「ティファが買う気になってる今が買い時な気がするのよ」
「それはそう」
トリューにも同意され、返す言葉もなかった。次の街までには、節約精神が戻っている可能性は十分にある。リコは展示に欲しいデザインが見当たらないのか、店員に声を掛けている。
「ねえねえ、もっと可愛らしいアクセサリー型はないかしら」
「ふむ……どういった形をお求めで?」
「お花のモチーフがいいわ。そういうのない?」
「ええ、ええ、ございますよ」
荷物を運んでいた年老いた女性は「よいしょ」と箱を置き、高級品が並ぶ展示場からひとつの髪飾りを持ってきた。
薄いピンクの大輪の花の周りに、いくつもの小さな花と装飾が垂れ下がっている。窓から差し込む光を受けて、花弁の縁がきらりと光った。
「まぁ! 可愛い! これにするわ!」
「待て。それ高いやつじゃ……」
「人気のデザインですからねえ。でもまぁ他にもお買い上げいただくようですし……お安くしときましょ」
女性の言葉にティファはほっと胸を撫で下ろした。
店を出たリコは早速髪飾りを看護帽に似たヘッドドレスに着けて、上機嫌だ。日差しの下、髪飾りの花弁がひらひらと揺れている。トリューも腕輪を身につけて、旅包みを収納して感動している。
「スゲー! 手ぶらだー!」
「ありがとうティファ! 気に入ったわ!」
「どういたしまして」
「宿屋行って荷物整理するか」
その後宿屋で荷物の入れ換えを経て、一行はもう一度買い出しに出ることにした。
「これで寝床解決……ッ」
ティファが選んだのは、四人がゆったり寝られる大きさのテントだった。収納時はごく小さく畳めるが、広げれば雨風を完全に防げる。これで夜営の度に凍える心配もない。
満足げに頷き、ティファの買い物はそれで終わった。必要な物は、それひとつで十分だった。
しかし、他の三人はそうはいかなかった。
「見て見て、このスパイス! 辛いやつと痺れるやつと、あと甘いのも!」
トリューは香辛料の小瓶を両手いっぱいに抱え、次々と荷物に放り込んでいく。食べたこともなさそうな干し肉や珍味まで、目についた端から買い足していた。
「これと、これと……あ、これも可愛いわ」
リコは服や装飾品の店を何軒も渡り歩き、薬草まで大量に買い込んでいる。「研究に使うのよ」とは言うものの、明らかに旅の荷物としては過剰な量だった。
「この鉱石いいな……」
ガジは山岳地帯ならではの鉱石や素材を見つけるたび、嬉しそうに目を細めて買い足していく。
それぞれが買い物を済ませて戦利品を持ち寄る。次いで渡した残金を回収すると、寂しい音が床に響いた。
「残ったのこれだけ……?」
「あんなにあったのに……」
「私の手持ちももうないわね」
「俺もだ」
ティファは山積みになった荷物を見渡した。香辛料、服、薬草、鉱石──どれも「あったら便利」程度のもので、「なければ困る」物はひとつもない。自分が買ったのは、全員の命に関わるテントひとつだけだというのに。
「何に使ったんだお前ら」
じとりとした視線を向ける。日が傾き始めた窓の外、積み上がった荷物の影が長く部屋に伸びていた。
「香辛料」
「鉱石」
「服」
「……もうお前らに金は渡さない」
ティファは残った貨幣をぎゅっと握り締め、改めて大切に使おうと心に決めたのだった。




