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国境近くの宿屋の一室。治療を終えたティファは、こんこんと説教を受けていた。昼下がりの日差しが、床板を四角く切り取っている。
「全く! 命あったから良かったものの!」
「返す言葉もない……」
「あんたもよ! 止めに行かせた意味を考えなさい!」
「ごめんなさい……」
隣ではなぜかトリューも正座をしてリコの説教を受けていた。先ほどガジからも拳骨をもらった。頭頂部が腫れ上がり、ひりひりと痛む。
「今までどれだけ無茶してきたのよ! 命がいくつあっても足りないわ!」
「おっしゃる通りで……」
「次やったら本当に治さないからね!」
「はい……」
ティファには珍しく、しゅんと肩を落とした。当時は周りが全く見えなくなっていた。自分でも不合理だと理解している。
だからこそ、リコの説教は効いた。巻き込んで、全員を危険に晒した。その自覚があった。
申し訳なさそうに俯くティファを見て、トリューがぽんぽんと頭を叩く。
「まー生きてたからよかった」
「ごめん……」
「リコに感謝しろ」
「はい……」
何か、詫びをしなくては。そう考えた時、ティファはふと賞金額を思い出した。
「そういえば、報酬ってどうなった?」
「受け取っといたぞ。他の討伐隊にも分配したから、残りは195枚だ。まぁ、それでも十分過ぎる額だな」
ガジがずしりとした布袋を見せる。中からは、ちゃりちゃりと景気のいい音がした。
それだけあれば、全員分の魔法収納具を買っても余るくらいだ。ドルサに着いたら真っ先に探そう、とティファは大量の白金貨を受け取った。
ふと、助けた子供の顔が過る。あの二人は、無事だったのだろうか。村の近くで大規模な戦闘もした。村に被害は出ていないだろうかと気になった。
「あの子供、どうなった?」
「救助した子? もう村に戻ってるはずよ。どうせ通り道だし、顔見てく?」
「うん」
陽のあるうちに向かえば、十分に村を経由して国境を越えられるだろう。
一行は宿を出て、国境を超えるついでに村に立ち寄ることにした。
ティダリクとの戦闘跡地は、凄惨としていた。抉れた崖肌はむき出しのまま、倒れた木々が折り重なっている。徐々に川の水は戻ってきているが、泥に埋もれた地面には焦げたような跡も残っていた。改めて、凄まじい災害と戦ったものだと身震いした。
やがて到着した村は、ほとんどの建物が岩で潰れていた。戦闘場所から距離はあったものの、あれだけ暴れた。崖崩れも起きたのだろう。瓦礫の間を、村人達が黙々と行き来している。
しかし、村人は明るかった。もう二度と『水喰い』に怯えなくていいと、感謝までされた。
「なぁに、家なんか建て直しゃいい」
「何十年かすりゃ、谷も元通りになるさ」
「水喰いの結晶核はお国が持ってっちまったがなぁ。まぁ欠片でも残れば当分は食っていける」
壊れた村を前にしても、前向きで逞しい。それが、災害と共に生きるこの土地の強さなのだろうか。
奪われることばかりを悲観しない。その胆力に、ティファは人の温かさを見た気がした。
「おねえちゃん」
ふと、足元から声が掛かる。助けた子供達だった。男の子と、女の子の二人。後ろには、母親らしい女性が背を押している。
「あの……たすけてくれて、ありがとう」
二人は照れたように、はい、と小さな花を差し出した。白い花弁をつけた、愛らしい花だった。小さな手の中で、少し萎れかけている。
「あら、可愛いじゃない。貰っておきなさいよ」
リコにそう言われて、一輪の花を受け取る。子供は恥ずかしがるように、母親の後ろに隠れてしまった。
「うちの子を助けていただいたそうで……もう本当に、なんとお礼を言ったらいいか」
女性は目を潤ませながら、何度も頭を下げた。瓦礫の片付けでできたのか、両手には痛々しい擦り傷が見える。それでも、声には確かな安堵が滲んでいた。
「いいよ……たまたまだったし」
深々と頭を下げる女性に、ティファは眉をしかめた。助けようと思って助けた訳じゃない。感謝をされても、気まずいだけだった。
「照れなくてもいいじゃない」
「違う。それより──村の復興費用はどうするんだ」
「ああそれは……どうにでもなりますよ。命があるんですから」
女性は長い髪を揺らして、ふわりと笑顔を返した。苦労を知る者だけが浮かべられる、それでいて芯の強い笑顔だった。
聞いた限り、ギルドが補償できるのは討伐隊の治療費やある程度の損害。村の復興費用までは補償されないと考えてよさそうだ。この女性の笑顔が、この先の苦労を物語っている。
ふと、後ろの子供に目を向けた。怒鳴りつけたせいでティファに怯えているのか人見知りなのか、近づいてはこない。小さな手が、母親の服の裾をぎゅっと握っていた。
ティファは「ふう」とひとつ息を吐いて、女性に布袋を投げ渡した。
「使え」
「えっ……?」
「無駄遣いするなよ」
それだけ言って、ティファは踵を返した。傍らから、呆れたような笑い声が聞こえる。
「かーっこいー」
「やめろ」
「全部渡しちゃってよかったの?」
「魔法収納具欲しがってたじゃねえか」
報酬をあっさりと手放したティファに、それぞれ声を掛ける。ティファの後ろを歩きながら、三人共不思議そうな顔をしていた。
「何言ってるんだ」
ティファは足を止めず、ポケットに手を入れる。中からは、金属がちゃりんと擦れる音がした。取り出した物は、輝く白金貨。
「誰がタダ働きなんてするか」
「いつの間に抜いたんだ」
「ちゃっかりしてるわね……」
「ぶわっはっはっは!」
ガジの大きな笑い声が、渓谷によく響いた。
******
スコーグスローとドルサの国境を跨ぎ、ついにドルサ連邦国へと一行は到着した。
しかし国境付近はまだ標高も低く、山岳地方と呼ぶには穏やかな景色が広がっている。見渡す限りに広がる草原には、名も知らぬ野花が点々と咲いていた。ここから次の街まで、徒歩で十日はかかるという。
「そんなに……?」
「交通が不便だからね。代わりにひとつの街が大きいの」
「リコ詳しいな」
「来たことねえんじゃなかったか」
「ルドリア史の初歩でしょうが! あなた達浅学にも程があるわよ!」
さすが医者。博識だな、と感心しているとリコは呆れていた。
「まぁいいわ。馬車に乗りましょ。早ければ三日くらいで着けるはずよ」
「やだ」
ティファは空を見た。現在雨が降る気配はない。地図を見た限り、国境から次の街ラムカまでの道中で小さな農村を経由できる。
「なんでよ? まだ報酬たくさん残ってるんでしょう?」
「魔法収納具買うまでは節約したい」
「諦めろリコ」
「うちはティファが財布握ってんだ」
「お前は無駄遣いするからだ」
リコは納得できない、といった顔で始終文句を言っていた。
そして数日歩いた頃には、景色もすっかり山岳地方らしく険しくなっていた。切り立った岩肌が両脇に迫り、足元には小石がざらざらと転がっている。
もう雨季は過ぎただろうに、標高のせいで夜は肌寒い。夜が来るたびにティファは「詐欺だ」とリコを抱え、トリューとガジを湯たんぽ代わりにしていた。
「疲れた……疲れたわ……だから馬車に乗ればよかったのよ……」
今まで贅沢に馬車移動ばかりしていたリコは早々に音を上げる。トランクケースはトリューに持たせ、のろのろと足を引きずっている。
「リコが寄り道しなきゃもっと早く着いたんだぞ」
「仕方ないじゃない……天然のエフェドラは貴重なのよ……茎を蒸留してメチールを抽出したらノルプサと配合して──……」
「あーわかったわかった。収穫があってよかったよ」
長くなりそうな話を強引に打ち切る。わからない単語を並べられても、どうせ理解はできない。崖を切り出した狭い道を、リコを除く三人はずいずいと登って行く。
「もうダメ……限界だわ……みんな……私のことは構わず……」
「わかった」
「早く来いよー」
「魔物に気をつけろ」
よろよろと崩れるリコを置き去り、三人は先を急ぐ。渾身の別れを告げたリコは、先ほどまでの疲弊はなんだったのかというほど力強く地団駄を踏んでいる。
「ちょっと! 誰が置いてけって言ったのよ! 手を貸してって言ってるの!」
「最初からそう言え」
呆れたガジがひょいとリコをつまみ上げ、肩に乗せる。まるで親子──あるいは、巨木とリス。そんな思考が頭を過った。
すっかり機嫌がよくなったリコは、鼻歌を歌いながら足を揺らしている。
「は~楽ちんだわ。やっぱりかよわい女の子に山越えをさせようなんて方が間違ってるのよ」
「かよわい……?」
「おんなのこ……?」
「なによ」
「「すいませんでした」」
空が高い。雲一つなく澄み渡った青が、どこまでも続いている。ドルサの街ラムカまで、あと数日。




