氷と炎
ティファは疲弊していた。武器だけでなく、全身を凝縮したマナで強化し続けるのは、体に大きな負担を強いた。
それでもティファは攻撃を止めない。右へ、左へ。上から下へ。時に丸ノコのように回りながら。斬っても斬っても再生するティダリクの体を、休む間もなく斬り続けた。
(再生が早すぎるな……)
炎はぶよぶよした皮膚にダメージを与えられなかった。体の水分が多すぎる。斬りつけながら妙に冴えていく頭で、ティファは考えていた。
(ならもっと……再生が追いつかない速度で)
長い尻尾が向かって来るのが見える。視界は良好だ。ティファは崖を飛び上がり、叩きつけられる尻尾を避けた。空中で体を捻りながら上空で再度斬撃の構えを取ると、ティダリクががくんと体勢を崩した。
──ガジとトリューだ。ティダリクの足に氷を張り、撃ち砕く。砕けた氷片が飛沫のように宙を舞う。
これでだいぶ楽になる。ティファはさらに自身にマナを込めた。
(もっと速く、もっと、強く──もっと)
ティダリクの体を走りながら、再びティファの魔道が浮き上がる。血管と見紛うそれは、どんどんティファの火力と速度を上げて行く。
「おいおい、これマジで倒しちまうんじゃねえか?」
「私達も援護しましょう!」
観戦一辺倒だった他の討伐隊も、勝機を見るなり参戦を始める。矢が飛び交い、魔法の光がいくつも弾ける。剣戟の音が重なり合い、ティファが斬り裂いたティダリクの皮膚へ次々と追撃が加えられていく。
子供を避難させたリコは、ティファの奮戦を見ながら不安そうな顔でガジとトリューの元へ走っていた。こめかみには嫌な汗が流れている。
二人の元に到着したリコはいの一番に叫ぶ。
「ティファを止めて! 早く!」
息を切らせたリコが必死に声を荒げる。足元を中心に攻撃していたガジとトリューの手が止まる。
「なんでだ」
「あの子死んじゃうわよ!」
リコの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。暴れる尻尾をガジが払い除ける。トリューはその言葉に息が詰まった。
「死……? なんで……」
「よく見なさいよ! もう人間が出せる火力とスピードじゃないのよ!」
トリューはティファを見た。ティファは未だ、強烈なスピードでティダリクを斬り続けている。いつもの白い肌は紅く燃え、時折吐く息が炎を帯びている。
ひゅっと息を飲んだ。レフテオの遺跡の風景が甦る。
あの時ほど体は燃えていない。だが、確実に似た状況に陥っている。
「もう自分で制御できてない! 普通の人間ならとっくに死んでる! ティファの血が特殊だからなのかなんなのか…ッ、なんで動けてるのか私もわからないのよ!」
──血。その言葉でトリューは固まった。
あの時、ティファを何とか延命させようと、自分の血を飲ませた。結果当時は生き残ったかもしれない。だがそれが、今ティファを蝕んでいる。
(俺のせいだ……!)
瞬時にトリューは地を蹴った。ガジも後を追う。リコは涙を拭い、小さな体で必死に走った。
「ティファ! 止まれ!」
ティダリクの背を駆け登ったトリューが叫ぶ。だが、ティファは止まらない。歯を食い縛り、時に咆哮を上げ、ティダリクを斬り続ける。
その鋭い眼差しは、ただ一点。ティダリクだけを見ている。
(……もうなんも聞こえてねえな)
普段は冷静で、慎重で。頭もいいのに、ここぞという時にバカだ。
トリューはふ、と眉を下げた。
遺跡の時も、ガジの時もそうだった。『こう』と決めたら絶対に譲らない。そこには正義感も、倫理観もない。ただ『気に入らない』。
それだけが今、ティファを動かしている。
トリューは覚悟を決めたように、槍を構えた。
「しゃーねえ。付き合ってやるわ」
トリューは高く、高く飛び上がる。太陽を背に、矛先が光る。
そのまま極光の刃と共に空を蹴る。落下の勢いを乗せて、トリューはティダリクのうなじへ一気に叩き込んだ。ティダリクのうなじから肉片が飛び散り、大きく抉れていた。
肉が再生を始める。だが、散々ティファに削られたおかげなのか、動きが遅い。
トリューはティファに向かい、叫ぶ。
「俺ごとぶち込め!!」
ティファはにっと口角を上げた。そして飛び上がり、双剣を構える。
「最高だぜ相棒」
振り下ろされた双剣は、ティダリクの首を二つに斬り離した。断面から噴き出す血飛沫が、夕陽のような朱色を渓谷に撒き散らす。落ちゆく頭部の真ん中から、巨大な結晶が見えた。
「ガジ!!」
「任しとけ」
リコが作った足場を駆け上がり、ガジが斧を大きく振りかぶる。振り下ろされた一撃は空気を唸らせ、巨大な魔核と思われる結晶は粉々に砕けた。砕けた破片が、光の粒のように宙を舞う。ティダリクの巨体は、ずしん、と地響きを立てて渓谷に倒れた。
******
「ティファ!!」
倒れたティダリクの傍ら。座り込んだティファに駆け寄る。ティファは息苦しそうに肩で呼吸を繰り返していた。喉が焼けているのか、時折『ゴォ』と人らしくない呼吸音を鳴らしている。
肌は未だ紅く、魔道は浮き出たまま。両手は震え、柄も持っていられない。
トリューがティファの背に手を置くと、信じられない高熱を宿していた。
「あっつ……ッ!」
思わず手を離す。触っただけで火傷をしそうな温度だった。
リコはすぐさまマナでティファを包む。しかし、ティファの状態は一向に快復しない。側で腕を組むガジにも冷や汗が流れている。
「なんで戻らない?」
「治した側から壊れてく……自分で解除できないのよ。もう外側から冷やすしかないわ。トリュー」
冷やす、と聞いた瞬間、トリューはティファを抱えた。冷気が固まり、ティファの熱を奪っていく。冷やした側から溶ける氷を、トリューは自分ごと包み続けた。
「戻ってこい……ッ!」
ようやくティファの熱が引いた頃、辺りは霧に包まれていた。肌の色や魔道も落ち着くと、ティファは糸が切れたように気を失った。
渓谷には静寂が戻っていた。砕けた魔核の粒子が、淡い光を帯びたまま風に流されていく。ティダリクの巨体が遺した窪地には、堰を失った水が静かに溜まり始めていた。遠くの村の灯りが、暮れていく空の下にぽつぽつと灯り始めている。




