歩く災厄
一行は半ばティファに巻き込まれる形で討伐隊に参加することとなった。
出現予想時刻まで、周辺住民の避難誘導や現地調査なども手伝った。時折地震が起き、出現が近いことがティファ達にも伝わった。
ティダリクの出現予想ポイントは深い渓谷。崖の上から見下ろす形で警戒に当たった。周りにも討伐隊に参加した冒険者が何人も待ち構えていた。
「結構いるなー」
「少ねえくらいだ」
「分配はどうなるんだこれ」
「貢献度によってギルドが分配するわ。まぁ基本討ち取った人の総取りね」
辺りは不気味なほど静かだった。川が流れ、木々がさざめく。鳥達は高らかに風と遊んでいる。日差しは穏やかで、災害の気配など微塵も感じさせない長閑さだった。
景色を眺めていると、ふとティファに疑問が浮かんだ。
「そんなにやばい魔物なら、マナで気づけないもんなのか?」
「こういうタイプはね。環境マナと一体化してる場合が多いの。自然そのものが動いてると思った方がいいわ」
「山と戦うとでも思え。一瞬でも気ィ抜いたら死ぬぞ」
傍らに座るトリューと共に息を飲む。報酬目当てで参加したが、相当やばい事件に首を突っ込んだな、と改めて実感した。
静かに時は流れる。やがて地面が大きく揺れる。同時に川が一気に増水したと思ったら、樽に穴が空いたようにみるみる干上がっていく。渓谷に響く水音が、急速に遠ざかっていった。
「──来たな」
ガジが低く呟く。同時に首飾りのペンダントから、巨大な斧を取り出した。鈍く光る刃が、陽光を弾いて煌めく。リコもいつの間にか、花の装飾で飾られた魔道書を開いている。
トリューも槍を構え、ティファは弓を開いた。全員が戦闘体勢で待ち構えた時、〝それ〟は現れた。
ボゴゴォォ──……
干上がった川底から出てきたそれは、山と見紛うほど大きい。ティダリクは短い二本の足を引きずり、木々を踏み潰して行く。手はあまり発達していないようだ。しかし長く太い尻尾が忙しなく地面を叩き、気が立っているのが窺える。
「……あんなんどうやって倒すんだ?」
「だから災害なんだろ」
「……人類が手を出していい相手じゃないな」
「別に今から引き返してもいいわよ。住民の避難は済んだのだし」
リコはぱたん、と魔道書を閉じる。賞金は惜しいが、死んだら元も子もない。ティファが諦めようとした時、一人の冒険者が飛び出した。
「俺が一番乗りだーー!!」
「バッ──……」
男は無謀にも谷を駆け降りて行く。剣を掲げ、突進は止まらない。
その時、ティダリクの目がぎょろりと男に向いた。背筋が凍った気がした。
瞬間、長い尻尾が男に伸びる。男は尻尾に殴られ、そのまま崖に叩きつけられる。尻尾が外れた時、男はぺしゃんこに潰されていた。
「……ッ」
これは、勝てる勝てないの問題じゃない。天災そのものだ。
誰も声を出せなかった。周りの冒険者も怯んでいる。ティダリクが進む地鳴りだけが辺りに響いている。
「……帰ろう。これは無理だ」
ティファは弓をしまった。トリュー達も同意した。幸い、避難は済んでいる。村や町は壊されるだろうが、また建て直せばいい。
そうして踵を返そうとした時だった。ティダリクの尻尾、その先。──何かが動いている。
獣かと目を凝らした。そしてその『何か』を認めた瞬間、考える間もなくティファは飛び出していた。
「ティファ!?」
「おい!」
「えっ! なに!?」
ティファは走った。全速力で。足にマナを溜め、崖を蹴り、風よりも速く。土埃が後方に舞い上がり、瞬く間に姿は小さくなっていく。
「何してんだあの女!」
「死ぬ気かよ!」
他の討伐隊も慌て始める。トリューはティファの行く先をじっと見ていた。
「……子供だ」
「えっ!?」
「あそこ。子供がいる。二人」
トリューが指差した先。ティファが向かっている先には、二人の幼い子供が抱き合って震えていた。
「ガジ」
「おう」
トリューとガジも続いて崖を駆け降りる。残されたリコは呆気に取られ、むしゃくしゃしたように頭を掻いた。
「んも~~! 何なのよ!」
諦めたように魔道書を開くと、防護魔法で足場を作り崖を下って行く。
地面を叩き続ける尻尾は、いよいよ子供がいる木陰に振り下ろされようとしていた。
「ふんぎ……ッッ!」
間一髪到達したティファが尻尾の下に滑り込み、巨大な尻尾を支えて持ち堪えた。全身のマナを凝縮し、魔道が血管と共に皮膚に浮き出るほど強化している。
抱き合って怯えたままの子供に、ティファは容赦なく怒鳴りつける。
「早くどけ!! 邪魔だ!!」
びくりと肩を震わせた二人は、急いでその場を走り去る。それを見届けると、ティファの片膝が崩れた。──もう持たない。
そう思った時、轟音と共に急に尻尾が軽くなった。
「おい! 無事か!」
ガジとトリューだった。斧と槍で尻尾を横合いから撃ち、どけてくれていた。ティファは子供を見る。しかし、すぐに二撃目が振り下ろされようとしている。
「クソが……ッ!」
毒づきながら再び子供の元へ駆ける。しかし振り下ろされた尻尾は、上空で弾かれて逸れた。再び子供に視線を移す。二人の前には、リコが魔道書を開いて立ちはだかっていた。淡い光の結界が、尻尾の衝撃を柔らかく受け流していた。
「結界か。助かった」
「あんた達が無茶するからよ!」
きぃ、と眉を吊り上げてリコはがなった。だが、リコやみんなのおかげで命拾いした。
あれだけ尻尾に攻撃を加えたというのに、ティダリクはこちらを見向きもしない。余程渇いているのか、ティファ達に興味がないのか。ずしん、ずしんという地鳴りだけを響かせて、ティダリクは渓谷を踏みならして行く。
「救助はできた。もう帰ろう」
「なんも言わないで行くからびっくりしたよ」
「次はちゃんと言いなさいよね」
「まぁ間に合ったんだからいいだろ」
それぞれに感想を述べ、子供を避難場所に連れて行こうと立ち上がる。子供に視線を向けると、自分より小さいリコにしがみついて遠くを見詰めていた。
それをあやすように、リコはふわりと微笑む。
「大丈夫よ。ちゃんと安全なところまで連れて行くわ」
「……」
子供はそれでも何も言わなかった。ただ一点。ティダリクの進行方向を、悲しそうに見詰めている。
「村が……」
か細い、消え入りそうな声だった。ティファも子供の視線の先に目を向ける。渓谷の斜面。遠く、小さくぽつぽつと建物が見える。
──災害が来るかもしれない。わかっていて周辺に住んでいる。それなら滅んでも仕方ない。言い聞かせるほど、心音が強くなる。
(じゃあ、この子供は?)
どくん、と血液が脈打つ。鼓動がどんどん速くなっていく。
(こいつらは、望んでこの地に生まれたんじゃない)
子供は親を選べない。まだ生き方を選べる年でもない。なのに故郷を、未来を、これから奪われる。
「それは……ダメだ」
ティファは再度土を蹴った。ティファがいた場所に風が吹き抜ける。
「おい!」
「またなの!?」
全身を凝縮したマナで包む。追いついたティファは双剣を構え、尻尾から回転撃で斬り上げたまま背中まで駆け登る。そのままティダリクの背中を駆け上がると、頭部から横に飛び降りた。同時に弓を展開し、特大の魔矢を眼に撃ち込む。ティダリクが、鼓膜を劈くような雄叫びを上げた。
崖の斜面に着地すると、もう一度弓を構える。しかし、潰したはずのティダリクの眼球がぎょろりとティファを捉える。ティダリクはティファに顔を向け、大きな口を開けて崖ごとティファに噛みつこうとしていた。
ティファは構えていた弓から、口内に魔矢を撃ち込む。その矢はティダリクの口内から後頭部までを撃ち抜き、辺りに肉片が散らばった。
「うおお! あの嬢ちゃんやるな!」
「もしかして倒せるんじゃないですか!?」
もはや観客と化した討伐隊から歓声が上がる。その様子を、リコ達はじっと見ていた。
「……ダメね」
「ああ」
「……」
先ほど攻撃して削った尻尾が、既に再生している。ティダリクの割れた後頭部が、ぶにゅりと音を立てて浮き上がっていく。数秒もせず、撃ち抜いた部分は元に戻ってしまっていた。
「再生能力まであんのか……ちとキツイな」
「撤退すべきよ。戦う理由がないわ」
トリューはティファをじっと見ていた。斬っても斬っても再生する体。それでもティファは、攻撃をやめない。
その眼差しに、見覚えがあった。
「……ああなったらもうダメだよ」
トリューは槍を担ぎ直し、諦めたように笑ってティファの元へ走った。
「ま、あーいう奴だからな」
ガジも斧を担ぎ、足を進めて行く。リコだけが呆然とその場に残されていた。
「もおお! 何なのよあんた達はぁ!」
リコは地団駄を踏み、子供の手を引いて崖を登った。
木々がへし折れ、岩壁が砕ける。響く地鳴りと咆哮が、戦いの激しさを物語っていた。




