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やどりび  作者: ファット爺
第六章
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新たなる旅立ち

「ほらよ。オメェの新しい弓だ」

 そう言って渡されたのは、細長い銀の棒だった。弓と呼ぶには、あまりにも異質だ。張り詰めた弦もなく、ただ一本の杖のように手の平に収まっている。

「これが…?」

 ガジの仕事を疑う訳ではないが、元の形とあまりにかけ離れていた為に戸惑った。上下に揺らしてみるが、あまりにも軽い。

「中央のロックを外して、マナを流してみろ」

 ガジの低い声に促され、ティファは小さく頷いた。

 かち、と小さな音がした。棒が、割れる。

「わっ」

「おおー」

 しゃん、と涼やかな音が鳴って、左右に滑るように弓身が開いていく。まるで水面に波紋が広がるように、銀の刃に似た枝が幾重にも重なりながら反り返る。先端は鋭く、ところどころ宝石にも似た結晶が淡く光を含んでいる。

「綺麗…」

 武器に抱く感想には場違いなような気がしたが、そんな言葉が思わず漏れ出た。

 さらには指先から流れ込んだマナに応えるように、弓の両端から一筋の糸が伸びる。ぴん、と張った瞬間、僅かに空気が震えた。

「弦だ…」

 実体のない、光だけでできた弦だった。恐る恐る指をかけると、冷たくも熱くもなく、ただ確かな張りが指の腹に返る。引けば引いた分だけ、素直にしなった。

「すごい…初めて持つのに、めちゃくちゃ馴染む」

「前の弓は砕いて、複合布に作り替えた。鹿革とも縫い合わせてある。グリップ部分のそいつがそうだ」

 手元の濃紺色の布に視線を落とす。──そうか、ここにいたのか。

 ティファはグリップにそっと額を寄せた。温かい。ひんやりとした金属の感触の奥に、確かな熱を感じた。

「ありがとうガジ…最高だよ」

「なに、気にすんな。俺の仕事だ」

「ガジすげーなー!」

 トリューが楽しそうにガジをばしばしと叩いている。ティファは温かい気持ちで、微笑ましく思った。

「矢はなくていいの?」

「引けばマナで矢が形成される。その分マナ消費もするぞ。使いこなしてみせろよ」

「ああ…望むところだ」

 しゃきん、と形を戻して、腰のベルトにくくりつけた。携帯性も考慮されている。さすがだ。

「これで準備は整ったかな」

「ああ。他に用もねえ」

「じゃあ次はドルサだな!」

 弓の完成を待つ間、そこそこ路銀も貯めた。道中でも地道にクエストをこなしながら、今度こそしっかり節約をしよう。

 街を出る前にギルドに立ち寄ると、シグネとシウルが揃って見送りに来てくれていた。

「気をつけて行くんだよ。たまには手紙も書いておくれ」

「レンのことは任せてくれ。時々様子を見に行くよ」

「ああ、頼む」

「世話になった」

「ありがとなー! 二人とも!」

 それぞれに挨拶を交わして、別れを惜しんだ。進んでは振り返ると、二人はいつまでも手を振ってくれていた。

「いい人達だな」

「エレノアの人徳だ」

「ガジもだろ」

「俺ァ大したことねえ」

 ふ、と照れ臭そうに笑みを溢すガジが、やはり可笑しかった。

 やがて大きな門を出て、街を離れる。喧騒は遠く、もう聞こえない。ティファは後ろ髪を引かれる思いで、ヴァルモンスを振り返った。

 遠ざかる街の中心で、大樹だけが変わらずそびえていた。

「おーい。早く行こうよ」

「まだ心残りでもあんのか」

「うん…」

 ティファの脳裏に、甦る思い出。様々な記憶の中でも、最も強く残った心残り。

「魔法収納具欲しかった…」

「まだ言ってる…」

「ドルサにもあんだろ。地道に金貯めろ」

「うう…」

「はよ来い」

 ティファは肩を落とし、新たな旅立ちに似合わない足取りで、二人の後をついて行った。



******



 ヴァルモンスを旅立ち、どれほどが経ったのだろうか。季節はすっかり雨季を迎え、雨で足止めをされる日が多くなった。夜営時に降られた時など、たまったものではなかった。

「やっぱりテント必要じゃないか…」

「まぁ、こういう時はな」

「うひゃー、つめてー」

 雨が降りそうだ、と気づいてからすぐに雨宿りができそうな場所を探したが、それは間に合わず。大きな岩が重なり合う隙間で何とか雨を凌いでいる。

 濡れた装備は岩の上で乾かし、焚き火の側で暖を取る。毛布を被っても、一向に体が暖まらない。

「無理…さむい…」

 ティファは初めから諦めてトリューの元へ歩いた。察したトリューも「ああ、はい」と膝を開けてくれる。

 遠慮なく焚き火とトリューで暖を取ると、少しずつ震えが和らいでいく。

「……気になってたんだが、オメェらデキてんのか?」

「違う。こいつは湯たんぽだ」

「こいつ寒がりなんだよ」

「そうか…」

 寒くて眠れなかった日に温めてもらったので、その日から寒い時はトリューで暖を取ることにしている。トリュー本人も気にしていない。

 なぜかガジは納得していないような顔だったが、体が温まったことで睡魔に肩を叩かれたので、そのまま眠ることにした。


 そして翌朝。雲ってはいるが、雨は止んでいるようだった。雲の隙間から日が差している。

 隣のトリューを起こそうと見上げると、静かな寝息の中に妙な音が聞こえた。

「ぐるる…」

「???」

 いびきか? とも思ったが、それにしては静かすぎる。もう一度耳を澄ませると、やはり喉鳴りのような音が聞こえた。

「猫みたいだな…」

 五感の鋭さといい、狩りの腕といい。動物にでも育てられたんじゃないだろうか。溜め息交じりにそんな思考が浮かんだ。

「起きろ。朝だ」

「んぅ…うえ…?」

「ガジ。朝だぞ」

「ぬ…おう」

 二人を起こして装備を身につける。きちんと乾いているようだ。

 また雨に降られる前に、町か村に到着したい。そんな気持ちで旅路を急いだ。


 さらに幾日も歩いた頃には、山越えを余儀なくされていた。屍山や炭鉱村から越えた山より、随分穏やかに感じる。大変だった記憶しかないが、もはや懐かしい。

 足元の下草は柔らかく、鳥の声があちこちから降ってくる。木々の間から差し込む光も、どこか優しい色をしていた。

「しばらくは晴れるかなー」

「油断すんなよ。山の天気は変わりやすい」

「今は結構晴れてるのになぁ…」

 風が暖かい。雨季が過ぎれば、もう夏が近いのだろう。寒くて凍えなくていい季節を、ティファは待ち遠しく思った。

 ふと、先を歩くトリューが足を止めた。上を向いて、何かを探っている。

「魔物か?」

「いや…なんか鉄っぽい匂いがする。なんだこれ」

「鉄?」

「ガジの匂いじゃないのか? 工具たくさん持ってるし」

 そう聞けば、「そんくらいの違いはわかる」と言う。

「もしかしたら温泉があるかもな。行ってみるか」

「温泉っ」

 ガジの言葉に目を見開いた。貴重な水資源、しかもお湯。不衛生は病気の元。入れる時に入っておきたい。ティファは「行こう」と即決した。

「もう二日入れてねえしなー」

「オメェも意外と気にすんだな」

「意外ってなんだよ」

 トリューは「あんまり匂いがつくと鼻がいい獲物に逃げられる」と言っていた。香料が入っている石鹸も好まないらしい。狩人としての生き方が見えたような気がした。ガジは単純に温泉が好きらしい。

 トリューの嗅覚を頼りに山道を進んで行くと、木立が開けた岩場から湯気が立ち上っていた。金属に近い匂いが、風に乗って鼻先を掠める。

 さらに近づくと、湯に触れている岩が赤茶けて変色している。白い湯気の向こうに、小さな滝のような水音が聞こえた。

 ティファは周囲を観察し、まず魔物や獣がいないかを確認する。しかし温泉を見つけた瞬間、男二人はすぽーんと服を脱ぎ散らかした。

「「温泉だーー!!」」

 ざばーん。温泉が大きな波を立ててティファの足元を濡らす。呆気に取られたティファをよそに、二人ははしゃいでいる。

「ティファも来いよ!」

「おう、気持ちいいぞ!」

「……おい」

 こめかみに青筋が浮かぶ。握る拳に力がこもる。

「なんで先に入るんだ! 私も入りたかったのに!」

「? 入ればいいじゃねえか」

「魔物が来たらどうするんだ! 素っ裸で戦うのか!?」

「なんとかなるって!」

 心底気にしていなさそうな二人の返答に、ティファの青筋がさらに太くなる。

 もし魔物が出たら、この山の中で、装備もなしに戦おうというのか。それも、せっかくの温泉で。周囲を警戒しながら。

 ──絶対に嫌だ。

「もういい! 私も入るんだから早く上がれ!」

 ぷい、と踵を返してティファは周囲の警戒に当たった。足音は荒く、怒りが滲んでいる。

「? なに怒ってるんだあいつ」

「年頃なんだろうよ」

 的はずれな二人の声が、湯気に溶けた。


 ようやく交代したティファは、すっかりご機嫌だった。温かい湯。時折吹く風が濡れた髪を冷やして心地好い。湯面に映る空は、山の稜線に縁取られて小さく丸い。

 正直いつまでも浸かっていたいが、この後もまだ歩く。湯中りする前に上がろうとした時、腰にちくりとした痛みを感じた。

「いて」

 なんだ? と見ようとしても、背後なので目が届かない。虫にでも刺されたか、と一応浄化魔法を掛け、名残惜しい温泉を後にした。

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