魔法検定試験
ノイルを引き渡したティファとトリューは、念願の報酬を手に入れた。袋の中でちゃりちゃりと鳴る音が小気味良い。
「よかったなーティファ」
「これでガジにお金返せる…ッ」
宿代に食事代、果ては義眼の調整費諸々。足りなかった分を随分負担してもらっていた。
今後気をつけよう、と財布を握り締め、足取り軽く宿に戻った。夜も更け、通りの灯りだけが石畳をぽつぽつと照らしている。
「ほー、もう捕まえたのか。やるじゃねえか」
宿に戻ると、ガジはとうに湯浴みを終えてのんびりしていた。負担してもらった分、と金貨を三枚渡し、ティファは双剣などの装備を外して寛ぐ。
「そういや預かってたやつ、一個だけできたぞ」
「どれ?」
ほら、と手渡されたのは薄型のスキレットだった。持ち手に金具がついていて、折り畳めるようになっている。
「すごい…ガジありがとう」
「あの鍋こんなんなるんだー」
「持ち歩くなら邪魔にならねえ方がいいだろ」
新しく生まれ変わった小型鍋は、鞄にすっぽりと収まった。むしろ以前より鞄を圧迫しない。隙間が空いたくらいだ。
しかし、それでも寂しさが胸に込み上げる。
「魔法収納具だったらもっと入るのに…ッ」
「まだ諦めてねえのか」
「意外と執念深いな」
そんな便利な道具を知ってしまったからには、そうそう諦めきれない。いつかテントや布団を持ち歩くのだと心に誓って、ティファは今日も温かい湯に向かうのだった。
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魔法検定試験までの一日は、街中で簡単にこなせそうなクエストを引き受けて過ごした。魔法収納具に一歩でも近づく為だ。ただでさえ、都会は物価が高い。滞在するだけで勝手に金が出ていく。
探し物やお使いなど、トリューと手分けしてこなせるだけこなした。
そしてついに、試験当日。
シグネにもらった地図の通り、会場らしい建物に訪れる。大樹が近い。間近で見るその存在感に、二人は圧倒された。見上げれば、幹の節々から若葉の匂いが漂い、木漏れ日が白い建物の壁に複雑な影を落としている。
「やあ、君達がティファくんとトリューくんだね?」
正面の白い建物から、背の高い男性が出てきた。薄茶色のやや尖った耳が楽しそうに跳ね、ふさふさの大きい尻尾をくるりと巻き上げている。リス…のウーレ族だろうか。
「妻から話は聞いているよ。僕はシウル。本日、君達を担当する試験管だ」
「「つま??」」
シウルと名乗った男性に、揃って尋ね返す。妻、とは。一体誰のことを指しているのだろうか。
シウルは穏やかな笑みを浮かべ、優しい声色で答える。
「あはは、聞いていないか。僕の妻はシグネだよ。ガジとも古い仲だ。君達には、本当に感謝しているんだよ」
緑がかった長い髪が風に揺れる。シウルは胸に手を当て、嬉しそうに呟いた。
「僕達はエレノアを失ったガジに…レンに、何もしてやれなかった…でも彼は今、こうして再び君達と歩むことを選んだ。それがとても嬉しい。だから僕にできることならば、全力で協力しよう。もちろん、採点を甘くしたりはできないけれどね」
そう言って、シウルは悪戯っぽく肩を竦めた。
──ガジと、エレノアの人徳が窺えた。たくさん、たくさんの思い出があるのだろう。いつか話を聞いてみたい。知らぬ間に、ティファは頬を緩めていた。
「さあ、では早速始めよう。他の受験者にもそれぞれ担当がついているから、気にせず集中してくれ」
「はーい」
「わかった」
シウルに案内され、白く大きな建物内へと足を進めた。広間のような場所を抜け、頑丈な両開きの扉を開ける。その先にはほとんど何もない四角い空間が広がっていた。ひんやりとした空気が頬を撫でる。壁際に設置されているいくつかの球体は、何かの魔道具だろうか。
「距離感バグりそう」
「あれってなんだ?」
「ふふ。これから使うものさ」
そう言って球体に近づくシウルの後ろを、トリューと共について行く。
シウルは球体に触れると、マナを流したようだった。するとその球体は、ヴン、と音を立てて四方に透明な壁を展開した。網目状の壁はどんどん厚くなっていく。
「わ」
「結界?」
「その通り。最上位魔法、絶式にも耐える設計だ。安心してくれていい。まぁ、全てではないのだけれど」
ぜつしき。なんだか凄そうな名前だ。どうせそんなものは使えないが。トリューは「へえー」と結界をこんこん叩いている。
「それではトリューくんが氷魔法、ティファくんが炎と回復だったね。トリューくんからいこうか」
「はーい」
「的を展開する。そこに全力で撃ち込んでみてくれ。一番やりやすい方法で構わないよ」
シウルは球体の操作を始めた。少し離れた場所に、立体的な映像が映し出される。猪のような頭だが、二本足で立っている。見たことがないタイプの魔物だ。
「あれに撃てばいいの?」
「ああ。もう少し的を大きくすることも可能だよ」
「いや、大丈夫」
トリューは槍を構え、いつもより長くマナを溜め始めた。全力を見るのは、ティファも初めてだ。全身から立ち上るそれは、圧倒的な存在を放っている。空間の空気が、きん、と冷えていくのがわかった。
「よっ」
撃ち込まれた槍から、極光の冷気が溢れ出す。白い閃光が走ったかと思うと、轟音と共に的が丸ごと凍りついた。的があった場所には、特大の氷壁が静かに佇んでいる。ティファはぶるりと全身を震わせ、一つくしゃみをした。
「寒い」
「仕方ねえだろ」
両腕をさすりながら文句を言うと、トリューは槍を立てて不満そうに返した。
「驚いた…素晴らしいね」
シウルはいつの間にか大きな金属板のような物を持って、驚嘆の色を浮かべた。トリューが出した氷を、称えるように眺めている。
「では次にいこうか。この氷を、今度はどのくらい制御できるのか、だ」
「うわー、苦手だ」
「ふふ。強さは制する方がずっと難しいからね。これは僕の持論だが、万物に共通することだと思っている。覚えておいて損はないさ」
「うーん。がんばる」
その後、トリューは特大の氷魔法から槍を包む程度の冷気までを、自在に操ってみせた。シウルの助言ありきだが、飲み込みは早いようだった。
「うんうん、上手だ。基礎理論はしっかり修めているようだね」
「きそりろんってなに?」
トリューが発した言葉に、シウルは一瞬固まった。ティファも耳を疑った。──まさかとは思うが。
「えっと…魔法学やマナ学については…」
「なにそれ」
トリューは槍を担いだまま、首を傾げて疑問符を浮かべている。心底『わからない』という表情だ。
「お前…嘘だろ…」
「えっ、なにが?」
「驚いた…まさか独学で魔法を覚えたのかい?」
詳しく話を聞いてみると、トリューは一度も魔法学について学んだことはないと言う。マナについても、幼い頃から雪山で遊んでいる内になんとなく感じ取ったらしい。
「トリューくん、初めて魔法を使ったのは?」
「獲物追っかけて雪玉投げたら、なんか氷になってた」
──眩暈がする。自分はあれだけ勉強して、たくさん努力して、やっとの思いで使えるようになったというのに。さらに勉学を重ね、磨いてきたというのに。
ティファはがっくりと項垂れた。僅かに顔を上げ、じとりとトリューを睨む。
「……ムカつく」
「なんで!?」
「ははは。そう落ち込まないでくれ。確かにトリューくんは特殊な事例だが、ないわけではないんだよ」
ぽんぽん、と肩を叩かれ、顔を上げる。シウルは困ったように笑っていた。
「トリューくんの場合、狩人としての才能と環境マナの結びつきが特に強かったと考えられる。属性魔法は使用者との結びつきに強く影響を受けるからね。ティファくんも炎魔法に対して、何か思い入れがあるんじゃないかな?」
そう言われて、初めて魔法を使った日を思い返した。
──あの日、逃げ出した夜だった。みんなと身を寄せ合って、雨を凌いだ夜だった。寒くて、凍えて、どうにかしようと必死で。本で読んだ魔法が使えないかと、懸命に小さな火を灯した。
その時の暖かさを、みんなが喜ぶ顔を、よく覚えている。
「……うん。そうかも」
「ね」
ふさふさの尖り耳を揺らして、シウルはにっこりと笑った。
その後ティファもトリューと同じ方法で試験を受け、次いで回復魔法についてもどの程度扱えるのか簡単なテストを受けた。人体を模した魔法人形に回復を掛けると、人形が術式と効果を判定するというものだった。
「うん、これで検定試験は終了だよ。二人ともお疲れさま。この後講習に参加してもらうことになるけど、大丈夫かな?」
「げえ…」
「私が聞くからいいよ。どうせこいつは寝る」
「頼んだ…」
「ふふふ。それじゃあ講習会の場へと案内しようか」
講習会といっても、魔法に使用に関する法的説明が主だった。広い会議室に長机が並び、他の受験者らしき姿もちらほら見える。羊皮紙をめくる音だけが、静かな部屋に時折響いていた。
今まで無資格で魔法を使用していたことはどうなのかとやや不安ではあったが、処罰対象になり得るのは『魔法を使用して損害を出した場合』のみ。事例や処罰は細かく分類されていたが、それはスコーグスローにおける魔法掟約であり、他国ではまた違うとのことだった。
「小難しく説明したが、基本的にはどこの国も同じだと考えてもらって構わない。要は、大きく損害を出すような使い方をすると処罰を受ける場合がある、ということさ」
「うん、わかった」
トリューは予想通り、机に突っ伏して寝息を立てている。開始から二分も持たなかった。
「では講習は以上だ。ご清聴に感謝するよ」
「ありがとう、シウル」
「そうだ、せっかくなので一つお願いをしてもいいかな」
「なんだ?」
シウルは少し言いにくそうに頬を掻いた。片耳が倒れて、忙しなく動いている。
「預かった冒険者カードだが、後で僕が届けに行っても構わないかい? ──久しぶりに、ガジに会いたいんだ」
「ああ、もちろん。宿屋で待ってるよ」
シウルは嬉しそうにふわりと笑うと、長い尻尾をひらりと揺らして踵を返した。軽やかな足音が、廊下の向こうで楽しそうに歌っていた。




