追う者と追われる者
翌朝、ティファとガジは調整を終えた義眼の装着に向かった。トリューは既に、指定ポイントで活動を始めている。
「どうだ」
ゆっくりと目を開ける。映った景色は、両眼が見えていた頃の視界と何ら変わらない。
「すごい…ゴロゴロ感もない。ありがとう、ガジ」
「俺の仕事だからな」
当然のように答えて、ガジは工具の入った袋を担いだ。
「じゃあ俺ァ次の仕事だ。捜索がんばれよ」
「うん。行ってくる」
そう言って、ティファはノイルの捜索に繰り出した。
トリューが目立つ行動で獲物を追い込む間、ティファは地道に聞き込みと観察を続ける。
(人混みにはそう現れないはず…)
地図を見ながら、裏路地を中心に走り回った。
******
「クソッ…なんなんだあのガキ…!」
忌々しそうに舌を打つ。金の逆立った髪にバンダナを巻いた青年が、自分の似顔絵を大声で公開している。木箱に入れた盗品を大事に抱え、裏路地に身を隠した。
(これじゃあ取引に行けねえじゃねえか…! どうにかしねえと…ッ)
仲介屋に紹介された買い手との待ち合わせ時間は、今夜。手早く盗品を換金して、都市を離れなくてはならない。
しかし、あの青年のせいで思うように動けない。このまま買い手と落ち合えば、目撃される可能性が高い。そうなれば、逃走はより困難となる。
(まぁ俺なら逃げ切れるが…あんまり派手にやって軍に目ェつけられるのはゴメンだしな…)
仕方なく、仲介屋の元へ戻って待ち合わせの日時を変更することにした。木箱の取っ手を持ち、路地の奥へと歩みを進める。狭く入りくんだ道だが、都市の地図は全て頭に入っている。
安心して進んでいると、ふっと影が差した。同時に、うなじの毛が逆立つ。──何かが不味い。
そう思って足を止めた瞬間、衝撃が降って来た。すんでのところでかわすと、土煙が上がる。足音は、ついぞ聞こえなかった。煙から現れたのは、長い白銀髪の少女だった。
「外したか」
「チィ…ッ!」
身なりからして、冒険者だろう。自分の似顔絵を公開していた男のせいだ、と苦々しく舌を打った。
ノイルは腰からナイフを取り出し、少女の追撃を何とか受ける。──だが、強い。殺さないよう、傷つけないよう、加減されているのがわかる。
しかし、これでも元同業者だ。ノイルは少女の一瞬の隙を突き、横道に入った。それでも少女は追って来る。
(こうなったら…!)
あまり手の内は晒したくないが、仕方がない。逃走用の魔法を展開しようと術式を構えたところで、もう一人に行く手を阻まれる。
「クッソ…仲間か!」
挟み撃ちにされてしまった。正面には、もう一人体格のいい中年の双剣使い。背後には少女の双剣使い。逃げ場がない。
「その木箱を寄越せ」
男は低く呟いて、斬りかかって来る。少女の方より、圧倒的なパワーだった。狭い路地で、避けるのが精一杯だった。
「おい! 邪魔すんなお前!」
「そちらこそ手出し無用で願いたい」
──仲間割れか、それとも違うのか。どのみち、隙ができた。今の内だ。
ノイルは二人の間を抜け、さらに路地裏の奥へと走り去る。二人も追って来るが、術式はもう用意してある。
「おっさん邪魔だ!」
「そっちこそ」
言い合っている今がチャンス。ノイルは、自身の体に刻んだ術式を発動した。
直後、二人の足は縺れ、少女は転び中年の男は壁に手をついた。──よく効いている。
「ひゃはは! あばよ!」
下卑た笑いを残し、ノイルは暗闇に姿を消し去った。
******
──頭が痛い。ぐらぐらして、目が回る。頬に触れる地面はひんやりと湿っていて、土の匂いが鼻を突いた。
ノイルを追っていたら、突然平衡感覚を失い、酩酊に似た状態に陥った。──なんだったんだ、あれは。
ようやく感覚を取り戻し、ティファは起き上がる。隣にいる男も、回復したようだ。
「お前も賞金狙いか」
相手は賞金首だ。競争相手がいることは把握している。だが、できれば足の引っ張り合いはしたくない。そう思って声を掛けた。
男は鋭い目付きで、いかつい顔をティファに向けた。
「……いいや。我々の目的は盗品の回収だ」
「〝我々〟?」
引っ掛かりのある言葉に、座ったまま首を傾げた。男は腰に手を当て、一つ息を吐いて続ける。
「貴様には関係のないことだ。賞金ならくれてやる。だが、古代の剣は渡せない」
「ああ…なら別にいいよ」
元々、盗品は回収したらギルドに提出の予定だ。興味もない。「なら協力しないか」と持ちかけてみた。男は短い髭を撫で、少し考える素振りを見せた。
「……いいだろう」
交渉成立。向こうで活動しているトリューと合流し、情報交換をすることにした。
「へー、おっさんも双剣なんだ。俺トリュー。よろしくな」
「クバトだ」
「私はティファ。クバトは、ノイルについてどこまで知ってる?」
広場の片隅、静かな公園で軽く自己紹介をした。クバトはティファと同じように、仲介屋を当たってノイルを探していたらしい。
「その逃げられた時のやつってなんなの? 何かされたのか?」
「それがわからないんだよな…普通に追いかけてたら突然…」
思い返してみても、魔法や何かを掛けられた心当たりがない。あの短時間で気づかれずに掛けられる魔法なら、余程高度だ。
「恐らく地雷型か、刻印型だろうな」
クバトには心当たりがあるようだった。話を聞くと、ノイルは幾度もその方法で追っ手から逃れているらしい。
「予め術式を刻んでおいて、任意のタイミングで発動するタイプの魔法だ。種類は固定されるが、構築の時間がない。奴は逃走に特化した魔法を自身に刻んでいるんだろう」
「なるほど…」
そしてその発動条件は、恐らくノイルを『見る』こと。二人同時に引っ掛かったことにも、説明がつく。
「ギルドが何度も取り逃がしているわけだ。本人の戦闘力は大したことはないのだがな…」
「えー、じゃあ捕まえられなくね?」
「そうでもないだろ」
悩ましげな二人に、ティファはそう答えた。
「何か作戦があるのか」
「うん。まず──……」
クバトに作戦を話すと、彼は不審そうにティファとトリューを見た。トリューは「ティファ頭いー」と楽しそうだ。
「本当に上手くいくのか?」
「まぁ、大丈夫だろ」
「おう! いけるいける!」
クバトは最後まで訝しげだったが、結局は了承した。
「明後日は魔法検定だ。できれば今日中に捕まえよう」
よし、と気合いを入れて、三人は歩き出した。先導するクバトの背にふと目を留める。
──〝我々〟、か。この男は一体、何者なのだろうか。




